「助けて」 女は走っていた。 息が切れる。 心臓が波打つ。 苦しい。 けれど、女は走って走って。角を曲がる。 冷や汗が背中を流れる。 肌が緊張でぴりぴりと痛い。 静まり返った中に靴音だけが嫌に響いていて、追っ手がそこまで迫っている事を告げていた。 どうして、こんな事になったのだろうか。 夜、一人で歩いていたのが悪いのか。 けれど、この道はいつも歩いている家への帰り道。慣れた道だった。 街灯はまばらだが、メインストリートから一本外れただけの、人通りがそれなりにあるはずの道だ。 だから女は最近物騒だと聞いていたが、一人で家路へ急いでいた。 まさか自分が、噂の人物に出くわすなんて思いもしなかった。 そうでなかったら、もっと早く帰ったというのに。 あるいは、メインストリートのような明るく人通りが多い繁華街を遠回りでも選んだだろう。 けれど。 今、そんな後悔をしてもしかない。 女は自分の浅はかさを呪いながら、走った。 止まってしまったら、駄目だ。 逃げなくては。 早く。 早く。 自分の前に立ったのは、暗闇に溶けるような黒い服を着た男達。 ぎら付いた目をしていたように思う。実際はこんな夜だとういうに濃い色の付いたグラスをしていて顔を隠していたからわからないけれど。 あの男達が今このイーストシティで噂になっている主だろうか。 だったら、自分は掴まってしまったら間違いなく生きてはいられない。 そこにあるのは、死だ。 カツカツ。 足早に聞こえる靴音。 振り向くことも怖くてできない。 ただ、走った。 誰か、助けて。 助けて……! 悲鳴を上げたいのに、助けてと叫びたいのに、それさえも恐怖で喉に声がこびりついてしまって出来ない。 どうして、誰もいないの? いつもは誰かとすれ違うのに。 女は疑問が過ぎる。 出逢った人に助けを求めたい。 一心に、祈る。 誰でもいいから、誰か来て。 しかし、無情にも目の前に現れたのは闇色に染まった男だった。 いやっ………………! 絶叫したつもりだったが、女の口から漏れることはなかった。 |