「……っは?」 「…………っ」 二人は見つめ合った。空中で一瞬とどまったまま、驚愕に目を大きく開いて。 一人は白い翼を広げたまま、一人は今時珍しい箒に乗ったまま。 やがて、はっと先に正気を取り戻した青年は、箒をとんと蹴るとびゅうーんと一目さんに逃げ出した。追いかける間もないくらい早業だった。残された白い衣装をまとった青年は、ぼんやりと箒に乗って消えた青年の背を見送った。見送るしかなかった。 その夜は、怪盗KIDの予告日だった。 先週から近代美術館に特別展示されていた宝石「時の女神の雫」といわれる薄い青色をした貴重なダイヤモンドを颯爽と盗み、逃走経路であるビルの屋上で月にかざしているところ、屋外へと出るドアを開ける鈍い音と共に一人の青年が姿を現した。 「よう。KID」 「こんばんは、名探偵」 手を挙げて気軽に挨拶する青年にKIDも優雅にお辞儀をしながら挨拶する。二人にとって、これは慣れたことだった。 確保不可能と言われるKIDの逃走経路に現れるのは、一人だけ。彼が認めた名探偵工藤新一だけだった。 「今日も中森警部が脳天突き抜けそうなくらい、怒っていたぞ。そのうち倒れるんじゃないのか?」 「大丈夫ですよ。あれでも警部は丈夫ですから」 KIDは自分のせいでイライラが募り、一歩間違えば脳卒中で倒れそうな中森警部の健康を軽く保証した。 「……おまえに丈夫とか言われても嬉しくないだろうな」 くつくつと笑いながら新一はKIDのそばまで歩いてくる。 「おや、いけませんか?」 「いや、おまえほど中森警部と付き合いあれば、いけなくはないけど。でも、本人が聞いたらいらない世話だと言いそうだな。うん」 それは確信だ。あの熱血警部は頭を噴火させて怒るに違いない。 「それは、困りましたね」 まったく困っていない口調でKIDが肩をすくめてみせる。それはとても様になっているからこそ、もし中森警部が見たら卒倒するだろう。 つくづく食えない性格である。 「……ああ、返しておこうか?それ」 新一が視線でKIDがもっている宝石を示すると、KIDが口の端をあげて小さく笑う。 「そうですね、お願いできますか?」 「ああ」 KIDは新一に向かってビックジュエルを放った。だが、放物線を描いて新一の手の中に落ちるはずの宝石が、強風にあおられて横へとずれる。今までそんなことはなかったため、油断していたせいで手を出した新一は慌てて宙を飛ぶ宝石を追った。 そして、宝石をつかんだ瞬間新一の細い身体も強風に煽られた。 屋上の端に立っていたKIDの側にいた新一が宝石を追って動いた結果、ビルの先端へと運ばれた。ぐらりと傾ぐ身体はビルから吹き付ける強風に宙へと放り出される。高層ビルからまさに落下する瞬間、KIDもコンクリートの床を蹴って追いかけた。 物理の法則からすれば、新一の身体を捕まえるのは至難の業だ。だが、KIDが同時に追いかけることができれば、新一の腕を捕まえ助けることができるかもしれない。いや、助けてみせると、心に誓い宙で手を伸ばす。 風で白いシャツが翻るのが、やけに目に鮮やかに映る。 もう少しで、この手が届く。 KIDは白い翼を広げ、手を掴んで上へと引き上げようとした。 だが、それは叶わなかった。 どこからともなく、超特急でなにかが飛んできた。そして、新一の足の間に入り身体を浮かせて止まった。新一はそれを自然に手に持ち姿勢を正した。 夜空に浮かぶ丸い月に蒼い瞳がきらりと光り、KIDの瞳と瞬間見つめ合う。 箒にまたがり、宙に浮いている名探偵を怪盗は無言で見つめるしかできなかった。だから、箒に乗って逃げられても追いかけることもできなかった。 |