警告 おまけは委員長の水野君のお話です。 83は脇役で、ほとんででてきません。 また、これを読まないと影響があることもありません。 ただ、文化祭での水野君がどうしていたか?というお話になります。 それでも、いいという方、 何でも、どどんと来いという方、 どうぞ下へお進み下さい。 それでは、楽しんで頂ければ幸いです。 春流拝。 「……という理由で演劇「ロミオとジュリエット」をやりたいと思います」 静かな空間で水野は発言する。 ここは視聴覚室。 文化祭実行委員会を行っている。 階段教室になった椅子に各クラスから集まった生徒が座り、前方の教壇に生徒会長(実行委委員長兼任)が立って進行している。 クラス委員が文化祭実行委員を兼任しているため、学年の委員会で顔を見合わせるメンバーばかりだった。その委員長がクラスの出し物を発表している。 そして、クラスの企画を生徒会から承認してもらわないと始まらない。 出し物は何でも承認される訳ではない。 飲食店は1学年3クラスまで。 演劇や演奏など舞台を使う物は1学年1時間4クラスまで。 教室を使った発表や出し物はいくつでも可能。 部活やクラブの発表など特別教室や準備室を使う物などは申請してから検討。 それぞれ場所をいつ誰が使うか、限りがあるため割り当てていかねばならない。当然、受け入れられない時もある。 そのため、こうして実行委員会で話し合われるのだ。1クラスの発表が行われると、生徒会長、副会長から質問がある。何も問題なければいいが、十分でない部分は指摘される。 「演目が長いようですが、1時間で終われますか?」 副会長が提出した書類を見ながら水野に質問した。 「そのためにも、現代風にします。有名なシーンは入れますが、支障がない場面は割愛することになります」 水野は予め予測していたように、さらりと答える。その琥珀の瞳が副会長を見ながら、他に質問がありますか?と聞いていた。 「わかりました。結構です。次のクラスお願いします」 副会長は頷いて、進行を促した。 全てのクラスが発表を終えると、 「次回は1週間後に結果を報告したいと思います。解散」 会長から終わりが告げられた。 水野は鞄を持って、図書館に行こうと決めていた。演目の「ロミオとジュリエット」の本を借りてどう扱うかもっと練る必要があるからだ。 「じゃあ、さようなら」 隣に座っていた2組の委員長、遠山に別れを告げる。 「さよなら、水野」 笑って答える遠山に、ばいばいと手を振って視聴覚室を後にした。 文化祭の準備は始まったばかりだ。これからどんどん忙しくなるだろうと思うと、水野は軽くため息を付いた。 それが嫌なのではない。ただ、毎日暗くなるまで帰れないと母親が心配するだけだ。 父親がいないため(死んでいない。離婚したのだ)不用心かと思うが、その分パワフルな叔母達がいるから大丈夫だろう。 「ただいま〜」 水野はいつも通りに声をかける。玄関からリビングはすぐそこで帰宅すればわかるのだ。ドアを開けて、リビングから繋がるダイニングキッチンに顔を出す。 「お帰りなさい、たっちゃん」 どう見ても高校生になる息子がいるとは思えないほど若い母親がにこやかに、振り返った。コンロに鍋がかかり、湯気が立っている。食欲をそそる匂いはどうやらシチューのようだ。 水野は着替えるために、「ああ」と言って自室がある2階への階段を登る。 「………!」 「よう。遅かったな」 「あんた、何でいるんだ?」 水野は嫌そうに顔をゆがめて、自分の部屋で当然のようにくつろいでいる男を睨んだ。 黒い髪に黒く涼やかな瞳、理知的に整った顔なのに、どこか他人を見下しているんではないかと疑いたくなる人の悪い笑顔。 「いいじゃねえか」 「三上……」 クッションに片手を付いて雑誌を座った脚の間に広げ水野を見上げている男、三上亮。 先ほども顔を見た文化祭実行委員の中心に位置する2年生。生徒会役員副会長殿である。 はあ〜と大きなため息を見せつけるように水野は付いた。どうしてこの男は至極当然の顔をしてここにいるのか、誰か教えて欲しい。 「生徒会は暇なのか?」 そんなはずはないのに、聞きたくなる。 さっきまで同じ場所にいたのに、自分より早く帰宅しているというのも、不思議だ。 「まだ、大したことねえよ。俺ができることも限られるだろ。お前、もっと早く帰って来いよ、遅いぞ」 「俺はやることがあるんだよ」 水野は構ってられないと上着を脱いでハンガーに掛けようと、三上の横を通ってクローゼットに向かう。その瞬間、三上に腕を取られ引っ張られた。 「ちょっ……!」 水野は身体を崩して倒れた。もちろん、三上の腕の中に。 「あんたな!」 腕に抱き留められ、睨み付けるつもりで顔を上げたら、思いの外間近にある三上の瞳に水野は黙った。 面白そうに口はゆがんでいるのに、瞳は真剣だったから。 大人しくなった水野を抱きしめながら茶色の髪に指を伸ばす。指で梳くと、さらさらと触り心地のいい髪が落ちる。その感触を楽しむように何度も梳く。水野は目を閉じてしばらくじっとしていたが、ふと視線を三上に向けた。 「それで、今日は何の用だ?」 「用がなくちゃだめなのか?」 「だったら、来るな」 つれない言葉であるが、抱きしめられたままで言っても説得力がない。 だから、三上も笑いながら、 「お前に会いに来たんだよ、立派な用事だろ」 と耳元で囁く。 「ばか」 水野は拳で三上の頭を叩いた。 「暴力的なお坊っちゃんだな」 三上は大して痛くもない頭をさすりながら笑う。 ふんと、そっぽを向いた水野が見た先に三上が読んでいた雑誌が目に入る。三上が読むのだから、パソコン関係かと思ったら(随分前からネットにはまっている)、サッカーの雑誌であった。 著名な選手がボールを操る瞬間が映し出された写真。水野は黙る。ぼんやりと見つめたままだ。 三上も水野の視線の先を辿り、ああと理解した。 「気になるか?」 「別に」 「お前、まだ吹っ切れていないのか?」 「……吹っ切るとかじゃない。そんなの関係ない」 水野と三上とサッカーの因縁は中学時代まで遡る。 当時水野はサッカーに青春と夢と希望をかけて練習に励み、試合をして順当に上手くなっていった。ライバルもたくさんいて、切磋琢磨していた。そのライバルの一人が三上であった。 しかし、突然夢は途切れる。 水野は病魔に犯された。闘病の結果、無事立ち直ったように見えた。しかし普段の生活に全く支障はなかったが選手生命は終わっていた。もう、90分の激しい運動はできないし、華麗なボ−ルテクニックも無理だと宣告された水野はきっぱりとサッカーの道を諦めた。その時点でサッカー名門校への推薦もなくなったが、頭脳も明晰であったため進学校に危なげもなく合格した。 「だったら、どうしてそんな顔をしている?」 三上が水野の頬に手を伸ばした。 柔らかい肌。シミなんてどこにもない白い顔。 「可哀想なんて言われたくない」 水野は言う。 三上を通り越して、虚空を見つめながら続ける。 「サッカーができなくなっても俺は俺だ。確かに頂点を目指したかった。もっとサッカーをしたかった。それ以外考えられないくらい……」 辛そうに眉をひそめ、唇を噛む。 「同情なんてまっぴらだ」 吐き出す言葉は苦痛の音。 「同情なんてお前に似合わないな」 三上は微笑みながら両手で水野の頬を包む。顔を上げさせるとそこには揺れている琥珀の瞳があった。綺麗な瞳は三上を見つめる。 「今が不幸だなんて思ってねえんだろう?クラス委員で澄ましてる水野も悪くない」 「それは嫌味か?」 三上のからかい気味な言葉に水野が不満そうに言う。 学校ではクラス委員として皆をまとめ、口調も優しく穏やかで面倒見がいい。 が、三上に限っては口は悪い、素直でない、怒りっぽいのである。元々中学時代リーダーシップがあり面度見も良かったが、口は悪く怒りっぽく、すぐ手が出ていた。それが成長?したせいか随分態度が変わってきた。 きっと三上に対する態度をクラスの人間が見たら驚くだろうことは必至だ。 「まさか、誉めてるんだよ」 そのまま顔を近づけて、軽く唇を合わせる。 一瞬の出来事で、水野は目を見開いたまま固まった。 「あんた……」 頬は言うまでもなく耳まで赤くする。 可愛いいねえと三上は思う。 初めてという訳ではないというのに。 もっともいつも不意打ちばかりだけれど……、どうせならしっかりしたいと思う。だから、もう一度今度は長く唇を奪う。 ………甘い。 柔らかな感触を楽しんで、名残惜しげに離す。 さすがに目を閉じていた水野がゆっくりと瞼を上げて三上を見上げた。 「……三上」 水野が何か告げようとした時。 「たっちゃん、ご飯よ〜〜〜!」 母親が1階から水野を呼ぶ。 はっと我に返ると水野は三上の腕から離れ立ち上がりドアに向かう。ノブを開けた所で振り返った。 「ご飯、食ってくだろう?三上」 照れくさそうに聞く。 「ああ、ご馳走になってく」 三上も立ち上がり水野の後に続いた。 これから楽しい夕食タイムだ。 すでに家族公認の仲の良さなのだが、水野本人はまだ認めたがらない。 諦めて受け入れる日は近い? 窓から差し込む光が夕焼けの色に染まる。 水野はパイプベットの上で寝ていた。 クラスの出し物「ロミオとジュリエット」を講堂で練習中、バルコニー用に組んだセットが崩れて水野はそこから落ちた。脚の痛みがあったため、保健室に来たのだけれど捻挫という診断だった。校医の長谷部に「無理をするな、動くな」と言わ忠告された。 先ほど三蔵と八戒が様子を見に来た。その際に、ジュリエットをやって欲しいと三蔵にお願いして受け手もらったため、水野としても一安心だ。 クラスとしても三蔵がジュリエットやった方が、絶対に成功するだろう。 怪我の功名とはこのことか?などど水野は思う。 「失礼します」 コンコンというノックの音と共に入って来たのは緒方だった。 「はい」 机に向かって書類を書いていた長谷部校医が返事をしながら椅子の反動で振り返った。眼鏡のツルを上げながら、 「何かしら?」 と大柄な緒方を見る。どう見ても怪我しているように見えない健康そのものの身体だ。どのような用件か?と長谷部は伺う。 「あ、水野は……?」 「そこよ、寝てるわ」 長谷部は白いカーテンで仕切られた先を指差す。緒方は頭を下げて、そっとカーテンを開ける。 「水野……?」 寝ていたら起こしてしまうかもしれないと、不安げに声をかけた。 「ああ、起きてる」 水野は起きあがり緒方を見上げた。 「調子はどうだ?痛むか?」 労るように優しく聞く。 「大丈夫だよ。舞台はできないけど、三蔵が引き受けてくれたから肩の荷が降りたよ。緒方も良かったじゃないか三蔵のジュリエットならきっと成功するよ」 水野はそう言って笑う。 緒方は怪我をした水野を保健室まで連れてきて、捻挫の診断を聞いた後すぐに講堂に戻り指導と打ち合わせをして後片づけ、クラスに戻ってこれからの指示をしてきた。だから、水野が心配であったがすぐに来ることができなかったのだ。 クラスで指示している間に三蔵と八戒が様子を見に来て、三蔵がジュリエットを引き受けたことをクラスに戻り告げてきた。 もちろん、クラスメイトは良かった!と安心していた。水野の捻挫でどうなるだろうと不安に襲われていたのだ。 「聞いた、三蔵から。でも、水野もここまでがんばってくれたのに残念だ。水野のジュリエット俺は見たかったぞ」 緒方は残念そうに言う。 水野のジュリエットもとても綺麗だった。 「ありがとう」 お世辞だと思ったのか、さらりと流されてしまう。 緒方は真剣に言ったというのに、本気にしてもらえない。いつも、水野はそうだ。三蔵のようにあからさまに嫌そうにはしない。さらっと流してしまって何事もなかったようにしてしまう。それは天然なのか、意識的にしているのか疑問に思う所である。 「本当だぞ、水野。確かに三蔵は誰も惹き付ける。無視できない輝きがあるからそれだけで舞台は期待できると思う。でも水野だって十分ジュリエットとして舞台で人を惹き付ける力だあると思う。俺は、そう思う……」 どうにか自分の思いを伝えようとするが、なかなか上手くいかない。 「あ〜だからだな……」 緒方は頭をがしがしと手でかくと困ったように眉間にしわを寄せた。いつもの緒方らしくない。いつでも自信満々で堂々と話すのに、今日は自信なさそうに話す。水野はどうしたことかと、首を傾げる。 その瞬間さらっと茶色の色素の薄い髪が揺れる。少し長めの前髪が額にかかる。 緒方はその美しさに見惚れた。 「緒方?」 「……あ、すまん」 瞬時に我に返り、謝る。まさか見惚れていたとは言えない……。内心緒方は焦った。 本当に、どうしたらいいのだろう?と思う。 こんなにも好きなのに。 「水野、送って行こうか?」 少しでも水野の役に立ちたい。せめて、側にいたい。それくらい許されるだろうと思う。 「いいよ、遠いから」 「でも、その足だと辛くないか?」 「大丈夫だって、心配症だな」 水野は笑う。 「本当に、送らせてくれ」 「緒方……」 「送るって!」 「………」 「迷惑か?」 緒方は言い募る。 真剣な緒方に水野は戸惑う。 「俺が送って行くから必要ない」 そこへ聞き覚えのある男の声がする。 二人が振り返るとドアに背を預けて腕を組んだ三上が立っていた。ちらりと横目で二人を見つめていた。 「三上?」 「副会長……?」 水野は瞳を見開いて三上を見るし、緒方は副会長としての認識はあるが個人的に話などしたことなどないため、なぜここにいるのか首を傾げる。 三上は驚く二人を無視してすたすたと水野の側まで来ると、 「ほら、帰るぞ」 といい、側においてある水野の鞄を持ち水野の腕を掴んだ。 「え?どうして?」 水野は戸惑って三上を見上げる。 「え、じゃない。こんな怪我しやがって……」 三上は水野の包帯の巻かれた足を見ると、機嫌が悪そうに眉をひそめた。 「だから、どうしてここにいるんだ?あんた」 「俺の情報網をなめるなよ。生徒会にいると情報が入ってくるんだよ。そんなことはいいから、立て。タクシー呼んであるから」 「タクシー?」 「その足で電車に乗るつもりか?無理だろう」 「でも、」 「でもじゃねえ。素直に来い」 「三上……」 「ほら」 そう言って水野が立てるように肩を支えてやる。水野は言われるままに体重を預けてベットの端に足を下ろして立ち上がった。 「じゃあな」 水野を支えると、捨て台詞のような言葉を三上は吐いた。 「ごめん、緒方。じゃあ、また明日!」 水野はすまなそうに謝ると手を振った。そして、「お世話になりました」と長谷部に会釈すると保健室を出ていった。 「お大事にね〜」 室内には長谷部の声だけが響いた。 残された緒方は、呆然としていた。 あれって、どうゆうことだ?副会長と水野は知り合いなのか? 親しげな言葉と態度……。 副会長はまるで自分を牽制するかのように見ていたし水野は簡単に付いていった。 ぐるぐると頭の中が回る。どうにもこうにも失恋っぽい。 そんな緒方の様子に長谷部は苦笑していた。 「お姫様は連れていかれちゃったわね〜」 「先生……」 「ま、元気だしなさいよ。ほら!」 そう言って長谷部は小さな瓶を緒方に投げた。綺麗に放物線を描いて緒方の手の中に収まったのは、有名メーカーの栄養ドリンクだった。 「それでも飲んで、がんばんなさい」 面白がるように言う。 「……ありがとうございます」 緒方の声は淀んでいた。 「ほら、掴まれ」 三上は水野の手を取り自分の左腕に絡ませた。 本当なら肩を貸してやりたいのだが、水野が絶対嫌だと言ってきかないので体重が自にかかって痛くないようにせめて腕に捕まらせたのだ。 渋々シャツをぎゅっと掴み体重を預けてゆっくり歩く。水野の歩調に合わせて三上も歩く。 右手には自分と水野の鞄を持っていた。 「ああ言うときははっきり断れよ」 徐に三上は言う。 「は?」 何のことかわかていない水野は反応できない。 「だから、俺以外に送られるんじゃねえよ」 「何言ってんだ、あんた」 「お前は無防備過ぎる。さっきだって、口説かれてたじぇねえか」 「はあ……?」 水野は呆れたように三上を見上げた。 「あんた馬鹿だろう」 よりにもよって、そんなことを言う。 三上の方が聞きたい。 どうしてこんなに鈍感で天然なのだろうか?あいつはどう考えたって水野に惚れているだろうが……。しつこく送るってほざいていたのに、どうしてわからないのだろうか?決して人の機微に疎いこともなくかえって聡いくらいなのに。恋愛だけ、どうにもこうにも鈍いのだ。 三上がどんなに水野はもてると言っても信じない。 「お前、本当に口説き甲斐がないやつだな。ま、俺にだけ口説かれとけばいいさ」 「俺にだけって、何だ!」 「ああ?俺だけだろう。それとも浮気する気か?」 にやりと笑いながら、傲慢にそんなことを言う。 「あんたな……」 誰が浮気だ、と毒づく水野は三上を睨んだ。 浮気が成り立つということは付き合っている間柄があってこそだ。それにどう反論していいか水野は困る。付き合ってないなどとは言えないし、浮気なんてしないなんて絶対に言いたくない。だから、睨む以外できなくて悔しくて口をへの字にする。 そんな顔が面白くて、三上は笑いがこみ上げる。本当に、そんなところが可愛いくてしかたない。 終わってるよな、と思うが幸せなのでいいことにする。 「ほら、タクシーが待ってる」 だから、笑いを隠して玄関先に見えるタクシーを指差した。 舞台の上では1年1組現代風「ロミオとジュリエット」が行われている。 ちょうど有名なバルコニーのシーンだ。 三蔵が朗々と語り、八戒が三蔵に話しかけた。 最前列では女子高生が見惚れてうっとりしている。その横には写真部がカメラのシャッターを押している。主に三蔵を連写している所を見ると売りさばくらしい。客席は満席で、ちらほら立ち見が出ている。 すこぶる、良好だ。 水野は客席の最後尾に座っていた。折角の良い席はお客様に譲り、自分は全体を見渡せる場所にいて様子を見ている。 お客さんが惹き付けられているか、楽しんでいるか、誰を見ているかなど観察して後で報告するつもりである。ちゃんと終了したら感想を述べなければならない。怪我をしている水野だけが、舞台裏に入れてもらえなくて(休んで見ていろと命令された)こうしている訳だ。 「随分、いい出来なんじゃねえの?」 真後ろから声がした。その声と同時に後ろから首に腕が回って引き寄せられると至近距離に顔があって黒い瞳と目があった。 当然というか、必然というか三上だった。 「当たり前だろう」 水野は驚いた風もなく、にっこり笑って自信ありげにそう答えた。 機嫌が良さそうだ。 いつも校内で話しかけるとまるで知り合いであることを隠そうとするかのように振る舞うのに、今日は三上が腕を回しても怒らない。珍しいこともあるもんだと三上は思った。だから、水野の隣の空いた席にどかりと座って足を組んだ。その組んだ足の上に肩肘を付いて、頭を乗せ少し下から水野を上目使いで見た。 「怪我しなければあそこにいるのはお前だったな」 にやりと口角を上げて笑む。 「俺の方が元々代役みたいなものだからちょうどいいだろ」 しかし、水野はそっけない答えだ。いや、そっけないというより本気でそう思っている節がある。とても真面目でクラス思いの委員長は三蔵がジュリエットをやってくれて、本当に良かったと満足していた。自分が怪我をしてかえって良かった、怪我の功名とか思っているのだ……。 「俺は見たかったけどな、水野の晴れ姿」 「そんな事言うのはあんただけだ」 呆れたように水野は三上を見る。 「んなことは、ねえよ。お前は自分を知らなさすぎだ」 確かに現在ヒロインを務めている美人は、極上。全校生徒から注目されている。 でも水野も相当美人なんだけれど、本人はそれに気付いていない。 クラスにも水野を狙う男がいるというのに、きっと全くこれっぽっちも気付いていない。哀れだと少しだけ思うが、気付いてもらっても困るから容赦なく叩きつぶしておこうと三上は決めていた。もちろん、内緒で……。 だから、 「まあ、可愛い水野は俺だけが知ってればいいか?」 と水野の耳元で囁いた。 絶対に誰にも渡さない。 自分以外に目を奪われることは許さない。 そんな三上の激しい感情に水野は気付かない。 耳元を押さえ、真っ赤になった水野は、こんなところで何てことを言うのか?と三上を恨ましげに睨んだが三上には効果はなかった。それどころか、その目つきが凶悪にそそると思う。 知らぬ間にそんな感情が顔に現れていたのか、いやらしげに笑う三上を水野はパコンと音がするほど頭を殴った。 「すけべな顔するな、馬鹿」 「いいんだよ、すけべだから」 人の悪い笑顔。たくらんだような目つき。 水野は嫌な予感を覚える。こうゆう目つきは危ないと経験が言っている。 身構えた水野に一瞬の早業で近づくと、耳元に口を寄せて、 「お望み通り、すけべなことしてやるよ」 と言った。 もちろん水野が平手でひっぱたいたことは言うまでもない。 END |
![]() ![]() |