「星に願いを 2章 6」






「おーい、待たせたか?」
 ひょいと新一が扉から顔を出した。
「あ、新一。もういいの?」
「ああ」
 蘭と園子と青子は二階の客間にいた。客間を探索しているらしく、椅子に座ったりベッドに座ったり洗面所や浴室を見たりしている。
「ここか。どこまで見た?」
 新一の後ろから快斗が現れて中にいる三人に問いかけた。
「うんとね、一階は一通り見て二階のピアノのある部屋は見たからこっちの客間を見ているところなの」
 青子が見てきた部屋を頭に浮かべながら、答える。
「一階は全部見た?部屋だけじゃない?」
「部屋だけじゃなの?」
「一階は外へ出る扉があって、そこから車庫に行けるようになっている。そのまた角に鳩小屋や兎小屋もあるぞ」
「そうなの?見たいわ」
「ああ。案内するから。……そうだな二階はだいたい見たのなら一階に戻るか」
「その方がいいかもな。俺の工作部屋や新一の書庫も見たんだろ?それはもう一度説明はいらない?」
 見ればわかるけど、と快斗が聞けば園子が片手を上げて意見を述べた。
「あのね、新一君の書庫は私達には難しいから別にいいんだけど、黒羽君の工作部屋は気になるわ。見たことがないものがいっぱいなんですもの。だから、黒羽君の案内付きでもう一度見てみたいわ」
 欲求に正直な園子らしい要求である。
「いいよ。じゃあ下に降りようか」
「だな」
 快斗と新一は開けたままの扉から外へ出る。
「はーい、よろしく」
「うん」
「行こうか」
 三人は素直に彼らの後ろに付いて客間を後にした。
 
 そして、快斗の工作部屋にあるいろいろな物の説明を三人は受けた。マジシャンが使うタネであったり、作ることが好きだからと手慰みに制作しているもの、よくわからないが飾ってあるものと部屋に点在している物体の説明は面白かった。
 聞く度に質問をすると快斗は丁寧に答える。それに気を良くして園子は質問を繰り返し、楽しそうに聞いていた。蘭も物珍しそうにきょろきょろと見て回り、青子とも会話しながら見学した。
 その場を後にした彼らは次の場所へと足早に移動する。屋敷が広いため、もし実際住む場合は用があった時移動が大変であると蘭と青子は歩きながら思った。唯一、園子だけは育ちが育ちであるためこの限りではない。
 
 
 
「何、これ?」
「はー?」
「……なんで四台?」
 車庫に案内した途端の三人の台詞である。目の前にある車に目を丸くして驚いている。
「……うちにだって高級車くらいあるけど、こんなチョイスしないわよー。セダンのベンツやBMWが普通でしょ。ロールスとかさ」
 もっともな意見である。さすが財閥の次女すぐに立ち直ったらしい。ため息まで付けて呆れたように宣ってくれた。それに新一も快斗も返す言葉がない。
「あのさ、新一免許持ってないよね?」
「ないな」
 蘭の素朴な問いかけに新一はきっぱり即答である。
「……だから、自動車学校なんだ」
「そういうことだな」
 青子の納得が滲んだ言葉に快斗が頷いた。
「免許が必要だから時々車校通ってたけど、これから夏休みに入るから一気に受講して取るつもりだ」
「でも、四台もあるよ?ついでに私見たことない車があるし」
「……俺に言うな。断じて言うな」
「ごめん。俺のせいなんだ。どう考えても俺のせい。快斗は悪くないんだ」
 そこで新一の申し訳なさそうな声に蘭と園子と青子の視線が一斉に向いた。
「多分、このチョイスは俺の爺さんだから。俺の不用意な言葉でここに置かれることになっただけなんだ……」
「「「……」」」
 さすがに女性三人は口を閉じた。
 新一は自分のせいというが、これを選んで置いたのは彼の祖父だというのだ。責任はその祖父にあるべきだろう。
「新一もやっぱり、免許取るの?」
 蘭が幼なじみのを気安さを発揮して新一にふと聞いた。
「取る。快斗には遅れるけど、取るつもりだ。ただ、事件が起こると車校行けないから予定が組めないのが難点だけどな」
「そう、がんばって」
「ああ。さんきゅ」
 なるべく早く取るさと新一は自身に言い聞かせるように呟いた。蘭もうんと頷く。

「次、行こうか。鳩や兎を見せるよ」
 話を変えるように快斗は努めて明るい声をかけて、そこから少し離れた場所にある小屋に連れて行った。
 鳩小屋と兎小屋は隣接していて、餌や掃除道具や細々としたものを入れる小振りな納屋がその横にある。快斗は扉を開けて中へ入り、鳩を数匹肩に乗せ兎を一匹手にして外へ出た。大人が何人も入ることができるほど小屋は広くない。
 かわいいわ、触ってもいい?などと女性から聞かれた快斗はいいよと言いながらその手に乗せてやる。鳩は慣れているせいか、手や肩に止まり小さく鳴く。兎は腕の中へと落とすと、暖かいわ、生きているわと相好を崩して喜んだ。青子は慣れているが生き物は好きだから笑っているし、蘭と園子は滅多にない機会に目を和ませて笑顔をを見せる。そして、快斗が手渡した餌をやり、初めての体験に目を輝かせた。
 
 そして、鳩と兎で適当に遊んだ後、彼らはリビングへと戻った。
 
 
 
 
 夕食の時間がやってきた。
 あの後リビングで女性がまた話を弾ませていると、その奥にあるキッチンで新一と快斗が手早く料理作りに勤しんだ。ある程度下準備を整えておいたため、最後の追い込みに入ったようで、コンロで何か焼いている匂いが漂ってきて嫌でも食欲をそそった。
「はい、どうぞ」
 ダイニングへと移動して席に付いた蘭と園子と青子はテーブルに並ぶ料理に歓声を上げた。
 それぞれの前にランチョンマットが敷かれ箸、フォーク、スプーンが置かれている。
 中央に置かれた大皿に盛ってある料理は、ホワイトソースのマカロニグラタン。スパニッシュオムレツ。オーブンで焼いたチキン。一羽丸ごとであり中には具が詰まっている。
 一人ずつ皿に並べられているものは、海老、タコ、きゅうりのコンソメゼリー寄せ。南瓜のポタージュ。スズキのムニエル、タルタルソースかけ。
 籠に入ったバケットはほかほかと暖かい。バターが白いココットに入っていて、横におかれている。
 テーブルに並んだ料理の数々はどれも素晴らしいものだ。とても一介の男子高校生が作ったものとは思えない出来映えだ。
 夏であるが、きんと冷房のきいた部屋なら暖かい料理も美味しく頂ける。
「すごい、美味しそう!」
「何これ。涎もの……プロ並!」
「快斗の料理、好き好き大好き。嬉しい。……腕上がった?」
 三人がとてもらしい感想を述べたので、快斗は薄く笑う。新一も横で冷えたミネラルウォーターをコップに注ぎ並べている。
「まあ、食べてみて。それから誉め言葉を聞かせて欲しいな」
「そうそう。冷めないうちに」
 ホストに徹する快斗と新一は大皿料理を小皿に取り分け、渡してやる。
「「「頂きます」」」
 手をあわせるとそれぞれ料理を口にした。味わうように租借して飲み込み、嬉しそうに笑って、またぱくぱくと食べる。水を飲んでから、心から叫んだ。
「美味しい!ほんとに、美味しい!これ、滅茶苦茶好き。コンソメゼリーの味と海老とタコがあってて、絶品!」
 園子が声高に主張する。
「この鳥、いいね。中に入っている具と鳥の柔らかな肉汁が味わい深いわ。オーブンで焼くだけでいいの?こんな味になるの?」
 自分で毎日料理をしている蘭は思わず快斗に質問した。コツがあるなら教えてほしいものだ。
「鳥の下処理しっかりして具を詰めて焼いただけだよ。簡単簡単。よかったら、レシピ渡すし」
「いいの?ありがとう。是非、欲しいわ」
「うん、いいよ」
「ありがとう。あ、南瓜のポタージュもスズキのムニエルも、もう全部美味しいわ!」
 目を輝かせる蘭に快斗は目を眇めて笑う。
 たくさん、食べてよ」
「快斗、これ好き!マカロニグラタン。青子、クリームソース大好きなんだもん。ああ、このソースでパスタも食べたいなー」
 お強請り口調の青子に快斗は仕方なさそうに肩をすくめて微苦笑する。
「食べられるなら、作るけど?これだけ青子は食べ切れるのか?……まだデザートもあるぞ」
「え?……デザートは食べたいし。わかった、残念だけど諦める。でも、快斗のパスタも絶品なのに」
 快斗の料理を何度も食べたことがある青子は、口惜しそうにそうこぼした。それに反応したのは、もちろん園子だ。
「え?何それ。黒羽君、パスタも絶品?いいなー私も食べてみたい。今度、是非、もう一度呼んで下さい!食材くらいどどーんと差し入れますから」
 にっこり笑顔で園子はごり押した。そこには一点の曇りもない。
「……園子。お前なあ、遠慮の欠片はないのか?」
 突っ込んだのは新一だ。自分の友人はどうしてこんなに図太いのか。快斗に悪いと新一は心中で思いながら、腰に腕を当ててため息を付く。
「別に新一君になんて頼んでないもん。いいじゃない、それくらい。何さ、旦那に二度と会わせないつもり?それって狭量じゃない?」
「そーのーこー!」
 園子のあまりの暴言に新一は一瞬切れそうになる。ここで爆発したら相手の思う壷だ。ぐっと我慢して新一は喉の奥でぐるぐると唸る。
(何が旦那だ!園子のあほ!)
 思い切り罵倒しながら、それでも我慢する。
「……園子ったら。でも、旦那様は大事にしないとだめよ、新一。多少独占しても私はいいと思うし」
 フォローのつもりらしい蘭の発言は、新一的に全く的外れだった。
(蘭……。違うったら違うーーー)
 新一はほとほと泣きたくなった。さすがに、止めないと不味いがどう言ったらいいのかと快斗が迷っていると。
「快斗もきっと独占欲は強いと思うよ。だから、平気、平気」
 あははと手を振りながら青子が更に突き落とした。
「青子?」
 何を根拠にと快斗が聞くと。
「だって快斗ってあまり執着がなくて。本当に好きなもの少ないじゃない。昔からマジックしか興味なくて。でも、偶に気に入ったものがあると、誰にも触らせないでしょ?大事に大事にして。私が見せてっていっても駄目だって言って寄せ付けなかったじゃない。それで、どこかに仕舞ったせいか二度と目にも入れられなかった。忘れたとはいわせないけど。違った、快斗?」
「……」
 幼なじみには絶対に敵わない。
 快斗は口の端が微妙にひきつった。指摘された通りのことが確かにあった。そこから独占欲が強いのだと言われれば否定できる材料がない。
「なら、お似合いね!よかった、よかった。……ってことで、また招待してね。新婚さん」
 園子は綺麗にまとめた。嬉しくないまとめだった。
 それに反論ができないのが、最大の不幸だと新一と快斗は思った。
 それぞれの幼なじみや友人に、いくらなんでも二人は共犯者でこの同居が爺共が死ぬまでの仮初めのものだとは言えない。結婚は形だけなのだとも言えない。
 新婚と揶揄されても甘んじて受けなければならないのだ。親族からもその扱いを受けているのだから。
 それにしても、彼女たちは状況に馴染み過ぎである。何度となく新一も快斗も思う。普通もうちょっと何かあるだろう。
 痛む頭を押さえつつ、無理矢理に笑って新一は告げた。
「わかった。また、招待はしてやる。でも、友人としての遠慮はもてよ。……で、冷めないうちに食べろ。デザートが待ってるから。好きだろ、ティラミス」
 新一の強い意志が混じった笑みは嫌みが混じっていても、綺麗だった。
「おーけー。ティラミス大好きよ。ありがとう、新一君」
 好物、好物と喜びながら、園子が食事を再開した。それにつられるように蘭も青子も目の前にある美味しい料理を攻略しにかかる。
 その様子に新一は、はあと大きなため息を落としてから快斗を伴ってキッチンへと移動した。二人の分も一応はテーブルにあるが、すでに疲れて食べる気力がない。
 どうせ、お茶やザデートの用意があるからそれを今のうちに済ますべきだろう。
「……悪い。園子も悪気はないんだ」
 新一は申し訳なさそに快斗に視線で謝った。快斗はそれに笑みで応え、新一の肩を二度叩く。
「気にしてないから。青子も同じようなものだし」
 女性のバイタリティには男は敵わないねと快斗はウインクした。
「ほんとだな」
 疲れた笑みを浮かべて新一は、それでも手を動かしてお茶の準備をする。ケトルで湯を沸かして、食後は珈琲をいれる予定だ。
 快斗は冷蔵庫からティラミスを出している。上にココアパウダーを散らし平皿の上に乗せスプーンを用意する。
 そして、空になった皿を引いて食事終わりに近づくと珈琲とティラミスを運ぶ。
「お待ちかねの、デザートだ」
「実はお代わりあるから、たくさんどうぞ」
 新一と快斗が二人で運び、そう声をかける。お代わりに反応したのは、当然ながら園子だった。
「え?本当?食べたい、食べたいわ。ティラミス大好きなのよー」
「だと思った。ちゃんと用意しておくからゆっくり食べろ」
 予想された園子の言葉に、新一は答えた。園子のティラミス好きを新一はよく知っている。だから、今日のデザートはティラミスにしたのだ。
「ありがとー」
 目元を潤ませて、園子はティラミスを口に運ぶ。美味しいよーと宣いながらスプーンですくってぱくぱくと味わいながら食べる。見事な食べっぷりだ。
 園子には及ばないが蘭も青子も食べている。デザートは別腹とは本当のことらしい。食事の量はかなり多かったはずであるが、デザートが食べられないということはあり得ないらしい。
 結局、園子はお代わりして存分に食べた。蘭と青子は一つだけで満足したが珈琲のお代わりはしっかりとした。
 
 三人が帰途に付いたのは午後八時頃で、新一と快斗が一息付いたのは九時頃だった。洗い物など片づけをその日のうちにやってしまおうと二人で励んだおかげで一時間ほどで終わったが、ぐったりとソファに座り込んだ時には、疲れがどっと出ていた。
 


「お疲れー」
「そっちこそ。お疲れ」
 互いに、一日を終えての感想といったらそれしかなった。
「もう、お風呂入って早く寝よう」
「うん。疲れたもんなー」
 目一杯疲れた。早く疲れを風呂で流して寝るに限る。そう二人は結論付けた。
 
 今日はよく眠れそうだ。
 
 







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