「工藤家の人々 1章 1」






「今月はピンチよ〜〜〜!」
 部屋中に甲高い叫び声が響きわたった。
「駄目よ、このままだと今月の予算に納まらないわ。やっぱり、予定外の支出が痛いわ」
「まあまあ、落ち着いて、園子」
 蘭が園子の肩に手を置いて宥める。
「これが落ちついていられる?蘭!」
 だが、園子の鼻息は荒い。
「でも、どうしようもないでしょ?食費とか私も倹約するから。なるべくやりくりするし」
「蘭は良くやってるわよ。これ以上ないくらいね!只でさえ分担が多いんだから、これ以上の負担は駄目よ」
「そうはいってもね……」
「臨時収入はいくら入るか予測が付かないしな……。ちっ」
 園子は舌打ちをする。
「どうしたの?園子姉さん」
「すごい声だったわよ」
 そこへコナンと哀がやってきた。制服姿の二人は帰宅したばかりの出で立ちでリビングに入ってきたのだ。帰宅したら、まず報告がこの家のルールである。
「コナン、哀お帰り」
「お帰りなさい、コナン君、哀ちゃん……」
「ただいま」
「ただいま」
 おかえりと、ただいまの挨拶は欠かされない言葉である。もちろん、おはよう、おやすみ、ありがとう、ごめんなさいも絶対の言葉だ。
 どうしたの?とコナンと哀が首を傾げて聞いてくるので園子がきっぱりと答えた。
「ピンチよ。お金が足りないわ」
「「……」」
 その毎月聞かされる台詞に二人は顔を見合わせて笑う。
「僕の方で少し余力があるけど?」
「私も、ちょうど収入があったところよ」
「……本当?……助かるけど、貴方達からもらう訳にもいかないしなあ。自力で稼いだお金は自分のお小遣いにしときなよ。どうしても困ったら頼るから」
「いいの?」
「いいって。その分他で補うから。ああ、差し入れがあったら断らずにもらって来るのよ。それとまた写真に協力してちょうだい」
 園子がにやりと口の端をつり上げて人の悪い笑みを浮かべた。
「おやすいご用ね」
「いいよ」
 哀は肩をすくめてみせ、コナンは軽く頷いた。
「よし、今月も新作でたくさん売るぞ!」
 園子は胸を叩いて決意を露にする。隣で蘭も手を叩いて同意した。臨時収入の財源として園子は家族の生写真を売って稼いでいた。
「ただいま、と。どうかしたのか?」
「おかえり、新一」
「おかえり新一君」
「新一兄さんおかえり」
「おかえりなさい、兄さん」
 それぞれから掛けられた挨拶に新一はにこやかに微笑みながら受け答えた。そして鞄をソファに置いて制服のネクタイを緩める。
「なんか飲みたいな……何がいい?」
 新一は上着を脱いで椅子にかけると振り返って皆に聞いてくる。
「紅茶がいい」
 園子が一番に希望を言う。
「この間もらったのがあったけど、それでいいか?」
「それでいいわ」
「私ミルクいれてね兄さん」
「僕はストレートで」
「私は砂糖入れるわ」
 蘭が手伝うわといいながら、立ち上がり湯を沸かすために薬缶に水を入れて火に掛ける。家事一切はできないが、お茶をいれる事だけが新一の特技だった。
「それで、何だったんだ?園子」
 新一は首を傾げて園子を見た。帰宅した時の雰囲気から、何かあるのだと察したのだ。
「新一君、明日から差し入れは全てもらってくるように。それと、誰かに奢られて来て。ついでにケーキなんてお土産で付けてもらえば万々歳よ」
「……わかった」
 園子の口振りから、新一は訳を聞かないでも理由が理解できた。それはいつもの事であるのだ。
「ということで、食費を浮かせるために奢られてくるようにね!しかし連絡は必ず入れること、蘭が作ったご飯が無駄になるから!」
 園子は皆に宣言した。
 その部屋に再び響きわたった台詞を4人は、はいと素直に受け取った。
 この家の家長は長男の新一であるが、実力者は長女の園子であるのだ。発言の影響力は当然ながら園子が一番大きかった。



 工藤家には5人の兄弟姉妹が住んでいる。
 両親は数年前に事故で突然亡くなった。元々旧家で資産家でもあった工藤家だが、その社長であった父親が死んでしまうと会社は部下に乗っ取られた。大きな洋館は残されて保険金が降りたが、5人の子供の学費を考えれば大して残らない。屋敷がある土地だとて税金がかかる。基本の生活費だって何だって生きている限りお金がかかるのは当然だ。
 つまり外見は大きな屋敷に住んでいようとも、工藤家の内部事情は火の車だった。
 かといって、目先に捕らわれて屋敷や土地を売りはしない。
 それはせめてものプライドでもあるが、洋館は古かったから土地しか売れない上この不況で値下がりして大した金額にはならないのだ。それなら住む場所が残った方がいいに決まっている。
 そして、彼ら5人は元々通っていた学園も変わらなかった。
 良家の子女が集まる学園は確かに学費も高かったが、それ相当の利用価値はある。今だもって学歴は意味がないなんて戯れ言は通用しない。確かに実力の世界だが、学歴はあった方がいいに決まっている。将来のことを考えるとその学歴と友人関係は決して無駄にはならないのだ……、などという事を考えて決定したのは当然ながら園子だった。
 家長の、工藤家の実質の財産を受け継いでいる新一は何も言わなかった。
 彼はその頭脳と美貌は抜群に秀でていたが、如何せん世渡りが下手であった。その点長女の園子は世渡りがピカイチ。園子とは双子の蘭は家事が得意で性格も良かった。次男のコナンと三女の哀がこれまた双子。この双子はなかなかにいい性格をしていた。外見もいいが中身は才能に溢れていて将来稼ぎ頭になるだろう事は必至だった。ただ外見が天使なら中身は悪魔であると知っているのは家族と親しい者だけだったが。
 どちらにしても、工藤家の子息達はすべからく容姿は平均点を軽く上回り頭脳も人並み以上の持ち主ばかりだった。
 中でもその母親譲りの輝くばかりの美貌を受け継いでいるのが新一とコナンである。息子は母親に似て、娘は父親に似るという通説のまま、似れば良かった女性達には母親の遺伝子は受け継がれなかった。とはいえ父親も相当のハンサムだったから娘達も美人であったが……できるなら傾国の美女と言われた母親の美貌を受け継ぎたいのが人情だった。しかし世の中は上手くできているのか、両親がいなくとも才能豊かでなんとも個性的な子供に無事に育っていた。
 


「おはよう!朝よ」
 園子がそれぞれの部屋のドアを叩きながら声をかける。すると眠い目を擦って新一、コナン、哀が起きてくる。残りの家族蘭はすでに起きあがり朝食を作って待っている。
 朝の分担。
 家事全般を担う蘭は朝食の用意。
 一家の大黒柱園子は起こす役。
 新一、コナン、哀に朝の役割はない。
 工藤家の朝は皆で食卓を囲む。よほどの用事がない限りそれは守られることになっている。両親が亡くなってから、何時何が起こるかわからないという教訓の元、家族は食事を共に取り今日の予定を話すのだ。まるで、悔いが残らないようにしている日課は少しだけ切ないが誰一人として嫌がる者はいなかった。なぜなら、その大切さを知っていたから。両親が事故にあった時、ちょっと出かけてくるからと外出した両親を偶々見送りもできなかった子供達は後で心から後悔したのだ。
「今日は真っ直ぐ帰って来るわ」
 まず実力者の園子が今日の予定を切り出す。
「私も。帰りに買い物に寄るけど、何かいるものある?」
 いつも自分の分担である食事のための食材をスーパーへ買いに行く蘭が問う。大型のスーパーで買うのは日用品も含まれるから、電球やトイレットペーパー等切れているものがあったかどうか確認しているのだ。
「特別ないわよ。私、今日特に用事ないから、荷物が多いなら手伝うけど?」
「ありがとう、じゃ帰りは一緒に帰ろうか」
 二人の意見はさっくりとまとまった。
 蘭と園子は帰りはスーパーへ行き買い物だ。
「私はちょっと歩美ちゃんと約束があるの。でも夕食までには帰ってくるわ」
 哀はにこやかに告げる。歩美ちゃんとは哀の一番の友達だ。哀が友人と出かける場合は、大抵歩美である。
「僕は……時間が読めないから、わかったらメールを入れるよ」
 コナンは本心を覗かせない表情を浮かべて天使のように笑う。彼がこういう時は、決して突っ込んではいけないのだ。詳細は語らないが、その頭脳でしっかりと稼いでいる事を皆知っていた。
「俺は、うーん、どうだろ?奢られて来た方がいいんだよな?」
 新一は最後に首を傾げながら素直に園子に伺う。
「そうよ。精々お付き合いしてきてちょうだい。貢ぎ物は何でもいいわ」
「わかった。リクエストは?」
「食べ物でいいわ。高価なものは後が怖いから貰う人間は選ばないとね。ちなみにいつもの二人だったら高価であろうと何でもいいわよ。まあ、新一君があの二人以外に奢られに付いていくとも思わないけど……それならケーキが妥当ね。あの二人なら美味しいに決まってるから」
 園子はそう指示を出した。園子が言う二人なら新一の身の安全が保障されるのだ。そうでないと新一は大層危なっかしく無防備だった。過去幼い頃に誘拐されかけた事が数度ある。
 新一は何も考えていない風でわかったと頷いた。
 そして朝食を取ると5人は学校へ向かった。
 
 
 5人が通っている学園は歴史の古い小中高一貫教育の学園で、高級住宅街に立つ校舎は年代物であるが内装は最新設備を備えた大層立派な学園だった。そのため、いいとこのお嬢さんやお坊っちゃんが通うので有名で、実際資産家や名門の子弟ばかりが存在していた。
 その中等部の3学年にコナンと哀が通い、高等部の2学年に園子と蘭が、3学年に新一が席を置いていた。広い敷地にそれぞれの校舎が建っていて、広大なグランドは共同で使用する。それ以外も最新設備等や図書館は別棟があり皆共同で使用する事から敷地の中で小等部から高等部まで入り乱れて生活しているとも言えた。
 
 
 





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