「妄想の果て・・・それは有明」1



 「なおちゃん、久しぶり」
 「久しぶりちーちゃん」
 「ねえ、なおちゃん!!!」
 「何?」
 「なおちゃん、今度の日曜日暇?」
 「日曜日?………空いてるけど?」
 「本当???ちょうど人手が足りなかったのよ。助かるわ〜〜〜。なおちゃんならバッチリだから、よろしくね!」
 「あーこれでどうにかなるわ。良かった良かった」
 「あ、これチケットね」
 「………って、何が?」

 いきなり逢った途端、矢継ぎ早に畳みかけられて川瀬は首を傾げながら知加子に渡された小さな紙きれを受け取った。
 今日は仲の良い知加子と一緒に食事でも、と仕事帰りに落ち合ったのだ。知加子と知り合ったのはそれほど昔ではないが、今では十年来の親友のような立場にいる。そう、興味というか趣味が同じなのだ。初対面から話が弾む、意気投合するという体験をした二人は、立場や性格など仲良く成るのに関係がないのだと知った。
 よく友達は同じような考え方や趣味をもっている方が長続きするという。反対に自分にもっていないものに惹かれるともいう。友情のはずだが、まるで恋愛の極意のようでもある。ある部分、同じといえなくもない。なぜなら、きっと友達でも片思いってあると思うからだ。自分の仲の良い友人が他の友達と親密そうだと少しばかり可愛らしい嫉妬心が沸く。

 別に、恋愛関係なく人には独占欲があるし、様々な感情がある。
 一人一人にその感情があって誰一人として同じものはない。
 それが、面白いし、楽しい。反面、きっと一生他人のことなんて理解できないだろうとわかっていて、悲しい。それでも、それだからこそ、少しでも理解できればいいと思う………。
 川瀬はそんな真面目なことを一瞬にして思う。
 実は次の担当番組が恋愛と友情で揺れ動く女性が主人公のドラマなのだ。おかげで先日から頭の中はぐるぐるとその主人公の台詞が回っていた。

 「イベントよ。有明♪」
 「………イベント?何の?」
 「まだなおちゃんは行ったことないもんね〜。これから慣れればいいから、大丈夫よ私に任せて」

 知加子はどんと胸を叩く。

 「で、何の?」
 「我らがK新ファンクラブの活動の一貫よ。まあ、行けばわかるって。実物見るのが一番だし。あのね、とにかくなおちゃんに手伝ってもらいたい事は売り子だから。準備とかあるし、売り子は7時半から9時までに入らないといけないの。時間大丈夫?」
 「………大丈夫。もっと早く局に入ることなんてざらだし」
 「場所は東京ビックサイト。ゆりかもめで国際展示場駅か、臨海副都心線で国際展示場前駅。臨海線だと少し歩くんだ」
 「有明のビックサイト?知ってる。モーターショーやゲームソフトやいろいろイベントやるとこでしょう?取材で行ったことあるわ」
 「なるほど。じゃあ、場所はわかるわね?」
 「うん、あのちーちゃん、売り子って何?私にできるの?」
 「あー本を売るスタッフのことよ。常識とお金の計算ができて、愛想があればバッチリよ。だからなおちゃんなんて打ってつけ」

 知加子はにっこりと請け負った。
 別に世辞ではなく川瀬なら売り子にもってこいである。あの笑顔でへろろんと笑ってくれれば万事上手くいく。それにああみえて多分人の裁きもできるはずだ。そうでなければテレビ局などでは働けない。それも事務系でなく取材でである。

 「そう?だったらいいけど」

 川瀬も自分でできるのなら、何でも手伝うわと胸を降ろす。

 「それでね、暖かくしてきてね。まだ寒いから。あの冷たい吹き抜ける風がびゅーびゅー入ってくると思うから、厚着してきて。コートにマフラー、手袋に懐炉も必需品。タイツの2枚履きでもいいかもしれない。それに、何か食べるもの。中でも買えるけど種類選べないし、売り切れるかもしれないから。パンでもおにぎりでもいいからさ。飲み物とかもペットとかもってくるといい」
 「暖かくしていけばいいの?わかった。それと食べ物は、もっていかないといけないくらい大変なの?」
 「………忙しいけど、交代して休憩とか取れる。でも、まあ買っておいた方が無難なの。それに交代してもらった時間を有意義に使えるし。本買いに走るからね」
 「本?」
 「そう。なおちゃんも見て回ってきな。きっと大漁だよ。KID様と工藤君の本がざくざくよ。そうそう、お金は崩してきてね。千円札とか小銭も。万札だとおつりが出ない場合があるから」

 知加子はおほほと笑う。そして、冬から大きいイベントがなかったから今度はたくさん新刊が出ているに違いないものと、付け加えて口元をほころばせる。

 「お金を崩すのはわかった。本が大漁なの?」
 「そう、大漁よ。大量でもあるけど、気分は正しく大漁って感じ?」
 「へーーッ」

 知加子の力説に川瀬もなんとなく納得する。
 それは、素晴らしいかもしれないとも思う。

 (KID様と工藤君の本がざくざく………!)

 知加子の言葉を川瀬は胸に刻んだ。

 (ああ、日曜日が待ち遠しい………)

 「それとね、なおちゃん。戦利品の本を入れる袋をもってくるのを忘れないでね?」
 「うん!」
 「あ、スペースの場所わかり辛いかもしれないけど、わからなかったら携帯に電話してくれればいいから。朝なら繋がる。開場されると繋がらなくなるからさ」
 「わかった。今から準備しておくね。何かわからなかったら電話するし」
 「うん。じゃあ。ここで立ち話も何だからご飯食べに行こうか?」
 「そうだね〜」

 二人は頷いて、北風が吹く街へと歩いていった。
 あまりにヒートアップしたため、どこかに入って話せばいいものを待ち合わせた場所でそのまま話し続けていたのだ。ちなみに、少々人目に付いていたが本人達は全く気にしていなかった。





 「さむーーーい」

 川瀬は己の身体を抱きしめながら国際展示場へ歩いていた。遮る物がない吹きさらしに冷たい風が勢い良く吹き抜けていく。めぼしいものは高層のビルくらいでそれ以外は何もない。確かに視界に映るのにやけに遠く感じるビックサイト。歩いても歩いても距離が縮まらないような気がする。寒いと特にそうだ。
 川瀬は黙々と歩く。
 時折漏れる息が白い。
 
 (ああ雪が降らなくて良かった………これでも晴れ女だもん)

 川瀬は手袋に包まれた手を擦りながら、頭上の青い空を見上げた。綺麗な透明感のある青色は雲一つない快晴だ。今日はいい天気になるだろう。
 
 (でも寒いのは変わらないけど………。なのに、この人たちずっと待ってるの?すごーい。いつから?風邪ひいちゃうよ………)

 川瀬は自分が横目にしている人の列を見つめて目を丸くする。目前に控える建物からずっと列ができている。一体何時から待っているのだろうか。川瀬が駅に到着した時刻は8時前。徒歩の時間を入れて8時半までには行くからと知加子に告げてある。
 サークル入場は入り口が違うから、長い列があってもそっちは横目に真っ直ぐに歩いてくること。そして、サークル入場口から入るのよと言われていた。長い長い列は「一般参加」とよばれるらしい。
 こんなに人が来るんだなあと、川瀬はその熱気というか勢いに圧倒される。
 ちょっとドキドキする。なんだか、未知の世界が待っている。
 サークル参加の入り口でチケットを渡して、中に入ると風も当然なくてそれだけでも暖かい。川瀬は渡された地図を片手に場所を探す。

 「東3ホール A63ab」

 配置図には色のマーカーで丁寧に印が付けれていた。
 西ホールというのがあって、それを横目に真っ直ぐ歩くと東ホールがある、と。
 そして、東の3は一番端。それの壁際だから、わからなければ壁側を行けと言われていた。場所確認は上に掲げてある大きな文字。「A」「あ」「ア」とか並んでいるらしい。
 川瀬は、自分が居る場所と地図を睨んで歩く。
 きょろきょろと確認しながら、一応壁沿いに歩いてどこかに知った顔がないか不安に思いながらひたすら歩いた。

 「あ………!ちーちゃん」

 川瀬はそこに知加子の姿を見つけて思わず名前を呼んでいた。川瀬の声に気付いて知加子も顔を上げた。

 「なおちゃん!おはよう。無事に着いたんだね、良かった〜。ちょうどいいところに来たね。荷物はここに置いていいから………。はい、手伝って!」
 「え………?」
 「突発のコピー誌よ。製本してるの。とにかく折って!」
 「うう、ん」

 川瀬は言われるがまま荷物を側に置くと渡された紙の束を折り始める。折りにくいから手袋を外して、5枚ほど先に軽く折って1枚ずつにして後でしっかりと折り目を付ける。1枚ずつきっちり折るには時間がかかりすぎるのだ。
 
 (会議用の資料作りに似てるよなあ………それでも最近はそんなこともないんだけど。紙が勿体ないからって資源節約ってさあ………)

 川瀬はそんなことをぼんやり思いながらひたすら折る。折る。折る。積まれていく紙。紙。紙。

 「よし、できた!できたのは順番に並べて、右から取ったものが下になるように重ねてね!これが表紙だから!そして、最後はホチキス」

 長い机の上に折った用紙を順番に並べて知加子が説明をする。

 「じゃあ、お願いします」
 「「「はーい」」」

 川瀬以外のお手伝いらしき人達も返事をして流れ作業を行う。知加子が積み上げられていく紙の束をホチキスで止めて、別の小さなダンボールに入れていく。
 川瀬は訳がわからなかったが、真剣に取り組んだ。はっきりいって、コートが邪魔だ。しかし、脱いでいる暇もないし、まだ館内は寒いと思われた。仕方がないからそのままコートを翻しながら作業を続ける。
 どれだけ時間が過ぎただろうか。
 最後の1部を作り終えて、皆から安堵のため息が漏れる。

 「できたわ〜〜〜」
 「お疲れさま〜」
 「毎回、毎回こればっかりですね。慣れもしますけど」
 「それを言ったらお終いでしょう?いいじゃない、新刊が読めるんだから」
 「そうじゃなかったら、許しません!」

 ポンポンと飛び交う台詞を聞きながら川瀬は興味津々だ。

 「なおちゃん、お疲れ。来た早々ごめんね。改めて紹介するね。今日初めて売り子のお手伝いに来てくれた川瀬直美ちゃん。なおちゃんってよんでね?」

 知加子が川瀬の背を押しながら、囲まれた仲間に紹介する。

 「私は結構売り子歴長いんだ。長谷川良子です。ハセちゃんってよばれてます」

 背が高く長い髪を一つにまとめて眼鏡をかけたできる女性っぽい。

 「えっと私は最近なんだ、だから同じ初心者だと思う。園田京子です。京子って呼んで下さい」

 背は川瀬と同じ小柄でセミロングの茶色い髪に大きな瞳が特徴的だ。

 「私は、桜木葉子。葉子でいいです。ところで、なおちゃんはk新ファンクラブなんだよね?」

 3人の中で一番若い感じのショートカットの元気そうな女の子だ。

 「そうよ、当然じゃないの。k新ファンクラブじゃないとここの売り子はできないんだから!それになおちゃんは事情通だよ。工藤君に実際逢ったことも話したこともあるし。工藤邸にも行ったことあるよ。だから、この間の春準備号は工藤邸について書いてあったでしょ?あれ彼女の原稿。それに、そこで見た人物についても詳細は彼女から!」

 うふふと知加子は笑って川瀬をピーアールする。

 「えー本当?聞きたい聞きたい。生で聞きたいわ」
 「私も〜」
 「ねえ、聞かせて………」
 
 一瞬にしてそこは熱気を帯びた空間に変わった。
 川瀬は、知加子の顔を見て話していいことを確認すると自分が体験したことを話し出した。当然ながらその度に雄叫びや黄色い悲鳴が上がり周りから素晴らしい目で見られたが誰一人として気にする者など存在しなかった。
 ちなみに話に出てきた「春準備号」。K新ファンクラブ内で発行される会報のことを「四季報」といい、季節毎に発行され年4回会員に配られる。しかし先日「春準備号」が突発的に発行された。その目玉の特集ページが工藤邸内部と、工藤君の側にいる人物についてであった。もちろん素晴らしい反響を呼んだことは言うまでもない。
 当然ながら調べられた彼の経歴。
 黒羽快斗、売り出し中のマジシャン。長身で優美な物腰に端正な容姿。ファンクラブから彼の横にいても遜色ない人物として現在認められている人物である。

 「そろそろ準備しよっか?」

 知加子が手を叩きながら準備を促す。

 「「「「「はーい!!!」」」」

 弾む会話を切り上げて、また後でねと笑いあう。すでに初対面とは思えない和み方である。
 ダンボールから本を出して平積みに並べていく。ラミネートになったポスターを貼る。釣り銭を小さな箱に出す。ゴミ用の大きなビニール袋をテーブル横に張る。千円札用にスーパーの袋をテーブルの真ん中端に付ける。ちらしを出す。川瀬も見よう見まねで手伝う。

 「えっと、新刊はこっちにまとめてね。今日の新刊は3冊。長編小説の続きもの『楽園を求めて……2巻』『別冊k新ファンクラブ3月号』コミック『白と蒼〜運命の出会い〜』です。それぞれ1000円、700円、900円です。新刊3冊あわせると2600円。覚えてね。そうそう新刊買ってくれた人にはティッシュが付きま〜す。あ、忘れるところだった、今日のコピー誌は300円。『サファイア』ミニの小説とマンガのコンビです。わかった?」
 「まあ、いつもの通りね。わかってる」
 「ティッシュは1種類なの?」

 質問に知加子はにっこりと微笑む。

 「2種類あります。KID様バージョンと工藤君バージョン。どちらか一つね。幾つ買ってもこれは一つです」
 「うわー、それってめちゃくちゃ酷いね」
 「選べないって、だって、イラスト徳永先生のでしょ?」
 「そうです。あったり前でしょ?」
 「欲しいです〜。売り子特典ありますか?」
 「それはあります。最初に確保しておいて下さい。在庫あるだけで終わりですから」
 「ラッキー。確保、確保」

 そそくさとティッシュをポケットに2つ入れる売り子達。

 「なおちゃんも、今のうちに入れておきなよ」
 「うん………」

 川瀬は知加子の言葉にイラストが入ったティッシュを2つ掴んでポケットに入れた。イラストはとても綺麗なものだった。

 「これ、どんな人が描いてるの?すっごく綺麗。上手だよね」
 「でしょう?うちの看板の絵描きさん。今回の新刊コミックバージョン『白と蒼〜運命の出会い〜』もそうだよ。既刊もたくさんあるけど、すぐに売り切れちゃう。実はね、その道のプロなんだ。普段はこういうの一切描かないイラストレーターさんなんだけど、特別にね。彼女も二人のファンだから!」
 「へ〜え、すごいね。読みたいわ〜〜〜」
 「帰ったら存分に読めるって。そうだね、少しうちのサークルについて説明しようか」
 「うん、教えて」

 川瀬は教えを請うように知加子を見上げる。その教師を見つめるような生徒の眼差しを向ける川瀬に知加子は苦笑する。こういうところが川瀬が人に好かれる所だと思う。

 「まず、サークル名『k新ファンクラブ』。この『怪盗×名探偵』ジャンルの大手になるわ。大手っていうのはね、そのジャンルでとても人気のあるサークルのことなの。多くは壁サークルって言われる。真ん中にあると列ができて他に迷惑だから壁際に場所が割り当てられて、列ができても外に回したりできる場所なの」
 「『怪盗×名探偵』ってジャンルがあるの?すごいね、そんなに世間に認められてるんだ………!公認なんだ!そんなに皆好きなんだ………!」
 「そうだよ。結構数あるよ。それにこのジャンルは早々簡単に廃れないしね。アニメだったりマンガだったりすると終了すると下火になるけど彼らは生ものだし。鮮度抜群で終わりがある訳じゃないし!」

 「生もの………。確かに、生物。それでもって新鮮さが命ね!」
 「そうそう、何て言っても素材が命よ。それで本の書き手だけど。何人かいるんだ。ファンクラブ会員が参加したかったら合同の『別冊k新ファンクラブ』があるわ。これは毎月とはいかないけど年に何度も出る雑誌形態の本なの。四季報から頂いている情報もちょっと載ってる。それにならファンのページがあるからね。まあもっとたくさん書きたいって思ってなおかつ上手だったらばっちり書き手の仲間入りになるわ。なおちゃんもがんばってみる?」 
 「………私?私、絵なんて書けないし、文は仕事がら書くけど、そんな才能ないし………。せいぜい情報誌掲載文とかしかできない………」

 「それでも十分だって。これから期待してるからね〜。じゃあ、続き。うちの小説の看板作家は『佐藤ユリコ』さん。かなりの長編作家で1冊で終わる本はないって言われてる。シリアスで切ないお話が人気なんだよ。でもたまに可愛らしいお話とかあってこれまた素晴らしい!代表作は『蒼穹の舞踏曲』全10巻。涙なしでは読めないよ。ご本人の仕事は文章とかけ離れてるけどプロ並ね。それに『飯島透子』さん。甘くてラブラブでこれ以上ないくらい幸せになれるハッピーなお話はぴか一な作家さん。これ読むと顔がにやけるどころか溶けるから、読む場所を選ぶの、要注意。そして、さっき話に出た看板絵描きさんは『徳永れ〜な』さん。本業がイラストレーターのプロ。すっごく透明感のある麗しい絵を描くのが特徴的。カラーのイラスト1枚に吸引力があるの。魅力的で惹き込まれるからポスターとかにしたいよ。彼女の年に一度のカレンダーとポストカードは大人気で即完売なんだ」
 「へ〜〜〜〜〜!すごいね。すごいとしか言いようがないね!読みたい………!!!私、全て買うわ。買い占めるわ!」

 感激して話に聞き入っていた川瀬は拳を力強く握って決めた。

 「新刊は売り子の報酬でもらえるから。それ以外欲しいものあったら今の内にのけておいた方がいいよ?在庫少ないのとかあるし」
 「うん、今の内に買っておいていい?買う!買う!」
 「じゃあ、この3冊の新刊以外全てもっておいでよ」
 「わかった」

 川瀬は並べられた本を1冊ずつ手に取っていく。大量の本を大事に腕に抱えて知加子のところに帰ってきて聞いた。

 「お金って今払ってもいい?」
 「今だとお釣りがなくなって困るかもしれないから、後にしなよ。本は確保して鞄に入れておきな」
 「ありがとう」

 ほくほくざっくり大漁の顔をしながら川瀬はもってきたビニール製の鞄に本を詰め込んだ。それだけで袋は膨らんでいる。すでに20冊以上の本が入っているのだから当然である。それも嬉しい重みと厚さであるから、顔がにやけても仕方がない。

 「ねえ、ちーちゃんってすっごく詳しいよね、売り子のプロなの?」

 川瀬は素朴に思っていることを口にした。

 「売り子のプロ?あはは、そうかな………。長いしね〜。一応、売り子の統括させてもらってます」

 知加子はくすりと微笑んで、片目を瞑ってみせる。

 「うわー。じゃあ、責任者なんだ。大変だね〜」
 「そうでもないよ。楽しいもの。新刊をこの手にできる幸せがあるし!」
 「ねえねえ。その書き手の方って逢えるの?」
 「いつも来れる訳でもないけど、来る時もあるよ。徳永先生は滅多に来れない。ユリコ先生は偶にね。透子先生も。でも、今日 ユリコ先生と透子先生来てるんだよ、ラッキーだよなおちゃん!」
 「本当?逢えるの?」
 「本当、本当。今はそこらへん新刊もって挨拶行ってる。あの二人仲いいから」
 「挨拶周り?」
 「そう。どんな世界でもお付き合いってあるんだよ。大抵は新刊もって知り合いのサークルさんに挨拶に行くの。同じジャンルって老舗は案外皆知り合いだし。そういう付き合いがあるからこそ、ツテがあるからこそ世の中の『アンソロジー』が発行できるんだよ」

 「『アンソロジー』って何?」
 「うーんとね、テーマっていうかカップリング限定だとかあって、そのテーマ、コンセプトにそっていろんな作家さんが書くの。競作?書いてもらう作家さんを集めることは実は大変だから、発起人の信頼とか交友関係の幅が見えるね」
 「そんな本があるんだ〜。えっとじゃあ、今日探せばあるかな?」
 「確か今はなかったと思うよ。そういうのは先に情報が回ってるからわかるんだ。もし発売が決まってれば、皆待ち遠しく待ってるもの。それだとすごく行列ができるしね」
 「今ないんだ………、残念。でも、いつか買いたいな〜、読みたいな〜」
 「また企画されるよ。それにそれがたとえなくても、素晴らしい本はざくざくとあるから、大丈夫だって!いいサークルさん教えてあげるし、開拓しようね〜〜〜!!!」
 「うん!!!ちーちゃんに付いて行く。よろしくね、師匠!」
 「任せなさい」

 師匠と呼ばれて気分を良くした知加子はどんと胸を叩いた。

 「知加子さーん、できたよ」
 「準備できました!」
 「はい!ありがとうございます。えっとお釣りの100円玉が足りないかもしれないので、気を付けて下さい。スケブは徳永先生はいないので当然断って下さい。それからユリコ先生と透子先生が帰ってきたらちょっと引き留めておいてね。もっていった本の数知りたいから」
 「わかりました!」

 京子と葉子が報告してきたので知加子は全体を見回して完成を確認し、注意事項を伝えた。

 「それじゃあなおちゃん、売り子初体験といこうか?」
 「うん!」

 川瀬は元気な返事をした。






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