栄花恋歌 1 


天蓬は観世音から呼び出しを受けていた。
観世音から天蓬に相談など彼のこと以外ありえなかった。
なぜなら、観世音は彼の保護者だったから。
だから天蓬はすぐに観世音邸を訪れ、観世音の執務室に来た。
「よう!」
「こんにちは、観世音」
観世音菩薩はいつもの柔らかそうな椅子に腰掛けて天蓬を迎えた。
「ま、座れよ」
向かいの椅子を勧める。
女官が持ってきた白磁の器には香り高いお茶が注がれた。
観世音はお茶を一口飲んで、単刀直入に言う。
「お前を呼んだのは、ま、金蝉のことだ。最近な、困ったことになったんだよ」
「困ったこと?」
「ああ・・・。金蝉が外に出る機会が増えたせいでな、当然人目について広まっちまったんだよな、うわさが」
「うわさですか?」
「そう。すんげえ美人がいるってな」
「ああ、・・・ありそうですね」
「今までは滅多に外に出なくて、祭事の時も人に会わないようにしてたから良かったんだが、最近軍の庁舎やら外出したせいでな・・・、まずい所にうわさが流れた。そして、その結果縁談が舞い込んだ」
「縁談ですか?」
「そう。姫君との。だが、現在金蝉と歳のあう姫君なんていないから、薹の立ったな。もちろんまだ子供だからって、断っておいた」
天上界の出生率は低い。
その上、上級神ともなれば、まずないも等しい。
めったになくて、成長も遅い。
だから、金蝉は見かけの年齢ではなく、もっと長く生きている。とは言え、他の神々に比べたら子供に違いなかったし、ゆっくり時が過ぎているため、精神年齢も子供だった。通常の天上人でいう大人の天蓬と比べれば、若干天蓬の方が年上になるだろうか。
そして子供時代は極端に汚れに弱く、身体も弱い。
現在の上級神事情としては、子供など金蝉以外いない。当然、金蝉が一番年下になる。
つまり、婚姻を結んでいない姫君はいても、歳はかなり離れていることになるのだ。だから、薹の立った、と観世音は表現したのだ。もっとも、ある一定になれば不老不死の天上人に年齢など関係ないのだけれど。
「けどな、これは簡単に受け取れない問題だ。薹の立った姫君が隣に自分より美人の男を置きたいと思うか?思わねえだろう、普通は。だったら、答えは一つだ。美人なら何でもいいと思うスケベじじい共だ。縁談は表向きで、本音は金蝉を差し出せって訳だ。全くお稚児趣味も大概にして欲しいもんだ。ま、ただの美人じゃねえけどな、極上美人じゃあヒヒじじいどもも目の色を変えるだろうよ!」
観世音は嫌そうに吐き捨てる。
そして、
「天蓬、お前どうにかしろ!」
と言う。
「どうにかって、僕にはどうにもできませんよ、観世音」
天蓬は顔をしかめて答える。
内心は苦い思いを味わいながら。
「別に、ヒヒじじいをどうにかしろなんて、言ってねえよ。あれは俺がどうにかする。最悪の場合、三大如来にでもお願いするさ。あいつらも金蝉には甘いからな・・・。お前にどうにかしろっていうのは、これからさ。俺が何を言っても金蝉は言うことを聞かない。だから、今後の外出を控えるように、お前どうに言って聞かせろ!」
「外出ですか・・・。僕にはそんな権利ないんですけどね。でも軍関係には言えると思いますよ。実際、僕もまずいとは思っていましたから。金蝉が軍の庁舎に2度ほど来ましたけど、ものすごく目立ってましたし、金蝉見て軍人が惚けてましたからね、軍でも密かにうわさになったんですよ」
「そりゃな・・・、軍人だらけの空間にあれがいたら目立つだろう」
「ええ。それはもう。とんでもなく、浮いてましたね!」
はははっ、と観世音は声を立てて笑う。
「外出することは悪いことじゃない。返っていいくらいだ。純粋培養だから世間を知らないしな、学ぶことも大切だ。これがお姫さんだったら、女官でもお付きにしたんだが、一応男に女官付けるのも変だろう。あいつも承知なんてするはずもない。だからといって、護衛もな・・・。如何せん、人材がない。お前、金蝉目の前にして平然としていられる男がいると思うか??」
「いないでしょうね・・・」
恐ろしいことに、その答えに自信がある。
姫君ではないのに、いや、そんなことどうでもいいのだが、彼を見た者は間違いなく見惚れて、惚ける。そんな男を側に置いて良いわけがない。
護衛が加害者になる確率が高くなる。
「一人で外に出しても、心配なんだよな、これが。ふらふらしてたら浚われるんじゃねえかって!」
多分、浚いたくなるだろう。
そして、金蝉は疑うことを知らない。
間違いなく拐かされる・・・。
そして、その結果が観世音の、
「お前責任取れ」
という台詞になるのだ。
「あいつはお前に懐いてる。お前の言うことなら聞くだろう?それに、お前にはその権利もあるだろう?違うか、天蓬元帥」
意味ありげに、にやりと笑う観世音だった。
「・・・権利があればいいんですけどね?観世音菩薩」
天蓬も裏を読んで答える。
観世音には大概ばれていると思っていた。
天蓬が金蝉に寄せる想いと。
金蝉が天蓬に寄せる想い・・・。
「お前も趣味がいいんだか、悪いんだかな。確かに極上だが、相手が上級神で子供それも男じゃな・・・。苦労するぞ」
「承知してますよ」
天蓬は小さく笑う。
「お前博識だしな、その分だとわかってるだろう?」
「・・・もちろんですよ。「汚れ」に弱いことでしょう?」
「知らなければ、手も出せるんだろうがな。知った上だと躊躇するか。そのくらいヒヒじじい共も躊躇すればいいのにな、あいつらにはそんなこと関係ないだろうな。ま、そんな奴らには絶対渡さないさ」
「ええ、そうですよね」
天蓬は力強く同意した。
すると、観世音はふとからかうような瞳で言った。
「お前なら、浚ってもいいぞ?」
「それはまた、大きく出ましたね、観世音?」
天蓬は観世音の真意を確かめようとまっすぐ見つめ返した。
「なぜです?金蝉の指南役を仰せつかった時から思っていたんですが、どうしてそんなに信用して下るのか、不思議でしたよ」
「目がな、気に入った」
「目ですか?」
「ああ。このよく言えば穏やかな、悪く言えば濁った空気に甘んじていない、挑戦的な目が興味を引いた。そんな奴滅多にいないからな。金蝉には、頭の固い大老も傅くしか能のない奴も近づけたくなかった。お前はその点合格だよ」
観世音の採点はかなり辛いものであったろう。
それに合格するとは天蓬は運が良かったらしい。
「合格でしたか?・・・今でも合格点がもらえるでしょうか?」
はははははっ!!!と観世音は高らかに笑った。
「俺でも読み間違うことはある。まさか、金蝉がお前をあそこまで慕うとは思わなかったぞ。予想外にいい結果だ!だから現在高得点だな!」
「一安心ですね」
天蓬は笑う。けれど、目はとても真剣だった。
金蝉の側にいるには、厳しい試練も、壁も乗り越えていかなければならないようだ。
一番の強敵は、彼の保護者として絶対的に君臨している目の前の観世音菩薩であろうか?
共同戦線を張るようでいて、実際はじっくり観察されている。

天蓬の試練は始まったばかり、かもしれなかった。




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