マダガスカル〜サイクリング編



 
Nosy Beの海岸沿いに点在するホテル。

そのうちの一つに僕は滞在している。



この島の中心となっているのはエルヴィルという港町で、ここからはおよそ25キロほど南に離れている。

もう一つ、観光客向けの場所としてアンバトロアカという海辺の地区が発展しているようだ。

安宿やダイビングショップ、レンタルバイク、レストランが密集しているのだそうだ。

アンバトロアカはエリヴィルと同じ南方向だが、やはりここからは20キロほど離れている。

本当はこのホテルに50ccバイクのレンタルがあったらよかったのだが、あったのはマウンテンバイクとレーシング用の自転車だけだった。

ずっと同じホテルにこもりっきりというのもつまらないので、散策ついでにサイクリングに出かけることにした。

緑あふれる自然。

彼方に見える地平線と水平線。



南国マダガスカルをカラダで感じるにはちょうどいい。

道すがら出会う人々とあいさつを交わすのも楽しい。

ちょっと面白そうな小路があれば入ってみればいい。新しい発見があるかもしれない。

僕はペダルをこぐ脚に力を入れたのだった。

*****

気温は35度。海沿いなので湿度も高い。

照りつける太陽。

湿った潮風。

確かにもうちょっと涼しいほうがいいし、空気も乾いているほうがいいかもしれない。

とはいえ、マダガスカルの自然を体験しようとしているのだから仕方ない。

僕は無事にアンバトロアカに到着した。

そこには民宿という感じのホテルが多く、ダイビングショップ、レンタルバイクなどの店が並んでいた。

現地人用の屋台食堂もあったし、普通のレストランもあった。

僕は一軒のレストランを選び、ゼブ牛のステーキを口にすることができた。



うん、ちょっと肉質が固いけど、味付けはいい。

*****

その帰り、5キロほど進んだところだったろうか。

だが、その時すでに僕の会陰部はとんでもないことになりつつあった。

マウンテンバイクやレーシングバイクのサドルはママチャリのそれと違い、幅もなく厚みもない。クッションもなくスプリングもない。

その代わり、本格的に乗る人は衝撃吸収パッドの入ったスパッツを使用している。

確かにこれもプラスチックの上に薄いビニールが貼ってあるだけのようだ。


(↑僕を苦しめた憎いあんちきしょう)


僕がはいていたのは普通のショートパンツで、当然パッドなど入っていなかった。

そのため細かい衝撃もすべて会陰部を虐め苛むのだ。

また、右脚に力を入れる瞬間に会陰部にある腱が膨張するため、右側の腱が体重を引き受けることになる。

左脚のときは左側だ。

この瞬間に下から衝撃を受けると大腿骨の付け根とサドルにはさまれた腱の痛さが倍増する。

もう復路10キロを越えたあたりから、会陰部のことしか頭になかった。

マダガスカルの自然はもうどうでもよかった。



このまま刺激を与え続けると、とんでもないことになりそうだ。

会陰部がストライキを起こすかもしれない。

それがどういうものかは分からないが、今後の人生に良くないことだとは言える。

そうだ。

前傾姿勢をとって、サドルにあたる部分を変えてみたらどうだろう。

確かに競輪選手などはかなりの前傾姿勢をとっている。

僕の乗り方が間違っていたのかもしれない。

やってみた。

今度は陰茎がつぶれそうになった。

ダメだ。別の意味で人生が終わってしまう。

後傾姿勢はどうだろうか。

いや、ハンドルの位置が前方で低いため、腕を引き伸ばさない限りその姿勢はとれない。

仮に腕が伸びたとしても、肛門部への衝撃はいろいろな意味でよくない。

これまで眠っていた変な素質が目覚めてしまう危険もある。

本格的に自転車に乗っている人はいったいどうしているのだろうか。

習慣的に乗っていると会陰部は鍛えられるのだろうか。

しかし僕は普段あまり自転車に乗らない生活なので、これっぽっちも鍛えられていない。

そうだ。

そういえば世の中には『三角木馬』というものがある。

木馬型で背の尖った拷問具に被拷問者を全裸または下半身を裸にした上で身体を拘束してまたがらせ、本人の体重もしくは石などで加重し股間に苦痛を与える道具である。

特にSMプレイなどでは全裸にした上で両手を後ろ手に縛り木馬にまたがらせたあと、ムチで打つなどということもするらしい。

確かに、僕も含めごく一般の人にはそんなことは到底受け入れられるものではない。

しかし一方でそういった責め苦を快感ととらえる人々がいることも確かなのだ。

この痛みを快感に変えることができれば無事にホテルまで辿り着けるのではないだろうか。

この場合、大切なのはイメージだ。

痛い、と思わずに気持ちいい、とイメージすることで痛みは快感に変わり、自然の風景を楽しみながらサイクリングできるのではないか。

よし。

イメージ作戦開始だ。

・・・。

ダメだ。痛いだけだ。

それに考えてみたら、『マダガスカルに行ってドМに目覚めて帰ってきました。趣味は三角木馬です』 というのは避けたい。

20キロという道のりに挑戦しようとしたのは驕りだったのだろうか。

神さま、僕はもう二度と無茶なことには挑戦しません、だから許してください。

そうです、僕がやりました、悪いのは全部僕なんです。

もう放課後に好きなコの椅子に座ったり机に突っ伏したりしませんから!




・・・もう痛さで頭がおかしくなってきている。

痛さだけではない。

照りつける太陽と蒸し暑さのため、軽く熱中症になっている気もする。

マダガスカル。そこはインド洋に浮かぶ楽園。

僕はバカンスに来たマダガスカルのビーチで、少しだけ 『死』 を意識した。




教訓「痛すぎると頭がおかしくなる」





英国居酒屋

2008 ベルサイユのにら