3年ぶりに、厳密にいうと4年ぶりだが、見る日本はどこか懐かしいというより、異国のようだ。 天蓬にとっては、金蝉がいなければ、どこにいても全てが同じなのかもしれない。 やっと咲き始めた桜。 まだ冷たい風。 天蓬は久方ぶりに立派な洋館を見上げた。 門を開けて、玄関まで続く道。 それを逸れて庭に続く小道に入る。庭には大木が茂る。それを越えた場所には温室。春を告げる桜がこの大きな庭にもある。天蓬はそこに向かっていた。 ひらりと花弁が風に運ばれていく。 遠目にも桜色、薄紅色が見えた。 思った通り、そこには桜の化身がいた。 長い金の髪を風に揺らめかせるがままで、太陽の光が反射している。菫色の綺麗な瞳が天蓬を真っ直ぐ見つめた。真っ白い肌に桜色の唇が艶めいている。まだ寒いのに、薄い服装でショールのような物を羽織っていた。 「金蝉」 天蓬は囁くように己の大切な名前を呼んだ。 「天蓬?」 柔らかな音で自分の名前を呼ぶ金蝉。天蓬は嬉しくなって駆け寄った。 「ただいま、帰りました」 「お帰り、天蓬」 金蝉は見上げながら天蓬に言った。 この3年で天蓬は随分成長したと思う。背も高くなった。以前は金蝉と同じくらいだったのに、今は優に10センチは高い。 これから成長期だ、まだまだ伸びるだろう。顔付きも子供時代とは違い、大人びて来た。海外での暮らしは当然ながら天蓬を外見にも内面にも大きく成長させた。 「これからは、ずっと側にいますから」 天蓬は金蝉に逢ったら絶対に告げようと思っていたことを伝える。 そのための留学だ。天蓬は手を伸ばし、金蝉の長い金糸を一房摘んだ。胸のあたりに持ち上げて、 「許してもらえますか?」 と真摯に訴えた。 金蝉は瞳を瞬いて、天蓬を見つめる。そして、ふうと息を吐いた。 「お前、変わってないな。こんなにでかくなったのに中身はそのままなのか?」 金蝉は首を傾げた。 「変わりませんよ。変わる訳ないでしょう」 不敵とも取れる笑顔で天蓬は言う。 こんなに貴方が好きなのに……。 変わる訳がないのだ。 「……天蓬。ここにいるのはお前の自由だ。どこに居ても、どこに行ってもそれはお前の意志なんだぞ、忘れるな」 「もちろん、弁えていますよ。僕は自分の意志でここに帰って来て、ここに居たいのですから。誰の意志でもありません。誰かのためでもありません。僕のためです」 「そこまでわかっているならいい。好きにしろ」 「はい」 綺麗で麗しい桜の精霊は厳しいことを言う。しかし、全ては天蓬のため。絶対に迷いを許さない瞳で思いをさらけ出すことを真実を強要される。天蓬はそっと金蝉の頬に触れた。 冷たい。 白い肌がより冷たく感じて痛々しい。 「冷えてますよ、金蝉。中に入りましょう」 天蓬は金蝉の細い腕を取って、玄関へと向かう。その手を金蝉は振りほどかなかった。天蓬を一瞬見つめ、まあいいかと肩の力を抜いて引っ張られるままだ。 その時、 「金蝉!!!」 玄関から、少年が活きよい良く出てきた。そして金蝉を見つけて走り出した。 「悟空?」 そのまま金蝉の前まで来ると、抱きついた。ぎゅっと腕を回して、しがみつく。そう、まるで母親に甘えるように。 自然離れた手を残念に思いながら天蓬は金蝉に聞いた。 「誰ですか?この子供は」 見たところ、小学生くらいだろうか? 茶色っぽい髪の毛に大きな金の瞳。元気が有り余っているのか、存在が騒がしい。 「ああ、言ってなかったか。悟空だ。最近また観世音が連れてきた。あのばばあ実は本当に子供好きなのかもしれねえな」 天蓬も観世音に引き取られた口であるから、否定できなかった。それにしても金蝉に懐いている。天蓬は悟空と紹介された子供を観察した。 「ほら、悟空。いい加減離れろ。そして、挨拶くらいしろ!」 金蝉は正しく躾をしていた。 「こんにちは。俺、悟空。よろしく」 悟空は天蓬を見上げて、ぺこりと頭を下げた。 「初めまして、悟空。僕は天蓬と言います。今日から一緒に暮らすことになります。よろしくお願いしますね」 「一緒に住むの?へえ。じゃあ、天ちゃんって呼んでもいい?」 悟空はにこにこしながら天蓬に提案する。 「いいですよ、悟空。今日から僕は天ちゃんですね」 それに天蓬も穏やかに返した。 「おい、お前少し性格変わったか?」 「天ちゃん」に驚いた金蝉が聞く。 「そうですね、これでも世渡り上手になったと思いますよ。天ちゃんなんて嬉しいですよね。僕、子供に好かれるんでしょうか?」 にこりと笑うが、その微笑みに金蝉は眉を寄せた。 それは性格が悪くなったということか?思うが口には出さなかった。 「金蝉、いい加減中に入りましょう。風邪引いてしまいますよ。僕、貴方と一緒に入学式いく予定なんですから」 「は?お前、俺と同じ学校に行くつもりか?」 「もちろんです」 「馬鹿か。お前ならどこでもレベルの高い学校に行けるだろう」 金蝉の通っている学校は決してレベルが低い訳ではなかった。ただ、お坊っちゃん学校として有名なのだ。必然的に皆付属の大学に入る。中学、高校、大学と一環教育された学園はのんびりとした校風で金蝉には合っていた。しかし、天蓬なら将来の大学入試も考えて、進学校にいくべきではないのか?と金蝉は思った。 「金蝉。僕は好きな高校に入るだけです。ちなみに入試とか心配してくれているのかもしれませんが、それは心配ご無用です。だって、僕もうアメリカで修士課程すましてきましたから……」 「……は?」 「だから、これからは日本の学校に行きますが、僕はアメリカで大学を終えています。英才教育ってすごいですね。アメリカのスキップ制度は無駄がないですよ」 天蓬は金蝉に微笑んだ。 先ほどより、更に大きく瞳を見開いて金蝉は驚いた。 「わかった、……好きにしろ」 そう言うのが精一杯だった。 天蓬は今度こそ家に入ることを進め、玄関の扉を開けた。 再び帰って来た我が家……。 桜が舞い散る校庭を二人は歩いていた。 入学式は桜の咲く頃。 緩やかに暖まった空気と微睡み。 4月の午後の空間は眠気を誘うほどだ。 風がふわりと優しく頬をなでていく。 金蝉の金に輝く長い髪を風が悪戯に触っていく。 どこからか飛んできた桜色の花びらが金の髪に絡まった。 白い指が風になびく長い髪を押さえ、はらりと落ちた花びらが舞い上がる様を菫色の瞳が追う。 それを傍らにいる天蓬が優しく見つめていた。 これからの未来を見つめた瞳で。 春はここまで来ていた。 皆、平等に春は訪れる。 出会いの季節。 優しい思いも切ない気持ちも全てがここから始まるのだ。 END |
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