「怪盗KIDの恋人」2




 「こんばんは、名探偵」

 KIDが舞い降りた先は工藤邸、新一の部屋のベランダだ。
 闇夜に白い衣装を浮かび上がらせながら、ふわりと降り立ち優雅に一礼する。

 「KID………」

 ベットで本を読んでいた新一は物音と気配で、彼の声がかかる前に気付いていた。本から顔を上げて、KIDを見上げた。

 「何の用だ?」
 「用がなければ来てはいけませんか?」
 「来るな………」
 「貴方に逢いに来るのが私の目的ですから、用はあることになりますね?」
 「そんなの用にうちに入らないだろ?」
 「………では、何でしょう?」
 「………」

 気まぐれだの、戯れだの、暇つぶしだのの言葉が浮かぶが新一は口にしなかった。それ言うのは自分が悲しすぎるから。新一はKIDから視線を逸らして横を向く。
 見ていたくなかったから。その優しい瞳を………。
 だって、こぼれそうになる。

 「本当に、来るなよ………」

 新一は唇を噛みしめて、そう小さな声でいう。

 「新一?」

 どうしたんですか?と新一の顔を覗き込みながら、頬に両手を添えて視線をあわせる。
 どこか苦しそうな揺れている瞳がKIDを見つめる。

 「………ご迷惑ですか?」
 「………」
 「新一………?」
 「………」
 「理由を教えて頂けませんか?なぜ、そんな悲しそうな顔をなさるのですか?私は貴方を苦しめているのですか?」
 「………ち、がう」
 「私に逢うのは苦痛ですか?」
 「………ちがう」
 「私のことは嫌いですか?」
 「ち、がう!!」

 新一は首をふる。KIDはそんな新一を見ていられなくて、胸に抱きしめた。両手でしっかりと抱きしめて安心させるように、背中を撫でる。

 「では、好きですか?」

 KIDの質問に新一は腕の中でびくりとふるえた。しかし、何も言わずに目を閉じてぎゅっとKIDの上着を掴む。

 「私は、好きですよ。何度でも言いますが、貴方が、好きです。貴方のこの真実を見つめる綺麗な蒼い瞳が私を捕らえて離さない。今まで自分にこんな感情があるなんて知らなかった。狂おしいほど焦がれて、愛おしくて、自分一人だけを見て欲しくなる。この腕に閉じこめてしまいたくなる。そんな感情をもつ自分が我ながらに滑稽で、でも普通の人間なのだと思います。私は犯罪者、許されざる罪を犯している。こんな私が貴方に愛を囁くのは虫が良すぎるかもしれません。でも、気持ちが止められない………」
 「………KID」
 「こうして………」

 KIDは新一の手を掴んで目の前までもってくると、愛おしげにその指先に口付けた。

 「触れたくなる」

 KIDの触れた指先から熱が沸き起こる。やがてその熱は身体を巡って全身を周り新一の心臓まで届く。その熱はやがて自分をじわじわと浸食するだろう。そして自分では制御不可能になるのだ。それが、怖くてKIDの手から指を奪おうと試みるがより強く掴まれた。
 自分が感じている動揺が、心臓の音が聞こえそうだ。

 「触れたら、嫌ですか?」
 「………い、やだ」
 「本当に?」
 「ほんと、に」

 囁くような小さな声。拒絶の言葉なのにどこか睦言めいている。

 「キスは?」

 顔を近づけ、唇が触れる距離。KIDの瞳が新一を見ている。

 「だ、めだ」

 本当は手で遮りたいのに、片手は掴まれていて、もう片方は抱きしめられているため動かせない。声だけの弱々しい抵抗しかできない。

 「どうして?」
 「だって………」
 「だって、何?」

 KIDは唇ではなく頬にあやすように軽く唇で触れる。

 「だめだから」
 「なぜ、だめだと思うのですか?」
 「触れたら、押さえきれなくなる………。だめなのに。絶対、だめなのに」

 新一は悲壮な表情を浮かべて、弱々しくその腕から逃れようと身をよじる。しかしKIDは腕の力を緩めることはなかった。決して強くはないが、しっかりと新一を腕の中に囲っていた。

 「新一………。理由を言って?そうじゃないと、無理矢理にでも奪ってしまうから、酷いことしてしまうから。ここから離せないから………」

 腕の中の新一にKIDは、優しい声でせっぱ詰まった事を言う。

 「俺は探偵で。どうあってもそれは変えられなくて。お前を受け入れたら、きっと見つけてしまう。どうあっても俺は真実から目がそらせない。それに近付いたら、知りたくなる。俺は月の使者だけでいいなんて思えない。欲深く、もっともっと欲しくなる。………本当は、正体なんて誰にも知られたらいけないのに。ばれたら危ない、狙われるのに。一個人と親しくなったら、お前の弱点ができるのに。俺はそんなの、嫌だ。絶対、嫌だ………」

 新一は苦しそうに目を閉じて、首をふりながら訴える。

 「………新一。貴方そんなこと考えていたんですか?」

 KIDとしては、新一が受け入れてくれたら正体を知ってもらうつもりだった。知って欲しかった真実の自分を。KIDではない自分を。けれど、新一は正体をばらすことなど前提とぜず探偵としての目で見つけてしまうと恐れている。自分がKID以外も欲しくなるという。KIDの正体を知る人間ができれば、KIDが危険にさらされると。世の中どこで何が起こるかわからない。秘密を話す気などなくても、秘密は露見する危険性をもっている。
 そして、KIDが弱点をもつという。
 KIDの身を案じてる。
 自分よりKIDという他人を優先してくれる、気持ち。
 嬉しいけれど、悲しい。
 そんなことを思わせたことと、気付いていなかったこと。
 KIDはちゃんと新一の誤解を解いておかねばならなかった。

 「私は元から貴方に自分を知ってほしいと思ってきました。それが貴方の重荷にならないのなら、本来の私を受け入れて欲しかった。それに、私がそんなに簡単に殺されると思いますか?組織にやらえるように見えますか?そうだったら、随分不甲斐ないですね」
 「………見えないけど。でも、もしもってことがあるだろ?」
 「大丈夫。絶対、大丈夫だから。心配なし」

 KIDはにっこりと自信ありげに微笑む。

 「どうしてそんなことが言える?」
 「私はこれでも結構執念深いですから。こんな心残りがあっては死んでも死に切れませんよ?勿体ないでしょ?」

 KIDは新一の瞼にキスを落として、とろけるように微笑む。

 「でも、人間簡単に死ぬんだぞ?」

 人の生き死にをつぶさに見ている新一の言葉は重い。

 「そうですね。でも普通に生きていても不慮の事故にあったり………歩道を歩いていても車は突っ込んでくるし、電車は脱線する、飛行機だって落ちる。突然、病気になったりする。明日、自分でも知らない間に死んでいるかもしれない………。易々と死ぬ気は欠片もありませんが、KIDだから危険だという認識は正しくないと思います。新一が危険性が高いと思っていることもわかります。普通の人間は殺し屋に狙われたりしませんしね………」
 「だったら………!」
 「でも、私は死にませんよ。だって、ここに貴方がいるから。貴方が弱点になんて成り得ませんよ。貴方だけが私の輝ける星、『Shineing Star』ですから。ちょっと月並みですが、貴方の輝きがあれば迷わずここに戻ってきます。これは、絶対ですよ?」
 「………」
 「約束します」
 「………お前、馬鹿だ」
 「それで、新一。返事は?」
 「返事?」

 新一はきょとんとKIDを見上げた。返事といわれても、たくさん質問されたと思う。どれに対してだろう?

 「好きって言ってくれないのですか?」
 「………」

 新一は赤面した。
 確かに、はっきりとは言っていない。
 自分の気持ち。
 でも、それでも、まだ少し怖い。
 本当に、いいのか?
 どうしたらいいのか、この手を掴んでいいのか?後悔しないか?
 新一が瞳を迷いの彩に揺らしてKIDを見上げる。KIDはその迷いを読みとって、すぐに答えを出させることを諦める。急いてもだめなのだ。新一自身が選ばなければ………。

 「それでは、今度までお待ちします。招待状をお送りしますから、その時に返事を聞かせて下さいね?」

 キッドは新一を安心させるような穏やかで優しい瞳で笑うと、マントをひらめかせた。

 「KID………!」
 「では、失礼します」

 一礼すると、ふわりと部屋からいなくなる。新一は開いたままのベランダの扉から、頭上に輝く月を見上げた。





 「警部、KIDから予告状が届きました!」
 「何?本当か?」
 「はい!」

 中森はそのカードを部下から奪うように手に納めて、ざっと目を走らせた。
 そこから読みとれるもの。今回はとても簡単で、予告日は一目でわかった。
 「聖なる日」。それはクリスマスしかあり得なかった。

 「何も、クリスマスに仕事をしなくてもいいのに………」

 隣で覗き込んだ部下はそうこぼす。その日くらい恋人達をそっとしておいてくれればいいのに、と密やかに思う。警察官だって恋人くらいいる。運良く非番を勝ち取った人間も、きっと捕り物にかり出されるに違いない。ため息だって尽きたくなるというものだ。

 「何を言っとる!しっかりと警備するぞ?」

 クリスマスだろうと正月だろうとKIDと聞けば、どこへでも行く警部である。部下の気持ちを察して欲しいというのが、無理だろう。


 「先輩!!!!!聞きました?KIDの予告状のこと」
 「ああ、聞いた………」
 「すごいですね。放送日が予告日なんて、リアルタイムですよ?実況中継入れれば視聴率取れるかもしれませんよ?」
 「そうだな。ものすごい偶然だが俺達にとっては、ありがたくって涙が出るな」
 「そうですね〜。でも、『KIDの恋人を捜せ!』なのに、その日お仕事のKIDは恋人に逢うどころじゃありませんね?なんか、可哀想です〜」
 「可哀想って。KIDも好きで仕事する訳だし。もし、恋人がいても了承済みだろ?」
 「ええ〜。でも、恋人がKIDだって知らなかったらどうですか?訳もわからず、その日は駄目だって言われたら、辛いわ〜」
 「そんなのはKIDの都合だ。あいつのことだから、上手く言い訳くらい付くだろ?相手は天下の怪盗だぞ?」
 「そっか。でも、寂しいものは寂しいです!」
 「………別の日に逢えば問題ないんじゃないか?」
 「その日がいいんです!できるなら!」

 川瀬は力説する。
 勝手に言ってろ、と宮本が思ってもしかたない。
 
 
 番組のあらましは大分決まっている。
 まず、過去の実績。盗んだ宝石の紹介。KID像を検討し正体に迫る、とはいえ、迫るだけで解明する訳でない。そこがミソ。
 KIDの恋人の立候補者である、女性ゲスト。
 公で発言をした若手人気女優だけでなく、最近売り出し中のモデル、女優やミステリ女流作家、コメンテーター、等々出演する予定だ。そこで、KIDに対する思い入れ?を語ってもらい、視聴者に投票してもらう。電話、ハガキ、インターネットでの投票は、その出演予定者でなければならないことは、ない。これは、と思う人物を入れてもらう。お似合いだと思えば、別に他の女優でもモデルでも例え海外の映画スターでも構わない。
 そして放送日が迫ってるため、すでに一般の投票が始まっている。

 一人、1票が基本。
 一人の名前で1票となる。ネットでならアドレス一つに1票。ハガキなら1枚一名前で1票。電話でなら1番号一名前で1票。家族が一緒に投票するなら、その数だけ。等々詳しく決まっている。
 
 現時点の、得票結果。
 それは予想を覆していた。
 出演予定の女性にあまり票が入っていないのだ。立候補であるから、視聴者が脳裏に思い浮かべる者と違うのは当たり前なのだが、問題はそこではなかった。最初から、ゲストは華を添えるつもりで呼ぶのだから。それよりも問題は皆が投票してきた人間の名前だろう。

 それは、ある意味納得の結果。
 かの怪盗KIDの隣に並んで見劣りしないでより輝く者などそこら辺にいる訳がない。吐いて捨てる程いる女優もモデルもそこに並ぶことなどできない。自分がその隣に並べるなら、並べてみたいのは?と考えた時浮かぶ人物。それはKIDのライバルであろう………。それが、見目麗しければ、この上なくお似合いだ。
 そして、その人物がKID並に人気が高い美貌と名高い探偵であれば、誰もが1票投じたくなるのも、わからんではない。
 が、それは果たして発表していいのだろか?
 とはいえ、投票を隠すこともできない。
 ネット上では投票が始まった時から、随時名前が出ているのだから。まさか、こんな事になるなんて思いもしないから、リアルタイムが視聴者に受けるだろうという方式にしたのが間違いであったのか。すでに引き返せないところである。
 
 「番組の前評判も上々だし!………楽しみですね?」
 「俺は心配だけどなあ。あの結果がテレビでどどーんと流れたら、警視庁の人間が殴り来んでくるんじゃないかって。恐ろしい………」
 「でもでも、ちーちゃんは楽しみにしてるって!」
 「ちーちゃんて誰だ?」
 「この間仲良くなった警視庁の受付さん。知加子ちゃんだから『ちーちゃん』です。KIDがクリスマスに現れるなんて素敵って言ってました〜。それに、ちーちゃんも投票したそうですよ、あの方に!」
 「………川瀬」

 暗雲を背負いながら宮本は川瀬の名前を呼んだ。
 そうだったのだ、彼女は警視庁の人間と親しくなっていたのだ。その後も交流が続いているなんて………。それでは、何かしらの情報を持っているのだろうか?

 「それで、知加子さんは何か知ってるのか?警視庁での反応はどうなんだ?大丈夫か?」
 「えっとですね、ファンクラブの人はちょっともめてるみたいです。警察官は公正であるべきだという人と、そこに名前が上がること自体が許し難いって人もいるし………KIDなんかにやれるかって怒ってる人もいるらしいです。ただの余興なのに………。結局、様子見らしいです。それで、我らがK新ファンクラブは、断然歓迎です〜!」
 「K新ファンクラブって、なんだ???」

 それは、難解な言葉を聞いたような気がした宮本である。

 「KIDさまとあの方のファンクラブです。だって、お隣に並ぶとますます麗しいんですもの〜〜〜」
 「何時の間にそんなのに入った?っていうか何でそんなものがある?それは何だ?」
 「教えてもらってすぐに入りました。二人とも好きなファンの集いです。二人並んで欲しいって夢見てるクラブです。クラブは結構昔からあるんですって。警視庁に務めている人もそうでない人も集まってるんですよ?すごいでしょ?」

 川瀬はにこにこしながら、K新ファンクラブなるものについて語った。
 
 すごいとか、すごくないとかの問題でない。
 宮本は天を仰ぎたくなった。
 本当に、無事に番組ができるのだろうか?不穏だ………。
 


 KIDから届いた招待状。
 郵便受けに入れられていた、上質な封筒を見つけてすぐに新一は解読に当たった。
 内容は警察に出された予告状とは少し違う。
 それは、場所。現場である美術館ではなく近くにあるビルの屋上なのだ。時間も予告時間より遅い。
 お待ちしています、という言葉で結ばれている招待状を新一は、随分眺めていた。
 そこで新一は返事をしなければならない。
 「Yes」か「No」か?それしかない。
 曖昧な言葉などもう許されないだろう。
 KIDが戯れではなく好きだと言ってくれていることは疑いようがない。自分の気持ちも吐露してしまった………。
 迷う必用などないのだろうか?
 自分はその手を取ってもいい?
 新一はぼんやりと月を見上げる。それが彼と繋がっている唯一のものであるような気がするから。月が彼の化身であると思うから。





 12月24日、午後11時。予告時間である。
 美術館で展示されているビックジュエル『恋人たちの囁き』とよばれる、ピンクダイアである。クリスマスを狙った特別展示。恋人達は美しい宝石を見ながらうっとりと隣にある愛しい相手に愛を囁く。誰にも聞かれずにこの宝石の前で愛を語ると想い人と結ばれる、すでに恋人ならプロポーズをすれば上手くいう、とのなんともロマンチックな言い伝えがあるため、連日人々が訪れていた。
 予告時間にあわせて中森警部率いる警察一行は、警備を固めていた。
 そうはいっても、公開時間は夜の8時までの上、人が押し寄せいていたからその間に忍び込まれていたら、どうしようもないのが現状だった。
 そして、予告時間がやってきた。

 「KIDだ〜!」
 「KIDだぞ!」

 あっという間にガラスケースから目当ての宝石を盗み出すと、今日は遊んでいる時間はないのだと言わんばかりに去っていった。いっそ見事としか言い様のない退却は、この後で何かあるのか?と中森警部が疑う程だった。


 KIDは宝石を盗み出すと、急いで待ち合わせ場所であるビルの屋上にやってきた。
 待ち人は、いた。
 黒いコートをビル風にはためかせながら、両手で缶珈琲を掴み暖を取っている。

 「こんばんは、名探偵」
 「KID………」

 KIDは新一の前にふわりと降りて一礼する。

 「お待たせしましたか?」
 「そうでもない」

 新一は伏し目がちになりながら、そう告げる。
 どう言えばいいのか………。心の中はそれで閉められていてまともに顔が見られないのだ。そんな新一の胸の内を読んでKIDは微笑んだ。

 「これが『恋人たちの囁き』です」

 どこからか、今日の獲物であるピンクダイアを取り出して月に翳す。その穏やかな光を見て一度吐息を付くと新一に向き直り彼の両手を取った。自分の両手を包み込むようにあわせて真ん中にはピンクダイアを置く。

 「KID?」

 新一は、一瞬のことにされるがままだ。

 「この宝石の言い伝えを知っていますか?この『恋人たちの囁き』の前で誰にも聞かれず愛を囁けば思いが叶うというそうです。………私はそれに縋ってでも、少しでも加護があるなら欲しいと思います。貴方が好きです。私の想いを受け取ってはくれませんか?」
 「KID………」

 新一はその宝石とKIDを交互に見て、やがて決意したように口を開いた。しっかりとKIDの優しい瞳を見上げながら。

 「俺も、好きだ。KIDが好き………」

 瞬間新一は抱きしめられた。KIDの両手でしっかりと包み込まれるように、胸に抱き込まれる。新一もその背に腕を回して引き寄せる。

 「嬉しいです………」

 耳元で囁かれる。髪を何度か梳かれて首に降りた指に力がこもり、引き寄せられるようにぬくもりが落ちてきた。
 そっと触れる唇は暖かい。
 確かめるように、啄むように触れ合わせて。瞳をを覗き込んでそこにある愛おしいという彩を認めて。今度は深く甘く求める。吐息も何もかも奪って。
 ゆっくりと唇を離すと呼吸を整えながら新一はKIDにもたれかかった。

 「大丈夫ですか?」

 心配そうに聞くので、こくんと新一は頷いた。そんな新一を優しく抱きしめながら、ふとKIDは何かに気付いたように顔を上げた。

 「もうすぐですね………」
 「何が?」
 「テレビの特番で私の恋人を探して下さるそうですよ。その結果がもうすぐ出る」
 「お前の恋人?」

 新一は若干複雑そうに眉を寄せる。

 「ええ。これがですね、私好みの方がダントツ一番なんですよ?知ってます?」
 「………」
 「そんな顔しないで下さい。言ったでしょ?貴方しかいないって」
 「でも、好みって」
 「だから、貴方ですって。工藤新一が一番。電話やハガキやネットで投票されたらしいのですが、貴方の名前が下位を引き離して1位。その集計結果がもうすぐ発表されるんですよ?」
 「は………?」
 「つまり、公認ということですね?」

 新一はぽかんとKIDを見つめたが、瞬時に瞳を見開いて叫んだ。

 「………そんな恥ずかしいこと、絶対嫌だ。そんなの、そんなの恥ずかしくて表を歩けない!警視庁にも行きたくない!」
 「そう言うと思ってましたけどね」
 「何とか、しろよ!そうじゃなかったら、却下だ。返事は取り消し!」

 新一は動揺のあまり酷い注文を付ける。

 「それは困りましたね………。では、貴方の願いなら叶えましょうか」

 KIDは全く困った顔もせず、懐中時計を取り出し時刻を確認して小さな声で「one two three」と囁いた。そして、真っ直ぐに腕をある方向に伸ばして指で示す。

 「あちらの方向がテレビ局です」
 「え………?」

 新一が夜景の中からテレビ局らしきものを見つける。
 その当たりだけ光が集まっているのだが、ふと光が消えた。暗闇に包まれて、すぐに灯っていく明かり。

 「何したんだ………?」
 「少々。これで集計結果は壊滅ですよ?」
 「………」

 自分が望んだのだが、良かったのだろうかという思いが沸き上がる。
 しかし、KIDは予め用意していたのだろうか?そうでなければ、こんな大がかりなことを今すぐにはできない。

 「お気に召しませんか?」
 「ま、いい」

 新一は自分を納得させた。どういう方法でも自分の名前が残らないならいい。

 「それはもういいとして、three two one!メリークリスマス、新一」

 KIDは時計で時刻を確認しながら、秒読みをした。そして、ぱちり、と指を鳴らして片手を頭上に掲げた。
 新一はその指の先を追いかけて視線を上げると、暗闇の中にふわりと落ちてくる白いもの。

 「………雪?………え、花びら?」

 手を伸ばしてその白い欠片を拾い上げると、雪の結晶ではなく純白の薔薇だった。それを、唖然と見つめる。

 「私からのクリスマスプレゼントです。いかがですか?」
 「………ホワイトクリスマスってか………」

 新一はゆっくりと降り注ぐ白い欠片を見上げる。解けない雪。香りのある雪。月光の中降る雪。なんて不思議なんだろう。

 「ありがとう。すっごく綺麗だ………」

 花開くような笑顔でお礼をいう新一にKIDは満足そうに目を細めた。

 「どういたしまして。新一が喜んでくれるなら雪くらい降らせてみせますよ」
 「………ごめん、こんなプレゼントもらったのに、俺は用意してない」

 この日を迎えること、返事をすることに気を取られていたせいで、クリスマスだからプレゼントを渡すという観念をすっかり忘れていたのだ。普通ならそれくらい思い出すのに。心が返事にしめられていたせいか、思いつきもしなかった。

 「いいのですよ。返事をもらえたことが私にとっては素晴らしいプレゼントですから」

 そういって微笑むKIDに新一は申し訳ない気持ちになる。
 返事はプレゼントではないのだから。
 どういしたらいいだろうか?どうしたら、この気持ちが伝わるだろう?
 頭を巡らす。そして、意を決したように視線を上げた。
 そして、新一はKIDの首に腕を回して、耳元にそっと囁いた。KIDはその言葉を聞くと驚いたように瞳を見開くが、次いで嬉しそうに新一を抱きしめた。

 「ありがとうございます。では、工藤邸までお送りしましょうか。そこでプレゼントを堪能させてもらいましょう」

 KIDは楽しげに新一を抱き上げると、ウインクする。
 新一が胸に赤くなった顔を埋めてぎゅっとしがみつくのでKIDはより力をこめて抱きしめる。

 「しっかりつかまっていて下さいね」

 新一はこくりと頷く。
 
 そして、出来上がったばかりの大切な恋人を抱えてKIDは夜空に飛び立った。
 







 「では失礼します」
 「失礼します〜!」
 「ご苦労様」
 労いの言葉に、二人は頭を下げ部屋を辞した。


 「先輩、終わりましたね………」
 「ああ、まさか自分がこんなことのために警視庁に来るなんて思いもしなかったな………」
 「局に帰りましょうか?」
 「そうするか、まだ仕事残ってるんだよ」
 「私は、もう少しで終わりです!そしたら、お休み」
 「俺は出勤だ」
 「年末のお休みはいつからですか?」
 「俺は結構出るぞ?2日だけ休みでずっと出だ。休暇は来年半ばだな」
 「そうなんですか?私は31日から4日までですよ?」
 「それは、おかしくないか?」
 「だって、いいって言われましたもん!」
 「………甘過ぎだろ」

 二人はそんな会話をしながら廊下を歩いていた。すると自動販売機が並んでいるリラックスルームの所で紙コップの珈琲を飲んでいる人物を見つけた。

 「あ、工藤君だ!」

 川瀬は、素早く走った。

 「こんにちは、工藤君。えっと以前はごめんなさい」
 「ああ、あの時の?気にしてませんよ」

 新一はその明るさと猪突猛進さに彼女を思い出した。

 「今日は、また事件ですか?」
 「ちょっとだけですけど。大げさなものではないんですよ。それより、またKIDについて調べているんですか?」

 また警視庁にいるという事からそう新一は聞いた。

 「違うんです。それは、もう終わりました。クリスマスに番組をやったんですけど、その時にトラブルというか、KIDによって企画の結果が消滅してしまったので、今日は事情聴取です。忙しかったのですぐに来れなくて、今日になりました」

 新一は内心顔色を変えた。
 それは、自分のせいともえいなくはない。
 自分の名前が出るなんて嫌だ、といったせいでKIDはテレビ局のデータを消滅させたらしいから。その担当者がこの人だったとは。もしかして、何かなかっただろか?心配になる。

 「………そうですか。それで大丈夫だったんですか?企画が潰れた訳ですから怒られたりしませんでしたか?」

 責任をとれ、とか言われたりしないのだろうか?

 「ああ、大丈夫でした。いきなり停電したかと思うとデータは全て消えていて、何が起こったんだろうって思っていたら、会場にKIDのカードが落ちていたんです。『月下の奇術師たる私は月の加護を受けている。私の恋人は月の女神にすでに選ばれているため、このような場は不要です』って。確かに混乱して、大パニックでしたけど本物のKIDが現れたんですから、それでつないで盛り上げましたから」
 「そうですか………」

 まさかそんなことが起こっているとは思わなかったが、彼女達が責任を取らなくて良かったと新一は安堵した。
 しかし、そのカードの文句は何だ………。新一は心の中で突っ込む。そんな新一に川瀬は唇に指を当てて、思いつくままに気付いたことを伝えた。

 「うーんと、工藤君何かいいことありました?なんかすっごくきらきらしてます」
 「え?そうですか?」
 「はい。前逢った時はどことなく憂いってたんですけど今日は眩しいくらいピカピカです。………あ、ひょっとして恋人ができたとか?」
 「………ええ?」

 新一は白い肌を朱に染めた。耳まで赤くなる。それだけで肯定しているも同じだ。

 「そうなんだ〜。どんな人ですか?」
 「ええ?ええっと、それは………」
 「優しいです?格好いいですか?綺麗ですか?」

 新一は曖昧に頷く。

 「工藤君をとっても好きなんですね、その人」
 「どうして、そう思うんですか?」
 「だって工藤君がこーんなに幸せそうできらきらしてるんですもん!とっても愛情を注いでいるに決まってます。そうでしょ〜?」
 「………そう、かも」
 「でしょう?いいなあ。じゃあ、クリスマスは一緒に過ごしたんですか?」
 「一応」
 「素敵です!ホワイトクリスマスにはならなかったけど、良かったですね?」
 「………それは見れたから」
 「見れたんですか?」
 「プレゼントだから」
 「すごいです。素敵なプレゼントです〜〜〜!恋人さんは甲斐性抜群です!」

 川瀬の誉め言葉に照れくさそうに笑う新一はそれはそれは可愛らしかった。川瀬も可愛いわと思いながら、顔が緩む。
 川瀬の心の中では新一の隣に並んでいるのはKIDであるから、さっきからの発言はKIDをイメージして話していた。普通ならそれは彼女達の妄想であるはずなのだが、事実はそのものずばりだった。おかげで新一は思いきり反応していた。もちろん、彼女が思い浮かべているのがKIDであるなど思いもしない。

 「かーわーせ!」

 宮本はやっと衝撃から立ち直って川瀬を捕まえた。

 「先輩!」
 「お前は、また。工藤さん、いつもいつもすみません。帰るぞ」
 「はいはい。それでは工藤君お幸せに!!!」

 川瀬は宮本にずるずると引き連られながら、大きく元気いっぱいに手をふった。それににっこりと新一も手を振り返していた。

 その会話をそっと聞いていた者が実はいた。そして、工藤新一に恋人が!という情報はマッハの早さで警視庁内に広まった、らしい。


 
                                               END



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