「世界のお茶を」




 「何だ、これ?」

 新一はそれらを指差して快斗を見上げた。

 いつものように快斗がやってきた休日のことである。平日も通って来て土日は金曜日から泊まることもしばしばであるが、たまたま昨日は用事があって土曜である今日は朝からやってきたのだ。
 快斗は来る度いろんなものを工藤邸に持ち込むのだが、今回は何やら幅は薄いが正方形の大きな箱だった。リビングのテーブルに置き、新一の前で広げた箱には銀色に光る小さな丸い缶がきっちりと並んでいた。
 新一の不思議そうな顔をにこやかに受けて快斗は答える。

 「これはね、『世界の24銘茶プレゼント』っていう懸賞で当たったもの。母さんが市販のお菓子で当てたんだ。折角だし、面白そうだから持ってきた」
 「懸賞?こんなものが当たるのか?」
 「そうだね、世間にはいろんなものがあるよ?これなんて応募じゃなくて当たりがお菓子の箱の中に入ってるパターンだし。大きなものなら車とかあるし、種類も豊富で最近ははがきだけじゃなくてネットもある」
 「俺、応募したことない………」

 新一は懸賞自体に全く関心がない。応募したことなどある訳がなかった。
 欲しいものは自分で手に入れるのが信条であるし、そんな運に頼るようなことはしない。たとえ高価であろうが、彼は手に入れる努力を怠らない。その上財力もある。無闇に財力には頼らないし欲しいものはそれほど多くはない。
 これが、ホームズの初版本などであるなら話は別であるのだが………。

 「そうか………。そうだろうね。俺は、あるけどさ」

 快斗は新一の信条や行動パターンを思い納得する。彼がわざわざ懸賞などに応募する訳がない。

 「快斗はあるのか?何に?」
 「結構何でもあるよ。旅行とかパソコンや電化製品とか。ゲームにケーキの食べ放題無料券………?」
 「………お前らしいって言えばらしいな。特にケーキの食べ放題」

 甘いものが大好きな快斗はケーキを一度に5個は軽く行ける。たくさん食べるお金がないのではないだろうが、きっとそういう問題ではないのだろう。それに、応募しているなら、そこそこ当てているに違いない。快斗は幸運の持ち主なのだから。
 しかし、快斗にとっての一番の幸運が新一に出会えたことだと思っているとは新一自身は全く想像できないに違いなかった。

 「そう?まあいか。それでこの缶はさ、全部紅茶の葉なんだ………」
 「小さいのがたくさんあるな。全部種類は別か?」
 「そう。缶が小さいから多分1缶20グラムくらいかな?それで24種類あるって訳。真ん中にあるドザールがいいよな」

 新一は銀色のドザール(紅茶を計る専用スプーン)を取り上げしげしげと眺める。リーフの形で葉脈が彫り込まれている。

 「こってるな」
 「うん。お茶もね、お菓子会社だからどうかと思ったけれど製造社を見たらちゃんと紅茶専門店だったから安心した。覚えてるかな?以前新一と一緒に行った紅茶専門店。俺の御用達なんだけど、そこなんだよ。だから味は保証されているんだ」
 「………覚えている。たくさん紅茶の種類があって迷ったとこだろ?あそこのお茶なんだ、そっか。やっぱり会社としてちゃんと専門に依頼するんだな」
 「俺としては、ありがたいけどね」

 くすりと快斗は微笑んだ。

 「ね、どれが飲みたい?好きなのいれてあげる」
 「………また、迷うだろ。快斗のお勧めでいい。今日のお菓子にあうのを選んで?」

 首を傾げて新一にお願いされた快斗は顔をほころばせて頷いた。

 「了解。どれにしようかな?」

 快斗は小さな缶を手に取り、ご機嫌に鼻歌を歌いながら選ぶ。
 今日のお菓子は家で作ってきたチョコチップクッキーである。

 (甘めだけど暖かいミルクティなんていいかもしれないなあ………。アッサムのカルカッタオークションにしようか。ミルク向きだもんな)

 快斗は緑色のラベルが貼ってある一つの缶を選んだ。
 産地や種類、フレーバーなどで色分けされている紅茶のラベル。色から見るだけでわかるようになっている。快斗にとってはよく知っている紅茶専門店のものであるから、実際は飲んだことがある紅茶がほとんどだった。

 (それにしても、この大きさの缶ってあそこでは普段ないよな?これ専用に作ったのか?………あそこの中国茶店の期間限定にあった小さい詰め合わせが、確かこの大きさだったよなあ。デザインがちょっとだけ違うはずだけど………)

 御用達、つまり常日頃利用しているため様々な知識が入っている。快斗は記憶から情報を引っぱり出す。一箱24缶で確か5000名にプレゼントであるから相当の数である。このプレゼントのためだけに作ったとしてもおかしくはないなと快斗は結論付けた。
 気になることを片付けた快斗は早速紅茶を入れることにした。
 新一と一緒のティタイム。
 クッキーと紅茶で過ごす時間は、きっと穏やかな時間を与えてくれるだろう。
 そして、今日の夕食はお隣の博士と少女も呼ぼうかと快斗は頭をめぐらせた。



 それは、いつもの午後だった。




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