「江戸川君。貴方に招待状が2通届いていたわよ?」 哀は意味深に微笑みながらそうコナンに話かけた。 「招待状?」 「そう。貴方宛に博士の所に届いたの。宛名は『江戸川コナン』様。中身はわからないけど、外観はどう見ても招待状みたいな豪勢な封書なの」 「………何でコナン宛の郵便物が博士の所に行くんだ?怪しくないか、ものすごく」 「そうねえ………。コナン宛なら普通毛利探偵事務所に行くものよね。博士の所に送ってくるってことは、貴方の正体を知っているか、それとも何らかの事情で毛利探偵事務所に送れないかよね………。その人物は貴方が定期的に阿笠邸に出入りしていることを知っている、ということになるわ」 「そうだ。俺の正体を知っている人物なんて両親と服部しかいない。服部はこの場合除外だな。あいつは毛利探偵事務所に出入りしているから、阿笠邸に送る理由がない。電話でも何でも気軽にかけられる立場なんだから………。残るは親父か?」 しかし、なぜそんなまどろっこしいことを? コナン疑問に思う。 確かに、接触するのは不味い。 公の場で会話するのも不味い。 けれど、何かあるのなら阿笠博士に伝言を頼めばすむことなのだ。 何を考えているんだ? 「もうすぐ、謎も解けるわよ。ほら、着いた」 「ああ、そうだな」 二人は阿笠邸の門を潜った。 連休前の街は浮き足だった雰囲気に包まれて、どこかに行かねばならない気にさせる力を持っている。それでも自分たちには関係がない。この連休は阿笠邸に入り浸る事になるだろうとコナンは思っていた。まとめて時間が取れる休暇はありがたかった。 だから、学校帰りにもともと阿笠邸に寄るつもりであった。 途中まで少年探偵団とにぎやかに会話して別れ、二人になった途端、哀は口を開いたのだ。 さすがに学校のような皆が聞いている可能性がある場では言えなかったらしい。 もちろん、その判断は正しかった。 「はい、どうぞ」 哀は2通の真っ白の封書を渡した。 一緒にいれてきた珈琲もテーブルに置いてやる。 「サンキュー」 コナンは封書を受け取りながらお礼を言った。すぐ側には阿笠博士も座って哀のいれた珈琲を美味しそうに飲んでいた。 「哀くん、ありがとう。美味しいよ」 「どういたしまして」 哀も素直に微笑んだ。 コナンはそんな穏やかな会話を聞きながら、上手く行っている二人を好ましく思っていた。哀を娘のように、でも一人の女性として大切にしている博士。親ばかみたいに見えるが、確かに哀に肉親に向ける愛情を注いでいた。彼女が幸せになれるように祈っているのがわかる。そして哀も博士を信頼していた。普段言うことはないけれど大切にしている。食事の面倒も見ているようで、『そんなに食べると糖尿病になるわ』と口を酸っぱくして言い募る姿は微笑ましかった。 1枚の封書は真っ白で上質な紙。筆跡はタイプでローマ字。切手も米国物で、消印を見てもエアメイル。ペーパーナイフで開くと中からはこれまた上質な便せんに数行の文字のみ。 『江戸川コナン様。 88の花が咲く、 緑豊かな旅宿は、 幻と現実の区別のない時間が時が流れる。 2002.05.03 ナイトバロン』 ………。 「どうだった?」 哀は横から声をかけた。 コナンは招待状を見つめ、はあ、とため息をこぼす。 「くだらない………っていうか、暗号にする意味はあるのか?ただの余興だろうけどな」 「江戸川君?」 コナンは哀にああ、と頷いて書面を見せながら説明をする。 「暗号なんてものじゃないけどな。『88の花が咲く』=『米花』で『緑豊かな旅宿』=『グリーンホテル』そこから『米花グリーンホテル』とわかる。簡単だろう?そして、日時は下の『2002.05.03』からわかる。先付け日付なんだから、意味があるんだ。そこから、5月3日の2002号室とわかる。ナイトバロンは父さんの有名な登場人物だから、つまりは工藤優作と変換できる。『幻と現実の区別のない時間が流れる』の『幻と現実』とは俺のこと。つまり、5月3日米花グリーンホテル、2002号室で工藤優作が江戸川コナン=工藤新一を待っているってことだ」 「そう………、お父様逢いにいらっしゃるのね?心配なんじゃない、貴方のことが」 コナンは苦笑する。 確かに心配させている自覚はある。 アメリカに来いと言われたが断り自分のことは自分で決着をつけると決めて行動している。それを何も言わずに見守ることは 親として、辛いだろう。 「たまには、顔でも出してやるさ。そのために人目のない場所を選んだんだろうし」 「そうじゃな。たまには優作君も安心させてやりたまえ」 博士はコナンの推理をうんうんと聞いていて、その答えに嬉しそうに微笑んだ。 多分、知っていたのだろう。 博士が知らないわけがない。けれど、コナンは何も言わず、ああと博士に微笑んだ。 「そうね。ところで、もう1通は?」 哀が聞く。 1通は予測の範囲なのだ。けれど、もう1通はさっぱり当てがない。 コナンはこれまた上質紙の封書を開ける。この宛名は達筆な日本語で消印は町内だった。中から出てきたのは、これまた暗号だった。 そしてその暗号をコナンはすでに見ていて知っていた。なぜなら、新聞紙上で発表されて話題になっていたのだから………。 「何?」 コナンが眉を寄せて額に手を当てたので哀は心配そうに声をかける。 「あの馬鹿………。KIDからの予告状だ。新聞で発表されているだろう?あれと同じものだ………」 「それって確か、5月3日でしょう。それに、米花グリーンホテルに近い米花美術館のサファイアが狙われているはず」 「ああ………、でも行かなねえけどな。行く気もないし父さんに逢ってたらそんな時間ねえよ」 全くKIDは何のつもりで送って来たのか? すでに予告状は解読されて発表されているのに………。 それに今回の暗号は簡単だったはず。 コナンはそれでも暗号文を見て1文だけ発表されているものより多いことに気が付いた。 馬鹿な奴だ、としみじみ思う。 「いく必要なんてなくってよ、江戸川くん。時間の無駄よ。そんなことより、楽しんでいらっしゃいな。久しぶりに逢った息子をそうそう離すこともないでしょうけどね」 前半を冷たく刺々しく、後半をにっこりとコナンに哀は微笑んで言った。 哀はKIDをめっぽう嫌っていたから、コナンが関わることを良しとしなかった。 そのため、コナンとしても知らんぷりをするしかなかった。まさか、自分宛に1文多く付け加えてあるとは言えなかった。 「ああ、博士、その日ここに泊まることにしておくから。よろしく頼むよ」 「任せておけ。ゆっくりしてこればいい。優作君によろしくな」 コナンはこくんと頷いた。 いいお天気に恵まれた5月は日差しが強い。 降り注ぐ強い光を眩しげに目を細めて仰ぎ見る。 緑が濃くなった自然界を見回すと生命の力強さをかいま見るようで、なんだか心地いい。爽やかな風が吹き抜けていく道をしばらく歩くと、見上げる程の大きなホテルが佇んでいた。20階の建物は横にも長く、敷地にはショッピングモールも付いていて最近話題になっている。大きなロータリーにはタクシーが並んでいたが、その正面の玄関を抜けてクロークを通り過ぎ、エレベーターに乗る。 エレベーターは透明な箱で外の景色が見えるようになっていた。上昇すると見下ろす事になる街が小さく広がるのがわかる。 チンと小さな音を立てて、エレベーターは止まり扉がゆっくりと開いた。 誰にも逢わないひっそりとした廊下を歩いて、2002号室の前に立つと、コンッ・ッコンッツとリズミカルにノックする。 それは自分と相手しかしらない合図だ。 やがて、扉が開いた。 そこには工藤優作が立っていた。 コナンはするりと隙間から身体を滑らせて室内に入る。 「久しぶり、父さん」 コナンは眼鏡を取りジャケットのポケットにしまうと懐かしげに優作を見上げた。 それに優作は微笑むと膝を付いて身体を落とし、自分の瞳をコナンの視線にあわせその小さな身体を抱きしめた。 「新一………」 「うん」 「元気そうだな?」 「父さんもなっ。相変わらず、締め切りに追われているのか?編集者泣かせてるだろう………」 「大丈夫さ。この休暇のためにこれでもがんばったんだから。今度新刊が出るから楽しみにしてなさい」 「それって、ナイトバロン?」 「そうだ。だから、ナイトバロンにしてみたんだよ………」 「新刊がナイトバロンとまでは知らねえけど、あの暗号は手抜きだろう?父さん」 「まあ、今回のは難解なものを作っても意味がなかったから。ただ単に他の人間が見てもわからないようにしておいただけだよ」 「そんなことだろうと思ったけどな」 コナンは笑う。 それに優作も楽しそうに笑うと、お茶でも飲もうとソファに促した。 「母さんは?」 至極当然の疑問をコナンは聞いた。 一緒にいるとばかり思っていたのに姿が見えないのだ。 「有希子は今回どうしても出席しなくてはならない同窓会でいないよ。明後日の夜に帰って来る」 「へえ。変わらないな」 有希子は昔からの友達を大切にしている。以前は古い友達に相談されて自分を連れて事件に遭遇したことがあった。日本にいる友達も、アメリカでの友達も有名人も一般人も関係がなく、幅広い交友関係がある。それは優作も同様であるが………。 「有希子も新一に逢えると喜んでいたよ、早く帰ってくるから待っててね、と言ってた」 「俺に構わず、ゆっくりしてこればいいのにな」 「構うに決まっているだろう?新一の母親なんだから。今回もずっと前から楽しみにしていてね。絶対締め切りを間に合わせなさいって怖いことと言ったら!僕が間に合わなかったら、私一人でも行くからって宣言されたんだよ?」 「………母さんらしいな。それでがんばった訳だ?」 コナンはその情景を思い浮かべて面白そうに目を細める。 「僕だけ置いてきぼりは寂しいじゃないか。何より新一に逢いたかったし。そうだ、有希子から預かっているものがあるんだ」 優作は寝室に入っていって、大きな包みを持って帰ってきた。 「ほら、新一へ」 「何?」 コナンはその大きな包みを受け取った。そして、丁寧に包みを開けて中の箱を開ける。 箱には洋服一式が収まっていた。白いシャツや上質なジャケット、肌触りの良さそうなセーターなどなど………。 「有希子が、新一に服を渡したいってね。子供服を見立てるなんて久しぶりで楽しそうだったよ。………まさか、毛利さんのお宅に送る訳にもいかないし、阿笠博士の家ならたくさん送ってもいいんだけど、どうせなら自分の見立てた服で一緒に過ごしたいらしいよ」 それを聞いてコナンは少々呆れ顔である。 そうか、自分はこれを着て有希子に会わなければならないんだな、と思う。有希子の趣味は信用しているから別にいいのだけれど………男物であるから申し分なかった………母親はどうしてああも子供を着せ替え人形にしたがるのだろうか?といつも 疑問に思う。 「そして、これは僕から」 優作はコナンの手の平に小さな鍵を落とした。 「何、これ?」 コナンは優作を不思議そうに見上げた。 「魔法の鍵だよ」 「………魔法の鍵?」 コナンは鈍く輝く鍵を目の高さまで持ち上げてしげしげと眺めた。それを楽しげに優作は見つめてにやりと笑った。 「僕の机の鍵。知ってるだろう?秘密の引き出しの鍵だ」 優作の書斎の机の引き出しは絶対に開かない引き出しが一つあった。それは子供の頃から謎であり、中に何があるのかコナンは見たことがなかった。聞いてみても、内緒だよと笑ってはぐらかされた。少しくらい謎があったほうが楽しいだろうと、優作が言ったことを覚えている。 「あの引き出しの鍵?何が入っているんだ?」 「それは見てのお楽しみ」 コナンは優作を見上げてその瞳から意図を探ろうとするが、全く読めない表情に諦めると、わかったと頷きポケットに鍵をしまった。 「それじゃあ、ご飯にしようか?ルームサービスを頼んであるんだ」 「そうだな」 コナンは今日1日付き合うつもりであるので、異論はなかった。 |