「怪盗KIDの恋人」1



 「私、KIDのファンですの。彼の恋人に立候補したいくらいですわ」

 そう、大層人気がありお茶の間を賑わす若手実力派女優がテレビではっきりと答えたことが、始まりだった。

 「彼との出会いは先日のことですの。私、彼のターゲットの宝石の展覧会に招待されていまして、そこで彼に助けてもらったのです。KIDを追いかける警官達のものすごい勢いで危うく飲み込まれて怪我をしそうな時、身体を支えてくれて、あのマジックのような鮮やかさで去っていってしまったんです」

 女優の証言は、まだ続いた。

 「その時、気付いたんです。細身なのに結構逞しい身体だったこと。シルクハットで目元は隠されているし片眼鏡で瞳は見えませんが、鼻筋が通っていて、端正な顔付きでしたわ。本物はきっととてもハンサムに違いないと思います。彼に再び出会えればいいのですが、そうもいきませんしね。残念ですわ………」
 「もし、逢えたらどするんですか?」

 記者の質問に女優は婉然と微笑んだ。

 「私、迫ってしまうかもしれませんわ。一目惚れでしょうか?」
 「………怪盗KIDに一目惚れですか?」
 「いけません?恋をするのに、何も障害などありませんわ。怪盗であろうとなかろうと関係ありませんもの?そうではありませんか?」

 女優はまるで計算されたように艶やかに首を傾げた。

 「それでは、彼にメッセージを、どうぞ」
 「今度お逢いしたら、私の名前を呼んで下さいませね?」

 そして、女優は赤い唇に微笑みを称えながら、綺麗にウインクした。
 それは全国ネットで放送された………。





 ある月夜の晩のことである。丸い月が銀色の光を地上に降り注ぎ、世界を青白く照らしいる。
 犯行を予告通り見事にこなして、あるビルの屋上に怪盗KIDは降り立った。
 警察からの追跡をまんま振り切り、遠くにサイレンの音を聞く頃には、彼は犯行現場からそれほど離れていない場所に戻って来ていた。
 強い風が吹き抜ける屋上に、彼が待つ人が立っていた。
 ふわりとマントを翻して、まるで重力を感じさせないようにKIDは彼の前に姿を現した。

 「今宵も、こうしてお逢いできて光栄ですよ、名探偵」

 KIDは優雅に腰を折りいつもの挨拶をする。

 「ふん。こんな寒いのに呼び出すんじゃねえよ。風邪引いたらどうしてくれる?」

 彼の待ち人はその綺麗な瞳を機嫌悪そうに細めて、KIDをじろりと睨んだ。

 「それは申し訳ないことをしましたね。償いに、私が暖めて差し上げましょうか?」
 「いらない。………珈琲で暖を取る方が増しだ」
 「つれないですねえ………」
 「つれてたまるか」
 「私はこんなに貴方のことを思っていますのに………」
 「その台詞は聞き飽きた」

 KIDの甘い言葉にも素っ気ない言葉を返す彼は、KIDと相反する「探偵」だった。それもただの探偵ではなくて、自らが認める唯一の名探偵。そして、焦がれるほど愛しい想い人………。工藤新一、日本警察の救世主である。

 「………貴方がわかって下さるまで、何度でも言いますよ」
 「言わなくていい」
 「………、どうして想う人には色好い返事がもらえず、いらない人からはアプローチを受けるのでしょう?世の中上手く行きませんね………」
 「アプローチ?お前が?」

 新一は瞳を若干見開きながら、首を傾げる。

 「ええ。芸能ニュースでやっていましたが、ご存じありませんか?」
 「知らないなあ………。何だ、それ?」

 全くもって新一は知らなかった。
 世情のニュースや事件なら目を通すし興味もあるが、芸能ニュースなど見るはずがない。そんなことにかける時間は惜しかった。

 「ある女優の方から熱烈なラブコールを頂きましてね。とんと困りますね」
 「どうして突然?理由があるのか?」

 KIDは人気者だ。
 人を傷つけない。盗んだ宝石も後で返す。その紳士的で義賊的なところと、月下の奇術師と異名を取るほどのマジックを披露するところが受けている。だから、今までも特番を組まれたりファンだと名乗るものも多かった。それくらい新一だとて知っている。が、熱烈なラブコールとは、何事だ?

 「いつぞやかに、現場にいらっしゃいまして、警察に押されて怪我をしそうだったのでお助けしただけですよ」

 KIDは苦笑しながら経緯を説明する。

 「お前、フェミニストだからな〜。自業自得だろ?この際、どうだ?その女優と?」
 「………本気ですか?新一」

 それは、いくら何でも酷い台詞ではないかとKIDは思う。
 これほど自分が想いを寄せているのを知っていながら、他の人のところへ行けなどとは。つい咎めるように名前を呼んでしまった。

 「………自分のものにならない奴より、自分に気がある奴の方が良くないか?人間そういうものじゃないのか?」
 「私は、貴方以外いりませんよ?誰でもいい訳でもありません。この気持ちを疑うのですか?」
 「そうじゃなくて………」
 「何ですか?」

 KIDは焦れたように新一の手を取って引き寄せる。細い身体が抵抗なく自分の中に収まるのに少しだけ安堵すると、冷たくなった頬に指を伸ばして顔を覗き込む。

 「新一?」
 「………」
 「新一………?」
 「俺なんて見限っていい」

 目を伏せながら苦しげにそう呟く。
 どうしてか、新一は頑なだった。
 どれほど憎まれ口を叩いても、こうして腕の中に収まってくれる。決して嫌われている訳ではないと知っている。でも、KIDに心を明け渡さない。

 (なぜ、こんなにも………?理由があるのだろうか?そうでなければ納得いかないだろう)

 KIDは新一の綺麗な魂さえ吸い込まれる蒼い瞳を覗き込みながら、安心させるように微笑む。

 「貴方を見限るなどできませんよ。例え報われなくても、同じだけ返してもらえなくても貴方が好きですから。ただ好きなんです。だから、好きでいるだけで私は幸せなんですよ?」
 「………」
 
 新一はそのKIDの囁くような声を聞いて唇を噛んで目を伏せた。
 KIDは新一の頬を両手で包むと、若干顔を上げさせて伏せられた瞼に唇を落とす。しかし頬の冷たさに眉を寄せた。

 「新一?身体が冷えていますけれど、いつからここに?」
 「30分くらい前か?」
 「そんなにですか?いけませんね。すぐにお送りいたしましょう。よろしいですか?」
 「ああ」

 新一はこくんと頷く。

 「では、失礼します」

 KIDは新一を抱き上げてその腕に納める。新一もKIDの服にぎゅっと落ちないようにしがみついた。その新一の態度に気をよくしてKIDは翼を広げて闇夜に飛びたった。
 




 「………という訳で特番を組む。しっかりと取材して来い!」
 「「はい!!」」

 ディレクターからの指令にしがないスタッフは返事を返した。
 今回の企画は、クリスマス特番。
 時間枠は21時〜の3時間弱である。はっきりいってゴールデン。視聴率を取るぞと意気込むディレクターの勢いに少々押されていた。視聴率が取れてなんぼのこの世界。そこでこの企画が通ったのだから、よほどの自信のあるものだろうと、普通は思うだろう。
 その企画書のタイトルは「怪盗KIDの恋人を捜せ!」である。
 ちまたを騒がせる怪盗紳士。
 その正体は誰も知らない。
 今までも彼を取り扱った番組はあったが、それは彼の犯行についてであった。
 今回は、全く切り口が違う。
 ある女優が彼に一目惚れしたと堂々とテレビで語ったことが発端だった。KIDが彼女の申し出を受けるとは思わないがネタになると思ったことは確かだ。それなら、誰がKIDに相応しいか番組にしてしまおうというのが今回の狙いだ。
 彼についての情報を集めることを前提として。
 恋人に立候補したい女優を数人集めて、視聴者に投票してもらい勝手に恋人を選ぼうというものだ。単純だが、世間には受けるだろうと、その案は企画会議を通った。
 
 
 「宮本先輩、どうやって調べるんですか?

 新人の川瀬は自分よりベテランこの道10年の宮本に聞いた。

 「そりゃ、KIDといえば警視庁だろ?専属の警部がいるし、捜査2課に聞くのが妥当じゃないか?」

 宮本はポケットから煙草を取り出し火を付けて、ゆっくりと吸いこみ紫煙を吐いた。

 「つまり、彼らからコメントを取ってくる訳ですね?」
 「おう。そうだ。ついでに噂でも何でもいいからできるだけ情報収集してくるんだ」
 「は〜い」
 「返事はいいんだけどな。警察の人間がそう素直にしゃべってくれるとは限らないから、上手く運ぶんだぞ?」
 「もちろんです!」

 にこにこしている川瀬に、一抹の不安を覚えながら、それでも経験だよなあと内心思いつつ宮本は吐息を付く。煙草を灰皿にこすりつけるように消して、「じゃあ、出るか」と言って上着を掴むと立ち上がった。

 「はい!」

 川瀬はその後を嬉々として付いていった。
 
 
 「KIDについてお聞きしたいんですが?」
 「どこの方ですか?」
 「○○テレビのものです。今度特番を組むものですから………。あ、これ証明書です」

 宮本はすかさず、身分証明書を提示した。

 「しかし、特別にお話することなどありませんよ?」
 「そんなことないですよ。実際に警備に当たりKIDと接していらしゃるんですから。その時のことをお聞きしたいですね。きっと緊張感溢れる現場なんでしょうね?」

 宮本はそれはもう、対外用ににこやかな笑顔を顔に張り付けながら、流れるように言葉を紡ぐ。

 「日夜仕事をしてくれる警察官の方によって私たち民間人の安全が守られている訳ですから!感謝してもしたりないですね。その功績を人々にもっともっと知ってもらうべきだと思いませんか?」
 「それをテレビを通してブラウン管の向こうにいる人々に知らしめるのが、報道の責任だと思います………。どうでしょうか?」

 (さすが、先輩………。その二枚舌は尊敬に値します。どこまでも付いて行きます!)

 後輩の川瀬がそんなことを思っているとは知らない宮本は、少しでも話を聞き出そうと必至である。

 「………それなら捜査2課のKID専属と言われるくらい関わっている人間に聞いてみたらいいでしょう」

 仕方なさそうに肩をすくめて男はそう言う。

 「ご紹介して下さいますか?」
 「どこまで聞けるかは知りませんよ?」
 「はい。ありがとうございます」

 宮本は深く頭を下げた。
 
 「先輩!やりましたね」
 「こんなことで喜んでどうする?本番はこれからだぞ?そうそう簡単に情報を漏らしてくれる訳ないんだから!」
 「はい。がんばりましょうね」

 脳天気な川瀬の顔に、宮本は力が抜ける気がする。

 「………行くぞ」


 〜捜査2課のある若手刑事の証言〜

 「KIDですか?うーん、私たちも正体については何もわかっていませんよ。知ってるでしょう、変装の名人だって。誰にでも姿を変えられて声まで変化自在じゃあ本物がどんな人間なのかわかりませんよ。例えば、その時見ている姿だって、偽物の可能性が高いんですから!」
 「捜査方法?………いろいろやってますよ。これはあまりお話できませんが。でも、どんな方法を取っても今だかつて、効果を示したことは皆無ですけれどね。………その手腕はまるで魔術師ですよ。時々、自分たちを観客にショーを行ってるのではないかと思う時があります。それを言うと、中森警部の血圧が上がるので大きな声では言えませんが」
 「中森警部?熱心な人ですよ。人間としてはいい人です。ただ、時々過ぎるというか………、いえ、まあ、なんていうか、ねえ。KIDに対すると血が上って手が付けられなくなります。でも、結構優秀な人ですよ?KIDの暗号も解きますし」
 「ああ、もちろん解けない時もあります。見たこともない、手も足も出ないような、難解な暗号の時があるんですよ。そういう時は暗号向きな人に協力を仰ぎます。え?白馬君ですよ。彼、KIDを追いかけていますから現場にも来ますしね………。それ以外は工藤君に頼みます。………ああ、ご存じですよね?彼は1課専属なんですけど、どうしてもって時は縋ります。彼自身多忙ですし、1課は殺人課ですから優先順位があちらに上がるんですよね〜」
 「中森警部に話を聞くんですか?………気を付けて下さいね。すぐに激昂しますから!怒鳴り出さないように、注意して下さいよ?」

 〜中森警部の証言〜

 「KID?KIDの何が聞きたいんだ?………俺と奴の付き合いは長いぞ。あいつが8年のブランクを開けて活動する前からの付き合いだ!昔は結構いろいろ盗んでいたが、最近は宝石ばかり狙いやがる。昔は美術品も絵画も宝石も隈無く盗んでいたんだけどな。いつもいつも、すちゃらか逃げて警察を舐めておる!」
 「正体?そんなのわかったら、今頃逮捕しとるわ〜〜〜!!!」
 「今度こそ捕まえてやるから、首を洗って待っていろ!KIDめ」
 「あの似非紳士め。気障な台詞ばかり吐きおって。虫ずが走るわ………!」
 「おい、もういいのか?まだまだあるぞ?」

 〜捜査2課のある中堅刑事の証言〜

 「中森警部を興奮させちゃ駄目だよ?また血圧上げると困るし、もう若くないから健康には気を付けないとね。過労死は悲し過ぎると思うだろ………。ああKID?何が聞きたいんだ?………そんなのこっちが聞きたいよ。なんにもわかっていないんだから。民間にも怪しい人間がいたら協力してもらわないといけないね。でも、変装の名人だから怪しいってのもどこが怪しいのかが、問題だね」
 「は?KIDの恋人?何だそれは?………うーん、うーん、大分前だけどKIDが『最も出逢いたくない恋人』って言ったことがあるんだよね。俺も聞いた話だからはっきりしないんだけど、その相手に当たるだろう該当者は、小さな少年と白馬君なんだ。………え?さあ、いつもの気障な台詞なんじゃないか?そうじゃんければ、KIDはロリコンかホモだろ?」
 「………冗談だよ。そんなに受けなくてもいいだろ?俺からすれば、あの人の方がよっぽどKIDの気に入りだと思うけどね。………あの人ってのは、誰かって?………俺もまだ死にたくないしなあ」
 「そこを何とかって言われてもねえ。それを調べるのが仕事じゃないか?あ、ヒント?………KIDを唯一追いつめることができる頭の切れる人間だ。数度追いつめたことがある。ただ、彼の能力はそれだけに生かされるものじゃないからな。それ以外にも彼を待っている事件がありすぎる。世の中殺伐としてるからね」
 「俺?もちろん尊敬してるっていうか畏怖?違うな………。こう人間が違う、器が違う存在が違うんだな。まるでKIDが狙う宝石みたいだというか。お、俺も詩的なこと言えるな。はは」
 「おう、がんばれよ」


 「先輩、あの人って誰でしょうか?」
 「………自分で考えろ」
 「あれ、先輩わかったんですか?」
 「お前、あれだけ聞いててわからないのか?」

 宮本はちろりと川瀬を横目で見て、煙草をくわえた。火は付けなが口寂しいのだ。

 「えー、誰だろ?ヒント下さいよ。、宮本先輩!!」
 「ヒントなんて山ほどあっただろ?ちったあその頭で考えないと馬鹿になるぞ?」
 「はーい」

 川瀬は唸りながら、考える。
 しかし、視線を向けた方向にある存在を認めて歓喜の声を上げた。

 「あ〜〜〜工藤新一君だ!私、ファン!!」

 そのまま川瀬は真っ直ぐに走り出した。正しく猪突猛進である。宮本の焦った顔も目に入っていない。

 「工藤君!」
 「はい?」

 新一は突然呼ばれたにも関わらず、目の前の小柄な女性へ穏やかに返事をした。

 「あの、私ファンなんです。えっと、握手してもらってもいいですか?」
 「………はい」

 おずおずと差し出す川瀬の手を見つめて新一は自分の手を伸ばした。

 (感激………。綺麗な手、綺麗な指だなあ。近くで見る顔も存在も、どこもかしこも綺麗………。そう、まるで宝石みたい!)

 突然気付いた川瀬は、瞳を見開いて新一を唖然と見上げた。

 「どうしました?」
 「えっと、工藤君はKIDを知ってますか?」
 「そうですね………現場に行ったことはありますけど。殺人現場に行くことが多いのでそちらの方はあまり詳しくはないですね」

 極力普通に新一は答える。KIDと聞くと少しだけ覗いてしまう感情を抑えて。

 「KIDに逢ったことはありますよね?私テレビで見ました!」
 「姿を見たことはありますが………」
 「あのですね、KIDをどう思いますか?」
 「………は?それは犯罪者についてですか?」

 新一は質問の内容に首を傾げる。

 「違います。KIDを見て、世の中の女性は格好いいといいます。工藤君の目から見ても格好いいですか?」
 「………」

 その予想を反した質問に新一は絶句する。

 「川瀬〜〜〜!!!!すみません、工藤さん」

 そこへ宮本が止めに来た。自分も頭を下げつつ川瀬の頭を掴みながら押しつけるように謝らせる。

 「本当に、突然すみません。おまえも、謝れ!」
 「えっと、すみません………」
 「いいですよ、もう」

 新一は苦笑しながら手をふった。

 「すみません。私興奮してしまって………。今KIDについて調べているものだから、工藤君にもお話聞きたいって思ったんです」

 川瀬は憎めない笑顔で謝った。

 「KIDについて調べているんですか?」
 「はい!!!」
 「どうでした?わかりましたか?」
 「いいえ、全然!全く!これっぽっちもわかりませんでした〜!」

 成果が全くなかったのを自慢するように堂々と川瀬は言い切った。その素直というか豪快というか性格が面白くて新一は吹き出した。口元を手で覆いながら、「それは、残念でしたね」という。
 その笑顔がとても綺麗で川瀬はぼけっと見惚れてしまう。宮本はそんな川瀬を見て、駄目だこれは、と思うがその気持ちもわからんではないな、と納得する。
 この人物を前にして冷静でいろという方がどだい無理なのだ。まして、川瀬は免疫がない。

 「本当に、お騒がせしました。じゃあ、失礼するぞ川瀬!」
 「はい、先輩!工藤君、ごめんなさいね。………そうだ、あのね工藤君は恋人いるの?」

 突拍子もなく、川瀬は気軽に聞いた。

 「………いませんよ」

 新一は瞳を見開いて驚愕するが、笑いを堪えるように目を細めて答えた。

 「そうなんだ?嘘みたい〜!それじゃあ、ありがとう〜!」

 川瀬は宮本に引きずられながら新一に手をふった。それに新一も手を振り替えした。
 
 
 「お前は〜!!!!」

 宮本は目を釣り上げながら、川瀬の頭をごちっと拳骨で一発殴る。

 「痛いですよ、先輩。どうしてそんなに怒るんですか?」
 「………どうしても、こうしてもあるか!この場で、なんてこと聞くんだ?」
 「何のことですか?」

 川瀬は首を傾げて悩む。

 「この警視庁で工藤新一のプライバシーは禁句だ!お前、死にたいのか?」
 「えっと、それはどういうことでしょう?」
 「警視庁は彼のシンパで埋まってる。心酔者がたんまりいるんだ!特に1課。2課だってさっき聞いたばかりだろ?皆彼をマスコミから守ってる。だから、あまり彼はテレビとか雑誌に出てこないだろ?」
 「………そうかも。あんなに有名なのに、見ませんね〜。そうなんだ、警視庁の皆さんも私と同じファンなんですね」

 にっこりと川瀬は微笑んだ。

 「違う!一緒な訳ないだろ?お前はさっき自分が何を言ったか覚えているのか?よりにもよって、彼に『恋人はいますか?』なんて聞きやがって。近くにいた刑事が聞き耳立ててたぞ?そんで、目をひんむいてた!」
 「でも、工藤君いないって………」
 「いなくて良かったな。嘘でもそういってもらえてお前は無事にここを生きて出られるかもしれないな。これで、いますとか言われたら、殺されるぞ?」
 「先輩、ここ警視庁ですよ。何で殺されるんですか?」
 「あほ。ここは殺人のプロがいるんだぞ?お前なんて跡形もなく消されるな。通り魔にあったことになるとか、事故?………悪運が強くて良かったな、川瀬」
 「………私、もしかして危なかったんですか?」
 「そうだよ。………お前将来大物になるかもしれねえな。あんなにお気軽に質問できるんだもんあ………先制攻撃のせいか、握手までしてたし………」
 「ラッキーでした。すっごく綺麗な手だったんですよ?今日、手洗えない〜!」
 「じゃあ、洗うな………。でも、トイレで洗わなかったら俺に近付くな。いいな?」
 「はーい」

 (まじなのか?その返事は真面目にトイレでも洗わないつもりなのか?川瀬………?)
 
 宮本はかなり悩んだが、段々馬鹿馬鹿しくなって放棄した。

 「帰るぞ………」
 「はい、そうだ先輩!この前、相田先輩に聞いたんですけど、聞き込みをする時は口が軽い女性がいいんですって!だったら、受付とかにいる女性にちょっと聞いてみませんか?いい噂とか聞けるかもしれませんよ」
 「確かに、それは定石だが………。お前できるか?そんな駆け引きみたいなこと?」
 「任せて下さい!これでも女性相手だったら得意ですよ〜。なんでか知らないけど警戒されませんもん!」
 「それは、天然だからだろ………」
 「駄目ですか?先輩」
 「いい。やってみろ」

 少し肩の力を落とした宮本は、その有望なんだか無謀なんだか紙一重のような後輩の後ろ姿を疲れたように見つめた。大きなため息が出ても誰も彼を咎めないだろう。
 

 「こんにちは〜」

 川瀬は受付嬢に軽く会釈しながら話しかけた。もちろん人好きのする笑顔を浮かべて。

 「はい」
 「ちょっとお聞きしたいんですけど、いいですか?」
 「結構ですよ。何でしたか?」

 受付嬢は丁寧にマニュアル通り対応する。

 「私、今KIDのことを調べているんです。でも、全然わからなくて、誰に聞いても、そんなのわかったら苦労しないって言われて………。やっぱりそうなんですか?わかる人っていないんですか?天下の警視庁だから、きっと素晴らしく格好よくて素敵で2枚目な警部さんとかいて、答えてくれると思ったのに。夢だったのに………」
 「………夢は夢ですよ」

 川瀬の無邪気で夢見た言葉に、受付嬢はくすりと笑う。

 「そんな人いません。テレビの中だけのことです」
 「やっぱり、そうなんですか?すっごくショック!」
 「私もうここに勤務して結構なりますけど、そんな人見たことありませんよ」
 「いないんですか?どこにも?」
 「………内部にはいらっしゃいませんね。協力して下さる探偵さんにはいますけど」
 「え?誰〜?私の知ってる人かな?」
 「知ってますよ、絶対。だってとても有名ですもの。工藤新一君、知ってるでしょう?」
 「知ってます。ファンです!」
 「………私だってファンですよ」
 「本当?一緒だわ、嬉しい!!!!」

 川瀬は受付嬢の手を取りぎゅっと握った。瞳はきらきらと輝いている。受付嬢も楽しそうに顔をほころばして笑っている。

 「工藤君、ちょっとしか見たことないの!テレビでちらっとね。1課の事件しかやらないのかな?見る機会ってないのかな?」
 「そうねえ。目立つことをしないようにしてるし。1課が主だし。………稀にKIDの暗号解読とか依頼されてるみたいだけど」
 「工藤君、すごいね。きっとあっという間に暗号解いちゃうんだろうな〜。現場とか行かないのかしら?そしたら、ちらっとでも見れるのにね?」
 「どんな難解な暗号でも彼なら解けるのよ?現場は滅多にいかないからね………」
 「そっか。残念………。私KIDもファンだけど、やっぱり工藤君の方が好きだわ〜」

 川瀬は力一杯拳を握って力説する。それを受付嬢は楽しそうに見つめる。

 「ちょっと悩むところね?私も工藤君の方がいいと思うけど。二人並んだらさぞかし見目麗しいだろうと思うわ」
 「そうだよね?そう思うのは私だけじゃないよね?嬉しい〜〜〜」
 「そうよ、皆、思うのよ?だって、KIDと工藤君ってセットだから。怪盗と探偵!」
 「………素敵!燃えるわ!」
 「なんていってもKIDは工藤君だけを『名探偵』て呼ぶんだから。他の探偵はただの探偵か迷探偵よ。それにね、聞いた話だけど、工藤君がいた現場でKIDが彼に敬意を払って騎士が姫君にするみたいに、手を取って口付けたんですって!」

 興奮してきた受付嬢は川瀬の手を握って力一杯叫ぶ。

 「本当?………見たい〜。さすが、KIDさま!さすが工藤君、絵になるだろうなあ………」

 うっとりと目を遠くに飛ばす川瀬に、受付嬢は自分の話っぷりに満足そうだ。それは、仲間だという認識なのかもしれない。
 
 (川瀬………。俺はお前をみくびっていたかもしれない。すげえよ。警視庁の受付嬢から聞き出すなんて並のことじゃないぞ?口が堅くないと受付なんてできないからな………。警戒心どころか、仲間になってるぜ………)

 「ありがとう〜。またね?あ、これメールアドレスだから」
 「うん、またね?今度美味しい情報交換しましょ」

 ばいばいと手を振りあう二人はすでに親友のようである。

 「先輩、お待たせしました〜。あれ、どうしたんですか?」
 「………、よくやった!」

 宮本は不思議そうに自分を見上げる川瀬の肩に手を乗せて、褒め称えた。

 「誉められちゃった〜!」

 しかし、どこまでも川瀬は脳天気だった。
 
 




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