跡部の誕生日がやってきた。 身内、友人、知人、親しいテニス部員などを招いて跡部邸の広間でパーティが催される。 美味しそうで見栄えのする料理の数々がテーブルに並んでいる。どれも大皿でトングが置いてある。つまりは、欲しいものを好きなだけ食べるバイキング式だ。 飲み物もテーブルの中央においてあって種類も豊富だ。学生であるのでアルコールはおいていないが。 「よう!跡部」 「アトベー、おめでとう」 向日と芥川が今日の主役である跡部のそばまでやってきて声をかけた。 「ああ。やっぱり来たな。好きなだけ食っていけ」 跡部は毎日見ている部員を歓迎もせず、そう言い捨てる。 「ひどーい」 芥川が唇をとがらせるが、跡部はふんと鼻を鳴らす。 「絶対来るっていってやがっただろ?食い物のために。なあ、ジロー、向井」 誕生日パーティで出されるご馳走に心奪われ、話が出た瞬間なにが何でも行くぜと言い切った二人である。氷帝テニス部レギュラー中で一番食い意地が張っている。 「おめでとさん。跡部、今日はめかし込んでるやん?」 忍足が、くつくつと笑って会話に入ってくる。そういう忍足もセンスのよい服装だが。 「ああん、俺様はいつでも素晴らしいだろうが?この洋服ならババアの趣味だな。バースデイ用に、置いていった」 多忙な彩子は息子の誕生日だからといって、一緒にはいられない代わりにスーツを用意して「着てね」と言い問答無用で押しつけていった。すでに母親の趣味で洋服はワードロープから溢れるほどにあって、これ以上いらないのだが。 「せやなー」 軽い相づちで、跡部の俺様発言を忍足は流す。 俺様で我が儘でプライドが高いがそれに見合う実力と才能の持ち主であるため、自信過剰だろ?と反論できないのが一番問題である。 「跡部様発言だなー」 「超、わがままー」 「ふん」 向日と芥川からの同意も跡部はさも誉め言葉のようににやりと口の端をあげて笑った。 「でも、跡部に勝るとも劣らないくらいの我が儘王子様はいるけどな」 「リョーマか。跡部との違いは可愛いかどうかだなあ。王子だから、我が儘も許せる程度だし」 「そうそうー。つんとしたところが猫みたいで可愛いんだよねー」 未だ姿を見せないテニス部レギュラー、跡部とともに住んでいる家族のような少年を思い浮かべる。 跡部ほどわがままでも俺様でもないが、人のいうことを素直に聞くタイプでは決してない。マイペースでプライドが高く、強い相手が大好きで人を引き寄せる困った王子様だ。 「で、リョーマは?」 芥川が周りを見渡す。 なぜ、いないのか。跡部の横にいる存在なのに。 「なんか、後でって言ってたな」 跡部は、リョーマからの笑顔付きで言われた台詞を思い出す。「Key、後でね」とウインクして手を振っていた。 「なんで?」 「しらねえ」 なぜと聞かれても、跡部は答えられなかった。 跡部が知っているのは、リョーマも跡部同様母親からの贈り物である洋服を着ていることだけだ。彩子はリョーマが息子より大好きであるため、理由を付けてはワードロープを埋め尽くすほどの服を押しつける。 「ふーん」 芥川は、納得したのかしていないのか定かではない微妙な口調で流した。 「後で、あえるならええわ」 「そうだな」 リョーマがこの跡部のバースデイパーティに出席しないなどあり得ない。すぐにあえるだろう予想が付く。 「こんにちはー」 「よーう」 鳳と宍戸が手を振って近寄ってきた。 「おめでとうございます」 「おめでとさん」 二人とも、まず最初に跡部にお祝いを述べた。それに跡部も「ああ、ありがとよ」と頷いた。 「適当に用意してあるから、食っていろ」 そして、テーブルの料理を顎でしゃくる。 「はい」 「わかった」 鳳は行儀よく、宍戸は軽く是の返事をした。 跡部が皆の前で、挨拶をして本格的にパーティが始まった。それまで軽く摘む程度の料理がおかれていたテーブルに、スープ、肉や魚などのメインが運ばれてくる。 「Key」 リョーマが跡部の横にすいと並んだ。 「リョーマ。遅かったな」 「ごめんね。Keyの挨拶は扉のところでじゃましないように聞いてた。ちょうど挨拶が始まる時に入ってきたから」 「別に構やしねえ。で、なにしていたんだ?」 「秘密」 くすくすと笑ってリョーマは人差し指で跡部の唇にすいと触れる。跡部はその指を優しく引き剥がし、苦いものでも飲み込んだような顔で吐息を漏らす。 「おまえ、質悪い」 この小悪魔。昔は天使だったのに……。 遙か昔を思い出して跡部は心中で愚痴った。 「なにが、秘密だ。とっとと、来やがれ」 「Key、寂しかったの?ごめんね」 にこりと可愛くリョーマは微笑んだ。 「誰がだっ!」 跡部はむっとして、リョーマの髪を一房くいと引っ張った。 それはある意味図星であるといっていいだろう。そう跡部はリョーマがいないことに少々腹を立てていた。 今日誰に祝ってほしいかと聞かれたら、それはリョーマだからだ。 高校三年生にもなった男がわざわざ誕生日会で皆に祝って欲しい訳がない。跡部という家に生まれた責任として、こうしたパーティを催す。招かれた人間は、跡部が生徒会長であったため生徒会役員、クラスメイト、テニス部員それに加えて、跡部家として親しい人間だ。 いい年齢になって、おめでとうと言われても大して感動もない。 それでも、祝ってもらって嬉しい人間は一人だけいた。 弟のような存在のリョーマ。今は家族のように一緒に暮らしているせいで、より近い。 跡部に匹敵するほど我が儘で生意気、マイペースで、自分がイヤなことは指一本動かさない。それなのに、時々素直で、可愛い。 そのリョーマがなぜか、そばにいなかった。遅れてきて、かつ秘密と言う。 「痛いってば、Key」 もう、とリョーマは顔を顰めて唇をとがらせる。 「乱暴なんだから」 「どこが乱暴だ。そんなに強く引っ張ってねえぞ。うちの王子様だからな」 眉をつり上げて跡部はからかうようににたりと口の端をあげた。 「王子様ってなに?関係ないじゃん!Keyなんて我が儘大王で女王さまのくせに!」 リョーマは叫んだ。それはボディブローだった。 「はあ?女王さまだあ?ふざけんてんのか?」 「ふざけてません!Keyはね、氷帝の女王さま。ぴったりだよ。気に入らない人を足蹴にしちゃう感じ。ムチでびしばし。逆らったらおしおきよって!うんと、ブーツ履くんだっけ?」 リョーマの台詞に跡部はめまいを覚えた。 誰だ、こいつに、こんな日本語教えたヤツは。日本語の語彙能力が低かったリョーマは、日本で過ごす間にたくさんの言葉を覚えた。時々、変というか品のない言葉も覚えてしまい、跡部も驚くことがあったが。今の台詞は最悪だ。 跡部はこめかみを押さえて、自分の心を鎮めた。怒っても仕方ない。誰かがリョーマに吹き込んだのだから。そうでなくて、こんな言葉出てこない。 「リョーマ」 「なに?」 「頼むから、人を簡単に信じるな。今の日本語は、まずいぞ。ババアが聞いたら、さめざめと泣くぞ。鬱陶しいくらいに……。倫子さんなんて、嘆くな、間違いなく!」 目に浮かぶようだ、その姿が。溺愛して蝶よ花よと育ててきた息子が、逆らったらお仕置きよ、なんて、台詞を吐くなんて。 「……そうなの?軽口じゃないの?」 リョーマは首を傾げた。 「軽口だが、リョーマが使うのはまずいな」 そのイメージとはかけ離れている。倫子が聞いたら、悲鳴をあげるだろう。それとも跡部の母親彩子は反対に萌える、とか言うのだろうか。お仕置きしてとか。……想像するだけで、気持ち悪い。 「そっか。わかった。さすがに母さんを悲しませることはしないよ」 リョーマは素直に納得した。 それは、自分の母親にこれ以上精神的負担をかけたくなかったからだ。 「わかりゃいい」 跡部はリョーマの頭を撫でる。 くすぐったそうに、柔らかく笑って目を細める姿は本当に猫のようで、可愛い。こうしていると、やっぱり自分にとって大事な弟なのだと実感する。 しばらく二人で他愛ない話をしている間、テニス部員が顔を出していた。芥川と忍足はリョーマと、やっとあえたと喜んでかまい倒した。昔なじみの跡部も加わって結局いつもの部活と変わらない和気藹々とした雰囲気が漂った。 宴もたけなわ。 二段重のケーキが運ばれてきた。 「大きなケーキだね。おいしそう」 芥川が、目の前に運ばれてくるケーキをじっと見つめる。 生クリームでデコレーションされている上に苺がたくさん乗っているバースデイケーキだ。さすがに年齢分の蝋燭は刺されていない。 大きくて二段のケーキだが、これだけではパーティの人数分は賄えないため、ケーキは他にも用意されている。好みに応じて選べるように、チョコレートケーキ、チーズケーキがあって間隔をおいて並べられていた。 跡部の前に置かれた二段重ねのケーキはシェフ自ら切り分けている。別の場所でもチョコレートケーキや、チーズケーキが更に取り分けられて配られている。 小さな子供でもないので、別段跡部はケーキが楽しみではないから、皆に配られる光景を眺めていた。喜んで口にケーキを運ぶ姿を見れば集まった人間が満足していることが理解できて、跡部はまあいいかと心中思う。自分のパーティに来てつまらないなんて思われるのは屈辱的だ。 「Key?」 「ああ?」 「はい。これは俺から」 振り向いた跡部に、リョーマが一つの皿を差し出した。そこには小さな丸いケーキがある。今、切り分けられたものではない。 「なんだ?」 「俺が作ったの。厨房頼んで入れてもらって、坂上さんに教えてもらって」 「……」 跡部はしげしげと手の中のケーキを見つめた。生クリームでデコレーションされた半円の形。上には苺とメロンとマンゴー、オレンジなどのフルーツが細かく切って乗せられている。一番上には板チョコレート。白い文字で「For Key」と書かれていた。 「そんな、じろじろ見られると困るんだけど。あんまり上手じゃないし……」 リョーマは照れくさそうに、横を向く。 「サンキュー」 跡部は心からお礼を言った。 まさか、リョーマがこんなものを用意しているとは思わなかった。確かに、こんなものを作るには時間がかかっただろう。だから、遅れてきたのだ、たぶん。 跡部はそのケーキをフォークで一口大に切って食べた。フルーツの酸味と甘みと甘過ぎずちょうどいい生クリームとふわふわのスポンジが口の中で広がる。 さすが、シェフの坂上に教えを請うたことはある。 「おいしいな」 「ほんと?」 「ああ。時間がかかっただろ?いきなり作るには無理があるから、練習したんじゃないのか?」 スポンジをふんわりと焼き上げるにはある程度の経験が必要だ。坂上にその点を任せてしまえるなら、なんの問題もないがリョーマがそうするとは思えなかった。ある程度は自力で作ったはずだ。 「……そうでもないよ。俺、これでも器用だもん。坂上さんにもほめられたんだから」 練習したことを否定しないリョーマに跡部は心の中が暖かく満たされる。 祝ってもらいたい唯一の人間から、こんなものをもらえるなんて思わなかった。なにより嬉しい贈り物である。 「本当に、ありがとう。リョーマ」 跡部の笑顔に、リョーマは小さく満足そうに笑ってからそっと細い腕を伸ばす。 「Happy birth day!Key」 少し背伸びをして、リョーマは跡部の頬にキスをした。それに、目を瞬いて跡部も笑い返しThanksといいながらリョーマの頬にキスを返した。 その家族の意思確認、ある意味ラブラブな二人を、近くにいたテニス部員はなま暖かい目ので見守っていた。 おわり。 |