ACT1 「何、何、何よ!早く教えないさい」 「そうよ、もったいぶらずに、吐きなさいよ!」 女が3人寄ればかしましいとは誰の言葉であるのか。 それは例え国民の公僕、警視庁に勤める優秀な人間であっても、例から漏れないことわざであると思わせるほど、彼女たちははしゃいでいた。 一人は交通課の婦警。 一人は捜査一課の刑事。 一人は窓口係り。 どの部や課でも指折りの美人ばかりである。彼女達が集えば人目を、男性の目を引き付けうっとりと見つめられる。それはコンパの申し入れからも証明されていた。が、もし彼女たちの話が聞こえたなら女性に対する理想や夢が壊れていただろうことは必至だ。 その分遠くで眺めていることはある意味幸せであるかもしれなかった。 「あのね、一昨日も事件があって彼に連絡したの。事件発覚が夜遅かったし凶器が出てこなくて徹夜だったのね。それでも疲れを押して昨日事件を解いて解決に導いてくれたのよ。そしたら、彼が迎えに来たの。『帰ろう、新一』って言って!」 快活な美人が興奮して叫ぶ。 「きゃ〜〜〜!素敵」 「それで、どうなったの?」 長い髪を背中に垂らし笑顔が素敵な女性とショートカットの美女が先を促す。 「彼もすっごく安心した表情を浮かべてね、『快斗』って名前を呼んで。近付いて彼の肩にことんて頭を預けたのよ。それで、緊張の糸が切れたみたいに気を失っちゃって。そしたら、彼がわかっていたみたいに彼を抱き止めて、ふわりと抱き上げたの。もう、絵になっていたことといったら!あの場にカメラがなかったのが残念でならないわ!」 「本当なの?気を失った彼を軽々と抱き上げたのね?見たかったわ〜!」 「どうしてデジカメくらいもってないのよ、美和!それでも刑事なの?あー勿体ない」 「私だって惜しいことしたと思うわよ。でも、その場には目暮警部や高木君、二課の面々が揃い踏みだったのよ。さすがに、不味いって!」 例えもっていたとしても、あの場では撮影などできなかっただろう。 返す返すも残念でならない。 一方その場面を想像力逞しく自分の中でクリアに映像として刻んだ彼女達はうっとりとした表情で目を潤るませる。その頭の中にはハンサムで優雅な彼が美人で華奢な彼を抱き上げている、その甘い雰囲気さえも付け加えて妄想されていた。 「私も見たかったわ」 「私も!」 「夢みたいな光景だったわよ。いいもの見たわ〜」 美和はその光景を思い出して、にんまりと微笑んだ。 「優しげに愛おしげに見つめる視線が溜まらなく素敵だったのよ?こう、なんていうのかしら?自分の大切な者を抱きしめているって感じ?それに工藤君安心しきって眠ってるし………。寝顔も可愛いわあ」 美和は自分の身体を両手で抱きしめて、実演する。その様に二人は目をむく。 「この〜、独り占めしてさ」 「幸せは皆に平等に分け与えなければ、いけないのよ!」 「しょうがないでしょう。私一課ですもの。特権よ」 二人から責められてもどうしようもないことである。それは彼の側にいる確率の高い捜査一課の刑事に与えられた幸運なのだから。 「悔しかったら、一課に来なさいよ」 おほほと美和は高らかに声を立てて笑う。 「く、悔しい………」 「今に見てなさい!受付なら彼らが帰る所だって見られるんだから!!!!」 受付係の美女は拳を握りながら闘志を燃やした。その背後には渦巻く赤い炎の柱が見えた。 「「………がんばれ、」」 「任せておいて。今度は私が報告してあげるわ」 どんと、胸を叩く。それはとても頼りがいがあり、訳もなく拍手したくなるほどだった。 そんな楚々とした外見を裏切る逞しいに美和も由美も拍手を送る。 今日も、警視庁は平和だ。 ACT 2 警視庁における名探偵と誉れ高い工藤新一は日本警察の救世主であるというだけでなく、彼本人の魅力においてもファンや信奉者が多かった。その層が日本全国であるのはもちろんであるが、警視庁での彼の位置は警視総監より高かった。 人に与える影響が、凄まじく大きい。 彼を見るだけでその日は幸せである。 彼と言葉を交わせれば、しばらく顔から締まりがなくなる。 彼に微笑んでもらえれば、正しく天国に舞い上がる。 警視庁で働く国民の公僕は日常の仕事の疲れの中で密やかに潤いと癒しを夢見る。 「うふふふふ、見て見て〜〜!!!」 「まあ、何これ?」 「………素敵♪」 1枚の写真を差し出したの手元を覗き込んだ美和と由美は、その写真を視界に納めた途端、驚喜した。 そこに映し出されているのは、名探偵工藤新一とその友人黒羽快斗である。二人は寄り添って照れくさそうに微笑んでいる。新一が花のような笑顔を見せ快斗がそれを愛おしげに見つめる様は、はっきり言って心臓が鷲掴み状態になる程凶悪だ。 しかし、しっかりと視線があっていることから隠し撮りでないとわかる。 「どうやって撮ったの?」 美和が首を傾げてに問う。 今まで警視庁内で出回った写真はほとんどが隠し撮りなのだ。鑑識がそっとなにげなく撮ったり、廊下の片隅で撮ったり、望遠レンズで窓から撮ったり(紛れもない犯罪である)と消極的に撮影して来たのだ。その写真はもちろん密やかにファンに配られている。 「正面からアタックしたのよ。ファンですって!」 「は………?」 「だから、ファンです。写真撮らせて下さいって真正面からお願いしたの。そしたら苦笑しながらいいですよ、って言ってくれたわ〜」 「まじで???」 「まじよ〜〜〜。黒羽君が一緒にいたから、というか一緒にいるところを狙ったんだけど。折角ですから入ってもらえませんか?って」 「すごいわ、!今だかつてそんな手で写真を撮った人間はいないわ。天晴れね」 「だから、任せなさいって言ったでしょう?私にかかれば、このくらい朝飯前よ」 おほほほほっと高笑うに由美は突っ込みを入れた。 「どうせ、お得意の演技力でしおらしく、恥ずかしそうに頬を染めて、断ったら申し訳ないって気になる笑顔でお願いしたんでしょう?」 「当たり前じゃなーい。使えるものは使わないと!私の特技ですもの。伊達に警視庁の受付なんてやってないわ。ここには本当に様々な人が来るんだから。適当にあしらうのも、印象良くするのも、穏便に断るのも、テクニックよ」 ある意味営業である彼女は、女優も顔負けの素晴らしい演技力と笑顔を持っていた。楚々とした外見と似ても似つかない逞しい精神力である。 時々尊敬に値するわと友である二人は思う。 「ねえ、これ焼き回ししてね?」 「お願いね、」 由美も美和も、手をあわせてにおねだりする。 「いいわよ。そのかわり今度何か驕ってね」 はにっこりと微笑んだ。 まあ、それはいつものことである。お金を取る訳でもない。お礼といいながらご飯を食べにいく口実を作っているだけだ。互いに情報を交換し煩悩の会話を繰り広げる時間は殊の外楽しいのだ。 「それにしても、我ながら、史上最高に傑作ね」 は写真を見つめて自画自賛する。 「それは否定しないわ。だって、ラブラブなんですもの」 「でしょう?」 美和が楽しそうに笑うので、も笑顔で返す。 「私、この写真パスケースに入れておこっと」 「私もそうするわ」 「私なんて焼き回しして、引き延ばしてたくさんあるから、パスケースどころか部屋の写真立て、アルバムにもしてあるわよ」 は自慢する。部屋にある工藤新一写真集(自作)は彼女の垂涎の一品である。 「「………。私もやりたい」」 「了解。ちゃんと引き延ばしてあげるから安心しなさい」 「ありがとう、。愛してる〜」 「愛してくれなくてもいいから、珈琲飲みに行こう」 彼女たちは廊下の片隅で話に興じていたため、は興奮して喉が乾いていた。 その誘いに自分たちも喉の乾きを覚えて、珈琲を飲みに行くことにした。 そこで話の続きをしよう。 それが、彼女たちの日常である。 ACT 3 「聞いてよ〜〜〜〜〜!!!!」 その絶叫は警視庁内に響きわたったと言っても過言ではないかもしれない。 少なくとも交通課、捜査一課、二課には聞こえただろう。 「ど、どうしたの?由美」 「声、大きすぎじゃない?皆の注目を浴びてるわよ?」 「これが落ち着いてなんていられるものですか!貴方達も聞いたら同じ症状に見回れるんだから!」 今更常識ぶる悪友に、ふんとばかりに由美は言い放つ。 「「何なの?」」 首を傾げて由美を見つめる美和と。 「昨日、取り締まりで街まで出ていたのよ。そしたら偶然にも二人に逢ったの………!!!」 「それで?」 「何を見たのよ?」 興味津々とばかりに真剣な顔になって聞き返す。 「二人お買い物の帰りだったのかしら?スーパーの白いビニール袋を下げていたの。工藤君が小さめので黒羽君がそれより大きくて重そうなのだったわ。こう、仲良く歩く様はまるで台所洗剤のチャーミー○リーンみたいだったの!新婚さんって感じ?」 「「………新婚さん?」」 「そう、新婚さん。お互いを見つめ合いながらにっこりと微笑んで。腕は組んでいなかったど、彼に話すときに工藤くんが上着を引っ張って彼を下から見上げる様子は、甘〜〜〜い雰囲気が漂っていて、見とれちゃったわ」 由美は手を組んで思い出したのか、うっとりと目を閉じる。 「二人でお買い物ねえ。あの新婚さんのCMを地で行ってるなんて、素敵だわ」 「そうね。重い物は彼がもって工藤くんは軽いのを持たせるなんて、気の付く男よね〜、黒羽君」 「そうそう。きっと袋を自分で持とうとしたら工藤くんが自分も持つとか言ったから軽い物を持たせたのね?」 勝手に盛り上がって、妄想を膨らます二人。が、由美は切り札を出した。 「それだけじゃないのよ。私に気付いていなかったから後を付けたのよ」 「………付けた?それは警察としてどうなのかな?由美。いや、いいんだけどね………」 「いいのよ。工藤くんみたいな有名人だと何が起こるかわからないじゃなーい。ストーカーとかいるかもしれないし」 ((それは貴方本人じゃないの………?)) 心ではそう思っても友達おもいの二人は何も言わなかった。そのおかげで今がある。素敵な話を聞くことができるのだから、所詮同じ穴の狢であろう。 「あのね、最近めっきり寒くなって来たでしょう?風が冷たくてさあ。ちょうどその時も北風がぴゅーっと吹いてきて工藤くんが寒そうに身を縮めたのね。そうしたら黒羽君が自分の上着を工藤くんに着せてついでにマフラーも首に巻いて上げたの。マフラーは可愛らしく結んであげてね〜、すごく似合ったのよ!」 「「………」」 大興奮の由美の勢いに一瞬二人とも遅れを取る。 「こうね、恋人を心配する優しい彼なの。工藤くん身体丈夫でないから、黒羽君も風邪引かないかっていつも気遣っているんでしょうね。ああ、素敵だった。それに工藤君が頬を染めて、ありがとうって言ってたのよ!」 「素敵だわ………!興奮しちゃう」 「どーしよう。顔が元に戻らないくらい、崩れそう。いいなあ………見たかった」 美和はうっとりとトリップして、は己の顔を両手で包み込み目を閉じ妄想する。が、美和はあることに気付いた。 「でも、由美、離れて観察していたはずなのによく会話がわかったわね?」 「読心術よ」 「………いつのまにそんな特技を身につけたの?貴方」 胡乱げに由美を美和が見つめる。けれど由美は全く動じなかった。 「簡単なものならわかるわよ〜。だから私に影口叩いているとすぐにわかるわ。地獄耳なんて目じゃないわよ、私」 そら恐ろしいことをさらりと由美は口にする。 侮れない。人間奥深いのかもしれない………。彼女に逆らうのは止めようと心に刻む。 「えっと、ここでは何だから、別の場所に移動しましょう」 さすがに彼女達は注目を集めている。もっと興奮したいので(由美の話をつっこみを入れて問いただしたい)、場所移動する事に決定した。 「そうね、そうしましょう」 同意を示して、三人は職場から少々離れることにした。 これから煩悩の限りを尽くした妄想の発表会である。 ちなみに、その事項は彼の数多いファンに伝えられることになるのが常だった。 |