「帰還」


「言って下さい。貴方の声で」

そんな我儘こいて初めて下界に降りた男は、無傷で還ってきた。
ヘラヘラした、アホ面ぶらさげてっ!
何だか知らないが、無性に腹が立つ……。

【帰還】

「でね、見て下さいよ、コレ。
 赤が動脈、青が静脈、白が包帯を表しているんですって」

下界で拾って(ちょっぱって)きた床屋の回転看板を、
天蓬は嬉しそうに披露した。
クルクルと螺旋は無限に回り続けている。

「何でも、外科医が髪を切っていたからこうなったらしいんですけどね。
 面白いでしょう?」

この段に至って天蓬は金蝉の顔を覗き込み……その仏頂面に気付いた。

「…………金蝉?」
「この阿呆が」
「ハイ?」

低く、唸るような声で金蝉が呟いた。
天蓬は首を傾げてしまう。

「バカみてぇに浮かれた顔しやがって」

下界に降りる前に浮かべていた深刻な表情が嘘みたいに。
降りた先に何があるか、何が起こるか不安そうな顔してたクセに。
人にあんな真似までさせたクセに。
そんなのすっかり忘れた顔なんかして。

「コレじゃ、俺の方がバカじゃねぇか……」
「金蝉…………もしかして、不安にさせましたか?」

天蓬は期待半分で呟いた。
他の人よりは金蝉との付き合いが長いと自負する天蓬であれば、
金蝉が不機嫌な理由に少しは想像が働く。
少なくとも、無傷で還ってくることを歓迎しないほど、
金蝉は無慈悲な人間ではない。

「心配したのに、僕があんまり平然として還ってきたから、
それで怒ってるんですか?」

天蓬の台詞に金蝉は口を開きかけて、だが、何も言わず唇を噛んだ。
違う、と言えない仕種だ。
普段は無表情の仏頂面のクセして、こういう所で表情が隠せない。
そんな金蝉が、天蓬は昔から酷く可愛かった。

「不安にさせて申し訳ありません。
心配してくれて有難う御座います、金蝉」
「……わかりゃいーんだよ」

金蝉は不貞腐れた表情で吐き捨てるように言った。
そのままそっぽを向いてしまう。
天蓬は緩やかに微笑を浮かべた。

「それにしても嬉しいですね。貴方が心配してくれたなんて」
「ああっ?! 何ぬかしてやがるっ!」
「だって、心配してくれたんでしょう?」

天蓬はニッコリ、完全無欠の笑顔を見せた。
金蝉の手が強く握り固められる。
その肩が少しずつ震え出して……。

「二度と心配なんかしてやんねぇっ!」

盛大に怒鳴って、金蝉は拳を天蓬の頭に叩きつけたのだった。



霧島様、ありがとうございます。
「初陣」「帰還」セットで可愛らしいですわ。
大切な人の声で大丈夫、と確認を取る天蓬が良いですよね〜。
素直に心配もできない金蝉様がキュート♪

(春流)



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