幻想恋歌 6 


「これはどうしたんですか?」
天蓬は少し驚いていた。
目の前に広がる豪華絢爛な世界に。


先日金蝉が倒れたので、こまめに顔を出していた。
そしていつも通り来てみれば、今日はいつもの部屋ではなくて別の部屋に通された。
「よう、天蓬」
観世音が扉の前で立ち止まったままの天蓬に声をかける。
「どうした?天蓬。早く入って来い」
金蝉も何も変わったことがないように、言う。
天蓬だけが戸惑っていた。この状況に。
一言で表現するなら、いろんな品物が部屋中に散らばっていた。
一目で高価だとわかる物、見たことがないもの、貴重なもの。
「これはどうしたんですか?」
「どうしたって?毎年この時期になると贈られてくるんだよ。天帝とかだと、献上物ってとこか?」
観世音が説明した。
「天蓬も一緒に試食してみるか?」
金蝉が誘う。
持っている物は茘枝だった。
硝子の器に盛られている所から一つ摘み茶色の鱗状の皮を剥く。
中身は半透明でぷりっとした触感で、口に入れるとほの甘い。冷やされていたようで、とても美味しい。
「他のも食べてみるか?」
指さした場所には、西王母の庭で取れると言われる仙桃、きっと名産の赤く輝く林檎、房がたわわな葡萄、熟した柘榴・・・。
「いえ、十分ですよ」
にっこり辞退する。
きっと普段の自分であれば、口になど入らないものばかりだろう。
「ほれ」
真っ白の蓋椀に注がれたお茶。
金蝉が差し出す。
さわやかな芳香だ。
「今年の一番茶だな」
観世音が味わいながら、言う。
産地の農園から届いた一番茶。若々しい香りで黄金色に輝いている。
茶菓子に丸葉大黄の砂糖の煮付めが置いてあった。
それを口に入れると、甘酸っぱさと柔らかな触感がする。
お茶と一緒だととても美味しい。
「美味しいですね」
天蓬が言うと、金蝉はそうだろう?という顔をする。
「金蝉は薬茶も飲めよ。いつも薬草はあるけど、お前がこの間倒れたって漏らしたら、薬草園から特別に届いたんだから」
その言葉に金蝉は嫌そうだ。
薬茶は苦い物が多い。中にはそれなりに美味なものもあるが、希だから金蝉も自然に渋い顔になる。
桑の葉、柿の葉、金桜子、薔薇、かみつれ、百里香。
迷迭香は葉から抽出した香油をにして身体に塗れば艶やかにし、葉を入浴剤にすれば血行を促進させる効果がある。
蕃紅花は香料になり、心臓の薬になるなるので高価だ。
山茶花の油。
黄色の花から赤い染料が取れる紅花。
甘草は甘味になる上、漢方薬として風邪、のどの痛み、咳き、気管支炎などの疾患、歯痛を鎮める作用がある。また、毒素を排泄する作用にも優れた薬用がある。
天蓬は薬草に詳しいので、並べれているものがわかったが、高価なものばかりだった。
「天蓬、酒はいけるよな?」
「ええ」
「旨い酒もあるから、帰りに持ってけ」
どんと置かれた酒瓶は名酒と言われるものだった。
辛口で、かなり濃度が強い。一口煽れば身体が火が付いたように火照る。
「・・・ありがとうございます」
天蓬は辞退するのも失礼かと、お礼を言う。
それを聞いていた金蝉が、
「俺も飲んでみたい」
と言った。
「お子さまには早いんだよ」
観世音がからかうように笑う。
「これは少しばかり強いですね」
少しどころではないのだが、天蓬は金蝉に困った顔で言った。
「ところで、金蝉お酒は?」
「飲んだことがない訳じゃない・・・」
「は!お前のは飲んだ内に入らないだろ!!」
観世音が言うので、金蝉はむっとした。
「お前が飲ませねえからだろ!俺だって飲もうと思えば、飲めるんだ!」
むきになって言うのが可愛くて、ついつい微笑んでしまう天蓬だった。
「何だよ?」
「いえ・・・。いつか金蝉とお酒を飲みたいですね」
「俺はいつかじゃなくて、今がいいのに」
金蝉は拗ねたように、唇を噛みしめる。
どうしてこんなに子供扱いされるのか、金蝉としては不服だった。
「ま、機嫌直せよ。それより・・・」
と観世音は言いながら反物が置いてある場所に行くとひっかき回す。
孔雀の羽を織り込んだ珍しい物。
貴重な染料で染められた、深紅の織物。
透けるように薄く織られた絹。
見たこともないような豪華な織物から、繊細な作りのもの、刺繍に年月がかかるだろうものまで、何十枚と積まれている。
ふうんと何枚かの織物を見ていた観世音は、
「これなんて、いいんじゃねえのか?」
上品で薄手の織物を観世音が金蝉の肩に当てて眺める。
薄紫色の織物。上品な色合いが似合っている。
「仕立てるか?」
結構いいと思うがなあ、と呟く。
「天蓬はどう思う?」
観世音が聞く。
「僕ですか?」
金蝉も意見を待っているのか、天蓬を見る。
それでは、と天蓬も織物を探す。
その中から天蓬が選んだのは、
「僕はこの空色が・・・」
そう言って、ふんわり金蝉の肩に掛ける。
天蓬としては、いつも白が多いので、もちろん白はこの上なく似合うのだけど、綺麗な水、空の色もいいかと思ったのだ。
布地も軽くて、着心地が良さそうだ。
金蝉は掛けられた織物を腕に掛けて羽織るようにする。
「綺麗な色だな・・・」
悪い気はしていないらしことがわかって、天蓬としても安心した。
「じゃあ、首飾りはどれがいい?」
観世音は今度はどれだ?と宝石や細工を探す。
七種の宝玉と言われる、金、銀、瑠璃、シャコ、瑪瑙、真珠、マイ瑰。水晶、珊瑚、象牙、鼈甲。それらで作られた、首飾り、耳飾り、指輪、腕輪、足輪、櫛、簪などの装身具。
取り出したのは、銀細工に水晶がほどこしてあるもの。真ん中に一つだけ紫水晶が入っているのが気に入ったらしい。
すっかり着せ替え人形になってきた金蝉である。
しかし、別段嫌そうでもないので、これはいつもやっていることなのだろう。
「ほれ」
と金蝉の首に取り付ける。
「いいじゃねえか、な、天蓬」
「いいですね。とっても似合いますよ」
二人から言われて、金蝉も満足そうだ。
嫌がらない金蝉に二人はそれからも、あれや、これやと付けさせて楽しんだ。
どれもこれも似合うので、選ぶ方としても選び甲斐があるのだ。
その日はそれからも、笑い声が楽しそうに部屋から響いていた。


届いた新鮮な食材でしっかりご馳走になった天蓬が観世音邸から返ったのは夜遅くのことだった。
お土産に銘酒も持たされた。
観世音から、日頃の感謝だと。
いつも金蝉が世話になってるな、と礼まで言われた。
隣で一緒に見送ってくれた金蝉はそれに不服そうだったが、「またな」と言って果物が詰まった駕篭をくれた。
「ありがとうございます」
天蓬は嬉しくて、にっこり微笑んだ。
「おやすみなさい」
「おお!」
「・・・おやすみ」


程良く酒も入り気分良く、楽しい時間に満ち足りて天蓬は幸せだった。
帰り道、振り仰いだ頭上には月が輝いていた。



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