それから。7年の歳月が流れた。 「そんな顔で、相変わらず皆に迷惑をかけているのですか?」 夢に何度も見た声に、快斗は顔をあげた。 そこには、あの時のままの月姫が立っていた。長い黒髪に白い肌、蒼い瞳に整った鼻梁。細い身体には白い衣装をまとっている。首には珍しく真珠が下がっていった。 「……幻か?」 ついに、自分には幻が見えるようになったのか。否、幻でもあえるなら、どれだけ嬉しいこおか。快斗は心中で思った。 「あなたの目は飾りですか?まだ、言葉をきちんと使えないのですか?いったい、いくつになったのです?いい大人が恥ずかしい」 月姫が首を振って、嘆かわしいと言う。 まるで本物のような台詞だ。ついでに、今聞いたのは昔さんざん聞いたことと、初めて聞いた内容があった。自分は、想像はできなかったのだが、あれ? 快斗は目を大きく見開き、まっすすぐに月姫を見る。 「本物?本当に?あの時、死んだのに?」 ベリッカに送り出して、警護に付けた軍の隊長から報告された内容は、快斗をどん底に突き落とした。月姫が死んだ。自ら剣で胸を貫いて。 月姫は最初から覚悟していたのだろうか。衝動で自ら死を選ぶ人間ではな決してない。いつも快斗に正しく厳しく言葉をくれた。 「死にましたね。でも、今の私は幻でも屍体でもありません。本物です。信じられないのは無理もありません。体質なんですよ」 「……体質?」 快斗は同じ言葉を繰り返すことしか出来なかった。 「そう、体質です。あの時死んで、いつ復活できるとも保証がありません。そのまま目覚めない可能性もありました。でも、こうして目を覚まして生きることができました。不思議しょう。これも月の女神の力です」 「……月の、女神?……それなら、わかる。だって、月姫は昔から、月の、女王のようだった」 快斗の頭が瞬時に回る。月なら影響があっても不思議ではない。 「月の女王?……まあ、いいです。詳しいことを説明するのに長くかかりますから。……眠りから覚めてみれば、エーランダの国王は、いまだに一人で後宮も解散させてしまったというではないですか。あまりに情けなくて、気になってここまで来てしまいましたよ」 茶目っ気に月姫が笑う。 「本当に、なにをやっているのです?」 そして、笑いながら快斗に優しく尋ねる。 「月姫がいないから。月姫が死んでしまったから。月姫がいない後宮は必要ない。あっても、困るだけだ。……ちゃんと、皆にはその後困らないように手配した。故郷に帰るものには十分な一時金と仕事の斡旋。貴族の娘たちも親元に帰るか、それとも新たな土地で何かやってみたいなら援助した。貴妃と彰妃は仲良く二人で新たに活動するのだそうだ。女性の教育を向上させると語っていた」 月姫が死んだと聞いた快斗は、心が渇いて干からびた。潤すものはなにもなくて、自分が国王としてやらねばならないことはやる。が、それ以外は、なにも興味を引かれなかった。後宮も今度こそ無くした。月姫を大事にしていた女性たちは今後の生活の相談に乗った。ちゃんと人生を生きていけるように。 何年経っても、忘れられない。最後に綺麗に笑って姿がくっきりと刻み込まれて。 人生が苦痛で、生きているのが辛くて、このまま心が死んだまま生きるしかないのかと絶望していた。 「後宮のことは聞きました。頑張りましたね。そこは成長したというべきでしょうか?」 「ああ!あまり成長できているとは思えないけど。月姫!」 快斗は、ぎゅうと月姫の手を握った。離れていかないように、しっかりと。でも壊してしまわないように、優しく。 「もう、どこにも行かないくれ!俺の側にいてくれ!こんな事頼める立場でも資格もないけど、もう月姫がいない世界は堪えられない!」 心からの絶叫。自分の情けない姿などかなぐり捨てて、ただ願う。 「……仕方のない人。これが国王なんて。でも、そうまで求められれば、悪い気はしません。絆されてあげましょう」 「……え?……ほんとに?」 月姫は機嫌が良さそうににっこりと微笑んでいる。快斗は我が目を疑った。 「私は嘘を付きません。……ただ、条件はありますけど」 「なんでも!なんでも言ってくれ」 必死に快斗は月姫を手を握った。 「まず、私は王妃にはなれません」 「うん」 快斗は神妙に頷く。死んだことになっている月姫が、王妃となるのは不可能だ。それに、それを自分は望める立場にない。一度捨てておいて、もう一度というほど快斗は恥知らずではない。 「それから、側にはいてもいいですが、内密に、ひっそりとです」 「ああ」 快斗は再び頷く。当然だった。 「私にも事情があるので、侍女や側近のような人物が一緒でも?」 「もちろんだ」 月姫にはあの侍女が絶対に必要だった。側近も必要なだけ来てもらえばいい。 「最後に、一つ。私は、王女ではありません。王子です」 月姫の告白に、快斗は目を瞬くが瞬時に笑った。 「構わない!俺と一緒にいてくれ!……それから、名前を教えて欲しい」 快斗の答えと申し出に月姫は笑った。 「……新一。俺は新一」 快斗は、小さく新一と名前を呼んで、抱きしめた。 |