「桜の咲く頃」おまけ


「店長、流行ってたんだね、この店」
「真弓ちゃん、それはないでしょう」
 店長と呼ばれた男性は情けなさそうな顔をした。
 40代半ば程のよく見れば端正と言って差し支えないに、あまりに穏やか過ぎているのが敗因か、初対面では気づかれない。
「だって、知らなかったんでもの。店長が脱サラしてお店を始めるって聞いた時は母さんと一緒に大丈夫かと思ったんだもの。これでも心配していのよ、叔父さん」
 真弓はうふふと笑う。そう、二人は叔父と姪であった。
 血のつながりなどどこにも見えないけれど、真弓の母親の弟にあたるのが、この店「フォーレスト」の店長梶原透であった。
 一方姪は藤岡真弓という、歴とした女子大生である。茶色の大きな瞳が印象的な、小柄で、可愛らしい外見をしていた。今日はウエイトレスらしく肩まで伸びた髪を無造作に大振りのピンで上げて、真っ白なエプロンをしている。
「4月だっていうのに、応援に来てあげたんだから、バイト料弾んでね」
 真弓は片目を閉じて、ね、と甘えるように言う。
「……わかったから、よろしくね。今日は土曜日だからランチはそれなりに混むよ」
 しょうがないなと、姪に甘い叔父は言った。
「了解!」
 真弓は元気のいい返事をして、チリンと鳴ったドアに振り返り、
「いらっしゃいませ」
 と挨拶した。



 ランチは2時まで。1時半を越えると、それでも客は空いてくる。
 真弓もふうと、一息付いた。満席になることはないのだけれど、客足は途切れない。
叔父のお店は本当に流行っていた。
 あの、叔父がオムライスの店をやっているなんて、信じられないが確かに美味しいのだ。
初めて食べたときは驚愕した。けれど、何より珈琲を飲んだとき、「叔父」だと思った。
昔から、珈琲には五月蠅かった。
 本格的に「ネルドリップ」でいれてくれる珈琲はいつも美味しくて真弓は楽しみにしていたのだ。おかげで、知らぬ間に珈琲は美味しくないと飲めなくなってしまった。
 叔父の責任だ、と思う。
「いらっしゃいませ」
 少し物思いに耽っていると、チリンと鈴の鳴る音。お客さまには、きちんと挨拶が基本だ。真弓が振り返ると、学生の二人組みが立っていた。真弓は空いていた席にに二人を案内して、お水を運ぶ。
 ……今日はラッキーかもしれないわ。
 こんな美少年二人も見れて、目の保養よね〜。一人は金髪に珍しい紫の瞳。とっても綺麗な顔で、存在感がある。これから、どんなに美人になるか、期待大だ。
 もう一人は黒髪に、緑の瞳。端正な顔立ちで理知的な雰囲気。将来はどんないい男になるのかしらと思わせる。表面は普通の顔をしているが、真弓はかなり興奮していた。彼女は綺麗なもの、可愛いものが大好きなのだ。
 そして、人間観察が趣味というかなり素晴らしい性格をしていた。可愛らしい外見を裏切る、きっぱりさっぱりした性格で口を開けば論議で負けることなどない。基本的に男っぽい性格だったのに海外でそれを更に磨き上げ、現在は彼女の前に立つ男は存在しなかった。
 だからなのか、より綺麗なものに惹かれてしまう傾向が強かった。
 目の前の美少年二人をそっと観察していた真弓は内心どんな関係なのかしら?と邪推していた。
「ブイヨンライスに具がなすとアスパラのトマトソースと、トマト味のライスにほうれん草にベーコンでホワイトソースをお願いします」
 ハンサム君が二人の注文をした。
「かしこまりました」
 真弓は軽く会釈してその場を去る。
 どうも、ハンサム君が美人さんを連れてきたって感じかしら?
 美人さんはこのお店は初めてみたいで、店内をきょろきょろと見ていたし、それを優しげにハンサム君が見つめていた……。
「店長、注文お願いします!」
 真弓は読み上げる。注文を聞いてから作るので、若干時間がかかる。その間ランチの付け合わせのサラダを持っていってく。真弓はちらりとさりげなく二人を見る。
 いいなあ、やっぱり。
 ずっと観察していたいが、そうもいかないのでそそくさと後にする。が、目の端に美人さんがふわりと笑ったのが映った。
 可愛い……!!!
 真弓は心の中で、じたばたした。
 うう、神様ありがとうって感じだ。幸せだな。
 更に、オムライスをもって行くと、二人でシェアしている。お皿を寄せあって、食べあっている姿はこの上なく微笑ましい。
 顔がにへらと緩んでしまう。なんか、羨ましいぞ、少年。
 食後のお茶は二人とも珈琲だった。叔父自慢の一品は二人も気に入ってくれたらしい。
なぜなら、分けてもらえませんかと聞かれたから。真弓は「少々お待ち下さい」と断って、店長に聞いてみる。
「いいよ。珈琲美味しく飲んでもらえて、俺も嬉しいなあ」
 その叔父の言葉に真弓も嬉しくなった。そう、できるなら、叔父の珈琲で幸せになって欲しい。だって、自分が幸せになる飲み物だから。
「いいですよ」
 と二人に伝えると、喜んでくれた。会計で注文通り、200グラムを挽いたもの、豆のままのものを渡す。
「ありがとうございました!!!」
 美少年二人の後ろ姿を見送った。
 また、来てね。そう囁いた。



 ああ、早く大学に行きたくなってしまった。
 自分がこの世で一番綺麗で大好きな顔が見たい。
 茶色の綺麗な瞳でにっこりと笑って欲しい。
「店長、早くバイト探してね。私来週はもう大学に帰るから!!!」
 だから容赦なく、叔父には告げた。大学では、美人なお姫様と二人の王子様がいるからね。こんなに楽しい人間模様はないわよね、とゆがんだ趣味の真弓は思った……。



(おわり)


 真弓ちゃん、出演。(笑)
 この意味のわかる人いるのかしら?
 私の趣味ですので、笑ってやって下さいね。
 「桜の咲く頃」はこれで終わりますが、「春の嵐、恋の風」というシリーズの冒頭部分ですので、これから長く続きます。お付き合い下さると、大変嬉しいです。

 春流拝。



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