だが、跡部が高校生になりより多忙になった時期、リョーマと会う事がなかった。我が儘な母親も多忙な跡部を問答無用で海外に連れていくような暴挙はしなかった。それはテニス部部長であり、生徒会長であり、跡部家の跡継ぎとして多忙を極める跡部にとってはとても都合がよかった。 だが、いつもはそれでも数日はリョーマを連れて倫子が来たりしていた。母親はその間自分から会いに行っていたのかもしれないが。親友と遊ぶことが大好きな女だ。相手が来れないなら、自分から時間を作って絶対に行く人間だ。 実際、実は何度か彩子はアメリカの越前家を訪ねていたが、元々仕事が忙しいためいつどこにいるのか、跡部は知らなかった。 その後、一年半くらい経った頃。リョーマは氷帝高等部に入学してきた。 久しぶりに見たリョーマは、前回会った時より背が伸び大人びていた。顔立ちも子供だったそれが、頬のラインがシャープになった。十五歳だ、成長するのは当然だ。 成長途中だから、まだまだ子供さは抜けないが、そのうち大人になるだろう。 跡部が知らない一年半。リョーマがどんな経験をしたのか、跡部は彩子から聞かされた。リョーマが跡部邸で暮らすことになってすぐに、真剣な眼差しで彩子は跡部に今まで黙っていた秘密を告げた。 話は跡部を驚愕に陥れた。開いた口がふさがらないとはあのことだった。 なぜ、最初から教えてくれなかったのかと思った。自分に出来ることはその時なかったのだと言われても納得できるものではない。 だから、これからの日本での生活に跡部は責任を持つことにした。 彩子の話は、突き詰めればそういうことだ。 今の所、何事もないが。だからといって安心してはいられない。 跡部は大きなため息を付くと、リョーマの髪をさらりと撫でて、頬にかかる一房を耳にへと流してやる。 「……ほんとに、でかくなったよな」 思わず心情が声に出る。 懐かしい思い出を脳裏に思い返すと、今のリョーマは随分大きくなった。しみじみと跡部が感慨に耽っていると、ぱちりとリョーマは目を覚ました。 瞬きして、ぼんやり跡部を見上げ、やがて焦点があう。 「……Key?」 「なんだ?」 「あれ?……俺、寝てたんだ?」 状況がいまいち理解できていないリョーマに跡部がふんと鼻を鳴らす。 「この酔っぱらい。酒に飲まれるんじゃねえよ」 そして、つい、とリョーマの額を指でつつく。つつかれた額を手で押さえながらリョーマは首を傾げ記憶をたどった。 「……あ?あれ?覚えがないかも」 跡部は予想通りの反応に、はあと見せつけるように大きな息を吐き肩を落とす。 「てめえ、酔っぱらって潰れやがったんだ。強い訳じゃねえなら、これから気を付けておけ」 「Yes」 リョーマは素直に頷いた。さすがに不味いと思ったらしい。 親ではないから、保護者のように怒ることはしないが、それでもここにいる間の責任者の一人として未成年に飲酒させてはいけないと跡部は個人的に思う。 自分も未成年だが、場数が違う。立場が違う。身体が違う。 リョーマのような小さな身体でいきなり飲んだら急性アルコール中毒になって倒れる危険性がる。そうなった場合、彩子だけではなく倫子、南次郎から雷が落ちるだろう。雷で済めばいいが、最悪はアメリカまで強制送還だ。 何か問題が起こったら、状況が許さない。……仕方ないと割り切ることは難しくても、それが一番大事なことならあきらめるしかない。 リョーマも事の重大さはわかっているだろう。 「sorry、Key」 申し訳なさそうに、リョーマは謝った。酔って記憶のない己の行動を省みて跡部のベッドで寝ているということから察したらしい。つまり、酔っぱらいを運んでもらったという事実に行き着いたのだ。 「まあ、いい。……二日酔いがないように、水分は取っておけ。身体はいいな?」 「うん、大丈夫みたい」 「ほらよ」 跡部は備え付けの冷蔵庫から機能性飲料を取り出し、リョーマに放る。両手で上手にキャッチしてThanksと言ってリョーマはキャップをはずし、ごくごくと飲み干した。 喉が乾いていたらしい。 喉を潤し、ほうと息を吐いて一心地付いたリョーマは、不思議そうに首を傾げた。 「あのさ、皆は?」 素朴な疑問である。 「はん。潰れたから放ってる。情けで毛布はかけてやったから平気だろ」 つまり、隣の部屋で皆は雑魚寝しているということだ。自分だけベッドに運び安眠を与えられた事に気づき、リョーマは小さく笑うと、Thanksともう一度お礼を言った。そして、ついと跡部の頬に手を添えてキスをする。 「ああ」 跡部は多少過保護な自覚があるため、視線をずらした。 そんな跡部にリョーマは目を細め、 「なんか、昔の夢見た……。小さい頃の」 くすくす笑って、跡部の胸にもたれ掛かる。 「昔の夢?」 跡部はリョーマを見下ろして聞いた。 「うん。俺の最初のKeyの記憶。なんでか知らないけど、Keyが俺を慰めてくれているんだ。一緒にいるって言ってくれて、嬉しかったことを覚えている」 跡部の背中に腕を回し懐いてリョーマはうっとりと語る。 「……」 覚えているのか。 まさか、あんな小さな頃のことを覚えているとは思わなかった。 自分が母を親を慕って泣いたことは忘れているらしいが。都合の悪いことは忘れているのだろうか。リョーマらしいといえば、らしいが。 「そうか」 跡部はリョーマの黒髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。 あの時の事を鮮明に自分は覚えている。リョーマが理由を覚えていないのなら好都合なのだろう。寂しくて悲しい記憶は、残っていなくていい。 「Keyは昔から、面倒見がいいよなー。見かけによらず」 「見かけによらずは余計だ」 「だって、俺様じゃん」 「それをおまえに言われたくねえ。おまえの方が俺様だ」 「えー」 抗議の声を上げるリョーマに跡部は両手で頬を引っ張って断言する。 「俺より、お前の方が絶対に俺様で、王子様だ。昔からそうだっただろ?」 本当の意味の我が儘は言わないが、根底は自分勝手だ。自分のやりたいようにやる。やりたくない事は指一本動かさない。ついでに興味を引かれることも少ない。 そして、周りから大事に愛されて来た子供。時々過保護を通り越す勢いで構われていたけれど。 跡部の言葉に、ぷうと唇を尖らせてリョーマは反撃に出た。 「なにするっ……」 跡部の耳をリョーマが引っ張ったのだ。 「Keyが先に引っ張ったんじゃん。フィフティフィフティだよ」 「……負けず嫌いめ」 「Keyに人のこと言えません」 「……」 「……」 二人はじっと無言で見つめ合い、笑った。 ひとしきり笑いあって、跡部はリョーマが絶対に同意する意見を述べた。 「……飯にするか」 もちろん、リョーマは大きく頷いたことは言うまでもない。 END |