愛してますよ、とささやいた。 誰もいない、二人だけの儀式のようだった。朝陽の射し込む、部屋の中のワンシーン。 それが二人の婚姻と、知っている者もいなかった。 高校教師の天蓬と、大学院生の金蝉。 この二人が結婚したことを知るものは、この世の中に多くはない。 しかし、そんなことは幸せと比例しないもので。 多少交通の便がよろしくなくても、二人で公団に引っ越し、仲良く新婚生活を始めた。 とまあ、ここまではありがちな話。 問題なのは、この二人が同性であること。しかも、片や世間知らずで潔癖、片や切れ者だが、妙なところで無頓着。一見うまくいきそうにない二人の結婚は、それでも穏やかに、いくつものエピソードを重ねながら、ゆるりと流れていた。 今回は、そんな二人が結婚してから四ヶ月と少ししてからのお話。 金蝉の行っている大学にも、当然のことながら学祭がある。だが、それを特に意識しなかったのは、今まで金蝉も、学祭と呼ばれるものに行ったことがないからだ。 ところが今年は違う。なぜか、金蝉がバイトをすることになったのだ。 「本当に、大丈夫なんですか?」 心配顔の天蓬と八戒に、同じ言葉をかけられる。が、金蝉はそのせいで、かえってやる気になったのだった。 ついこの間、この二人が叔父と甥の関係であったことを知った。その時に、金蝉は倒れてしまったため、二人とも同様に心配しているのだ。 「大丈夫だ」 意地をはって、二人がやんわりと止めるのも聞かず、金蝉はバイトに入った。そして後に、激しく後悔することになる。 最初に頼まれた時は、ただのウエイターだと思っていた。話を持ちかけてきた奴が、「客から注文をとって、コーヒーとか紅茶とか、たまに酒とか運ぶだけ」と。 しかし、当日着るという衣装を渡されて、金蝉は自分の認識が甘かったのを知った。 業務内容に偽りはない。だが、衣装はスカートだった。 白と淡いピンクのエプロンドレスは、見ようによっては実に可愛らしい。実際、そういった衣装を着た可愛い女の子でもいれば、店は成功間違いなしだろう。 だが、自分が着るとなると、話は別だ。 よっぽど断ろうかと思ったし、天蓬に話した時にもそうした方がいいと言われたが、やはり一度受けたことだと思うと、無下に断ることはできなかった。 「だから言ったでしょう」 心配だからと天蓬に頼まれ、一緒にバイトをすることになった八戒が、心底呆れたように言う。そんな彼も、同じ衣装に身を包んでいた。 「ま、とにかく引き受けたものは、仕方ありませんしね」 着替えてからはこわくて鏡を見ていないが、八戒の恰好を見ていると、死にたくなってくる。 ヘッドドレスまでつけた八戒は、金蝉の恰好を見て微笑んだ。 「けっこう似合ってますよ。叔父さんが見たら、びっくりするんじゃないですか?」 こんなところを天蓬に見られたらと思うと、それだけで金蝉は店に出る気が失せてしまう。たった三日間だけのバイトで、しかも日程を天蓬には言わなかったのだが、もしも写真にでも撮られようものなら……。 だがその時、無情にも金蝉達を呼ぶ声がして、泣く泣く店に出る。業務内容自体は簡単なのだが、恰好だけが問題だった。 本格的に、いろんなところから持ってきたテーブルや椅子が並ぶ中を、金蝉は苦労しながらすりぬけていく。 「お、似合ってんじゃん。やっぱり美人がすると違うよなー」 学部が違うせいで、大した知り合いでもなかったのだが、金蝉に声をかけた人物がそう言う。ぎろりとその赤い髪の青年をにらんで、接客に入った。 「いらっしゃいま、せ……」 「コーヒーひとつ」 にっこりと笑う、その眼鏡の奥の瞳。いつもの白衣もなつかしい、金蝉の――恋人。 「お前っ……!」 「お客さんに対して『お前』はないでしょう?」 「っどうしてここにっ……」 違う場所で接客をしている八戒を、にっこり笑って、天蓬が指さした。 「可愛いですけど、他の人に見せるかと思うと、もったいないですね」 小声でささやいてくる天蓬を、金蝉は思い切り睨む。しかし、うっすらと化粧までほどこされた顔では、迫力など出るはずもなく。 こんな恰好を見られたくなかったとか、黙って来るなんて卑怯だとか、いろんなことを言ってやりたかったが。 「休憩があったら、一緒に他のところ、回りませんか? 待ってますから」 そっと手を握られて言われた天蓬の言葉に、ただ金蝉はうなずいただけだった。 話はまだ、他にもある。 結局、三日間天蓬が通ってきて、金蝉に絡む客のほとんどを、さりげなく追いはらったりとか。 読書に夢中になって、図書館で行方不明になった天蓬を、金蝉が懸命に探し回ったりとか。 八戒が、雇い主から当初の約束以上のバイト代を巻き上げ、金蝉がそのバイト代で天蓬に初めてのプレゼントを買ったとか。 記念にともらった衣装が、まだ金蝉のクローゼットにかかっているとか。 思い出と言ってしまうには強烈すぎる記憶たちが、二人の間に降り積もる。 終 エプロンドレスの金蝉様。 とっても、とっても見たいです。ええ! 誰にも見せたくないと思う天蓬!その気持ちよくわかるよ。 ああ、学園祭のお話もっと読みたいです、つゆほさん!!!!(春流) |
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