「初陣」


「明日、下界に出陣します」

告げられた一言を、金蝉は無感動な表情で受け入れた。

【初陣】

士官学校を出れば、否応無くその先の人生は決まる。
いつかは必ず初陣を迎える日が来る。
天蓬にとっては、それが明日だった。

「……ま、せいぜい頑張るんだな」

金蝉の口調は、表情と同じように全く以って愛想というものがない。
こうまでどうでもいい顔をされると、天蓬としても悲しいものがある。
苦笑を口元に浮かべて、天蓬は金蝉の髪を掬い上げた。
さらりとした金糸の髪は、持ち主の表情と同じく少し冷たい。

「心配は、してくれないんですか?」
「……阿呆。死ぬワケねぇだろうが」

無殺生を旨とする軍隊、という矛盾を金蝉は嘲笑った。
天蓬もそれを解っている。

「お前が心配して欲しいのは、お前自身が不安だからだろう?」

金蝉の一言に、天蓬は一瞬目を見開く。
そして、ほんの少しだけ笑う。
この金色の綺麗な神は、無関心そうな表情を浮かべながら、
簡単に人の心を見透かしてしまうのだ。
その、深い紫の瞳で。

「ええ。だから、言って下さい。
 お前は大丈夫だと。無事に戻ってくると……貴方の声で」

指で、金蝉の唇を撫でる。
天蓬のその仕種に、金蝉は不愉快そうな顔で天蓬の手を払った。
徐に口を開く。

「言うだけならタダだしな……言ってやるよ」

紫の瞳が天蓬をまっすぐに見た。
形のよい唇が動き出すのを、天蓬は焦がれるように見つめている。

「お前は大丈夫。無事に還ってくる」

下界の人間は、言葉に力があるという。
願いを言葉にする事は、想いを形にする事だという。
そんな事をふと、天蓬は思い出した。
自分の声はさほど信じられないが、金蝉の声なら信じられると思う。

「有難う御座います」

万感の思いを込めて天蓬は礼を述べたが、
金蝉はそっぽを向いて鼻を鳴らしただけだった。




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