「雛恋」零

州侯としての仕事がいつもより早く終わって。
だから、早めにあいつの所に行ってやろうなんて気になって。
あいつの執務室に向かった。
驚かしてやろうと思って先触れも出さなかった。
部屋の前に行くと、珍しく扉が少し開いていて。
普段ならそんな事しないのに、自分はそこから中をのぞきこんでみた。
天蓬はいつもどうり執務用の卓の前に座っていた。
だけど。

(・・・天蓬・・・?)

何を、しているのだろうか。
彼の傍には、見慣れない、女官にしてはやけに着飾った女がいた。
そいつの腕、が。
天蓬に絡み付いていて。
からだは縋りつくように、しなだれかかっている。
・・・なんだかすごく、居心地が悪かった。
何故なのかは分からなかったけど。
女の笑いが、なぜか癇に障ったからかもしれない。
にっこりと、美しいが、何か・・・含むものあるような、笑み。
対する天蓬はといえば、
・・・笑っていた。
何が楽しいのかはわからないけど、温和な笑みを天蓬も、見知らぬ女も浮かべて、歓談している。

何、してるんだろう、自分は。
さっきから頭を疑問符だらけにして。
入って行けばいい。いつも通り。
そして訊けばいいんだ。「その女は誰だ?」とでも。
・・・・でも、足が動かなかった。
声も、かけられない。
莫迦のように、ただ室内をのぞき見ているだけ。


そうこうしているうちに、女からは笑みが消え、打って変わって何処か思い詰めたような、真剣な顔になる。
そして・・・
天蓬に口接けた―――。

(――――――っ)
それ以上見ていられず、回廊を走り出した。
ずくずくと、胸が痛かった。
喉には、ずんとした重いものが引っかかったような感じ。
訳もわからず、瞼には熱がこもる。
(何でだよ・・・・っ)


会員の浅葉様さまから頂きました。
ありがとうございます。
これは浅葉さまが、ご自分のサイトで連載されている、十二国記をベースにしたお話のうちの一つです。詳しくお知りになりたい方はサイトにどうぞ。
設定も置いてありますし、それ以外のお話があります。(春流)

浅葉さまのサイト「Hermitage」

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