「この手の中の宝石を」2




 「良かったわね、工藤くん」

 志保はひとまずお祝いの言葉をかける。のろけについては、何を言ってもしょうがないだろう。新一が快斗の、恋人のことを話せば全てのろけになるのだから。

 「ああ」

 新一は照れながらこくりと頷いた。

 「でも、写真に撮られたのはまずいわよね。目立つことを避けてるのに………」
 「そうだよな。………快斗にも迷惑がかかる」

 新一は柳眉を潜めて、悲しそうに瞳を揺らめかせた。

 「黒羽君なら迷惑なんて思いもしないでしょうよ。貴方を自慢できて嬉しいくらいなんだから。反対に目立つ訳にはいかない貴方を心配しているでしょうね」
 「………そうかな?」
 「そうでしょう」

 志保はきっぱりと言い切る。快斗が新一を中心にして世界が回っていることは、考えるまでもないことである。

 「それより、この雑誌見なさいよ。『お相手は誰なのか?どこか名家のご令嬢ではないかと推測される。現在この美少女を捜索中………。………マジックショーの最前列で恋人の姿を見ていたことは他の観客から情報を仕入れている。側で運良く見ていた人間は素晴らしい美貌の持ち主だったと証言してる。彼女が成人したら結婚か?』ですって?知らないって怖いわね。とってもいい加減だわ。名家どころか、世界的に有名人の子供の上、本人も有名人なのに………」

 ある芸能に詳しい有名な雑誌を志保は広げて指さし、新一にここ、と示す。

 「今は有名人じゃないって、志保。マスメディアに露出していないから、アメリカでは知られていない」
 「確かに高校生探偵工藤新一は日本だけかもしれないけど、アメリカでの有希は知る人ぞ、知るよ」

 博士の有希は有名である。知っている人間も数多い。大学で心理学を学び………医学というより情報分析、解析である………犯罪学、プロファイリングに役立てている。実際のところ、結局内密に探偵をしているのだ。表だってほとんど協力はしていないが、依頼があった時のみ動く。

 「それを言うなら、志保だろ。学会で発表する度知名度が上がっているんじゃないのか?」
 「そうかしら?もともと専門だしね」

 志保はにっこりと微笑んだ。
 彼女は大学で再び研究を重ね人間の細胞の情報から新薬に使えるだろう物質の発見を続けている。それは偏に、自分たちのためであった。どのような薬でも細胞レベルで若返るなど普通は考えられないことだ。細胞分裂を活発にすることはできる。しかし、子供に逆行するなど、神秘の世界だ。それを体験したのだから、今後どうしたらいいのか、それを役立てることをできるのか、研究を重ねている。

 「学会では知らない人間いないくらいのくせに………。教授が泣くぞ?」

 懇意にしている教授は大層志保を可愛がっていた。自分の娘のように接するところが、どこか阿笠博士に似ていて志保自身もまんざらでもないらしい。
 志保の親代わりの阿笠博士は日本にいるが、度々アメリカに志保に、新一に逢いにやってくる。だから寂しいなんてことはないが、教授といると親孝行をしているみたいな気分になるらしい。

 「泣かないわよ。ああ見えて教授は打たれ強いんだから」

 志保は信頼を覗かせて、微笑する。

 「それより、顔が半分隠れてるのが救いだけど………、どうするの?」

 雑誌に載ってしまって、今後どうするのか?対応策はあるのか?と真剣な顔で志保は聞いた。新一もうんと頷くと、真剣に返す。

 「さっき一度快斗に電話したら、任せて欲しいって言われた。それで後で来るって」
 「任せてねえ。お手並み拝見ってとこかしら?」

 志保は楽しそうに口角を上げる。
 新一と共にいるのなら、これくらいどうにかできないと過ごせないだろう。
 人気のマジシャンである快斗でも、できないことなどない怪盗でも、対応はいろいろあるだろう。そう思考するが、ふと思い出したように新一を見つめた。

 「まあ、良かったわよね、ロリコンって書かれなくて………」
 「ロ、ロリコン?」

 新一はあまりの言葉にどもる。

 「だって、黒羽君と貴方の外見年齢はどう見ても10歳以上離れているのよ?貴方どう見ても未成年どころか、中高生なんだから………。下手したら犯罪よ?」
 「し、志保?」
 「精神年齢なら27、8で同じ歳だけど………。それでも本当なら17、8くらいの外見になるはずだけれど、私たち成長が遅いし。15、6歳がいいところでしょう?」

 反論があるかしら?と志保は目を細めて新一を見つめる。

 「確かに、そうだけど………。外見に年齢差はあるかもしれない。でも、ロリコンってのは………」
 「ロリコンでしょう。はっきり言って、変態よ?10歳以上、一回り年下ってだけでも目立つのに、15、6歳の子供に手を出したら立派な変態よ。犯罪者よ。世間はそう見るものよ?」
 「………」

 新一は志保の『変態』発言にショックを受けていた。『ロリコン』よりもその言葉は重かった………。絶句して唖然と志保を見るばかりだ。

 「幸い、黒羽君と貴方がいかにもお似合いで、二人とも美形だから許されているんでしょうね?これが、見目麗しくなかったら、叩かれるわよ?女性はそこら辺現金で残酷だから………」

 にっこりと微笑みながら、立ち上がれないようなことをさらりと言う。

 (志保………!!!!!)

 新一は心の中で絶叫していた。
 快斗が変態なんて、嫌だ。
 この場合、有希である新一は変態にはならないのだ。「黒羽快斗」がそういう目で見られるなんて、絶対嫌だと新一は拳を硬く握りながら思う。
 が、新一は一つ見落としていた。それ以前に、男同士であるという事実を………。性別ではなく、年齢が気になるどこかずれた新一だった。





 「いらっしゃい。黒羽君」
 「快斗、いらっしゃい」

 約束通り姿を現した快斗は「こんにちは」と言いながらリビングに入ってくる。そして新一の横、ソファの指定席に腰を下ろす。向かいに座る志保はテーブルに用意していたカップに紅茶を入れて快斗の前にどうぞ、と差し出す。それを快斗は「ありがとう」と受け取り一口飲む。何度となく訪れているため、この光景は日常的なことになっていた。

 「随分、面白いことになってるじゃない?黒羽君」

 一息だけ付いた快斗に、志保がにっこりとそれは楽しそうに微笑む。

 「………そうだね。志保ちゃんは楽しそうだけど、怒ってないの?」

 新一がマスメディアに出ることを避けている、工藤新一の存在を隠し有希として公の場に出ているのに、スクープされては意味がない。そう考えたら、怒って小言を言われても不思議ではなかった。

 「あら?怒ってなんていないわよ。この雑誌なんて、美男美女に撮れていてお似合いだわ」
 「その写真は確かに新一が綺麗に撮れているね」

 快斗はもっともだと、頷く。
 しかし問題は決してそこではない。志保の質問に肯定だけして、心配げな新一に快斗は向き直った。

 「心配かけたね、新一。もう、大丈夫だから」
 「大丈夫って、何したんだ?」
 「雑誌社に報道規制してもらったから。これ以上載ることはないし、つけ回されることもないよ」
 「報道規制?お前が?」
 「これ以上この記事を載せる出版社とは付き合わない、取材も受けないって言っておいた」

 独身の物腰柔らかなハンサムで有力なマジシャンは、大層人気があり度々特集が組まれる。女性は現金だから、やはりハンサムに惹かれるもので、表紙が見目麗しい方が売れ行きがいいのだ。
 黒羽快斗の取材が受けられないのは雑誌社としても痛かった。

 「それに上からも圧力をかけておいたしね」

 快斗が器用にウインクする。
 つまり、KIDとしての情報網や裏に通じる力を使ったらしい。大物政治家や企業家でも誰にも知れらたくないことや、弱みがあるものだ。そんな弱点につけ込む方法が確かに存在する。裏としての付き合い、というものもあるものだ。

 「快斗………」
 「大したことじゃないから、安心していいよ。無茶なことも無理なこともしてない」
 「本当に?」
 「ああ」

 快斗は新一を優しく抱き寄せて腕に納めると、安心させるような、とろけそうな笑顔を見せる。ただ、新一だけを見つめて。

 「うん………」

 快斗の胸に頭をことりと、寄せて新一は目を閉じる。
 この腕の中にいるだけで、こんなにも安心してしまう。快斗が大丈夫だと言えば信じられる。ただ、無理はしてほしくなかったが………。

 「………あのね、別にここで二人の世界を作らなくてもいいのよ?部屋にいって存分にいちゃいちゃしてちょうだい」
 「し、志保………」

 焦ったように新一が快斗の腕の中から志保を振り返る。
 そこには、呆れたような志保が腕を組んで二人を見つめていた。見せつけるように吐息を付いて「私お邪魔みたいだから、部屋にいるわ」と言い置き部屋から出ていった。

 「………志保」

 新一は志保の後ろ姿を申し訳なく見送った。ついつい快斗が目の前にいると、その腕の中にいると、我を忘れる。ここには第三者の志保もいるというのに、現状を忘れてしまうのだ。新一は反省した。そんな眉を潜める新一に快斗は頬に手を添えて上向かせると優しい顔で提案する。

 「志保ちゃん、追い出しちゃったね。後で、謝っておこうか?」
 「うん」
 「今度お詫びに美味しいケーキ買ってくるよ。心配もさせたしね」

 怒ってなんていないわ、と言っても志保なりに新一のことを心配していたと推測される。家族なのだから、当然だ。それでも快斗を認めてくれているらしく、こうして二人にしてくれるくらいの心使いを見せることもあるのだ。(時にはからかって遊ぶが、概ね好意的である)

 「そうだな。俺も買ってくる。最近志保の気に入りのお店があるんだ」

 美味しいケーキとお茶で謝ろう。志保の買い物に付き合ってもいい。着せ替え人形にされる可能性は否めないが、甘んじて受けるべきであろう。気を使わせてしまったし………。

 「新一、してくれてるんだ?」

 快斗が新一の左手を取り薬指に輝く指輪を嬉しげに見つめる。

 「当たり前だろ。いつも、つけるって言ったじゃないか」
 「そうだね。でも、こうして付けているのを見ると実感が沸くんだよ。すごく嬉しい」
 「………馬鹿。俺だって嬉しいから。いつも快斗と一緒にいるみたいな気になるんだ」
 「俺と一緒?」
 「そう、快斗と一緒。快斗が仕事でいなくても、逢えなくても、傍にいてくれるみたいだ」

 その新一の言葉に快斗は満面の笑顔を向ける。

 「一緒に、いるよ。いつでもどこでも俺は新一の傍にいる。この指と繋がっているから………。赤い糸なんて目じゃないくらいの運命で繋がっているよ」

 そう断言すると快斗は新一の細い薬指に口付けた。

 「運命でも、奇跡でも、何でもいい。快斗を信じているから。信じるのは快斗だけだ」

 新一は艶やかに微笑んだ。
 その笑顔に快斗は見惚れる。
 

 ただ、貴方だけを信じている。

 その腕を。
 瞳を。
 心を。


 だから、共に歩もう。
 


 

                                                  END
 



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