「黒猫のワルツ」For You 1






 十月四日は跡部景吾の誕生日である。
 
 
 
「どーしよう」
 
 リョーマは悩んでいた。
 近年これほど悩んだことはない。いくら考えてもよい案など、これっぽっちも浮かんでこない。
 街角にある大型のスポーツ洋品店、テニスのシューズやラケットなど置いてある前でリョーマはうなっていた。
 なにがいいかさっぱりわからない。
 自分が欲しいものだったら、選ぶこともできるけれど。……今ちょうど欲しいものはないため、個人的に見たいものはない。
 うーん。
 リョーマは頭を抱える。
 毎日一緒にいるのに、自分はKeyのことを知らないのだ。
 ラケットやシューズはHEADを好んで使っている。だから、Keyが使うものを選ぶだけなら自分にもできるが、それがKeyの欲しいものかというとそうでもない。
 彼はすでに何でも持っている。必要なものなど自分で即刻買っている。買い換えるならともかく、同じものは二つもいらない。不必要だ。
 別の棚には、帽子、タオル、リストバンドなども並んでいる。
 この店は、テニス関連の商品が充実していて、かなり自分好みを選べて有り難い。だからこそ、リョーマは迷いながらもここに来た。ひとまず、重要な共通点であるテニス洋品を見てみようと望みをかけたのだ。
 だが、全く芳しくない。
 リョーマはひっそりと肩を落とす。その仕草はいつも強気の彼らしくないため、もし知人が見たら首をひねっただろう。
 そして、ここはテニスの商品が並んでいる場所であるため、友人知人がいても不思議ではないのだ。
 
「リョーマ?」
「……クニミツ?」
 そこには、青学テニス部部長手塚国光が立っていた。私服であるせいか、落ち着いた佇まいが、とても高校生には見えない。長身痩躯だがスポーツマンらしく筋肉が付いたバランスのよい身体をしていて、有り余る落ち着きと無表情が標準装備である手塚は社会人にしか見えなかった。リョーマが二度目にあった時コーチに間違えるはずである。
「買い物か?」
 一人テニスの商品が並んでいる前で悩んでいる風情のリョーマである。そう見えてもなんらおかしくない。
「ああ、うん。ちょっと悩んでいて……」
 リョーマにしては歯切れが悪い。手塚はリョーマに近づいて、どうしたと?と優しく伺った。
「Keyのbirth dayなんだ、今度。で、なにがいいか困っている」
「……跡部か」
「うん」
「ここで悩んでいたということは、実用的にテニスのものを渡そうと思ったのか?」
 テニスに打ち込んでいる人間からすれば、それが一番実用的である。
「そうなんだけど。Key、もう何でも持っているんだよね」
 リョーマは困ったように笑う。
 テニス洋品に限らず、何でも持っている。服でも……リョーマも一人では着れないほどの服を母親倫子と、彩子から贈られているが……身に付けるものでも、パソコンでも、貴重な本でも、望むものはすべて手に入れてしかるべき人間だ。
「俺、Keyの欲しいもの思い浮かばない。それに、実際プレゼントをちゃんと渡すの初めてだし」
「そうなのか?あれほど仲がいいのに?」
 手塚は驚く。リョーマと跡部は、まるで兄弟、家族のように仲がいい。言いたいことを遠慮なく言い合っている姿は見ていて微笑ましい。
「俺、ずっとアメリカにいたから。母親同士が仲がよくて小さい頃から休みになるとKeyと会っていたんだ。でも、Keyのbirth dayにちょうど会うことってほとんどなくて。昔一度会ったかな……」
 その時は、birth dayだと聞いたリョーマはおめでとうと言って跡部の頬にキスをした。それは、リョーマにとって極普通のことだったが、彩子が自分もして欲しいとねだったという過去がある。
 当日知ったせいで、些細なプレゼントも用意できなかった。ついでに、リョーマも子供だった。
 だから、初めてちゃんと祝うのだからプレゼントを用意しようと思い立った。数日後に迫った日は屋敷で簡単なパーティが開かれる予定だ。
「そうか」
 二人の関係を知って手塚は納得する。
 帰国子女であるリョーマだ。アメリカで生活していたため、つきあいは長くても絶えず一緒にはいられなかったのだろうと手塚は理解した。
「……うーんと、ちょっと聞いていい?クニミツは今何か欲しいものある?同じ年齢のヒトだから、参考に教えて」
 リョーマは聞いてみた。
「俺か?……特には」
 手塚も困る。物欲の薄い手塚である。いきなり欲しいものといわれても思い浮かばない。
「birth dayにプレゼントもらう場合だよ!なにがいい?なにならもらっても困らない?」
 リョーマは手塚を下から覗き込む。真剣な眼差しに手塚も困惑を深くする。
「……テニス部の部員にゲームが好きな人間がいる。写真にこっている人間もいる。そういったヤツなら発売されたゲームや、写真集だろう。ほかでもテニス部員だから、テニス用品を渡して嫌がる人間などいない。俺も、そうだ。……なにをもらっても困ることはない。だれかがわざわざ誕生日にプレゼントをくれたら、嬉しい。跡部も、リョーマからもらうなら何でも喜ぶのではないか?」
「……そうだろうね」
 リョーマが渡せば、それが何でも喜ぶだろうことは想像に難くない。跡部景吾とはそういう男だ。
 でも。
 だからこそ。
 本当に喜んでもらえるものを贈りたいのだ。Keyが嬉しそうに微笑む顔がみたい。
 リョーマはため息を付く。
 手塚はリョーマの頭に手を置いてくしゃくしゃとかき混ぜて笑った。
「リョーマがなにがいいかと悩んで選んだなら、どんなものでも跡部にとっては素晴らしいプレゼントになると思うぞ」
 手塚の気遣いにリョーマはくすぐったい気持ちになる。
「Thanks」
「いや、……」
 照れくさそうに手塚は視線を彷徨わせる。
「跡部も、リョーマから祝われたら素晴らしい誕生日になるのだろうな」
「パーティするから俺だけじゃないけど。氷帝のテニス部員も呼ぶと思うから結構な人数かな」
 簡単なパーティではあっても、料理やケーキなどシェフは腕を振るう。
「パーティ?」
「あれ、しない?」
「俺くらいの年齢になるとさすがに友人を呼んでパーティはしないな。誕生日会など小学生の時にやったくらいか」
 男子高校生は普通誕生日にパーティはしない。家族間でもおおっぴらには祝わない家庭もあるだろう。
「日本ではしないんだ、そっか。そういえば、そうかも」
 氷帝内で仲のよいテニス部員もしてない。つい、自分と跡部家を主体として考えていることにリョーマは気付いた。越前家は、リョーマのbirth dayが来ると盛大に祝っていたのだ。
「じゃあbirth dayにケーキとか食べた?プレゼントもらった?パーティしなくてもさ」
 家族の間や友人の間でそのくらいのやりとりがあるのだとリョーマは信じているのだ。
「母親がケーキを買ってくるとは思うが……」
「……いつなの?birth day」
 口ごもる手塚から、まだなのだとリョーマは察した。
「……七日だ」
「は?……もうすぐじゃん!え?Keyとほとんど離れてないじゃん!」
 リョーマは叫んだ。
 そんなことは早くいって欲しいと思ったが、手塚は自己申告をわざわざするようなタイプではないのでリョーマは文句を飲み込んだ。
「……」
 困ったように無言の手塚に、リョーマは一つ大きなため息を付いてから、ちょっと待っていてと言い置いて、背中を向けた。
 そして、戸棚でなにやらごそごそとしてレジまで行って戻ってくると、手塚に包みを渡した。紙の包みの上に小さな赤いリボンが張ってある。
「Happy birth day!」
「……ありがとう」
 手塚は驚いて目を見開いたまま、お礼を言った。
「相談に乗ってくれて、Thanks。ちょっとしたお礼です」
「ああ。ところで、リョーマの誕生日はいつなんだ?」
 手塚は聞かずにはいられなかった。もらったなら、返さねばならない。是非返したい。
「俺?十二月二十四日」
「……イブ?忘れられない日だな」
 だが、手塚にはリョーマにぴったりである気がした。
「まあね」
 リョーマはくすりと笑って片目をつぶってみせる。そして、手塚の意見を胸において、他にいいものがないか、一通り見て回ることにすると手塚に笑う。
 

「bye」
 リョーマは手を振って手塚と別れた。
 
 
 




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