ローマへ、そして更に南へ
最初のイタリア旅行の翌年、私は結婚することになった。 ２月に式を挙げ、妻はそのままパリに来て二人の生活を始めた。 こちらは、日本での挙式のために一週間会社を休んでいるので、旅行に行くこともなかった。 その８月に、新婚旅行も兼ねてイタリアに行ってみることにした。 いつものように、計画は立てられない。 飛行機はローマ往復を取った。 とりあえずローマに２泊して、後は車を借りて南を目指そうという腹づもりだ。 ローマのホテルだけ押さえておき、あとは何とかなるだろういう旅だ。
仕事が終わってから出発したので、最初の夜は食べて寝るだけになった。 ホテルはナツィオナーレ通りの比較的立派なところだったが、夏のオフ・シーズンなので随分と安いレートで泊まることが出来た。 夏のオフ・シーズンとは変だが、パリでもローマでも８月なんぞにうろうろしているのは余りカネのない観光客ぐらいなのだ。 ホテルの近くの何と言うことはないピツェリアのテラスで、何と言うことはないイタリア風の飯を軽く食べる。 ローマでうまいものにありつくのはそう容易ではなさそうだ。 ミラノの方が普通の都会として、知らなくても美味いものに当たる確率が高いと思われる。 翌日は朝からバチカンに並ぶ。 ロンドンの蝋人形館ぐらいの混み方。 本当は最低一日かけるべきなのだろうが、まあ今回は入門編と言うことで、コロッセオだのスペイン広場だのにも行けるように午後の早い時間で切り上げ。 ローマの印象、なにやら全ての建造物が重厚長大。 パリの方が、同じ石造りでも、輪郭、色使い、装飾が醸し出す空間が軽いような気がする。 夏のバカンス・シーズンでブランドもののブティックは全て閉まっており、おきまり観光コースを一通り。 夜は、妻が日本人学校で知り合った佐藤夫妻と共にトレヴィの泉の近くのレストランで食事。 一応、ミシュランにも載っており、ひどくはないが特筆するほどではない。 夜の泉はさすがに美しいが、周りはごった返していて夏祭り状態。 佐藤さんはフランス語教室でいっしょだったイタリア人の女の子を訪ねてナポリへ向かうということで、とりあえず明日からは四人でナポリ目指して行こうということにした。
翌日は、午前中にフォロ・ロマーノを見て、午後、テルミニで待ち合わせをして空港に向かい車を借りることにした。 テルミニでキャッシュ・ディスペンサーに入れたカードが戻らないというトラブルに遭い、カードはつぶすことにした。 銀行で保護されていればまあ大丈夫としても念には念。 空港のEuropcarでは、特にアップ・グレードも無く、一番安い料金で一番安いシトロエン・サクソ。 海沿いに進む道を選んだ。 高速は途中で終わり国道をひたすら南下する。 ６時を過ぎ、そろそろ泊まるところを見つけたい。 海沿いの、小さなホテルが何軒か建つ町に車を停めていくつか飛び込みであたるものの、満室の所ばかり。 あきらめて、国道をさらに進むと、道沿いにドライブインのようなホテルがあった。 この先もあまり期待は出来そうになく、その少しうらぶれたモーテルにする。 当然のように、部屋は空いていた。 ミララーゴという名前の通り、部屋と反対側のテラスからは小さな沼のような湖を眺めることが出来る。 部屋は海側だが、海が荒れ地のかなたにかすかに見えるだけだ。 第一、海がよく見えれば、ホテルの名前はミラマーレになるはずだった。 部屋も粗末で殺風景ではあるが、不思議に開放的で、わびしい感じにはならないのが救い。 周りにレストランがあるわけもなく、ホテルの中の、レストランというより食堂というのがふさわしいところで四人で食事をとる。 客は我々の他に、家族連れがひとグループだけ。 別々のパスタを四人がめいめいに頼むと、ウェイターのおやじはとても困ったようないやそうな身振りをする。 まとめて欲しいということだな、というと、そうそうその通りと表情を明るくした。 何となく憎めないおやじなので、四人一緒のパスタを取り、セコンドは魚を一匹焼いてもらうことにした。 手押し車で魚を運んできて選ばせるのだが、普通の魚屋に並んでいるのと同じくらいで、海辺だからと言って特に新鮮ではなさそう。 その中では、まあ一番目に光があったやつを選び、グリルしてもらった。 食堂側が比較的望むようなオーダーとなったので、おやじも機嫌が良くなり、手品まで披露してくれる。 魚が焼き上がると、目を突いてめり込まないから新鮮なんだよ、と言って取り分けようのナイフで目を突くと、見事に奥に陥没してしまった。
ローマを離れ最初の夜は何やらなごみ系に陥ったものの、明日から期待と緊張のナポリであるし、早めに切り上げて英気を養うことにした。