「名探偵の恋人」1



 「春の特番は平成のホームズ、日本警察の救世主だ!」

 興奮気味のディレクターの声が部屋に響いた。

 「「………」」
 「クリスマス特番は予想に反して、ハプニングだったが高視聴率だった!怪盗ときたら、次は探偵だろ〜?タイトルは『平成のシャーロックホームズの事件簿〜日本警察の救世主〜工藤新一』だ!素晴らしいだろ?ああ?どうだ〜?」
 「「………」」
 「おい、返事はどうした?宮本?川瀬?」
 「「………」」
 「何とか言えよ!!!」

 ディレクタ−は切れかかった。
 素晴らしい企画を思いついたのに、どうして部下は無反応なのか。
 自身の企画したクリスマス特番は大成功だったのに。それで評価も上がって万々歳であるのに!
 唾を飛ばしながら叫んでいる、時々冴えてるけど若気の至りで状況判断が今一の自分より年下のディレクターに宮本は内心大きな大きなため息を付いた。ついでに肩まですくめてみせる。隣の川瀬は、幾分同情的な表情を浮かべているが心中はディレクターの評価を下げたに違いない。
 世間を知らないって怖いわ、と目が語っていた………。
 それでも、宮本自身が説明をしなければならない状況に変わりはなかった。

 「佐々木ディレクター。その企画は止めた方がいいですよ」
 「何でだ???」
 「事件簿とタイトルを付けてますが、どうせプライベートまで踏み込む気でしょう?事件だけなら、今までも放送されたことがありますからね」
 「そんなの当たり前だろ?テレビなんだぞ?特番だぞ?視聴者はどんな人間でどんな生活を送っているか知りたいんだ!それに答えるのが我々報道に携わる人間の使命だろ?」
 「………悪いことは言いません。彼のプライベートに踏み込んではいけません。というか、絶対上から警察から規制がクレームが来ます。断言できます!」

 宮本ははっきり言いきった。

 「………どうしてだ?別に取材するだけだぞ?密着取材なんてできたらいいが、それは無理だろうけど。彼のちょっとした秘密とか明らかになれば、視聴率は跳ね上がるし。彼の映像だけでも、いいとこ行くだろうし!」
 「無理ですね。この企画、潰されるのがおちです。それに、そんなことをしたら恐ろしくて外も歩けません」

 佐々木はその発言に不思議そうに、納得できないと首を傾げる。

 「とにかく、絶対止めた方がいいです。ただの事件を扱うだけなら許されるでしょうが、それさえあまりいい顔されないでしょう」
 「そんな事言ったって、やってみないとわからないだろ?何がそんなに怖いんだ?工藤新一は難しいのか?」
 「………彼そのものは、問題ありませんよ。要はその周りなんです」
 「わからんな。納得できん。とにかく取材してこい!!!」

 宮本の助言を佐々木は聞かない。
 その恐ろしさは、遭遇したものにしかわからないものだからだろうか。

 「………わかりました。でも、期待しないで下さいよ。それに、後からどんな目にあっても知りませんからね」

 そう普段温厚な宮本にしては珍しく脅すような台詞を吐いた。

 「………」

 さすがに佐々木は顔色を変えた。しかし今更、覆せない。そんな佐々木を一別すると宮本は背を向けた。

 「川瀬、行くぞ」
 「はい、先輩!」

 隣で成り行きを見守っていた川瀬は元気な返事をして宮本に後を付いていった。
 
 
 「で、川瀬からしてどう思う?」
 「そうですね、まず一課に取材するのが妥当でしょうけれど無理ですね。工藤君のことについては他言無用だし。テレビや雑誌の取材や何者からも守っているみたいです。大抵答えてなんてもらえませんよ?」
 「だよなあ………。事件だけなら過去のニュースや資料を漁ればいい。けれど、最近彼が関わった事件は公にされない。彼が加わっても名前が出ない。一切情報を絶っている。そんな相手のことを警察が話す訳がない」

 宮本は大きなため息を付いた。

 「どんな方ですか?って聞くくらいならいいかもしれません。ファンなんで、ってことで。どれだけ素敵かなら、嬉しそうに話してくれる可能性はありますよ?だって、事実だもん!」
 「そりゃ、お前の体験か」

 宮本は川瀬を横目で見た。

 「もちろんです。ついつい自慢したくなりますもの」
 「………そうなんだよな。ディレクターには言えないが、お前工藤さんについてものすごく詳しいよな」
 「はい。まだまだですが、世間一般よりは知ってますよ。ファンクラブの会員ですもの」

 川瀬はえへへと笑う。
 そう、川瀬は「K新ファンクラブ」に加入しているほどの工藤新一ファンだ。
 以前警視庁に取材に行った折り、受付嬢と親しくなりファンクラブの存在を知るとすぐに入会した。そのファンクラブ内ではあらゆる情報が共有されているらしい。そして、他言無用の誓約があり、日々彼らの幸せを見守っているらしい。
 おかげで、絶対に川瀬は口を割らないがディレクターが知りたい情報を豊富に手に入れていることは明白だった。宮本もそれを話せと強制する気もない。
 なぜなら、それが公になった時の影響というか報復を知っていたからだ。

 「まあ、一応取材するしかないだろうな。これでもしがないサラリーマンだから、上司の命令は絶対だ」

 そう言って、宮本は笑う。
 表面上はそんなことを言っているが、内心はディレクターが早く諦めてくれればいいのにと思っているのが見え見えだった。
 




 すでに何度か足を運んだことのある警視庁である。
 この場所を慣れるって怖いかもしれないと二人は思いながら、真っ直ぐに続く廊下を歩いていた。向かう先は1課である。
 一応の挨拶は宮本が責任者として、後は川瀬に任せることが決まっていた。
 それは、川瀬なら角が立たないという理由だけではなく、なぜだかその天然ぶりに口を滑らす人間が多いからだ。それは警察官でも例外で決してない。宮本は川瀬の持ち味というか強みのようなものをすでに認めていた。

 「がんばってこい」

 厳かに、告げる宮本である。

 「はーいい!」

 対する川瀬は相変わらず緊張感の欠片も見えない脳天気ぶりだ。

 
 〜目暮警部の証言〜
 
 「え?工藤君について?………彼については話すことはない。警察に協力してもらっているが一般市民に変わりはない。迷惑をかけるとは思わないのかね?………は?違う?それはどいうことだね?」
 「ああ、なるほど。いつもいつもお世話になりっぱなしだ。感謝しているよ。………まあねえ、そんなものかもしれないな。彼の父親、優作君との付き合いが長いからね。幼少の頃から知っている。そりゃもう可愛かったよ。息子みたいなもんかな?ははは、そうかい?そうかい?おだてても駄目だぞ」
 「今ではあんなに立派に成長して、嬉しいね。………そう思うだろ?彼の推理力は父親譲りだろうね。あの聡明さも知識力も相当なものだ。優作君は何を教えているのか知らないが、彼はかなりいろいろなことができる。うーん、そうかもな。あれも親バカの一人だから」
 「そうそう、顔は有希子君譲りだね。優作君に似てないこともないが、あれはどう見ても母親似だね。ええ?そうだね、それは異存がないな。おかげで時々心配だよ。まるで娘を持つ父親の気分だな。今犯罪が複雑化しているし、動機が理解できないものが多い。彼が巻き込まれないか、本当に心配で仕方ない。そう、ストーカーとかあるからね。………うん、うん、そう思うだろ?」
 「君も気を付けるんだよ?若い女性の一人歩きは危険だから」
 「そうだよ、わかるだろ?うん。そうしなさい」
 「ああ、それではね」


 〜高木刑事の証言〜
 
 「はい。ええ?工藤君についてですか?ええ、はい。ああ、わかりました」
 「そうですね。すごいですよ。我々には見えないことが彼の目には見えるんです。なんて言ったらいいかな。そう、我々の目の前にも確かにあるはずなのに、全くわからないんです。でも彼が見るとそれが当たり前のように見える。不思議ですよ?彼の瞳には嘘偽りは通用しないんでしょうか、真実しか見えないんでしょうか。………はい、もちろん尊敬してますよ。………年齢なんて関係ありませんから。学ぶことがたくさんあります」
 「え?そんなことはないです。………ありませんよ、おそれおおいですよ。いやだな〜、からかわないで下さい。そうですね、ものすごく人気がありますよ。あ、やっぱりそう思います?ですよね。1課全て、2課であろうと、警視庁に務めるどんな人間も彼を大切に思ってますよ。日本警察の救世主というあだ名は伊達ではありませんから。正しく宝ですよ」
 「あはは、そうですか?やっぱり日本中から愛されてるなあ、工藤君。その気持ちはわかりますけどね〜」
 「ええ、ご苦労さまです」
 
 
 〜佐藤刑事の証言〜
 
 「………白?………蒼よ。きゃー、貴方もそうなの?いるところにはいるのねえ。でもでも、この合い言葉はどうなの?確かに、わかりやすいけど。へえ、そうなんだ、大変ね。それで聞けたの?良かったわね〜」
 「私に今わかることなんて、もうクラブ内で知られていることよ?いいの?………そうねえ、何がいいかしら。この間のことなんだけど、夜遅くなったから送っていったの。そうしたら、お屋敷に明かりがついていたのね。一人暮らしだから、付け忘れかと思ったらなんと誰か待ってたみたい。車から降りるとお迎えに出てきたから。………そうねえ、工藤君の横に並んでも見劣りしないくらいのいい男だったわよ?おほほほほ、いいでしょう?やっぱり1課にいる特典みたいなものかしら?」
 「それでね、工藤君に「おかえり」って言ってたから、随分仲がいいと睨んだわ。工藤君待ってたのね、それとも一緒に住んでいたらどうしよう?まだ1度しか見たことないのよ、これが!」
 「え?貴方が聞いた本人なの?やるわね!工藤君に恋人ができたって知った時は衝撃だったわ。ねえ、どんなふうだったの?………ふんふん。きらきらしてた?可愛かった?照れて顔を染めてた?ああ、見たかったわ。クリスマスは一緒に過ごしたって?甲斐性抜群?誰なのかしらね、本当に。私が見た若者かしら?それともやっぱり、彼?」
 「それとね、すごかったのよ。あの後警視庁内を襲った噂ったら!1日のうちにあらゆる部署に知れ渡っていたの。それでね、厳つい、いい体格した男が泣いてるのよ?男泣きって見苦しいわ。一人ならまだしも、数人で肩を寄せあって涙流して慰め合ってる姿!警視庁中、落ち込んで暗〜い雰囲気が漂っていたのよ、鬱陶しいったらないわ!自分達が釣りあうとでも思っていたのかしら?だったら片腹痛いわね」
 「それでね、最近工藤君綺麗になったと思うのよ。満たされてるってのかしら?恋をすると綺麗になるって本当ね〜!きらきらどころか、眩しいくらいよ。後光が差してる感じ?漂うオーラがすごいのよ。視線が持ってかれるの、それで離せないの!現場でもそうみたいね。犯人さえも見とれてるらしいから」
 「うん、またね〜」


 〜ある警察官の証言〜

 「え?ええ?………。そうですね、ショックでした。貴方どこまでご存じなんですか?はあ………。その日はまるでお通夜のようでした。警視庁のどこの部や課の人間も暗雲背負ってましたから。その日に犯罪を起こして連れてこられた人間はとばっちりだったかもしれません。激しく責め立てなくても、警察官の方が般若の形相でしたからね。そりゃ、恐ろしかったと思いますよ。部屋から、出してくれ〜って叫び声が聞こえましたから。ちょっと可哀想そうですけど、その日に犯罪を起こしたのが運の尽きでしょうか?」
 「それから?ああ、とっても綺麗ですね。幸せそうですよ。それは嬉しいんですけど、でもでも、彼の幸せを祈ってますが………、許せることと許せないことがあるんですよ?そう思いませんか?………放っておいて下さい。どうせ、私なんて………」
 「はい、それでは失礼します」


 〜ある受付嬢の証言(別名、情報報告会)〜

 「あー、直ちゃん。こんにちは、今日はどうしたの?」
 「へー、そうなんだ。大変だね?それで、聞けたの?やっぱりね、さすがわ直ちゃんだわ」
 「最近のこと?そんなとこじゃない?工藤君のお屋敷に出入りしている人でしょ?まだそんなに目撃されてはいないみたい。工藤邸と、あと街中で一度?お買い物、それともデートかしら、見かけられてるの」
 「ああ、すっごくいい男らしいね。背も高い、細身だけど肩幅があってハンサムで、ついでに声までいいらしい!工藤くんの隣に立つに相応しく、守ってるんだって。街中で目撃された時、寄り添うように並んでたって。それで、おいそれと誰も声もかけられなかったらしいから………。一度拝んでみたいねえ」
 「うん、見たいよね。そのうち見かける機会もあるかな?あるよね?」
 「うふふふふ、そうだよねえ。それで、これからどうするの?直接聞くってのはあり?………うーんそうだね、わかんないね。でも、彼なら無下にはしないと思うけど?」
 「そっかー。がんばってね」
 「今度、会員で集まって会合をするから。ご飯食べながら報告会しようね?」
 「うん、またね、素敵な情報待ってるわ」





 「先輩、こんなとこでしょうか?」
 「………そうだな」

 宮本は大きく頷いた。
 やはり、川瀬に任せて正解だったようだ。
 これほど口が軽くなって楽しそうに話すっていうのは、警視庁として、警察官としてどうなんだ?問題じゃないのか?と思わないでもないが、相手が川瀬の場合仕方がないだろう。なぜか、あの脳天気な笑顔と子供みたいな瞳で話されると、警戒心が保てないのだ。ついついそのパワーに押されてしまって引き込まれる。
 知らない間に気持ちよく話している………というわけだ。

 「ここで取れる情報はあらかた聞き出したんじゃないか?」
 「ですよね〜。まあ、誰に聞いても同じだと思います。だって警視庁内の誰もが工藤君のこと好きですもの!」
 「だな………」
 「ええ!!!」

 川瀬が嬉しそうに笑う。
 川瀬本人がファンなのだから、その態度はどうしようもないだろう。

 「で、行くか?」
 「アポなしでもいいでしょうかね?それは普通で考えたらちょっと難しいかなあ」
 「良くないのはわかってるさ。ただ、なるべく早く逢う必用があるからなあ。逢ってもらえなくても行くだけ行った方がいいだろ」
 「はい。そうと決まれば、善は急げ!です。行きましょう、先輩!」

 川瀬は宮本の腕を引っ張り促す。

 「わかったって。だから引っ張るな〜。お前、馬鹿力なんだよ、見かけによらず!」






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