「彼女たちの桃色吐息」2


ACT 4



 『工藤新一と黒羽快斗における観察と考察』というレポートが提出された時のことである。

 工藤新一。
 帝丹高校三年生。その名探偵ぶりは日本警察の救世主と呼ばれるほど素晴らしい。過去迷宮なしの実績を誇り、現在の日本警察の検挙率を上げているだろうとことは必至だ。
 その容姿は元美人大女優の母から受け継いだ輝くばかりの美貌である。漆黒の髪も白い肌も桜色の唇も。何より蒼く瞬く至宝の宝石である瞳は彼そのものを体現している。

 黒羽快斗。
 江古田高校三年生。頭脳明晰の上、実はマジシャンの卵。東洋一と言われ、偉大なるマジシャンであった黒羽盗一氏の一人息子。その血のなせる技なのか彼のマジックはすでに定評がある。
 尚かつ、その容姿は端正。人目を引く華を持つ物腰優美なハンサムであり人気がある。

  1.二人は仲がよい。
  2.互いを「新一」「快斗」と呼び合う。
  3.よく工藤家に黒羽氏は出入りして、休日泊まることもしばしばである。
  4.黒羽氏は工藤氏を警視庁まで迎えに来る。それに対して工藤氏は何ら問題も疑問も感じていないようだ。容認しているどころか、歓迎しているように見受けられる。
  5.工藤氏は黒羽氏のいる場所なら熟睡ができる。
  6.工藤氏は黒羽氏に抱き上げられても文句など言わない。安心して身体を預けている。
  7.黒羽氏の工藤氏に向ける視線も態度も殊の外優しく大切にしていることがわかる。
  8.休日出かける場面を目撃すると、当てられる程仲むつまじい。
  9.二人は一緒に寝るらしいという証言がある。
 10.お揃いの時計をしているという目撃証言がある。


 以上のことを踏まえて二人は恋人同士であると考えられる。
 それもラブラブで甘々ベタベタのカップルであると思われる。
 なぜなら、お互いしか目に入っていないのではないか、と思える瞬間があるからだ。


               以上。
                                  『工藤新一と黒羽快斗の幸せを応援し堪能する会』
 
 
 「どうかしら?このレポート?いいできだと思うんだけど」

 が首を傾げて残りの会員二人を見た。
 『工藤新一と黒羽快斗の幸せを応援し堪能する会』。それは先日命名された会である。
 今まで個人的に各々が活動してきたが、折角ならと名前を付けて発足したのだ。会員はいつものメンバー、由美、美和である。とはいえ、活動の協力者は多数存在したから下支えは完璧だった。彼女たちのファンであり、工藤新一のファンである警視庁内の警察官の皆様は日夜その手腕を生かされていた………。

 「そうね、まあまあじゃない。でも、もっと情報が必用よ。証言だけじゃ、駄目よ!やっぱり自分たちで見ないとね〜」

 由美がね、と意味深に笑う。それはつまり、ストーカー行為をするということであろうか?彼女なら躊躇うことなく実行に移すが………。

 「でも、一緒に寝てるのは確実な情報なの?きっとそうだと思うけど………」

 願望がかなり入った情報であるが、その情報ははっきりしていた。

 「本人が言ったらしいわよ。『快斗と寝るから熟睡できる』って。それはもう、幸せそうに………」

 美和は有益な発言を仕入れていた。彼女自身も彼らに逢う確率が高いから漏れ聞こえてきた会話から、それとなく推測していた。

 「ごちそうさまね。お揃いの時計は?何か詳しいことあるの?」
 「これは見たって人がいるんだけど、あやふやなのよね。目下調査中よ」

 の言葉に美和は答える。目下調査中………、どのように調査しているのか、是非知りたいところである。

 「きっと、きっと記念日に贈りあったに違いないわ!!!!時計贈るなんて趣味いいわよね〜。どんなのかしら?」

 妄想が暴走し始める。由美は目を潤ませて夢見るように彼方を見ていた。
 
 「今度、また追加のレポート書くわ」

 は己の役割を買って出た。彼女は実はその外見に似合わず思い切り頭脳派であった。学生時代の課題のレポートなど小手先でできるほど。才女で通っていた彼女が何故大学院に進まず警視庁に入ったのか今だもって謎であるらしい。
 それでも3カ国語を操る彼女が受付にいるため、警視庁は世界に顔向け出来ていた。とは内緒の話である。

 「うん、また会合しようね。由美、戻っておいで………」

 美和が脳内暴走している由美の身体を揺すって、現実世界に引き戻す。

 「あ………?ああ、ごめん、ごめん」

 由美は我に返って、えへへと照れたように顔をかいた。いつもの事であるので二人とも気にしない。

 「じゃあ、今度の会合までに情報を仕入れるのよ?それでいいわね」
 「うん!」

 元気に由美は請け負った。
 内心、またストーカーするのか?と思ったが彼女たちは何も言わなかった。
 
 それはある日行われた、ささやかな会合でのことである。



ACT 5


 「なんてラッキーなのかしら?」
 「やったわね〜〜〜!」
 「こんな偶然ってあるのね?」

 三人はそれぞれに黄色い声で宣った。
 興奮冷めやらず、顔をほころばせ………崩してともいう………にやにやと不気味に笑いながら近くのカフェにいた。店内はそれほど混んでいなくて、彼女たちを胡散臭く思う人間は幸いながらいなかった。
 夕食はベトナム料理と決めてあり予約も入れてあるから、それまでの時間は何をしてもよかった。空いた時間は買い物やウインドウショッピングに当てるつもりであったが、予定は未定。すぐさま変更。一気に煩悩の世界へと旅立つこととなった。
 
 彼女達にとって、それは本当に夢のような偶然だった。
 こんな街中で彼らに逢えるなんて思いもしなかった。
 一人だけでなく二人。工藤新一と黒羽快斗の両人を見られるなんて………。
 仲良く買い物している様は大層絵になった。
 にこにこと微笑みながら歩いている姿を見つけた時は、目が釘付けになった。
 大きな買い物した袋を快斗が持ち、新一を歩道側にしてエスコートしている姿は彼女達の煩悩を著しく刺激した。

 「それにしても、本当にお似合いね」
 「そうね、見目麗しいカップルだったわね」

 の言葉に美和が同意する。
 雑踏の中にあっても探し出せてしまえる程の存在感をもち、人目を惹いてしまう魅力溢れた二人なのだ。それが互いに相乗効果を上げていてより輝いて見える。彼らが二人でいると一人でも声などかけられないのに、彼らの間に流れる雰囲気を壊すことなどできないと思わせるのだ。二人の間に確かなオーラがあって、誰も入り込めない………。
 そこに立ち入ることができるとしたら、知り合いでなければ、絶対に無理だ。
 そして、幸運なことに知り合いの彼女たちはしっかりと思惑を隠して近付いた。
 警視庁に勤める彼女たちに彼らは警戒などしなかった。何といっても顔馴染みなのだ。そこにかこつけて二人の動向を探る彼女たちは、以前から提案されていた任務を遂行した。

 「美和ってさすがに刑事なのね?天晴れだったわ」

 由美が先ほどの機転の効かせ方を誉めた。

 「そう?まあ、あのくらいできなきゃ捜査一課に身を置けないわよ。幸い私達そんな警戒されていないから、まさか想像もしないでしょう?」
 「そうね。まさか腕時計を確認したいだけなんて、あの工藤君でさえ思い付かないわよね?」

 美和がウインクしながらにやりと笑うので、も同じように人の悪い笑みを浮かべた。

 「何時だったかしら?って時計を見ようとする仕草なんて女優みたいに上手かったわ。………美和、十分女優の素質があるわよ?これからも存分に使ってみる?」
 「私なんてには負けるよ?の方が絶対女優だって!私にはその笑顔で男を黙らせることも、騙すことも、使うこともできないよ」

 の過去を思い、美和は手を振って否定する。
 決してが男性関係が派手なのではない。寄ってくる男のあしらいが極端なだけなのだ。にっこり笑ってお断り、ならいい。あまりにしつこいと理路整然と何とも思っていないことを述べて、言い負かして泣かす。ストーカーのような男には断固として屈しない。その男に対しての対応は口が裂けても言えないが、の所業は悪魔のようだった。その男の末路を美和も由美も知らない………。

 「………それは誉めているの?美和」

 一瞬のまわりの温度が下がったような気がした。慌てて美和は取り繕う。

 「誉めてる、誉めてる。もちろんよ!」
 「そう。まあいいわ」

 うふふ、と綺麗に微笑む笑顔が怖い。長い付き合いだが時々とても恐ろしいと美和も由美も思う。もちろん由美の行動も地獄耳も十分に恐ろしい部類に入り、人のことは決して言えないのだが本人だけが理解していなかった。

 「ところで二人がしている時計だけど、色違いね。金と銀の………」
 「そうだったわね。どこのメーカーかしら?」
 「シンプルだったけど綺麗な文字盤だったと思う。遠目だけど確かロゴが小さく入っていた………」

 ちらりと見ただけなのだが、視力のいい由美はそのアルファベットを思い出す。

 「あまり聞いたことのないものだったの」

 どう発音していいのかわからなかったため、由美はテーブルに手帳を取り出しペンで書き記す。それを美和とが覗き込んだ。

 「どこのかしら?」

 首を傾げて頭を美和は巡らす。その横でが思案げに瞳を巡らしつつ唇に指でふれた。

 「ここ、生産量が少なくてあまり市場に出ないから認知度が低いけど、業界では有名なメーカーだわ。誤差が少なくてほとんど時刻がずれないんですって」
 「そうなの?どこにでも売ってるものじゃないんだ………。さすがあの二人ね」
 「値段はロ○ックスやオ○ガとは言わないけど、結構するのよ?普通の高校生がする時計の値段ではないわね」
 「それって、どのくらいなの?」

 は細い指を2本立てた。

 「えっと、2万ってことはないから、20万?それとも二桁っていう意味?」

 由美が瞳を見開きながら真剣にを見つめる。

 「………二桁よ」

 意味深に口角を上げてが笑う。

 「二桁って随分幅があるわよね?だって10万から99万までじゃないの」
 「そうね」
 「教えてくれないの、?」

 ずるいわ、と不満を顔に表して由美が唇を尖らせた。それには苦笑する。

 「私にもはっきりと値段はわからないのよ。だってシリーズものだと、どのデザインかとかグレードによって値段がまちまちでしょう?それはどこのメーカーでも一緒なの。まして店頭でお目にかかることが少ないとすると、私も雑誌や本やネットなんかで知識として知っているだけなのよ………」

 所詮ピンキリなのだ。例えロ○ックッスやオ○ガでも普通に買えるものもあれば、目が飛び出しそうなものもある。

 「なるほどね………。でも、結構なお値段の時計をペアでしてるなんてすごい素敵ね」
 「誕生日とかかな?それとも二人の記念日?」

 由美がうっとりとどこかに意識を飛ばして妄想を抱きだした。

 「普通は誕生日、クリスマスとか記念日よね?でもあの二人の出逢った時期からすると誕生日はもう終わっていたはずよ?」

 美和が高木から聞いた情報は確実である。なんといっても本人達が認めているのだから。工藤邸で初めて見た時に、あの時の彼?と聞いたらしい。するとあれ以来出入りしているんですよ、と答えらしい。あの時、とは高木に美和が聞いた話であるが、新一が倒れたところを快斗が助けて家まで(隣家の主治医のところ)送り届けた出来事である。高木自身がとても彼を誉めていた。その新一を抱き上げる姿は颯爽としていて、嫌味がなく頼りがいがあったという。「あれ以来工藤君は楽しそうで健康状態もいい………。黒羽君がいるだけで精神的に安定しているみたいだ。二人を見ているとこちらまで嬉しくなる」とは最近の弁である。

 「そうだったね〜。高木君が二人の出会いを見てるもん。出会いが夏らしいから、5月の工藤君と6月の黒羽君共に過ぎてる」
 「………そうすると、何の意味かしらね?」
 「だったらやっぱり、二人だけの記念日?二人だけの秘密?………いいわよねえ、そういうのって。お互に贈りあっていたら、なおいいわ〜。ああ、人生って薔薇色ね」

 思考がはじけている由美は、何やら先ほどから言動がおかしい。
 目がとろんとして、目の前の珈琲に砂糖を三杯も入れている。そして、ミルクもカップにあるだけ全て注いだ。通常砂糖は少しだけでミルク適量が好みの由美であるが………。スプーンでくるくるカップを回し続けている彼女はすでに心がトリップしているのかもしれない。
 しかし友達である美和ももしばらく放っておこうと決めた。誰にも被害が出ていないし、夕方にベトナム料理店に行ければいいだけなのだから。
 そして、二人とも珈琲に口を付ける。はしゃぎすぎると喉が乾くのだ。まして、あれほど興奮したのだから、当然である。
 ふと落ちた沈黙。
 やがてが美和を見つめて静かに笑む。

 「何も理由がなくて、記念日でもなくて、ただ相手に渡したいって気持ちがあるのが、一番いいわね」
 「何もなくても、か。………そうね、世間の常識や観念なんかに捕らわれないで、あげたいから、渡したいから、相手にもっていて欲しいから。そんな理由(きもち)で趣味のいいものをあげるなんて、あの二人らしいって言えばらしいわね」
 「この上なくね。イベントに振り回されるようには見えないし。工藤君なんてクリスマスだろうと年始だろうと事件で呼ばれれば、駆け付けてくれるでしょう。………申し訳ないわね。今年は一緒に過ごしたいでしょうに」
 「事件、ないといいんだけど。こればっかりは私達にどうしようもないし。工藤君を呼ばないといけないような、複雑で不明な事件が起こらなければいいんだけどな。私たち警察の力だけで済むようなのにしておいて欲しいわ」

 できうるなら、犯罪者にお願いしたい。そんなずれたことを美和は考える。

 「………まあ、一応祈っておこうかしらね?普段神頼みなんてしないんだけど、それくらいしか方法も思いつかないし」

 「神様なんて信じないわ」「占いや運命なんて思いこみよ」「恋なんてそこら辺に二束三文で転がっているわ」というのが口癖であるが「神頼み」なんて、明日は雪が降るかもしれない、と美和は内心で思った。しかし決して口には出さない。

 「じゃあさあ、近くの神社に行ってみる?気休めだけど、二人の幸せを願ってお賽銭でも投げて来よう?」
 「………それも、いいかもね」

 二人の幸せを祈ってというのが気に入ったはふわりと艶やかに微笑んだ。機嫌の良さそうなに、やっぱりあの二人は偉大だと美和は思わずにはいられない。

 「もう少ししたら由美をこっちに引き戻して行きましょう」
 「そうね」

 二人で同意を示して、冷めない内にと珈琲をすすった。



 ガランガラン〜。ガランガラン〜。

 チャリン、チャリン、チャリン。

 パンパン。パンパン。パンパン。


 鈴を鳴らして賽銭を投げて、柏手を打って、目をつむり祈る。

 (((あの二人が幸せでありますように。そして、クリスマスや年末年始くらいは一緒に過ごせますように………)))

 打ち合わせ通り、誰一人として違うことなく熱心に祈る。

 「100円で効果ってどれほどあるのかしら?」
 「値段じゃないでしょ?」
 「そうね、高額投入者に願いを聞き入れる優先権があったらただの商売でしょ。神様も商魂逞しいことよね。最も毎年年始になると日本中の人間が「お願い」をたかだか五円、十円で祈るんだから、やってられないでしょうし。第一、即物的に宝くじが当たりますようにとか、株が儲かりますようにとかの願い事を全ての人がしたら、全員が当たることになるでしょ?それはあり得ないんだから………。願い事の心得とか書いて張っておくってのはどうかしら?いい考えだと思うんだけど………?」

 の言葉に、夢も希望もないわねと心中で突っ込みを入れるが美和も由美もそれとなくフォローを入れた。

 「まあ、気持ちの問題だし。叶わなくてもいいのよ」
 「そうね、そうよね。気分よ、気分!叶わなくても、別に苦情なんて言わないしさあ。どんなに人間欲深くても例えば大学に受からなかったとして、神様を恨んだりしないでしょ?」

 しかし、フォローの言葉も気休めだった………。

 「由美、大学受験が失敗して神様を恨む人間はいるわよ?依存型の人間は自分の失敗を他人のせいにするんだから。覚えておきなさい」
 「………うん」

 駄目だ、口ではに叶わない、余計なフォローは今後するまいと由美は誓う。

 「えっと、由美が勧めた珈琲店二人とも行ったかな?」

 そして、話題の変更を提供した。

 「何事もないなら、行ったと思うけど。どうかな?」
 「でも、黒羽君がいいよ、って笑って頷いてたから二人でラブラブしてると思うんだけど?」
 「ラブラブ………してるかな?今度店長に聞いてみるよ」
 「それいい!あの二人が来店したら絶対覚えてるって。目立つもの。心に残るもの。忘れられないもの」
 「あはは、由美の言葉、標語みたいでいいね。『目立つ』『心に残る』『忘れられない』か………」
 「それ、頂きましょうか。会のページに書き留めておきましょう」

 美和と由美が盛り上がる中、不意にが宣った。

 「いい?」

 由美がに首を傾げて伺う。

 「とてもいいわ、由美。それでレポート書きたくなるもの」
 「………レポート?そんなにの興味を引いたんだ?」
 「ええ」

 にっこりと楽しげにが笑うので由美も笑う。
 のレポートは大層面白いのだ。真面目に二人を観察し論じているところがいい。由美もそれを読む度に笑えるので大歓迎だった。

 「出来上がったら、今度読ませてね?」
 「もちろん、いいわよ」

 了承の返事に由美は楽しくなる。

 「あ、私もね?

 美和が横から自分を指差しながらお願いする。それに微笑してはええ、と頷いた。そして、一言付け加える。

 「今後もレポートにに必用な情報を収集してね?」
 「「任せないさい」」

 どんと胸を叩いて請け負ったことは言うまでもない。
 
 いつもにも増して、意気揚々な会員達。
 今度はどんなレポート発表会が行われるのだろうか?
 それは会員だけが知っている………。


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