栄花恋歌 3 


「君が、先日金蝉童子をここまで案内したんだってね?」
「・・・はい」
天蓬元帥の執務室。
つまりは天界軍の庁舎の一室である。
部屋の床には書棚からあふれた本が山と積まれてる。
少佐は天蓬元帥に呼び出され、執務机の前に立っている。
呼び出した天蓬は椅子に座り、眼鏡のツルを触りながら少佐を見た。
「最近ね、変な噂を聞いたんだよ。何でも金蝉童子の親衛隊ができたって。君は知っているかい?」
いつもの穏やかな声。けれど、棘がある。
「・・・それは・・・ですね」
「はっきり言いたまえ!」
少佐が言葉に詰まると鋭く叱咤される。
「・・・知っております」
「そうかね。ところで、誰が中心となっているかは、知っているかい?」
その言葉と微笑みに、ぞっとする少佐であった。
そう、中心になっているのは自分である。
好きで中心になった訳ではないのだけれど。
自分が金蝉童子様を案内したため、少しでも情報を出せと言われて、話していただけなのだ。しかし、話題の中心にいることには変わりがなく、必然的になぜか親衛隊の代表っぽくなってしまったのだ。
親衛隊と言うが、そんなに情報があるわけではない。
2度ここ庁舎に姿を現しただけの彼。
見ただけで引き込まれる、忘れられない容姿と存在感。
確かに声をかけることに躊躇いはあったのだが、どこか迷っていそうに見えたののだ。
下心がなかったと言われれば、嘘だけれど。
けれど、純粋に助けて差し上げたかった。少しでも近くであの麗しい姿を見たかった。
声を聞きたかった。話ができるなんて、夢のようだった。
その夢に密やかに、浸っているだけなのだ。
なぜなら、再びこの目で見ることがあるかどうか、かなり望みが薄いのだから。
上官である天蓬元帥を再び訪ねてこなければ、おそらく二度とないと思われる。
そのくらい、身分が違う相手だった。
上級神など、間近に目にすること自体が貴重なのだから・・・!!!
しかし、目の前の元帥は全てお見通しらしい。
でも自分ですとは恐ろしくて言えるわけがないではないか。
「知りません」
少佐は言う。
「そうかい・・・。それは残念だね。けれど、もしわかったら教えて欲しい」
「承知致しました、元帥。・・・あの、もしわかったらどうするのですか?」
少佐はとても気になった。
天蓬はふっと微笑む。それは氷の微笑だった。
「即刻、解散を要求するね。上級神について、あれこれ語ることは不届きだと君は思わないかい?」
「君」に力を込めて、天蓬は言う。
「そ、そうですね」
「そうだろう?これ以上金蝉童子のうわさが広がることは誠に遺憾だ。だから、これから彼について語った者は厳重に処罰しようと思う。何分、まだ観世音菩薩に保護されている身だからね」
それは、親衛隊は解散しろ。
金蝉童子について、語るな、他に漏らすなという箝口令ではないのか!
暗に仄めかされているのだ。
元帥は完璧に現状を把握している。
その上で、自分に余計なことは話すなと言っているのだ。
これは、皆に伝令しなくてはならない。
自分が呼び出されていることから、処罰されたくなければ皆に言って聞かせろということなのだろう。
この元帥はやると言ったら、やるだろう。
博識で頭の回転が良く、行動力もあるので味方、上官にしている分には頼もしいが敵に回したくない人物である。普段は下士官に対する態度も分け隔てなく、階級にものを言わせることもない人なのだ。だから、下士官からも慕われている。
ところが、今回のことはその上官の逆鱗に触れたらしい・・・。
「そうですね。私もそう思います。元帥、もしそのような者にあったなら固く注意しておきますので、ご安心下さい」
だから、少佐はこう言うしかない。
皆にきつく言っておきます、と。だから容赦して下さいと。
「そうかい。では君に任せておこうか」
いいだろう、それでは皆に伝えておけ、の意である。
「はい」
少佐は大きく返事をする。
それに天蓬は満足そうに口角を上げて笑った。
その笑顔は怖かった。
正しく悪魔の微笑み。

少佐は上官の正体を初めて見た気がした・・・。



「何度来てもらっても、返事は同じだ」
観世音はそっけなく言う。
目の前にいるのはヒヒじじいからの使者だ。
全く、懲りない。
あれほど、丁重に「お断り」したというのに、しつこい。
確かに簡単に諦めるには金蝉は勿体なさすぎるだろうが。
あれほどの極上は、そうそういないであろう。
でも、絶対に渡すわけにはいかないのだ。
観世音はきっぱりとした態度で使者を部屋から追い出した。
これであきらめてくれるといいが・・・。


天蓬と密談、相談してから数日後のことである。
観世音の方には相変わらず使者がやってくる。
これは本格的に動かなければならないかもしれないな、と観世音は思う。
天蓬に軍は任せても大丈夫であろう。
金蝉にも当分外出を控えるよう言ったようでおとなしくしている。
全く可愛いものである。
好きな男のいう事は素直にきくのだから、ついつい観世音がからかいたくなっても無理はない。
天蓬からは外出禁止にすると意地になるといけないので、今度目立たないように月見に出掛けようと思うと、聞かされていた。
観世音も許可を出していた。
天蓬と一緒なら問題ないだろうし、夜なら人目もないだろう。
金蝉だと、気付く者も少ないはずだ。
そのくらいは大目に見ておかないと、あのお姫様は暴れるだろう・・・。
観世音は、二人を思い浮かべて笑えてくる。
自分のような長く生きている者からすると、二人の歩み寄りが可愛くてしかたない。
ままごとみたいな恋なのだ。
恐らくは、天蓬自身も子供の金蝉にあわせているのだろう。
己よりも金蝉を優先している所が観世音は気に入ってる。
できうるなら、二人の上に幸があらんことを祈る観世音だった。





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