「Colors」2ー15







 人の行き交う空港はどこも同じような空気がある。
 出会いと別れが交差する場所は、同じような雰囲気があるものだ。人々のざわめきは言語がバラバラなせいか、あまり気にならない。
「何か飲みますか?」
「今はいい」
 キッドの気遣いに新一笑った。
 すでにスーツケースは預けてあるため、身軽な手荷物だけだ。搭乗までしばらくの時間、待合いの椅子に腰掛けている。蘭と園子はちょっと見てくると出かけていった。
 短いようで長いポートランドでの暮らしは、楽しかったといっていい。
 新一はふと先ほど別れたアイリーンを思い浮かべる。
 また来てね、ありがとうと繰り返していたアイリーン。クロードの運転する車で空港まで送ってくれた。
 笑顔でいてくれて、本当によかった。
「それにしても、依頼が果たせてよかったですね」
「ああ」
「タイミングもよかったんでしょう。仔馬が生まれる瞬間にいたんですから。そうでなければ、アイリーンはロバート氏の思いを知らずにいたかもしれない」
 キッドはほんの数日前の感動的な出来事を思い出していた。
 最愛の人の探して欲しいという遺言を見過ごしてしまったかもしれないのだ。新一がいなければ、気がつかなかった可能性がとても高い。
「……そうだな。でも、あれは本当は何でもよかったんだ」
「それはどういうことですか?」
 キッドは聞き返した。
「仔馬が生まれたから、ああなった。嘘ではないけど、嘘でも良かった」
「……」
「ロバート氏が最愛のアイリーンのために仔馬を残したかったのは本当だろう。フローラと名付けたことからも間違いない。彼は馬の名前に拘っていたとわかっているし。ただ、それが本当にロバート氏が残したものかどうか、俺には判断が付かない。本人を知らないから。アイリーンから話を聞いて、いろいろ調べても推測でしかない。彼はなにもヒントを残していないから」
 ふうと新一は息を吐く。
「俺には期限があったし、それでもアイリーンはいいと言った。俺の本当の依頼はたぶんアイリーンの心の決着をつけることだった。今回の依頼は父親の紹介だった。夏休みしか時間が取れない俺ではなく、自分で受けてもよかったはずなんだ、同じアメリカなんだし。それなのに、俺の方がいい、俺でなければいけない。私では駄目だから。そう父親は言った。俺でなくてはならない理由。そして父親の意図。ご主人を亡くしたアイリーンは遺言を探していたが、見つからなかった。ロバート氏の意図は成功してが、いつまでもそれに囚われていては前に進めない。義弟も遺言に関してしつこそうだったし。だから、俺に依頼が回ってきた。皆を連れていけばアイリーンは喜ぶ。そして、全くの初対面の俺が謎を解く。父親なら気遣いかと疑うかもしれないし、俺ならその点は疑われることもない。すべて、アイリーンのためだ」
「……結果としてアイリーンは幸せそうでしたね」
「それが、救いだな。嘘は付いていないが、本当かどうかなんて俺には保証できない。それでも俺が告げたことを真実だとアイリーンが認めたことが大事だから。真実は人の数だけある」
「なるほど、だからロバート氏について調べるとはいえ、アイリーンののろけを聞いたり、一緒に出かけたりして付き合っていたのですね。アイリーンの真実を見つけるために。どれがアイリーンの真実となりうるか、新一は見ていた。調べるにしても、おかしかったですしね」
 新一は調査としてロバートの書斎を調べているが、その他は主にアイリーンに話を聞くことと、邸を歩き厩舎に顔を出す程度だった。ヒントもなく探しているにしては消極的だ。
「なんとなく、依頼があった時点でおかしいと思っていたし、数日過ごすうちに意図が見えてきたから。俺たちがいる間アイリーンが楽しんでくれたらいいと思ったから、いろいろ一緒に出かけたし付き合った」
 新一は意味ありげに笑った。
 キッドは理解した。美しく着飾られ、ドレス姿でダンスまでした。ついでにそれでパーティまで出席した。ここでそんなことをするとは新一も思わなかったに違いない。
「本当に、お疲れさまでした」
「いや。楽しい休暇だった。皆一緒でさ」
 新一は小さく唇の端を上げた。
 
「ただいまー」
「やっぱり空港って場所によって違うよね、置いてあるものって」
 賑やかに蘭と園子が帰ってきた。
「おかえり」
「元気だな。これから飛行機なのに」
「いいじゃない。疲れたら機内で寝るもの。問題ないわ」
 園子が腰に手を当てて胸を張った。
 確かにその通りである。
「ま、そうだな」
 新一も頷いた。
 そのやり取りを蘭とキッドが笑いながら見守っている。穏やかな空気が漂う中、突如として悲鳴が聞こえた。四人が振り向くと、人相の悪い男が拳銃を持っている。
 
「動くな!」
 男は拳銃を周りに向けて叫んだ。緊張が走る。
 拳銃で威嚇して歩き、男は新一達のそばまで来た。そして彼らを視界に納めるとまだ子供だと判断したのだろう、近づき拳銃を蘭に押しつけ腕を取った。
「……」
 蘭は人質に取られると瞬時にわかったが、抵抗しなかった。
 ここでむやみに反抗すると他の人間に拳銃を向ける可能性を考えたのだ。
 本来、彼女なら素晴らしい蹴りで、身長は高くても細身な拳銃所持男など瞬殺だ。
 
 蘭が人質にされるのを無言で見守った三人も様子を伺っていた。犯人が単独犯ならいいが、もし仲間がいたら?予想外のところから拳銃が発砲される可能性を否定できず、蘭を安易に救出できない。
 
 それにしても日本で一番強い女の子を人質に取らなくても……。
 三人は心中で哀れに思った。犯人の人選は大きく間違っている。
 蘭は空手で全国大会に先日優勝したのだ。
 武道は他にも柔道、剣道など武道はあるが、実践向きなのは空手だろう。つまり他の競技よりも空手で優勝した蘭の方が反撃に向いているのだ。外見は楚々とした美人であるから他人は騙されるが、闘争心は人一倍強い。
 見かけに大いに騙されて犯人は蘭を人質に取ってしまった。
 きっと、欧米人からすれば彼らは子供に見えるし、女の子がいると認めてちょうどいいから人質にしようと決めたに違いない。
 
 さて、どうしようか?新一とキッドが視線をあわせる。園子も慌てずに蘭を見ている。
 彼らは、幸いというか、困ったことというか、こういった災難事に慣れていた。個人的な探偵をしている新一のせいだけではなく、彼らの周りにはトラブルが尽きないのだ。
 
「おい、アボット社長を連れてこい!ここの責任者だ!」
 蘭を自分の前に立たせ、頭に拳銃を突きつけながら男が叫ぶ。
 男の要求は何だろう。それによって、対処も変わってくる。新一は慎重に周りの様子をうかがった。
 すると、もう一人の男が拳銃を周りに向けながら別方向からやってきた。サングラスをかけた大柄で体格のいい男だ。仲間が場を制したら合流するつもりだったのだろう。
 大柄な男は、むんずと新一の腕をつかんだ。
「お嬢ちゃん、動くなよ」
 そういって新一の細い腕を掴み拳銃を向けて仲間の横に移動する。
 新一は陰でちっと舌打ちをした。
 そして、誰がお嬢ちゃんだ!と心中で叫んだ。
 だが、外見上は新一はスレンダーな美人にしか見えないのだ。大柄な女性が多い欧米の中、新一の身長で細身で美人なら女性に見えても仕方ない。着ている服も男女差のないものだ。シャツと黒いパンツ。上に丈の長いカーディガンでは美少女に見える。
 新一は腕を引かれながら、視線でキッドに動くなと伝え、抵抗せずそのまま人質になった。
 今のところ、仲間は二人。
 どう動くか。要求は何か。女性や子供は避難させたいところだ。
 新一は隣に立つ蘭とわずかに視線をあわせる。蘭は視線でどうする?と聞いている。
 できるのか?と聞くと、もちろんと軽く頷く。
 蘭なら合図一つで、犯人の腕から抜け出し拳銃を蹴り上げ拳で沈めることができるだろう。
 だが、タイミングが大切だ。
 ちょっとまて、と視線で伝えると、うんと蘭も極小さく頷く。
 園子とキッドも動かずに二人を見ている。何らかの意図を込めて。指示があれば動くことできる体制でいるのだ。
 
「アボットはまだか!」
 男が叫ぶ。怒鳴り声に緊張と恐怖でじっとしている人間は身をすくめて、災いが自分に降りかからないように願った。
「急げ。そうしないと、見せしめに一人殺すぞ?」
「そうだな。俺達が見かけだけで撃たないと思っているんだ」
 新一を腕に囲み大柄な男は拳銃を放った。床をかすめた衝撃に悲鳴が上がる。誰にも当たっていないが、足下をかすめた青年は恐怖で竦み込んでいる。一緒にいた女性はあまりの恐怖に声を上げ後ずさり、身体が本能に従って逃げた。
「動くな!」
 一括して男が女性に拳銃を向けた。女性は動きを止め口元に手を当てて悲鳴を殺してぶるぶると震えた。
 とても事態はまずい方向へ行っている。男達の目的がわからないが、このままでは被害は確実に被害は広がるだろう。
 ちらりと新一は蘭に視線をやった。蘭も目を一度瞬いて合図する。
「おい、よく聞けよ。ここの社長は人殺しだ。航空会社のトップで大金をもらって大きな顔しているが、それで何人も殺しているんだ!あいつは見殺しにしたんだよ!」
 感情的に耳元で叫ぶ男に新一が眉をひそめる。
 どうやら、恨みがあるらしい。ということは最悪、社長は殺されるだろう。
 目的が金、飛行機テロなら交渉の余地もあるが、個人的な恨みでは問答無用で発砲しそうだ。ターゲットが現れる前に方を付けたほういい。
 よし、決行だ。
 新一は蘭に頷いてみせ園子とキッドにウインクした。犯人は新一を前に立たせているため見えていない。
 小さく、ワン、ツー、スリーと新一の唇が刻む。GO!の合図で、同時に動いた。
 蘭は背後にいる相手を肘で突き、緩んだ腕から一瞬でしゃがみ身体を拘束から外すと、手に持っている拳銃を回し蹴りで宙に上げ、拳を顎と胸に連打し怯んだとこで再び激しい蹴りを放つ。男が吹っ飛ぶとすかさず、かかと落としを見舞う。
 蘭の足で宙にまった拳銃は、走り寄った園子が落ちる前にしっかりと受け取り安全装置をはめる。
 新一は自分の身体に回った男の手の中で小指をぎゅうと掴み力一杯逆にひねった。男は痛みに顔をゆがめて緩んだ腕を新一に再び伸ばそうとするが、そのまま腕を逆にひねって自身の体重をかけて背負いの要領で男を床に倒す。
 その瞬間にキッドが走り込んできて、男が新一の体重をはね除けようとする前に一つ蹴りを背中にいれ、新一とは反対側の腕を捻りあげて拳銃を奪い取る。
 この動作は、一瞬のうちに行われたため周りにいた人間は一体何が起こったか理解できなかった。
 
 段々見事な捕り物が実感できると空港中から拍手がわき起こった。
 その時彼らは男達をキッドがマジック用に持っていたロープでぐるぐると巻かれて自由を奪われていた。
 
 
 名指しされた社長が随分後にやって来たが、すでに決着が付いていた。
 彼らは大活躍により、テレビカメラを向けられようとしたが、それを未成年であることで振り切り、急いでいることを全面に遅れていた飛行機に飛び乗った。
 
 
 
 
 
 
「最後まで、何事もなく終わらないんだな」
 ため息をつく新一に、キッドが優しく微笑む。
「まあ、いつものことですから。怪我がなくて、なによりです。それよりアイリーン、ニュースを見て心配しているでしょうね」
 ポートランド空港での騒ぎはニュースになっている。怪我人はいないと報道されているから、大丈夫だとはわかっていても心配はするだろう。
「あとで、電話しておくさ」
「あ、私も!」
「そうそう。連絡先聞いたし、携帯番号もメールも聞いたもん。私たち、メル友!」
「ねー」
 横から蘭と園子が参加した。
 彼女たちはしっかりと打ち解けて友人に収まっている。年の離れた友人としてアイリーンも嬉しそうだったからいいだろう。悪影響だけが心配だが。
 
「また、来ような」
 新一が窓から見える景色を眺めながら呟くと、キッドも蘭も園子も微笑みあって答えた。
 迷うことない返事だった。
 
「もちろん!」
 




 
                                                           END 




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