「黒猫のワルツ」5月の憂鬱1





 氷帝学園には様々な行事がある。
 学校の行事として一般的な体育祭、文化祭、授業参観、遠足、社会見学だけでなく、国際的に海外の姉妹校との交流や短期間の留学だけでなく、地域に密着したボランティアや地域貢献・交流のための行事がある。
 その中の一つに、5月のバザーがあった。
 これは、ただのバザーではない。
 氷帝はお金持ちが通うと有名な学園だ。その家庭から出る不要品である。極一般的な家庭から出るものとは訳が違う。
 ブランド品などあたり前。頂きものでも使わないからと、高級なお皿やカップなどがのみの市のように雑然と並ぶ。
 中にはそのご家庭ご自慢のグッズがお裾分けとして出品される。購入品でなければいいのだから、その家御用達の香水や花やリネンをバザーにと出品する名家もあり、そういった品は競争率が激しい。誰でも購入可能なため、近所の住人だけでなく遠方からも掘り出し物を探しに来る人間は多い。
 
 


 
「ということで、我がテニス部も恒例のように参加する。家にある不要品を持ってこい」
 「はーい」と元気な返事が多数部室内に響いた。
 氷帝学園は幼稚舎から通う人間が多いため、その内容が分からない者は高等部からの編入者だけだ。それも経験していない1年のみ。
「それって、何?」
 もちろん、わからないリョーマは質問した。
「バザーだ。毎年5月に地域貢献・交流として行う」
「へえ」
 それは、良いことだろう。
 アメリカでもバザーは慈善事業として行っている。ボランティアはお金持ちのステイタスだから、他にもたくさん慈善事業に参加する。もちろん、貯まったお金は全額孤児院や施設や学校へ寄付される。
「何でもいいの?」
「ああ。基本的には何でもいい。もっとも、この学園から出る品はそこら辺のものとは違うがな」
 跡部は、ふふんと鼻を鳴らす。
 お金持ちが出す不要品である。リョーマは何だろうと首を傾げた。
「氷帝自体もすごいけど、テニス部もごっつ豪華なもん出す部やで?それも趣向を凝らして」
 忍足は説明を挟む。
「そうなんだよ、リョーマ!結構楽しいし!お客さんたくさん来るし!」
 芥川も横から付け加えた。
「テニス部は違うの?趣向を凝らすって何?」
 氷帝の中にあってもテニス部はひと味違う場所である。それは部長が跡部景吾であるせいか、全国レベルとして注目されているせいか、はたまた監督が特異なせいか。悩むところだ。
「俺が部長だぞ、他の部に見劣りしてたまるか。俺は1位にしか興味がない。当然、売り上げも1番だ」
 寄付をするための活動であるのに、跡部にとっては勝負ごとのようだ。きっと、彼がいるテニス部は中等部の頃から1位を取ってきたのかもしれない。
 跡部が率いるテニス部が、どんなものを出品しているのか、リョーマは気になった。それに、趣向というのも安易に流せないことだ。
「Key、何を出してるの?」
 少々胡乱げにリョーマは聞いた。すると跡部はにやりと笑うと自慢げに話し出した。
「俺が出すのは、薔薇だ。それから、そこから作った香水。いらない食器類も出すがそれは誰でも出せるからな、薔薇を目玉にしている」
「薔薇?薔薇ってあの温室の?というか庭園の?」
 跡部家には大きな温室がある。庭園も広くて管理するのが大変なのだが、庭師がついているから問題はない。
 その温室や庭園には見事な薔薇が今、咲き誇っている。リョーマも花を分けてもらったりしているから、庭師の桜田と仲が良い。
「そうだ。桜田が世話しているから見事なもんだろう?第一うちにある薔薇は店頭で買えないもんがあるからな。桜田が毎年薔薇園から新作を買い付けているから、中には薔薇の世界大会でその年入賞したものも植えてある。出荷されるようなことはまずないから花屋に出回らない。希少価値は十分だ。それに、別の場所で俺用に作っている香水があるから、それも出してやる。あとは、ばばあがやってる会社のオリジナル商品だとかだな……」
 どこを突っ込んで良いやら、リョーマは困った。
 まさか、バザーで薔薇、生花を出すとは思わなかった。自分の家で咲いた花を売るなんてとても質素なものに聞こえるが、日本の店頭で売られていない薔薇を出すなんて豪華過ぎる。普通そういった花は高額なのではなかろうか。それに、香水。跡部が自分のために作っている香水だ。考えなくても原価が高そうである。
 跡部の母親、跡部彩子は大会社の社長である。この会社は彩子の実家であり、彩子には兄弟がいなかったため、父親の後を継いで彼女が会社を切り盛りしている。おかげで、たいそう忙しい。家になかなか帰って来られないのもだからだ。
 その会社のオリジナル商品。女性が好みそうなものがたくさんあるだろう。バザーだといえば、喜んで彼女は協力するだろう。そういう人間だ。
「わかった、うん、Keyらしいよ」
 降参と両手をあげてみせて、頷いた。
「でもな、俺たちは普通のものやで?家にある食器や買ったはいいが使わないもの、もらいもののタオルとか。どこの家庭にもあるもんや」
 こいつは特別なんやと忍足は笑う。芥川も向日も宍戸も大きく頷いている。鳳は「部長が特別なんですよ」といつもの笑顔で締めくくった。
「そっか、でも、俺どうしようか」
 リョーマは困る。
 現在のリョーマは跡部家に居候の身だ。リョーマが出せるものなどほとんどない。これが実家なら家を探して何でも出品するのだが……。
 リョーマは首をひねり、頭を悩ませた。
 自分が愛用している温泉の元やバスオイル・バスソルトとかなら、喜ばれるだろうか?でも、お金がかかったものを狙ってくる客にとってみれば、視界にも入らない?
 腕を組んでリョーマが思案していると、跡部が意地悪そうに目を細めて宣言した。
「出品できないやつは、当日売り子だ」
「売り子?」
「そうだ。肉体労働で奉仕するってことだ。テニス部全員が売り子する訳にはいかないだろう?だから、なにも出品できない人間がやるんだ。それと、部長の人選だな」
 その采配は納得がいく。出せないのなら労働で貢献しろということだ。ボランティアとはそういったものだから、リョーマは別に協力は惜しまない。だが、何となく嫌な予感がするのは、なぜだろう。これは、動物の勘かもしれない。
「売り子はいいんだけど。普通に売り子だよね?趣向って言ってたし、Keyの人選ってどういうこと?」
「お前は、薔薇の売り子だ。俺が今決めたからな。がんばれよ?」
「薔薇売るの?それが何で人選?趣向?」
「決まってるだろ。外見がいい方がよく売れるんだよ。なんといっても売るのは高級な薔薇だ。薔薇に負けないくらいの容姿じゃねえと勤まらない。ああん、わかるか?つーことで、これは決定。当日は精々売り上げに貢献してくれ」
 跡部は部長特権を行使した。
「……」
 リョーマはどこか胡散臭そうに頷く。
 やることも、理由もわかったけど。趣向って何?
 一抹の不安がリョーマの心に残っていた。







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