栄花恋歌 2 


天蓬は頭を悩ませていた。
どうしたら、いいのかだろうか?
外出を控えるよう言うことは簡単だ。どうとでも言い繕える。
しかし根本的解決にはならないだろう・・・。
「知らない人には付いて行くな」
「無闇に人を信じるな」
「男が親切だったら注意しろ!」
「男は獣と思え!」
とでも、言えばいいのか?
言える訳ないではないか、金蝉に向かって!!
前回軍の庁舎を訪れた時、知らない軍人を信じて天蓬の部屋まで案内させた金蝉である。
どうしてそんなに親切なのか、金蝉はさっぱりわかっていない。
かといって、自覚に欠ける金蝉に何を言っても無駄だ。
自分がいかに魅力的であらゆる人を惹き付けるか、自覚させなければ注意のしようもないだろう。
けれど、生まれた時から観世音邸で純粋培養されたせいで、尚かつ観世音に育てられると言う特異な環境で、自分の容姿に対して全く理解していない。
客観的認識がなさ過ぎる。
あの、お姫様な金蝉をどう躾たらいいのか、天蓬は思案に暮れた。


「こんにちは、金蝉!」
「ああ、天蓬」
いつもの四阿で一人、本を膝に乗せ読んでいる金蝉に天蓬は声をかけた。
天蓬を認めると、ふわりと微笑んだ。
最近は天蓬に微笑むことも増えてきた。
金の髪が太陽に輝いてきらきらと輝き、澄んだ紫の瞳が天蓬を見る。
一枚の絵のような情景に天蓬は見惚れる。
それに幸せを感じつつ、これから自分が話さなければならない内容に憂鬱になる。
いつもの定位置、金蝉の横に腰を下ろした。
「いつ見ても綺麗な庭ですね」
四阿から見渡す庭は格別だ。自分が歩いてきた小道を挟んで色とりどりの花が咲き誇る。
今は四阿にこぼれるように差し込む雪柳が白い花を散らしていた。
「ほら」
そう言って金蝉は用意されていたお茶を天蓬に渡した。
大概女官が盆に茶器と器を用意し置いていくらしい。
「ありがとうございます」
天蓬は青磁の器からお茶を一口飲む。
爽やかな香りと味だ。
青磁の器に映る景色を見つめながら、ふうっと天蓬は息を吐いた。
「どうかしたのか?」
金蝉が唐突に聞く。
「え?何がですか?」
天蓬の方が驚いてしまう。
「どこかおかしいぞ、今日のお前は」
まさか金蝉にこんなに簡単にばれるとは思わなかった。
金蝉は不審そうな顔で天蓬を見つめる。
「参りましたね。貴方にはかないません」
一瞬瞳を見開いて、肩をすくめてみせる天蓬だ。
そして、天蓬は金蝉を不安がらせないように、しっかり見つめて微笑んだ。
「聞いて頂けますか?金蝉」
「ああ・・・」
「金蝉は最近外に出ることがありましたけれど、楽しかったですか?」
天蓬の問いに金蝉は首をかしげながら考える。
「うん。初めて見るものばかりで面白かったぞ。お前の住んでる場所にも行けたし」
素直な感想を述べる金蝉に天蓬は頷く。
「そうですか、それは良かったです。いろんなことに目を向けて、興味を持つことはとても歓迎すべきことです。けれど、困ったことがあるのです」
「困ったこと?」
金蝉は眉を寄せた。
「ええ・・・。観世音にはいつも二郎神が付いていますよね?上級神ともなれば副官が付くものですが、・・・中には付かないこともありますがね、それは役職があってこそです。まあ秘書みたいなものですかね?最上級神の観世音ともなると護衛もかねていますが。けれど貴方はまだ成人していませんから、役職もありません。ですから副官もいませんよね。成人していない上級神の場合、女性であればどこへ行くにも女官が付いていきます。けれど貴方は男性ですから、この場合護衛になるのでしょうが・・・、適当な人材が現在いないそうです」
じっと天蓬の話に耳を傾けている金蝉だ。
「それで?」
「お一人で外出して何かあると困りますから、しばらく外出は避けた方がよろしいでしょう」
「誰かと一緒ならいいのか?」
「貴方の立場上、頻繁には無理ですが・・・。よろしければ、私がその時はお供しましょう」
「天蓬が?」
「ええ、ご不満ですか?」
金蝉は首を振る。
「それは良かった。でもね、金蝉。城内には軍に配属された者が多くいますから、安心かもしれませんが、反対に貴方にとっては危険なんですよ。軍として下界への討伐があったりしますし、それ以外でも城内の安全のため見回っています。つまり、怪我をする者も当然いますから、血臭がします。幸い今までは大丈夫でしたが、貴方は「汚れ」に弱いですから。今後は特に軍関係の施設や庁舎には近寄らない方がいいかもしれませんね。そうでないと倒れてしまいます。貴方を血臭に近寄らせて倒れさせでもしたら、観世音にあわす顔がありませんよ」
「そんなに怪我が多いのか?」
金蝉は不安そうな顔をする。
天蓬がまた怪我をするのではないかと、心配しているのだ。
「それほどではありませんよ。万が一です」
だから天蓬は大丈夫ですよと笑う。
前回はとても心配させて泣かせてしまったから。
愛おしい存在を不安にはさせたくないと天蓬は思う。
「ずっと外出できないのも寂しいですから、今度一緒にお出かけしましょうか?それも、夜に!」
天蓬は金蝉に明るく提案する。
「夜?」
「そう。お月見なんていいと思いませんか?」
「・・・お月見か。いいな!!」
金蝉は嬉しそうだ。
お月見で外出など当然したことがないだろう。
本来なら、外出は控えなければならないが、あまりダメだというと反対に意地になることがあるので、天蓬は妥協案を出していた。
夜なら、人目にもつかない。
昼よりずっと目立たないはずだ。
今は外出を控えることが最優先であるから、自分の魅力に関しては後々ゆっくり自覚を促すことにしようと、天蓬は思っていた。
金蝉を守ること。
それが天蓬の存在意義であった。



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