「ロマンス」〜Epilogue〜




 「新一は飛び立ちましたよ」

 優作は遠くを見るような穏やかな表情で報告した。

 「そうか………」

 本山は鷹揚に頷いた。
 ここは本山邸の主人の部屋である。
 滅多なことでは入れない私室。そこに入ることが許される者は彼が心を許したもののみである。そこには、息子であろうと孫であろうと、血縁など関係がない。

 彼がそこに許すのは、執事の木村、工藤優作にその息子の新一しかない。すでに亡くなってしまったが妻と世紀の魔術師を加えても片手で足りた。

 夜の闇が包む穏やかな空間にはそれ以上の言葉はいらなかった。

 愛する息子。
 大切な子供。
 彼が幸せなら、いい。

 「本山老、寂しいですか?」

 優作はふと、からかうように聞く。

 「ふん。お前程ではないわ。このような老いぼれにとって寂しいなど感じる時間は残されておらん。精々、お前は寂しがればいい。冥土の土産に愚痴くらい聞いてやるぞ?」

 本山は負け惜しみのように、眉間にしわを刻み鋭い眼光で優作を見た。
 けれど、そんな本山に慣れっこの優作はくすくすと笑う。

 「それでは、聞いて頂きましょうかね?」
 「愚痴は構わんが、報告くらいしろ」
 「もちろんですとも。時々は写真くらい送ってもらいましょう」

 優作は提案する。
 本山はうんうんと頷いた。
 彼は新一のアルバムを持っていた。幼い頃から現在までの成長記。新一が遊びに来る度に写真に収めて収集しているアルバムは新一自身とお茶を飲みながらめくるのが楽しみの一つであった。

 「『光の魔人』は守護者を手に入れましたか………」

 突然、魅力的で艶やかな声がした。
 誰もいないはずの空間に突如として現れた存在。
 二人は声のした方向に目を向ける。

 「………お久しぶりです、魔女殿」
 「久しいのう、魔女殿」

 烏の濡れ羽色を思わせる長い黒髪はぼんやりとした室内の明かりに時々紅く染まって見える。真っ黒の質感を漂わせる衣装にケープを被り、細くて白い手にはまがまがし程の朱色のルビーが輝く。胸元には相応しいのか、彼女の美しさとは不釣り合いなのか髑髏の首飾り。

 美しい魔女。

 漆黒の瞳は炎のような煌めきをもって見つめてくる。
 以前見た時と変わらない姿。時を感じさせない。
 魔女は年を取らないのだろうか?
 どれほどの寿命があるのか。
 不可思議な存在………。
 しばらく無言で見つめることしかできなかった。

 「………相変わらず、お美しいですね」

 我に返った優作はその美しさと能力に賛美を贈る。魔女は僅かに瞳を細めてそれを受ける。

 「………予言に来ました」

 しかし、魔女の口からは『予言』という言葉が紡がれる。自然、緊張が部屋を包んだ。

 「クドウ」

 直接鼓膜を振るわせるような声が届く。

 「はい」
 「来年、『white rose』が誕生するでしょう」
 「………そうですか。はい、承知しました」

 優作は頷いた。

 「モトヤマ」

 魔女は本山を呼ぶ。

 「はい」
 「『white rose』は貴方が望む者になる器です」
 「ほう………」
 「まだ貴方にはやるべきことがありますよ。簡単に隠居はできません」
 「隠居させてもらえませんか」

 本山は声を立てて笑う。

 「安心なさい。貴方の寿命はまだありますから」
 「わかりました。魔女殿」

 頷く本山を見ると魔女はうっすらと口角を上げて艶やかに微笑んだ。

 「『光の魔人』の運命に幸あらんことを。そして『white rose』の無事な成長を祈っています」

 魔女はそう告げて、ふわりと消えた。
 先ほどまでいた不可思議な、この世のものではないような存在は消え失せていた。

 「どうやら、のんびりもしていられないようですね?」
 「そのようだな………」

 優作も本山も互いの顔を見合わせて苦笑する。
 つくづく、運命に振り回されるらしい。
 それでも、自分たちはその道を選んでいるのだからしかたがないだろう。
 『運命』という希有な存在に出逢ってしまったら、誰も逆らうことなどできない。




 全ての星のもとに巡る。

 蒼い『運命』という宝石。

 それは、奇跡。

                                          END



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