「吸血鬼なら、KIDとして活動できたのも納得だな」 新一はしみじみと呟く。以前から疑問に思っていた事の答えが出た。 「どういう意味で?」 いきなり納得されて快斗が首をひねった。 思案するように唇へ指を当てて、新一は自身の考えを探偵らしく並べたてた。 「まず、夜目がきく。そして、運動神経が抜群にいい。そうでなければ、夜にハングライダーで空を飛ぶなどふつうの人間には不可能だろう。ろくに練習してもいないのに、KIDとして活動し始めたと前に聞いたし。警備されている場所に進入して宝石を盗み逃走するなんて、いきなり高校生の素人にできる訳がない。加えて怪我の治りが早い。それはこの目で確認したしな。マジックの腕はセンスもあるけど、手先の器用さと練習しかないから、おまえが自分で手に入れたものだろう。何か質問は?」 理路整然と述べられて、快斗も今更ながらに納得した。 自分ができることを疑うことなど今までなかった。 父親に憧れてマジックを小さい頃から練習していた。父親は自分にとって尊敬に値する人間で、いつか父親を越えたいと思ってきた。だが、父親の死後KIDであること知った。ショックだった。何のためにKID(怪盗)などしていたのか。それが知りたくて自身がKIDになった。そしてKIDとして活動した。もちろん、何事も難しいことはあったけれど、出来ないことはなかった。KIDの衣装を身にまとい、夜空をハングライダーで翔ることも、夜目がきいて暗闇で持ち前の器用さで宝石を盗み出すことも、思えば簡単に出来た。 頭の回転が速いことは小さい頃から皆が知っていた。知能が高いことも、指先が器用で将来父親のようなマジシャン志望であること、すべてが認知されていた。だから、多少運動神経がよくても気にならなかった。 だからこそ、見逃してきた。自分のことなのに。否、自分のことだから。 昔から風邪も引き難い上丈夫だし、うっかり怪我をしても治癒能力が高いのかすぐに治った。昔、猫を助けようと木から落ちて足を骨折した時も驚くほど早く直った。医者は若いから回復力が高くていいねと笑っていたが。 ああ、本当に。自分は何も知らない。 「質問はないけど。吸血鬼がどういうものかわかってないから、知りたいよ」 快斗はそう言って新一をぎゅうと抱きしめた。 今二人はソファに座っている。だがそこに距離はなかった。隙間なくくっついて、触れあっている状態だ。好きだといいあったばかりで、その指を離すことができないでいる。 新一は小さく笑ってうんと頷いた。 確かに、吸血鬼だと聞いたばかりの快斗に自覚などある訳がなかった。新一は自分が知る限りの事を説明することにした。 「吸血鬼についてだけど。まず、世の中にある偏見は嘘がほとんどだ。血を飲むとかは人間の想像だ。フィクションだ。……快斗だって、血が飲みたいなんて思ったことないだろ?」 「ない。全然ない」 快斗は全否定する。 「うん。吸血鬼はふつうの食事でも十分だ。それ以外は植物の精気や人間の生気。植物なら薔薇じゃなくて大樹とかの方が効率がいいし、人間の生気は恋人同士や夫婦ならふつうにもらえるものだ。理解のある友人でも大丈夫だろう。生気とはいっても、たいした量をもらう訳じゃないから。一応、血を飲もうと思えば可能だけど、あえてする必要はない。安心したか?」 「すっごく。これらから自分が変わったらどうしようかと思った」 快斗が笑顔を見せる。食事に関してが一番心配だった。 「一番人間と違うのはさっき聞いた通り長寿なことだ。日の光や聖水、十字架、ニンニクに弱いっていうけど、すべてフィクションだ。鏡にだって映るしな。ああ、心臓に杭を打たれたら、誰だって死ぬし。吸血鬼とはいっても不死じゃないから。その点は過信しないで、気をつけろよ」 「わかった」 「で、魅了の力がある。人を従え意のままに操る能力だ。有能だけど、うっかり使うと厄介だ。……俺が言うのもなんだけど」 新一は照れくさそうに頬を染めた。その魅了の力を快斗に使ったのではないかと疑った事が今更ながらに恥ずかしい。 「それって、自在に使えるものなのか?」 「訓練すれば、使える。無闇に使うと自分に跳ね返るから出来るだけ訓練はした方がいい。俺も小さい頃からそうして来たし」 新一は父親の優作に訓練された。子供で無自覚に力を使ってしまい寄ってきた人間は大変変態で困った。すべて父親が追い返してくれたが、今思い出しても記憶から抹殺したい過去だ。 「そっか。じゃあ訓練はするよ。うっかり人を従えるなんてしたくないから」 というか、下僕になんて誰もしたくないと、快斗は心で呟く。クラスメイトの魔女は下僕をいっぱい従えていて快斗も下僕にしたくて仕方ない。アレはイヤだ。痛すぎる。 しかし、うっかり紅子の下僕にならなかったのはひょっとして吸血鬼の力のせいなのか。なら、感謝だな。快斗は「ありがとう親父」と胸中で拝んだ。 「あとは、さっきも言った通り治癒能力や身体運動能力の高さ。それから、知能も高いと言われている。ええと、言い忘れていたけど、寿命は長くてある一定の時に成長が止まるんだってさ。俺の父親もあれで止まっている。あれでも、髭を生やしたり髪型変えたりして雰囲気を変えて歳をごまかしているらしい」 「父さんも止まっていたな」 死に別れたと思った時の若々しいままだった父親の姿を思い出して、快斗はどこか遠い目をする。まだ、実感が沸かない。 「そうだな。なあ、俺が思うに、快斗は吸血鬼の血の方が濃いんだろう」 「個人差があるもの?」 「あるな」 新一はきっぱりと断言する。 「俺は吸血鬼の血を引いているけど、魔女だ。それは変えられない」 「うん、最初から新一は魔女だって名乗っていたもんね。俺は今まで生きてきて自覚は欠片もなかった。でも、自覚をすれば吸血鬼の変化は訪れるものなのかな?魔女である新一はどう?半分でも血を引いている吸血鬼は成長途中でどんな変化があるもの?俺は吸血鬼の血が濃いっていうなら、どんなことが起こるんだろう」 知らないからこその不安だ。それでも、新一に説明されたからかなり軽減されている。快斗は今だからこそ質問を続けることにした。 「これからの変化は訪れると思う。これは俺より父親達に聞いた方が確実だ。なんといっても、先輩なんだから。俺が持っている知識から助言する事は、段々と感覚が鋭くなるらしい。よく耳が聞こえる。嗅覚が鋭くなる。それほど力を入れるつもりがなくても身体が動く。今でも快斗は運動能力は高いけど、もっと違うらしい。急激な変化は慣れないとつらくて、落ち着くまで時間がかかるんだって。聞いた話だから、申し訳ないけど。俺も半分は引いてるから変化があってもいいはずけど、生まれた時から魔女だからな。今のところそっちの変化はないな。ごめん」 新一は悲しげに視線を落とす。力になれないことが歯がゆい。その気持ちが伝わってきて快斗は新一の頭を優しく撫でた。 「謝る必要はないよ。ちゃんと父親に聞くから。こうして父親は生きているんだから、いくらでも話ができる。……なんて幸せなことだろう」 死んだと思っていた父親が目の前にいた驚きと嬉しさを快斗は再びひしひしと感じる。父親といられる時間はこれからたくさんあるのだ。慌てる必要はなかった。 「俺は今、幸せなんだ。吸血鬼だって知らされて不安はあったけど、それより父親が生きていてくれた方が嬉しい。そして、新一と同じ寿命があることが、何より嬉しいよ。ずっと一緒に生きていける。おいて逝くこともない。おいて逝かれることもない」 「……うん」 一緒に生きていける。それがこんなに嬉しいなんて初めて知った。 「新一。大好きだよ。俺と生きてね」 「うん。生きる」 生きると約束できる幸せ。普通の人間では出来ない約束だ。吸血鬼から半分の血を受け継いだ寿命は人よりずっと長い。生きることが辛くなる時が来ても一人でないから生きていける。そうでなければ、長寿は気が狂う。そのために吸血鬼は長い眠りにつくのだ。 快斗は抱きしめている腕に力をこめて、新一をより引き寄せた。そして、うっとりと快斗の胸に身を任せている新一の目尻にキスを贈る。 「快斗。大好き」 新一は快斗からの優しいキスを幸せそうな表情を浮かべて享受し、快斗の耳元にそっと囁く。魔女の心からの告白は力を持つ。言葉を大事にする種族は簡単に言葉を紡がない。愛の言葉なら尚更で、一生の誓いに匹敵する。それを言葉に乗せた新一は正しく快斗に誓ったのだ。快斗がそれを知ることはない。魔女だけが知る理だ。 「新一」 新一の魔女としての誓いは知らなくても、雰囲気で読みとった快斗はそっと頬に手を伸ばし、顔を寄せた。快斗の意図を理解して頬を染めながら目を閉じた新一の唇に触れると思ったその瞬間、扉が開いた。 「そろそろお茶にしようか」 優作と盗一がにこやかに立っていた。息子たちの甘い口づけを邪魔したなどと露ほどに思っていない顔で。ついでに抱き合って唇が触れる距離にある新一と快斗が父親たちに見られてショックを受け凍り付いているのに、全く頓着していない。つまり、性格というか性根が悪いのだろう。 「……なっ」 「……!」 やっと我に返った二人は身体をびくりとひきつらせ、互いから手を離した。何より受け身で口づけを待っていた新一のショックは計り知れない。現場を親に見られるなどあり得ない。快斗は自身のショックを押しとどめ、新一の背を撫でて落ち着かせる。ここで叫んでも相手の思うつぼである気がしたのだ。快斗の勘がそう告げていた。 「……お茶?」 「ああ。千影達は今晩はご馳走にするって買い物に行っているから、お茶をいれるのは我々だけど」 盗一が口元をゆるく持ち上げて笑った。我が父ながら、胡散臭かった。小さな頃の思い出にある父とは明らかに違う。自分が知らなかっただけなんだろう。 「いや、俺がいれるよ。父さんよりはたぶん上手いから。ここのキッチンも慣れているし」 快斗は自主的に名乗り出た。料理ができないない。マジシャンなど器用でなくては出来ない。が、なぜか任せてはいけないと快斗の勘が告げていた。 「そうか?」 「うん。優作さんも構いませんか?」 「もちろん」 確認を取った快斗に優作も上機嫌に笑った。どこから見ても裏がありそうな笑顔だった。 「じゃあ、行こう。新一」 「……うん」 新一は快斗に手を引かれて足早に部屋を後にする。後ろでは優作とと盗一がひらひらいと手を振っていた。 |