貴方を愛している 心から愛している どうしたら、私の事を想ってくれるのか どれだけ捧げたら、想いを返してくれるのか 持てるもの、全てを投げ捨ててでも構わない 己にできる事なら、何でもする 想いなら、誰にも負けない 欲しいというモノなら、何でも手に入れてあげる 珍しい花でも、美しい宝石でも、絹の洋服でも、 貴方の心が手に入るなら 私は、悪魔に魂を売っていい だから どうか、私を見て 「好きな相手に、同じだけ好きになって欲しいと思わないかね?」 なんでだか、突然そんな話題になった。東方司令部、マスタング大佐の執務室でするような質問とは思えない。 「は?何それ」 エドワードは呆れた顔で眉を潜める。 その表情を見てロイは苦笑を漏らした。予想通りの反応だ。 「馬鹿馬鹿しい」 ソファにもたれ吐き捨てるエドワードの様子に、ロイは机の上に肘を付いて顎を乗せ面白そうに口元を釣り上げた。 「そうかね?」 「何だよ、じゃあ、大佐はどうなんだよ」 「恋とは、そういうものだよ」 「……」 理解できないと例え言葉にしなくても、はっきりとエドワードの顔に現れていた。 ロイは小さく笑みを浮かべる。 「理解できないという顔だね。君には、まだ早いかな」 からかいを含んだ言いようにエドワードはむっとする。 「子供扱いしやがってっ」 そして、唇を尖らせた。 その態度は誰が見ても子供である。 背負っているものが重いせいか、彼は普通の人間の幸せというものを切り捨てている傾向がある。 弟を元に戻す。自分も右手左足を取り戻す。 それがどれだけ困難か。一生を捧げても見つけられるか怪しい幻のような賢者の石を探して旅している。 だから、他に目を向けない。 向けている時間はないとばかりに、脇目も振らず真っ直ぐに前だけ見ている。 その視線は眩しい程だけれど、時々それが痛々しくもある。 「じゃあな」 エドワードは立ち上がると、部屋を横切り扉まで歩みを進めた。 先日出向いた街の様子や事件を記した書類はすでに渡した。今回の用件はすでに済ませここにいる必用はないはずだ。 「今回は、いつまで滞在予定だね?」 ロイはエドワードの小さな背中に問いかけた。 「2、3日かな。この後、西部の街へ行くつもり」 「西部か。あそこも国境辺りが穏やかではない。治安も安定していないようだが……」 「そんなの俺には関係ないの。めぼしい情報があればどこへでも行くさ」 ロイの気遣いの言葉にもエドワードは素っ気ない。危ないと言われても、目的があればどこへでもエルリック兄弟は行くのだ。 「そうだね。では、明日食事でもどうかな?」 「やだ」 まだ拗ねているらしく、エドワードはぷいと横を向いてロイの誘いを断った。 「残念だねえ」 くすくすと笑うロイが益々腹立たしい。 エドワードはその笑い声を背に受けながら扉を乱暴に開いて部屋を出た。扉が閉まるまで漏れ聞こえてきた笑い声が、むかついてしょうがない。 司令部で兄を待っていたアルフォンスを伴ってエドワードはさっさと東方司令部を後にした。 エルリック兄弟はイーストシティを訪れ、東方司令部へ赴く場合泊まるホテルは大抵同じ場所だ。馴染みのホテルは二人に特別干渉をしないのに暖かく迎えてくれる。 そして、彼らがこの街に訪れると必ず寄る場所がもう一つあった。 そこは街角の一角に店を構えるドーナツ屋だ。 店先からは香ばしい匂いが漂って来て食欲をそそる。 「よう、メグ」 「こんにちは、メグ」 「いらっしゃい、エド、アル」 兄弟の挨拶ににこりと笑いながら歓迎するのは、この店の看板娘であるマーガレットだ。皆からメグと愛称で呼ばれている。 「美味しそうだな」 エドワードは湯気を立てている茶色いドーナツを見て頬を緩める。 真ん中に穴が空いているリング状のポピュラーなものから中にクリームなどを挟んだもの。砂糖をまぶしたもの。ねじった形のものなど様々なドーナツがある。 「揚げたてですもの、美味しいわよ。新作は、これ。ピーナツクリームをいれてみたの。どう?エド」 楕円形したドーナツをマーガレットは示した。 「いいな、それ」 「でしょ?エドが来たら絶対に勧めようと思っていたのよ」 エドワードの好みは把握しているから、とマーガレットは笑う。 栗色の長い髪に緑の瞳で笑顔が魅力的なマーガレットは彼女が目的で集う客が多くいる程人気者だ。彼女とおしゃべりするために、甘いものがそれ程得意ではないいい年の男性も足を運ぶ。 エドワードとアルフォンスが彼女の店を知ったのは偶然だった。 偶々歩いていて、突然雨に降られた。足早に通り過ぎる人々の中エドワードはどこか軒先で雨宿りをしようかと思って走っていた。 その時、彼女に声をかけられた。 濡れているエドワードとアルフォンスを家へ招き入れ、タオルと暖かいお茶と美味しいドーナツを振る舞ってくれた。それ以来二人はこの店に通っている。イーストシティに訪れた時だけだから、通っているというのは語弊があるが訪れたら必ず寄る。 「じゃあさ、新作のピ−ナツクリームが入ったのと、いつものやつ」 「わかったわ」 いつもの、とはリングのドーナツに砂糖をまぶしたものだ。それがエドワードの定番だ。 マーガレットはドーナツを一つずつ薄い紙で手早く包み、少し大きな紙袋にそれらを入れてエドワードに渡した。エドワードは紙袋を受け取りポケットから財布を取り出し代金を渡す。 「いつも、ありがとうございます」 マーガレットは彼女らしい笑顔で、お客に対する感謝を伝える。 エドワードはマーガレットの笑顔が好きだ。 実はその笑顔が死んだ母親に少し似ているというのは、彼女には秘密だけれど……。 「マーガレット」 一人の男が彼女の名前を呼んだ。マーガレットが声のする方へ顔を上げると、男は嬉しそうに微笑む。 「ジョージオさん」 男の姿を認めマーガレットの声が幾分戸惑いを含んでいるように感じ、エドワードは不審げに男を見上げた。 中肉中背、わりと整った顔。金髪にくすんだ青い瞳。 育ちの良さそうな風情。身につけている洋服や雰囲気から、お金に困ったことがない裕福な家庭に育った人物であろう。そして、人に拒絶されたことがなさそうだ。 エドワードは一瞬でそう観察する。 「これを」 ジョージオと呼ばれた男はマーガレットに花束を渡す。 赤い薔薇の花束。女性の好きそうな高級感溢れる贈り物だ。しかし、マーガレットは苦笑を漏らす。 「ジョージオさん、いつもいつもありがとうございます。でも、私、困ります」 「けれど、君は他には何も受け取ってくれないから。花なら受け取ってくれるだろ?」 「花は受け取らないと枯れてしまいますからね」 「もちろん。君が受け取ってくれないと、この花は他に行き場所はないよ」 ジョージオの真面目な言い分に、マーガレットは腕の中の薔薇を見ながら吐息を付く。 それはあからさまで他人から見ても、何を言っても駄目なのかしらと困惑している彼女の心情が伺える。 「それから、今日は何を貰おうかな。君のお薦めは?」 ここは、ドーナツ屋である。 ジョージオは並んだ甘そうなドーナツを眺めて、マーガレットに聞いた。マーガレットも仕事であるからお客に対する微笑みで返す。 「ジョージオさんにお勧めは、甘すぎないシナモンをまぶしたものね。今日は、いい卵が手に入ったから、美味しいわ」 「そう。じゃあ、それをここにあるだけもらおうか」 並んだドーナツを指差してジョージオは注文した。目の前にあるだけのシナモンドーナツ。20個程あるだろうか。とても一人で食べきれるものではない。 「ジョージオさん。そんなによろしいの?」 「いいよ。皆で食べるから。本当なら、ここにある全てのドーナツを買いたいくらいだけど、それは君に止められたからね」 ジョージオは頭を掻きながら苦笑を浮かべた。 店にあるだけのドーナツを買い占める。 確かに、店の売り上げだけ考えればこれ以上はない程ありがたいだろう。けれど、美味しいドーナツを楽しみに買いに来た常連客や子供にはいい迷惑に違いない。 「ジョージオさんのご好意はありがたいけど、それはできない事だわ」 マーガレットはシナモンドーナツをエドワードの時と同じように薄い紙で包んで手早く紙袋に詰め始める。 そのやり取りを見て鈍感なエドワードでもさすがにジョージオがマーガレットに惚れているとわかった。 好きな人に贈り物をしたい、その気持ちはわかる。 受け取ってもらえる花を贈る。健気な男心だろう。 ただ、困惑しているマーガレットが気がかりであるだけで。 さて、どうしようとエドワードは思う。その横でアルフォンスがエドワードの服を引っ張った。視線があう。 人の恋路を邪魔してはいけない、とアルフォンスの目が語っていた。 一人の男が必至に好きな女性にアプローチしているのだ。どんなに傍目にマーガレットが困惑していても、その目に嫌悪が浮かんでいるようには見えない。 他人が口を出していい事ではない。 まして、自分は恋とはいかなるものかなどわかる術もない子供だ。 「じゃあ、またな。メグ」 「また来るね」 「またね、エド、アル」 笑顔で見送るマーガレットに二人は手を振ってその場に背を向けた。 エドワードは手に入れたドーナツを近くの公園で食べようかと考えを巡らせて己より高い位置にあるアルフォンスの顔を見上げた。 「なあ、アル。ホテル寄る前にこれ食べて良いか?」 「いいよ、揚げたてなんでしょ?暖かいうちに食べなよ」 「ああ!」 エドワードは元気に頷く。揚げたての甘いドーナツを頬張る時、とても至福だ。 その時だ。 「キャーーーーーーーーーーっ!」 耳をつんざくような悲鳴が街中に響いた。 二人は瞬時に振り返る。 今、自分達が後にしてきたドーナツ屋の前に。 マーガレットが胸から血を流していた。 ジョージオがその血に濡れた彼女の身体を抱きしめている。 あまりの光景に、エドワードは息を飲んだ。 何が起きたのか、一瞬理解できなかった。 「マーガレットーーーーーーーーーっ」 エドワードは絶叫した。 |