「二つの暗号」EXTRA




 「灰原、これ鑑定してくれねえ?」

 コナンは哀にビロードの小箱を差し出した。

 「鑑定?」

 哀は不審そうに小箱を受け取り開けてみると、そこには蒼い宝石の指輪が鎮座していた。

 「………江戸川君?何よ、これ?」
 「………」
 「まさか、お父様?」
 「………ああ」

 コナンはしぶしぶ認める。

 「私、宝石なんて管轄外よ」
 「わかってる。でも、それが何かわかるだけでいいから………」
 「ということは、貴方もこれは何か薄々気付いているのね?」
 「………そうでないことを祈ってる」

 哀は大きくため息を付いた。

 「わかったわ。特定だけならできると思うの。ちょっと待っていて」

 哀は研究室に入っていった。
 




 「江戸川君、結果が出たわよ」
 「サンキュー。面倒かけて、すまねえな」
 「どういたしまして。早速だけど、間違いなくダイヤモンドよ」
 「………」

 やはり、そうであったのかとコナンは頭痛を覚えた。額に手を当てて目を閉じる。そんなコナンを哀は同情的に見つめた。


 
 「ダイヤモンド」(diamond)

   化学組織   C
   屈折率    2.471
   モース硬度  10
   比重      3.52
 



 ダイヤモンドは通常4Cで評価される。

 4Cとはカラット、カラー、クラリティー、カットである。カラットは宝石の重量を表す用語で1カラットは0.200gである。カラーは文字通りダイヤのカラーの評価であり、一般には純粋無色なものをDカラーとし以下E・F・G………と分類される。クラリティとはインクルージュンの有無、位置、大きさ、性質、数、色を総合的に判断して評価する。カットはブリリアント・カット時のプロポーションの評価であり、エクセレント、ベリーグット、グッドと続く。
 
 が、ごく稀に色の付いたダイヤモンドが産出される。
 赤・ピンク・オレンジ・青・緑などの色を呈するものをファンシーカラーダイヤモンドと呼ぶ。一般のダイヤモンドに比較して0.06%の割合でしか産出されない貴重な宝石である。当然大きな石はこれまた珍しく、1〜2CTを越える物は天文学的な値段が付くと言われている。

 有名なものは、「ハート・オブ・エタニティ」。27.64CTSのハートシェイプのブルーダイヤは1999年に「デ・ビアス」がミレニアムを記念して発表したダイヤだ。
 

 
 「これ、1CTくらいはあるわよ?」

 現実逃避していたが復活したコナンである。片手には哀が入れてくれた珈琲があった。さすがに、コナンの扱いに哀は慣れていた。

 「何考えてるんだろうな、あの父親は」

 コナンは手の中にある珈琲を見つめ、呟く。

 「あのね、調べたんだけど、これ普通のブリリアンカットじゃないわよ?近年開発されたブリリアント・ローズカット。それまでのカットに比べて格段の輝きを誇り、シャープで繊細な輝きは『至高の輝き』と言うんですって。今までのラウンド・ブリリアンカットは58面体だったけど、これは66面体なの」
 「つまり、これだけの大きさの貴重な天文学的な価値のダイヤを買って、わざわざ最新の技術にカットさせたのか?」
 「そうでしょうね」

 特殊な宝石は多くの場合、クリスティーズやサザビーズといった国際的なオークションハウスで競売にかけられる。落札するのは王族、貴族、富豪を顧客に持つジュエラーの場合が多く、このジュエラーが宝飾品に加工し販売するというのが多くの流れだ。
 このブルー・ダイヤモンドが競売にかけられたのか、秘密のルートで手に入れたのかまで定かでないが。

 「どういうつもりなんだろう?これもやはり謎の一つなのか?」

 コナンはダイヤモンドについての知識を持ち出す。

 「ダイヤモンドの宝石言葉は不屈、純潔、清浄無垢。成功、勝利、富、権力をもたらすと言われる。語源はギリシャ語でアダマス。意味は征服されざるもの。今のように婚約の証として贈る習慣はルネッサンス期のイタリアで始まって、その硬度な石が夫婦の硬い絆を象徴し、純粋無垢な輝きが悪や邪気から守ると言われているためだ」

 コナンは思考を巡らすように、細い顎に手を当てる。そんな謎を解く探偵の顔になるコナンに哀はしょうがないわね、と苦笑した。

 「ねえ、謎などではないんじゃないかしら?きっと、お父様の願いが込められているのよ」
 「どうしてそう思う?」
 「親が子供に渡す宝石よ、普通は貴方の健康や幸せを祈るものだわ。だから危険と隣あわせの貴方に、組織と戦う貴方に、不屈の精神で勝利を納めて欲しいと思ったのではないかしら?」

 その真実を見つめる輝かしい宝石は純潔で清浄。そんな言葉も相応しく、この魅惑的な蒼は貴方の瞳そのものだもの。きっと、それは父親の当然の選択だったのだろう、と哀は確信する。

 「それにね、5月の誕生石はエメラルドだけど、5月4日の宝石はダイヤモンドなのよ?知ってた?」
 「………365日、花や宝石が決まってるのは知ってるが自分の事までは覚えちゃいねえよ」
 「つまり、愛されてるって事ね?江戸川君」

 哀はにっこりと邪気なく微笑んだ。

 「………」

 コナンはどう返していいか困惑する。
 そうなのかもしれないが………、それ以外理由もないのだけけれど………。コナンは明後日の方を見ながら哀と目線をあわせず、そうかもな、と呟いた。
 耳が若干赤くなっていることからコナンが照れていることは哀にはばればれだった。
 本当に可愛い人ね、と哀が思ったことは秘密である。
 

 
 「ところで、江戸川くん。あの白くて見事な薔薇はどうしたの?」
 「え?」

 コナンは突然の話題転換に付いていけず、瞳を大きく見開いた。そう、いきなりなので、身構える時間がなかったのだ。

 「昨日はあんな物なかったと思うんだけど?」
 「………」

 今朝、花瓶を借りて生けた白薔薇。
 昨夜KIDが置いていった、多分誕生日プレゼント。
 哀がどこから現れたのかと疑問に思っても不思議ではなかった。朝、いきなり薔薇が出現したのだから………。
 コナンは内心、動揺していた。表に出さないが冷や汗ものである。
 どう誤魔化せばいいのだろうか?と哀相手に大層無謀な事を考えた。

 「ま、どうでもいいんだけどね。でも、5月とはいえ夜中は冷えるから風邪なんて引かないでよ?」

 そして、にっこりと意味深に笑って見せた。
 どうでもいいと言いながら、さらりと聞き流せない台詞を宣った。
 それは、ばれているということなのだろうか?コナンは聞き返すのが怖かった。藪蛇になるだろうと学習能力が付いていたので、何か言うことはもちろん避けた。

 そんなおろおろするコナンを哀は満足げに見つめて、少々憂さを晴らすと………当然ながらKIDが昨夜訪問したことを知っている………今度こそ心から微笑んだ。

 「忘れるところだったけど、お誕生日おめでとう、江戸川君」

 コナンは哀を一瞬見つめ、次いで嬉しそうに笑う。

 「ありがとう」

 心からの言葉とわかる。
 だから、心から感謝を込めて笑顔で返した。




 翌日再びホテルまで赴いた時、ネックレスに指輪を通して身につけていった事は秘密である。
 


                                                 END



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