「竜の眠る国」 白帝の章1ー10







 その後二人は露天を冷やかすことにした。アリメリアという国まで来てのだ。ランにお土産を買って行かねば拗ねるだろうことは予想が付く。以前ご機嫌伺いの時何か買って来るからと約束したし。シンはランだけではなくソノコにも買うことにした。あの二人は親友だ。どうせなら、同じようなものがいい。
「これ、どうだろう?」
 白い布の上に、細工物が広げられている。その一つをシンが指で示して隣にいるキッドを見上げた。
 繊細な銀細工で、蝶の形をした髪飾りだ。
「可愛らしいですね」
「ランに。似合うかなと思って。ソノコは、うーん。こっち?」
 この地域に咲く大輪の赤い花を模した、髪飾りだ。銀細工のところどころ赤い石が埋め込んである。
 どちらも、若い女性用だ。細かい細工の割に値段も安い。
 他にも耳飾り、腕環。指環。綺麗な石を使ったもの、細工が細かいものといろいろ種類がある。どれもこれも、目移りするくらい可愛い。
「いいですね。二人とも髪飾りでいいのですか?」
「うん。指環という訳にはいかないし。ランはサグルにもらえばいい。耳飾りもいいけど、この細工が気に入ったから」
「そうですか」
 では、頼みましょうとキッドが店主に声をかけようとすると。
「目がいいなー。いい趣味だね」
 いきなり声がかかる。
「……?」
 シンは突然声を掛けてきた人物を振り返り、小首を傾げる。その拍子にお土産を選ぶために邪魔で適当に被っていた布が大きくずれる。
「やあ。見かけない服装だけれど、旅の人?」
 問いかける男はなかなか端正な顔をしていた。だが、シンの知らない人物であるはずだ。見た記憶はない。着ている服装もアリメリア特有のものであるし、容姿も黒髪に緑の瞳、浅黒い肌とすべてがこの国の人間であると示していた。
「そうですが、あなたは?」
 キッドがすかさず、シンの前に出る。
「俺は、別にあやしく見えないと思うけど。そんなに用心されると困るな」
 男は苦笑して困ったように頭を掻く。
「旅人みたいだから、声をかけただけなんだけど。珍しい服装だし」
 青年は、首をひねりながら、
「どこの人?」
 と疑問を口にして、至極真面目に聞いた。
「俺、あやしく見える?まいったなー」
 真面目な顔で聞かれてキッドも困惑するしかない。だが、すぐに「失礼しました」と頭を下げた。キッドの後ろでシンがキッドの服を引っ張ったからだ。
 キッドの謝罪に青年はいいよと手を振り、
「俺はリード。ここの生まれだから詳しいよ。よかったら、案内しようか?」
 にこりと男は邪気なく笑った。
「ありがとう。では、お願いする。私はシンイチ。こっちはキッドだ」
 シンはキッドの背後から顔を出し、にこりと笑った。
 
 
 
「なあ、リードは知っている?」
「なにを?」
 シンは、少しの間に親しくなったリードを真っ直ぐに見て聞いた。
 ランとソノコの土産を買ってから町を案内してくれるというリードに、初めて来たのでどこかお勧めがあれば、とお願いした。その結果、人混みで溢れる中を器用に歩くリードの後にシンとキッドは付いて歩き、アリメリア特産のお茶が売っている店、安くて美味しい果物の店、仕立てがいい服やベールの店などを紹介してくれた。
 中には豆や木の実が籠に山となっている店があり、シンは珍しい木の実を買った。コナンが食べたそうに興味津々の目で見つめ、その籠に引っ付いたからだ。欲求に忠実だなと思いながら、種類をたくさん買ってみた。自分用とシホ用にはアリメリアの茶葉を買った。案内してくれる店はどこも安くて、種類が豊富だった。
 さすがに地元だなとシンが感心していると、疲れただろう?と言ってリードは先ほどシンとキッドが使ったお茶を飲む店へと連れていった。
 丸い木目のテーブルに背もたれのない丸い椅子。お茶は花茶と言われるらしく、茶碗の中に黄色い花が浮かんでいる。店は露天に麻の布を斜めに張って陰を作って囲っている。そのおかげで、周りをあまり気にする必要がない。
 だからこそ、シンはリードに病について聞いてみる気になったのだ。
「アリメリアで、というかこの辺りリードが知っている範囲で、治らない病気があると聞いていない?」
「治らない?どんな?」
 リードが不思議そうに尋ねる。当然の反応だ。普段気にしていなければ、わざわざそんな話はしないだろう。気にもとめない。
「最初は熱が出たり、発疹したり。風邪みたいな症状。その後、黒い斑点が身体に浮き出て、とても痛い。やがて、血を吐いて死に至る。個人によって差があるけど、大まかだとこんな風な病気だ」
「……なにそれ。嫌な病気だな。治らないのか?」
 話を聞きながらリードは思い切り眉間に皺を寄せた。
「今のところ、ない。あらゆる薬草が効かないって言われている」
「はあ?ほんとーに?それが本当だったら、どうしようもないだろ?……ああ、聞いたことないよ、そんな物騒な病気。シンイチはなんで知っているのさ?」
「……トルラードで、その病が見つかったんだ。これから広がっていくかもしれない。それなら、アリメリアはどうかと思って。もしその病について詳しくて特効薬があればと思ったんだ」
「なるほど、そうか」
 シンがこの国を訪れた理由だ。リードはそれを理解し納得すると、うーんと首をひねりながら息を吐いた。
「俺は知らないけど、この国にだってその病が広まっているかもしれないんだな?隣の国にあるものが、陸続きの国に広まって来ないなんてあり得ない。否、もしかしたら、アリメリアから他国へと広まってことだってあるだろう。それとも、他の国からとか。考えたら切りがないけどなー」
 黒い髪をがしがしと掻いてリードは緑の瞳を真摯にな色に変えた。
「人事じゃないな。そう他国ごとじゃない」
「うん。できるなら、この国にも動いてもらえたらいいのにと思う。このままだと死者が増えるから」
 痛ましげに、シンは目を伏せた。
 リードは共感した。
「なるほど。いいよ。俺、王宮にツテがるから、それとなく伝えてもらう」
 にっと口の端をあげてリードは笑う。
「ツテがあるのか?」
「ああ。王宮勤めの侍女達だって市場に買い物に来るからね」
 シンの疑問に、そう言って茶目っ気に片目をつぶった。
「なるほど」
 リードは色男らしい。見るからに女性にもてそうである。きっと、侍女達からも喜んで彼に声を掛けるのだろう。
「でも、俺が見た中では美人が寄り集まった侍女の中でもシンイチが一番綺麗だよ。保証する」
 リードは爽やかに笑いながら、そんな事を言った。
「誉められても、困るけれど。私は女性ではないので」
「でも、美人は美人。男でも女でも、目の保養。俺は、正直に生きているから。嘘は付けないよ」
 咎めるようなシンの視線をさらっと流して、リードは朗らかだ。俺の目は正しい!と尚も言い張る。シンは、まともに取り合うのが馬鹿らしくなった。だが、シンは仕方ないで済ませられるが、そうでない人間もいた。もちろんキッドだ。シンの騎士だ。
「お戯れが過ぎますね、リード。私の主をこれ以上困らせないで頂きたい」
 言っている言葉は丁寧だが、声音はひどく冷たい。怒気までこもっていてリードは苦笑する。
「律儀だな。キッドは」
 全く悪いと思っていない風情でリードがキッドの肩をぽんぽんと叩く。その手を丁寧に押しのけて、キッドは「これが私ですから」と微笑した。
「……」
 なにを言っているか。シンは頭を抱えたい気分だった。だが、ここで放置はまずい。仕方なく横から口を挟む。
「もういいから。キッド。それからリードもキッドではありませんが、戯れ過ぎです。そういう口説き文句は是非美人の侍女に言ってあげて下さい」
 そうまとめると、シンはお茶をごくりと飲んだ。そして、肩の上に乗るコナンが頭を擦り寄せるので小さな身体を撫でてやった。
 その小動物と戯れる美少年の光景に、毒気を抜かれてキッドもリードも結局口を閉ざした。
 
 
 
「じゃあ、ありがとう」
「失礼します」
「いいや。気をつけてな」
 リードは知り合ったばかりの二人に手を振る。彼らはこれから本国に帰るそうだ。
「また、来いよ!」
 リードの誘いに、また是非にと手を振り替えしてくれる。リードは機嫌よく見送った。
 
 二人の背中を見送って、リードは喉の奥で笑った。
 まさか、こんなところで隣国の巫女姫に会えるとは思わなかった。
 そう、リードはシンの正体を知っていた。男の格好をしてるけれど、一目でわかった。あの美貌で男ですという方が無理がある。美少年で通せないこともないが、それでも姫であることは消すことができない。
 この国には降らない雪のように白い肌はとても滑らかで美しい。漆黒の長い髪もつやつやと輝いていた。そういったところに、磨き抜かれている姫である形跡が残っている。
 どんなに隠してもその蒼い瞳は誤魔化せない。この世界に二つとないものだ。

 リードは、アリメリア帝国の第二皇子だ。
 セレン・アリード・ラ・サラディーナ・メディ。それが本当の名前だ。リードはお忍びで町に降りる時よく使う偽名だ。
 皇妃が生んだ皇子のため王位に一番近いと言われている男だ。年は22歳。そろそろ妃を迎えよと迫られているのをかわしている。まだリードは嬪の一人ももっていない。おかげ、爺達がうるさくて敵わない。
 王宮に仕える侍女達は美女揃いで、皇帝が侍らす女性も趣味の差はあるが美人ばかりだ。だが、そんな環境におかれたせいか、どうにも心奪われる人に会ったことがなかった。半分しか血の繋がらない兄弟、姉妹に囲まれ後継者争いを見てきたせいだろうか。どうにも、王宮で見る人間はどんなに美しくても、心許す気にならない。どうせ、王位後継者に一番近い皇子だから、近づいてくるのだという疑いが消えないからでもある。だが、実際それは事実であり、今更酷いと思うほど子供でもない。
 
 その自分が、この間隣国の春の祭りで巫女姫の舞を見て一目で心奪われた。
 どんなに服装を変えても、言葉を変えても、自分が巫女姫を間違うはずがない。あの美しい蒼い目をした美貌は、今日偶然に目にした己を再び歓喜に陥れた。
 この出会いに感謝したい。己の名前にある海の女神サラディーナの加護にも心から祈りを捧げたい。普段そんなことはしないけれど、今は気分良くそう思う。。
 サラディーナは海神の姉である女神の名前であり、王家では神の加護を受けるためそういった名前を付けるのだ。
 また、是非。会うことは自分の中で決定事項だ。
 
 
 
 
 
 漆黒の闇が広がる夜。
 草が茂り、木々が覆う森の崖の上にシンとキッドとコナンはいた。
 アカコに白星草の生えている場所を知っているかと聞いてみたら、知っているわと簡単な答が返ってきた。ただ、それは首都から離れた場所であり、日にちと時間を選ぶのだという。
 まず、生える場所は崖。そして月夜。それから、春の今であること。これが夏や秋では駄目なのだという。月も満月ではなくぢょうど三日月。下弦の月であること。細かい条件が重なった時に、花は咲くだろう。
 崖とはいっても、人間にはどこの崖が咲く場所かわからないため、コナンが教えてくれることになった。
 ということで、ちょこまかと動くコナンの後にシンとキッドは付いて歩いている。夜は足下がよく見えないから、歩くのも苦労するが文句も言わずひたすら歩く。
 一刻ほど歩いただろうか、やがて月の青白い光に照らされて一面に白い花が咲く光景が飛び込んできた。白星草が群生している。
「……すごい」
「神秘的ですね」
「うん」
 白い花が月の光で青く発光しているようだ。
 なんて綺麗なのだろう。
 コナンがその花が咲く中へと突き進んでいき、飛び上がった。あっという間に元の大きさに戻り、見事な青竜の姿で夜空を飛び始める。
「……仕方ないな。やっぱり」
 この自然の中、コナンに元に戻るなというのが無理な注文だ。
 キッドは、夜空を飛ぶ竜の姿を認め慰めるようにシンに笑う。
「夜中ですから、誰も見ませんよ」
「そうだな。うん。見ても夢か幻」
 自分に納得させて、シンは花や葉を摘むことにした。できるだけたくさん積んで行かなければならない。
「キッドは、そっちの二個の籠だから。私は、これをいっぱいにする」
「はい」
 二人はたくさん摘むために籠や袋を持ってきていた。これからひたすら摘むしかない。
 花の中に踏み入り、シンもキッドも一心に花と葉を摘んだ。
 
 
 
 その後二人は、袋や籠いっぱいに摘んだ花と葉を持ってアガサの店へと急いだ。
「博士!頼む」
 そう言って駆け込んだシンにアガサはわかったと言って煎じて薬湯にしたり、乾かしたり、潰してみたりと部屋にこもり薬師の仕事をした。
 城下町から少し離れた村にいた病人に薬湯を飲ませて、様子を見た。先日、アガサのところに、必死にすがってきた病人だ。子供が病気で母親が何か方法はないかと店に通っていた。アガサはその子供に毎日三度薬湯を飲ませた。七日ほど経ち回復の兆しがあったので、続けて飲ませることにした。
 
 アガサはシンから聞いていた、クロウ公爵領の病に掛かっている少女にもすぐに届けるよう早馬に薬草を託した。公爵の領土にも病の足音は聞こえていたからもちろんかなり量をまとめてだ。
 シンは数日後に顔を出して、アガサから話を聞いてほっと安堵した。
 まだ、やらなければならなことはたくさんある。白星草にも限りがあるし、病の原因もわかっていない。万能薬だというアレーナも手に入るのか、本当に効くのか確かめねばならない。それでも少し解決の糸口が見えて、助かる人がいるのだ。
 
 シンは、肩に乗るコナンの頭を撫でて空を見上げた。
 今日には、またアカコのところに顔を出しに行こう。お礼を言いたいから何かお菓子でも持って。
 隣に立つキッドにふと視線をやると優しい微笑が返ってくる。シンもそれに微笑んで、行こうかと森を示す。もちろん、キッドはそれに付き従う。

 彼はシンの騎士だから。
 いつでも、どこでも、どこへでも。
 一緒だ。
 
 
 
 

                                                      END



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