あれ以来、ぱったりと殺人も止まっている。新一の周りの人間も事故にもあわない。何も心配するようなことは起こらなかった。 クロウが諦めたのか。それとも別の方法を考えているのか。 新一には理解も推測さえもできなかった。 「よう」 それなのに、街中。日中に会うのはなぜなのか。 「……」 なんの用だ、と思わず新一は睨む。 新一は快斗と久しぶりに待ち合わせている。買い物にでも行こうと約束して、ちょうどスクランブル交差点の角にある、百貨店の前、携帯電話の店の横だ。 人が行き来する、賑わう街。 クロウは睨む新一を見て取って、にっと笑うと、 「簡単に死ぬなよ。つまらないから」 と言った。甚だ自分勝手過ぎる台詞だった。 「……は?」 「おまえが、生きている間は手出しはしないでいてやる。だから、精々長生きしていろ」 「……なんだそれは」 新一の方が途方に暮れそうだ。こいつの言っていることは理解に苦しむ。 今までのは、何だったんだ。いつから、そんな心代わりをした? 新一の頭は疑問符でいっぱいだ。 不思議そうな顔をする新一を見ながら、クロウは過去を振り返る。 新一は覚えていないだろうが、クロウは昔小さな新一にあったことがある。 あれは、ハロウィン。アメリカだ。クロウ自身もまだ少年の頃だった。 迷子になっていた天使の扮装をした子供。 気が向いて、自分に似合わないが家まで連れていった。 子供は綺麗で可愛くて、自分とはかけ離れた清浄な存在だった。でも、それは子供だからだ。 どうせ、大人になれば変わっていくものだと思っていた。誰でもそうだ。大人になれば、狡くなる。汚くなる。 それなのに、成長しても綺麗なままの人間だった。あの頃と同じで、清浄な気配をまとい、探偵などしていた。澄んだ蒼い瞳は全てを見通す慧眼だ。 この目にはあの時と同じような景色が映っているのだろうかと、思った。 綺麗なままなんて、許せなかった。 自分は最初から汚れているのに、同じ「シン」である子供が綺麗なままなんて! 気まぐれに名前を聞いたら「シン!」と答えた子供。 実は自分の本当の名前が「シン」であるなど、もう誰も知らない。己に殺しや仕事のすべてを教えた師のような人間は唯一知っていたが、もう逝った。 己を投影していた、存在。それが、シンだった。 このまま二度と会うことなく、過ぎていくのだと思った。それなのに、偶然成長した姿を見たのは空港だった。 仕事で日本に来ていて、空港で殺人事件が起こったらしく、飛行機は定刻に出られなかった。空港で足止めされている時。 缶珈琲でも飲んでぼんやりと眺めている先に、一人の少年がいた。 漆黒の髪に蒼い瞳。白い首に手足。綺麗な容姿。成長した子供がいた。よく見分けがついたものだと自分でも思う。 側にいる刑事から「シンイチ君」と呼ばれていたことから、「シン」であると確信した。 あの時の衝撃といったら、なかった。 懐かしさが、憎しみに変わった。憎悪だ。 人間は欲にまみれている。どうせ、それなりに汚れていると思った。綺麗なままの人間なんていないと思った。それなのに。あの頃のまま成長した子供がいる。許せなかった。 否、嬉しい感情もあった。信じられなかった。どうして、そんな風に生きられるのかと思った。このままでいて欲しい気持ちと、壊してしまいたい気持ち。だが、天秤は傾いた。 自分がどうしたら、絶望にその目は染まるのか。助けてと縋るのか。苦痛に歪んで、墜ちるのか。その誘惑が強かった。 だが。結末は。 自分の負けだった。 なぜなら、自分は彼を殺すつもりは欠片もないからだ。そこで自分の命を賭けられては、どうしようもない。 「また、会おう。シン」 「え?」 「それまで、生き延びていろよ」 自分がいいたい事だけ言い捨てて、クロウは去った。 残された新一はまるで狐につままれた気分だった。 END |