「いらっしゃいませ。工藤様、黒羽様」 「おかえりなさいませ、探ぼっちゃま」 「いらっしゃいませ」 「おかえりなさいませ」 3人が白馬邸に到着し、玄関を開けると使用人や執事が会釈しながら微笑みを持って迎え入れる。 なにせ幼い頃から付き合いで幼なじみだ。 彼らが白馬邸に来ることなど数え切れない程あった。 新一にしても快斗にしても、ここでは白馬家長男の大切な友人として認識されていたから、やってくる度に客人としての節度はあるがそれ以上に使用人から暖かく歓迎されるのだ。 「ただいま」 「こんにちは」 「お邪魔します」 一人は帰宅の挨拶をし、もう二人は訪問の挨拶をする。 「お待ちしておりました」 白馬邸の執事が、進み出て丁寧なお辞儀と微笑で三人を迎えた。 「ご夕食ですが、準備は整っていりますが何時に致しますか?お時間があるようでしたら、その前にお茶をお部屋に運びますが」 「そうだね、まだお腹空いてないでしょう?」 白馬は新一に視線を流し、確認する。 「うん、まだ平気」 「では、ひとまず僕の部屋に行きましょう。柿谷、部屋に紅茶とケーキを。夕食は、6時半でお願いする」 前半を新一と快斗に、後半を柿谷と呼んだ執事に白馬は告げた。 「畏まりました。すぐにお持ち致します」 失礼します、と丁寧に頭を下げて柿谷は下がった。 「では、行きましょう」 白馬は自室へと二人を促した。すでに慣れている二人は、白馬の後を会話しながら付いていった。 「美味しい……」 相好を崩し、とろけるような微笑みを新一は浮かべた。 夕食は希望通りフレンチだ。 前菜はモッツラレチーズにオマール海老を添えたもの。 そして、ビシソワスープ。上にパセリを散らしたマイルドなじゃがいものスープだ。定番は冷たいのだが今日は暖かいもので。 メインの魚は真鯛のポワレ、クリームソース添え。かりかりに焼いた真鯛にクリームソースがかかっている。付け合わせのブロッコリー、アスパラの湯で加減がちょうどいい。真鯛の下にはマッシュポテト敷いてあって、いろいろな味が楽しめる。 肉は、牛のほほ肉の赤ワイン煮込み。じっくりと煮込んでいるためとても柔らかい。フォークで切る必要がなくて、口の中で溶ける。付け合わせは人参のグラッセ。濃厚なソースはパンに付けて食べても美味しい。 デザートは、リンゴとアーモンドのクレープ、バニラアイスクリーム添え。紅茶で頂く。 「うん。白馬のところのシェフはいい腕してるな。やっぱり」 快斗も満足そうに料理を残さず食べて、誉めた。 「そういって頂くとシェフも喜びますよ」 紅茶も飲みながら、白馬は目を細め微笑した。 「……本当に、最後のデザートまで美味しいから大満足。幸せ」 クレープを食べつつ紅茶を飲み、新一は言葉通り幸せそうな表情を浮かべている。 その幸せそうな顔を見て白馬は、毎回繰り返す台詞を口にした。 「工藤君。デザートのお代わり如何ですか?」 「うん。お願いしていい?」 「もちろんですよ。黒羽君も頂くでしょ?」 「ああ」 「では、三人分お代わりを」 側に控えていた執事の柿谷に白馬は告げた。柿谷はかしこまりましたと頭を下げて部屋から退出する。 三人が食事をしている場所は、厨房に近いダイニングだ。家族や近しい人間が食事する場所で、テーブルはそれほど大きくはないが、暖かいものがすぐに味わえる利点がある。 「お待たせしました」 しばらくすると、シェフ自らが皿を持ってきた。 それぞれの前に皿を置いて、どうぞと勧める。 お代わりとはいえ、全く同じものを出すことはない。それはシェフのプライドのようなものらしく、料理の下準備から仕上げまで隙間がない。 今日招いているのは、白馬家の子息の昔なじみ二人でシェフも昔から彼らに腕を振るっている。不味いものなど食べさせられない。 第一、快斗は黒羽家嫡男であり美味しいものを食べ尽くしているから、手など抜ける訳がない。加えて今は勢力はなくても工藤家の嫡男である新一はそれ以上だ。 「……あ、美味しい。オレンジのソースとリンゴのシャーベットがいいですね。このオレンジソース、リキュールとか入れているんですか?砂糖じゃなくて蜂蜜かな。甘酸っぱくて、香りもいいな」 一口味わって新一が、誉めた。シェフは、ありがとうございますと、丁寧に頭を下げる。誉めてもらうことはシェフにとって名誉なことだ。 今回のクレープはリンゴとオレンジが乗り、その上からオレンジソースがかかっている。そして、リンゴの味と皮が入ったシャーベットが添えられている。 「ああ、それから今日のビシソワスープ、美味しかった。暖かいのっていいですね。真鯛も皮はぱりぱりで中はふっくらしていて、焼き加減がいいし。付け合わせの野菜がちょうどいい湯で加減で触感が楽しいし。お肉も柔らかかった。あれって生クリームが入っているんですか?それともサワークリームかな」 新一はどれが美味しかった、とシェフに嬉しそうに伝える。それが、作ってもらった礼儀だと認識しているのだ。シェフはその言葉を真剣に聞き入る。和やかなやり取りを白馬も快斗もただ黙って眺めている。 実は、新一は料理などまったく作れないが、その味覚は素晴らしいものがあった。どんな料理も美味しく食べることができるが、本当のところ舌はグルメだ。それもとびきり一流の。 おかげでシェフは、最後必ずやって来て感想を聞く。 新一の味の好みを一番知っているシェフかもしれない。その上をいっているのが毎日の食事を作っている妹の蘭だ。家族に敵う人間はいない。 「さて。ご馳走さま。遅くならないうちに新一を送っていかないな」 快斗がナプキンで口を拭き、厳かに告げた。 「そうですね。明日もありますから。工藤君、そろそろお開きとしましょうか」 「あ、うん。ご馳走様でした。白馬もありがとう」 新一はシェフにお礼を言ってから白馬を向いてにこりと笑った。 「いえいえ。いつでも歓迎しますよ。また、いらして下さい」 「うん」 素直に頷く新一を即して白馬は立ち上がる。新一と快斗も後に続いて部屋を後にした。 「さてと。迎えの車はもう着てるし、新一の荷物も移動済みだから。このまま帰ろう」 廊下を歩きながら、快斗が新一にさっさと説明する。 「ありがとう。快斗」 自分よりずっと頼りになる友人に、新一も柔らかな笑顔を見せる。そして、玄関まで着くと、白馬が気を付けてと見送ってくれる。 黒羽家の車に乗り込み、新一と快斗は白馬に手を振って別れた。 「ただいま」 「こんばんは」 工藤邸に着いて、新一の荷物である紙袋を両手に持ちながら玄関から声をかける。ちなみに、快斗が三つ、新一が二つだ。 「はーい。お帰り」 「お帰りなさい」 蘭と園子がいそいそと出迎えに現れた。 「黒羽君、美味しいケーキ頂いたわ。ありがとう」 「ああ。届いた?だったらいいよ」 そして、園子はまずお礼を言う。 「とっても美味しかったわ。本当にありがとうね。黒羽君。黒羽君ところのパティシエっていつも素晴らしいわ。ケーキが綺麗で美味しいんですもの」 蘭も横から笑顔で力一杯同意する。それほどに届いたケーキは素晴らしいものだったのだ。高級洋菓子店で並べられるくらいの逸品である。今回は苺と生クリームをふんだんに使ったスタンダードなケーキで、その上品な甘さが絶品だった。 「蘭ちゃんが喜んでいたって伝えておくよ。よければ、また持ってくるし。リクエストしておいて」 「ありがとう」 「それで、はい。これが今日の」 にこやかに対応しながら、快斗は手にした荷物を差し出す。この差し入れをどうするかは、彼女たちが決めるのだ。新一が割り振ることは決してない。得意分野で責任分担がなされている。 「うん」 「おお、大漁」 園子と蘭がいっぱいの袋を受け取って感想を述べる。袋の口から溢れるようにはみ出ている差し入れの数々。その中には日用品やお菓子や本などがはいている。 「新一君も、お疲れさま」 「いいや。皆が持ってくれたから楽させてもらった」 大量の荷物を新一が一人で抱えて困るなんてことはありえなかった。例え見ず知らずの人間でも率先して手伝うだろう。 「まあ、それでもね。……早くあがりなさい。それで、鞄でも置いてきて」 園子がてきぱきと指示をする。いつまでもここで話していては物事が進まないのだ。 「わかった」 鞄部屋に置いてくるから、と快斗に言い置いて新一は素直に階段を上っていった。その後ろ姿を見送り、園子が蘭に軽く頷いて意志疎通をすると蘭は「お茶を入れているわ」と去っていく。一拍おいて、園子は快斗に視線をやってにやりと口に端をつりあげた。 「ところで、黒羽君。少し協力してくれないかしら?」 「俺でいいなら、喜んで」 「うふふ。話が早くて助かるわ」 園子がにやりと笑いながら、口元を手で隠す。だが、その人の悪い笑みを隠すことなどできない。 「いつもの写真なんだけど、撮らせてもらえる?」 「ああ。いいよ。何枚でも」 園子は快斗や白馬にも頼んで写真を撮らせてもらっていた。騎士の写真は本人の協力の上成り立っている。快斗は写真撮影を頼まれても毎回快諾している。撮影は、大抵工藤邸で行われる。客間を改造して、一部屋そういった場所が作ってあるのだ。 「ありがとう。いつも悪いわね。黒羽君一人のヤツと新一君と二人のが撮りたいのよ。もちろん出来た写真は一番に進呈するわ」 新一の写真を絶対に園子は一番に渡してした。所詮賄賂だ。それが安いのか高いのかは本人の価値観の問題である。 「お気遣いありがとう」 「この世の中、只より高いものはないのよ」 園子は気遣っている訳じゃないと否定する。世の中、ギブアンドテイクだ。 「園子ちゃんは、怖いね」 しみじみと快斗が言うと園子はまるで悪徳商人のような偽善者の顔をした。 「嫌だわ。そんな誉め言葉」 「いやいやその才覚には頭が下がるよ。素晴らしい」 「誉めても何も出ないわよ。ついでに言葉より、現物がいいわ」 言葉ではお腹が脹れないわ、と暗に言っている。 「黒羽家に引き抜きたいくらい認めているんだけど。……今度は、ケーキより肉とかの方がいいかな。近江牛とか松坂牛とかもらったんだけど」 「まあ、美味しそうね。産地からして、美味〜」 おほほほほと高笑いをしてから、園子は満面の笑みで押し倒した。 「でも、うちの姫はモノでは買えないわ。難攻不落よ」 「……」 「ついでに、男は甲斐性よね」 「……」 「包容力と、鷹揚さ。それがない男になんてうちの姫はやれないわ」 女帝のような狡猾さと、威厳にあふれた言葉だった。まさしくこの家の真の実力者だ。 快斗は大きなため息を付いた。 ひとまず女帝の言うとおり写真撮影には協力するとしても、なかなかに前途多難である。 END |