雲もない、晴天。 空の蒼がどこまでも果てしなく続いていて、まるで吸い込まれそうな色を称えている。 その蒼の中に浮かぶ太陽はその恵みである光を地上に照らしている。 爽やかな風がどこからかともなく吹いてくる。 秋という季節が平等に人に与える、贈り物。 それは………。 ぽかぽかといい陽気がガラス窓から差し込んでいる。 午後の日差しは柔らかで暖かい。 工藤邸のリビングに面した大きな窓からその光の贈り物が届いている。それに感謝していいものなのか、彼は内心首を捻る。 それでも自分の隣ですやすやと心地よさそうに眠る人の黒髪に手を伸ばし何度か梳いた。 白い顔は瞼が閉じられていて長い睫毛が僅かに揺れる。桜色の唇も呼吸の度に若干小さな吐息が漏れる。最高の人形師が作っただろうと思わせる誰をも魅了する美貌の最たる瞳は今は見ることができないが、それだけでその美貌を損なうことはなかった。 窓から差し込む光さえもその美貌を賛美しているのではないかと思わせる程、彼を包みこむように輝いてる奇跡に感動を覚える。 その美貌の主に相応しい白魚のような細い指が彼のシャツを握りしめていた。 それを握っていることで安心するかのように穏やかな寝顔を晒して、睡眠を貪っている光の君はまるで天使のようだった。 彼は、そんな美貌の君を見つめて大きくため息を付いた。 「新一………」 そして、彼の名前を呼ぶ。 「いい陽気だから、眠りたくなるのはわかるんだけどね?安眠できていいことなんだけどね?俺は、眠れないよ………」 快斗はぼやいた。 快斗が用意した昼御飯を美味しいと言って食べてから、いそいそと毛並みのいい絨毯の上に陣取りタオルケットを持ち込んで快斗を隣に、新一は睡眠を手にしたのだった。 「快斗が傍にいれば安眠できる」といつも嬉しいことを言ってくれる。 工藤邸に昼も夜も頻繁に出入りしている快斗はしっかりと鍵をもらい居着いている。 快斗は夜、KIDの仕事を持つからその時はベランダから訪れることもあるが、快斗の姿ではもらった鍵を使い玄関から堂々と入りこみ例え新一がいなくても、彼のために珈琲などいれて待っていたりするのが常である。 すっかり気を許した新一は快斗には警戒心の欠片もなく接してきて、いつも隣で眠ってしまう。快斗はちゃんと新一に好きだと告白して、傍にいれば手を出してしまうと断ってあるのだが、今だ何も、何も、自分でもふがいないのだが、手を出せていなかった。 気持ちよさそうに安心して穏やかに眠られて、手が出せる訳がなかった。 いつのまに癖になったのか、快斗のシャツや上着などを掴んで眠りにつく。 その行為は間違いなく出会いが影響している。快斗が決して離れていかないように、ぎゅっと掴む指を見る度切ない。どこにも行かない、離れないとどれだけ言葉で言ってもだめだ。それを態度で示さなければ無意識で安心などさせられない。 それからは、絶対に無意識でも信用させようと務める事を決心した。 (それでも幸せなんだけどね………) こうして一緒にいられるだけで、幸せを感じる。 時々己の理性と戦うけれど。 あせらなくてもいいかな、と思う。 今のところ友達だけど、友達なんて言葉では言い表せないほど新一が自分のことを必用としていてくれるとわかっているから。 自分の感情はすでに、恋を通り越している。 新一の眠りを守りたいと思う。 事実自分しか与えれらないという自負と自信があるし、優越感だってある。 (ねえ、新一。時間はこれからたくさんあるもんね) 快斗は心の中でそう囁いた。 キイ、ガタン。 快斗が眠る新一を見つめてどれほど経っただろうか。 静かな空間に玄関の扉を開く音が響いた。玄関には鍵がかけてあることから、入ってきた人間は鍵を持つ者だとわかる。この屋敷の鍵をもっているのは工藤家の人間以外は快斗の他に隣りの博士と少女だけだ。快斗の怪盗として鍛えられた耳に届くその小さな足音から隣家の少女であるとわかった。静かに廊下を歩いてそっと伺うようにリビングの扉を開けた。 肩で切りそろえられた茶色の頭が覗いた。美少女と形容しても差し支えない繊細な容姿の新一の主治医。 彼女は快斗と新一を見つけると若干瞳を見開いて立ち止まる。 「工藤くんはお昼寝?」 「哀ちゃん、こんにちは。ああ、近付いても大丈夫だよ?」 快斗の手招きに頷いて、そっと新一を起こさないように哀は近付く。側まで来て上から覗き込むと、タオルケットにくるまり心地良さそうな寝顔を晒している新一がいて、哀は柔らかく微笑んだ。 「私がこんなに近くにいるのに、気づきもしないわね。熟睡しているみたい………」 「そうだね。よく眠るね………新一。まあ、眠っても育つかどうかはわからないけど」 「寝る子は育つっていうけどね、工藤くん、成長止まっているみたいだしね」 元の姿に戻ってから成長が著しく遅いことを気にしている新一を知っている哀はそのむっとした表情を思い出して、ころころと笑う。やがて笑いを納めると、快斗を見つめた。 「黒羽くん、工藤くんの精神安定剤ね………。ううん、睡眠導入剤かしら?」 首を傾げる哀に快斗は真っ直ぐ見つめ返す。 「………誉めてもらってるみたいだね。ありがとう」 「もちろん誉めているわよ?貴方がいる限り彼の安眠が保証されたようなものでしょ」 「保証しましょう」 「信じるわ」 快斗の言葉に哀は満足げに頷く。そして、熟睡している新一の白い頬を人差し指で軽くつついた。それがくすぐったいのか、「ん………」と声を漏らして僅かに身をよじる。 「本当に眠ってる工藤くん、可愛いわね………」 「そうだね。ちょっと困るくらいだね」 快斗は苦笑する。 「………一応、貴方の自制心には感心しているのよ?さすが怪盗なんてものしてるだけのことはあるわね?」 哀は面白そうに目を細める。 「あんまり信用して欲しくないなあ………。自分が信用できない時があるからさ」 「随分、情けないこと言うのね? 「そりゃね。………これって反則だと思わない?」 困った顔で快斗が自分の上着を掴む新一の指を示す。哀はそれを視線に納めると相好を崩す。 「本当ね。こんな寝顔でどこにも行かないでってシャツを握られたら、困っちゃうわね」 「そうなんだよ。どうしたらいいんだろうね?」 快斗は困ったように微苦笑した。 「がんばってね?」 「声援、ありがとう」 哀の心がこもっているのか面白がっているのか定かでない応援に快斗は力のない声で感謝を返す。 「邪魔しちゃ悪いから、私、帰るわ………」 「用事は?」 「大したことじゃないのよ。また、今度でいいわ」 哀はにっこりと微笑むと手をふって帰っていった。 「う………ん?」 「あれ、起きたの?」 新一はうっすらと瞳を開くがぼんやりと快斗を見つめるだけだ。 「か……い、と」 そう言いながら掴んでいるシャツをぎゅっと力を込めて握りながら快斗に甘えるようにすり寄る。 「ここに、いるよ。どこにも行かないよ、新一」 安心させるように、囁きながら新一を抱き寄せる。その感触にひどく幸せそうな笑顔を浮かべて新一はまたすやすやと眠りに付いた。 快斗は新一の寝顔を、優しく愛おしげな眼差しで見つめる。 そして、新一の若干長い前髪をさらりとかき上げて白い額に口付ける。頬にも。瞼にも。こめかみにも。顔中に唇を落とす。 最後に唇は軽く吐息を盗む。 (怪盗だから、これくらい許されるかな………?) 快斗は自分も横になり新一を抱きしめて目を閉じた。 新一と一緒に眠って夢を見よう。 こうして、ずっと寄り添っていられたら。 自分の横で彼がいつまでも安眠を貪っていて欲しい。 そう、願う。 |