普段から考えつかなくらい、街中が賑わいを見せている。高級住宅街も貧相な住宅地も同じようにどこか浮かれた雰囲気を見せている。 今日はハロウィンだ。 幽霊、魔女、黒猫、ゴブリン、ゾンビ、ドラキュラ、フランケンシュタイン、妖精など、様々な扮装をした子供が家々を練り歩きお菓子をもらう。たくさん集めたお菓子で子供達はハロウィンパーティをしたりするが、大人も仮装をしてパーティに勤しむ。 至るところに黄色いカボチャが転がっている。家の戸口におかれたジャックランタン。くりぬかれた目、口から蝋燭の光が漏れている。 あれで、悪い悪霊を怖がらせて追い払うというのだが、それを信じられるかと聞かれれば否と答えるだろう。ただのお祭り、行事だと割り切ってはいるが。 あんなもので祓える悪霊など、いるものか。生きている人間の方がよほど残忍だ。 「Trick or Treat?」 子供の楽しげな声がする。 「Happy Halloween!」 女性の声が子供を迎える。「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ」と唱えると大人は用意しているお菓子を子供達に渡す。 お祭りも、自分には関係がない。 少年はベンチに腰を下ろして背もたれに身体を預けた。いつもは寄りつかない住宅街だが、一仕事終えてきたばかりだ。いつものことだから、疲れもしないが、街中がさざめいているせいで、なんというか面白くない。 見かけは十代半ばの少年は、まだ青年の体躯には遠い。が、貧相街で生き抜いてきた経験が少年の持つ気配や視線を物語っていた。 それなのに、ハロウィンだからか顔見知りの大人が甘い菓子を問答無用に押しつけてきたせいで、なおさら腹立たしい。 無造作に伸びた髪を適当に後ろで結んでいるが、伸びた前髪を苛立たしく掻き上げる。 そのまま動くことが面倒で、ぼんやりと街のにぎわいを見ていると、小さな子供が目に付いた。 背中に白い羽根を付けた三歳くらいの男の子だ。頭には銀色の輪がはまっている。天使の仮装をしているようだ。 一人で、歩いている。 サラサラの黒髪に大きくて澄んだ蒼い瞳。白い顔、細い首、小さな手足。 見れば見るほど綺麗な子供だ。身につけている白い服も上物に見える。 迷子か? 閑静な住宅街とはいえ、あんな小さな子供が一人でいるのは不自然だ。無防備だ。 いつ浚われてもおかしくない。犯罪大国のこの国で、小さな幼児を一人で歩かせるなんて、浚ってくれといっているようなものだ。 いくらハロウィンとはいっても、おかしい。子供達は集団で行動する。はぐれたのだろうか。 親が一人で出すなどあり得ない。 まして、どこからどう見ても上級階級に住む子供だ。 「どうした?」 思わず近づいて、聞いていた。こんなお節介は性に合わないが、気になったものは仕方ない。 子供は顔をあげて首を傾げる。 「迷子か?」 「……まいご?」 子供に問い返されたせいで、吐息が漏れる。迷子だという自覚がないのだろうか。 泣いている様子も、不安げな様子もないことから、自分が陥っている状況がわかっていないのだろう。それとも、家が近所なのだろうか。 「家は?近いのか?」 「……えっと、あっち?」 子供は、己が来た方向を指さした。 「そうか。一人でこんなところまで来て、親が心配しているぞ」 普段なら、絶対に言わないが、ついそう諭していた。 子供は笑った。にこりと無垢で汚れた部分なんてない清浄な笑みだった。自分とはかけ離れた笑みだ。子供だからこそ、もちえるものだ。 「……」 このまま放っておいたら、子供は犯罪に巻き込まれるだろう。これだけ綺麗な子供だ。どこかに売り飛ばされる。 それを、なんとなく見たくなくて。 「送っていってやる。子供一人は危ないからな……」 気が向いた。送って行こう。これは子供のためじゃない。自分はそんな善な人間ではない。ただ、自分の心の安寧のためだ。寝覚めが悪いからだ。 よいっと子供を抱きあげた。軽い。子供はこんなに軽いものだっただろうか。 「名前は?」 聞いたのは、単なる気まぐれだった。 「 !」 「そうか。いい名だな」 頭を撫でてやると、子供は笑みを深めた。そして、無邪気に、今日子供が口にする言葉を宣った。 「おにいちゃん。Trick or Treat?」 「……Happy Halloween!」 思わず、絶句してしまったじゃないか。まあこの子供なら、いいか。 顔見知りからもらった甘い菓子をポケットから取り出して、子供の手に落とす。オレンジ色と黒色のパッケージに入ったクッキーだ。 「Thanks」 子供は、にこりと笑って頬にキスをした。 どんな教育されているか、わかるな。さぞかし安全で甘い家庭なのだろう。無防備に、こんな自分に抱き上げられている。知らない人間に付いていったら危険だと言われていないのだろうか。自分が心配しても仕方ないが。かなり問題だと思う。 今日くらいいい人でもいい。 善人など吐き気がするが、お祭りだから気まぐれでいいだろう。 子供に来た道を尋ねながら、高級住宅街を歩き天使を送っていった。 |