「あのさ。なんでKIDなんてしていたんだ?」 快斗は新一に手伝わせて紅茶をいれ、お茶菓子に今日持参したクッキーを出した。いきなり新一に呼び出されたが家で暇をして焼いていたクッキーがあったため持ってきたのだ。 リビングで美味しい紅茶とクッキーをまったりと味わうとおもむろに快斗は切り出した。 「俺は父さんがKIDだって知って驚いた。なんでKIDなんてしていたのか知りたくてKIDになった。そして、パンドラのためにショーの最中に父さんが殺されたことを知った。世界中に散らばるビックジュエルの中に月にかざせば赤く光る命の石パンドラという宝石がある。そして、ボレー水星が近づく時満月にパンドラをささげば涙を流す。その涙を飲めば不老不死が得られる。嘘のような話だ。俺にとってはそんな事どうでもよかった。でも、父さんを殺したヤツラが探すパンドラをこの手で壊すと決めた。そうして今までKIDとして活動してきた」 新一も優作も黙って見守る姿勢だ。これは親子二人でしなければならない会話だ。 快斗は盗一を真っ直ぐに見つめながら続けた。 「不老不死なんて吸血鬼である父さんには必要ないもんだろ?長寿であり、ほとんど不老な吸血鬼がなぜそんなものを探していた?嘘か本当かわからない宝石を探す理由がわからない。何か別に理由でもあったのか?わざわざあんな衣装で泥棒なんてする必要性は何だったんだ?」 「快斗は私が死んでいると思ったから、殺したヤツラが憎いからKIDになったのか?」 盗一はふむと頷いて、問いで返した。 「そうだよ。KIDになったばかりの頃はなんでKIDになったのか知りたかっただけだ。パンドラのことを知ってからは、パンドラを探して砕いてやろうと思った。父さんを殺したヤツラの思い通りになんてさせたくなかった。不老不死なんて信じてなかったけど、それがある限り誰かが不幸になる。あいつらは、パンドラを手に入れるためなら人殺しさえ厭わない。だから……!俺はアイツラに渡したくなかったんだ!」 心からの快斗の叫びだ。 「うん。さすが我が息子だ。ただの仇討ちだったら止めないとならないからな。なにせ、私は生きている」 「ほんとだよ。いくら子供だからって、教えておいて欲しかった」 満足そうに笑む盗一に、快斗がぼやく。 「悪かったな。快斗」 「……仕方ないってわかってるさ。父さんが謝る必要はない」 言いたいだけ吐き出した快斗を認め、盗一は表情を改めて厳かに口を開いた。 「まず、パンドラは、不老不死を与えるものではない」 「……え?違うのか?」 「違うな。不老不死など人間の幻想だ。あれはそんなものでは決してない。大きな誤解がある。言い伝えは真実とは裏返しだ」 「……つまり、人間が求める不老不死ではない逆の効果があると?」 盗一の言い方ではそう考えられた。快斗は自分が思っていた事は正反対の答えがあるのだと気付いた。 「そうだ。なぜ、吸血鬼である私があれを探していたのか。答えは長寿である吸血鬼などの人外が飲めば死に至る毒薬だからだ。命の滴ではなく、死の雫だ。我々が唯一死ぬことができる奇跡の雫だ。さすがに首をはねられれば我々も死ぬが、胸を刺しても治癒能力の高さで生き返ることが出来る。よほど完璧に切り刻めが死ねるだろうけれど、そんな自傷趣味はないからね」 随分エグイ事を平然と言い放つ盗一に、快斗は口の端が曲がりそうだった。改めて思うが、父親は自分が考えていた人物像とはかなり違った。幼い頃に死に別れたせいで、多少理想や想像が入っていた事は否めないが、それでも明らかに性格が違う。自分の尊敬や憧れは子供であるからこその思いこみだったのだろうか。いいや、一応マジシャンとして尊敬し目指す人物としては正しいはずだ。それに、自分に優しかった父親としても嘘ではない。 よくよく考えれば長い時を生きている吸血鬼が性格が曲がっていない方がどうかしている。新一も父親の性格は悪く口では敵わないと以前言っていたではないか。 快斗がぐるぐると頭を巡らせていると、盗一は清々しい笑みを浮かべた。いっそ、禍々しい方が怖くない笑みだった。 「そんな理由で探していた。吸血鬼にとっては喉から手が出るほど欲しいものだからね。一応、吸血鬼の協力は全面的に得て」 死をもたらす滴が欲しいという理由は、あまりにも今の快斗には感情が理解ができなかった。長寿というものはそれほどに長く辛い時間なのだろうか。 「もちろん、私も協力していたよ。KIDと名付けたのは私だし」 優作も隣から話に加わった。吸血鬼としての話なら優作も当事者だ。 「世界的推理作家ともなればツテも世界中だ。そこからビックジュエルの情報を手に入れた。その情報を元に盗一が盗んで確認する。適材適所だろう?」 「なら、なんで快斗がKIDとして活動し始めた時に止めなかった?協力は?」 今まで黙っていた新一が疑問を口にした。新一は基本的に快斗寄りであるからだ。KIDの後方支援をしてたのなら快斗にだって資格はある。放置していたのなら、父親をこれから信じられない。 「快斗君は大丈夫そうだったからね、このままで様子を見ようと決めた。もちろん情報は変わらずに提供していたよ。寺井君に」 「寺井ちゃんに?」 快斗は驚いた。確かに寺井から情報をもたらされる事はあったが、それの情報源が工藤優作だとは思わなかった。 (でも、寺井「君」ってなんだ!寺井ちゃんを君付けするってさ!) 外見では寺井の方が年上だが実年齢では優作の方がうんと年上なんだろう。 「そうだよ。盗一が眠っている間のことは頼まれていたからね」 「じゃあ、最初から今までの俺がKIDとして過ごした時間筒抜けだったんですか?」 今日、会った時にKIDである事が確かにばれていた。つまり、快斗がKIDを継いだ時から工藤優作は知っていて情報を提供し見守ってくれていたのだ。 「まあね。快斗君がKIDを継いだ事は寺井君から聞いていたし。寺井君からは盗一が殺されたと聞いただろう?あれも指示をしたのは私だし。その時快斗君がどうするか知りたかった。KIDを継いでも継がなくてよかった。ずっとパンドラを探してはいたし。……これが真相だけど、どうかな?」 笑う優作は快斗よりかなり上手だ。手のひらの上で転がされるほどだ。今聞いた話に反論などできない。それが試されたとはいえ、選んだのは自分だ。人のせいになんてしたくない。 寺井から聞いた話が嘘で、自分は信じてKIDになることを選んだ。すべて真実を知っていた寺井。KIDになってからは協力してくれた。が、ひょっとして快斗が吸血鬼の血に目覚めるかどうかも見守っていたのかもしれない。もちろん母親も。そうでなければ、おかしい。 「ありがとうございます、と言っておきます。すべて自分の選択であり責任ですから」 快斗は口元に笑みを浮かべてそう返した。自分よりずっと経験がある彼らからすれば、未熟者だが、ただ文句だけをいう人間にはなりたくない。 「どうだい、優作。私の息子は立派に育っただろう?千影の育て方がいいせいだな」 自慢げに盗一が優作の肩をたたく。いきなりの親ばか発言に優作も苦笑する。 「それは認めるよ。うちだって負けていないから」 返す言葉も親ばか発言だった。 「そうだね。新一君も有希子君に似て美人に育った。立派な魔女だし」 「そうだろう?そう思うだろう?おかげで、下僕がいっぱい」 「さすがだねえ。有希子君、そのままだ。きっとうちの快斗もKIDなんてしていたくらいだから、将来有望な吸血鬼にいなるぞ!」 「いいねえ。仲間が増えるのは大歓迎だ!」 互いに対抗しする姿はかなり馬鹿馬鹿しい。おかげで、先ほどまでのシリアスな雰囲気と会話はさらっとどこか彼方に流れていった。 これを止める必然性を見いだせないが、いくら何でも聞き続けたい会話でもない。快斗と新一はお茶のお代わりをいれに立ち上がってキッチンへ向かう。 「さっきはダージリンだったから、今度はアールブレイにしようか」 「そうだな。お茶菓子も隣でもらったチョコレートがあるから、それを出そうか」 「いいんじゃない、それで」 会話をしながら手は動かす。最初から二人は気が合うようで、何かしていても互いが邪魔になることはなく、効率がいい。 相性がいいのだろう。 快斗は沸騰した薬缶から茶葉をいれたポットにお湯を注ぐ。その横で新一は菓子皿にチョコレートを並べている。ついでにと隣に煎餅もおく。甘いものが続くと塩気のあるものも食べたくなるからだ。 「なあ、新一」 「なに?」 「あのさ、俺の母さんって魔女なのかな?さっき答えてくれなかったから、わかんなくてさー」 間延びした声音で快斗が、何でもないような顔をして聞いてくる。新一もその問いにはあえて軽く答える。 「うーん、千影さんは母さんと友達だけど、魔女じゃないと思うな」 「そうなの?」 快斗としては魔女と友人というだけで、同じようなものかと思っていた。実際は母親のの千影も高校生の息子がいるとは思えないほど若々しい。 「だって、もしそうなら。半分血を引いている快斗は俺と同じように使い魔がいるはずだ。快斗は吸血鬼の方が血が濃いとは思うけど、それでもまるきり使い魔がいないはずもない。……いないだろう?」 「いないな。感じたこともない」 新一にはメリルとチャーリーという使い魔がいる。契約は幼い頃だ。快斗にはそういった使い魔という存在を感じたことはないはずだ。 それに快斗が魔女ではないことが新一には感覚でわかる。千影も同様だ。 「うん。まあ、同じ魔女なら俺にもわかるから、千影さんが魔女ではないことは確実なんだけど。快斗が魔女ではないこともな。……ああ、吸血鬼も使い魔というか魅了の力で人を従えることができるから下僕くらい作れるし、コウモリぐらいなら使うことはできるはず。魔女しか使い魔がいないという定義は正確ではないな。ちょっと説明するのは難しいけど」 「……うーん。なら、母さんは何だろう?両親のことだからさすがに知りたいんだ」 今日いきなり両親が普通の人間ではないと言われた快斗のショックは大きい。せめて、何者であるかぐらい知っておきたいのが人情だ。 「千影さんあの時答えてくれなかっただろ?おそらく口は割らないと思うぞ」 「なんで?」 新一がなぜそんなに断言できるのか。快斗は疑問だった。 「自分の正体は基本的に口外しない。正体がばれると、それに応じた対処法があるから退治しようとする人物が現れてもおかしくない。すべての人外が仲がいい訳じゃないし。だから慎重だ。血族は掟を守る。そして、ひっそりと生きている」 正体は絶対に信用がおける者以外にばらしてはいけない。もしばらたら、記憶を奪うなどして対処する。記憶が奪えない場合はそのとき必要な方法で。多少乱暴でも仕方ない。それくらい血族を大事にしている。 「息子でも駄目なのか?」 「うーん、信用されていないなんてあり得ないと思うよ。ひょっとした、そのうち教えてくれるかもしれないし。この世界にはいろんな種族がいるから、名前を聞いてもすぐにわからない種族いっぱいいるし。たまたま、魔女や吸血鬼は映画や小説で一般的なだけだし。俺も知らない精霊結構いるから」 「確かに、俺にはまだ自覚がないからな。知識もないし」 母さんが信用してくれるには足りていない、と快斗はため息を付く。いきなり詰め込んだ知識は許容いっぱいいっぱいだ。頭を振ったら外へ出ていきそうな気がする。 「これから知っていけばいいさ。今日からなんだから知らないことがいっぱいあっても当たり前だ。わからなければ、聞けばいい。俺でも父親でも、母親でも。誰でも聞けば答える」 血族は仲間を大事にする。自分の息子ならなおさらだ。新一にとっては最愛の相手だから優先させるのは当然だ。 「快斗と俺は、一生一緒なんだから。だから遠慮はいらない」 新一はにこりと綺麗に笑った。その微笑みに快斗もほっとして笑い返す。 「そうだな。俺には新一がいるんだから。なにがあっても乗り越えていける」 これでも大抵の困難を乗り越えてきた。新一がいるなら、なにより心強い。 「ありがとう」 だから、そっと頬に口付けた。 新一もくすぐったそうに目を細めてキスを受けると、お返しにと快斗の口の端から少し離れた場所にキスを贈った。そして、見惚れるほどの微笑みを浮かべた。まるで花が開く瞬間のような美しく艶やかな笑みだった。 快斗は一瞬言葉を失う。 快斗は知らないが、魔女の恋が実り相手と相思相愛となると美しさに磨きが掛かり魅了の力が増す。魔女にも吸血鬼に劣らぬ魅了の力があるのだが、いささか方向性が違う。 だから快斗はこれからそのための苦労が待っているんだが、幸いなことに今は知らなかった。 結局、お茶とお菓子をもってリビングまで戻っても、まだ馬鹿馬鹿しい発言を父親たちは繰り返していた。子供の話から妻の話、果ては昔の話にまで発展して止まらないため、二人は父親たちを無視してまったりと過ごした。 |