Cambodia 02

Angkor Monuments (1)
アンコール遺跡群にて
"ＭｏｎｅｙＦｏｒＳｃｈｏｏｌ"

ロリュオス遺跡群、バコンにたどり着く。まだまだ朝だというのに強い日差し。バイタク(バイクタクシー)から降り立つ。
「じゃあ、遺跡の反対側で待ってるからね」
運転手はそう言うと走り去った。歩き始めると、待ち構えていた数人の子供たちが、すぐにやってきた。いくつもの笑顔に囲まれる。
「こんにちは」
「やあ、こんにちは」
言葉のキャッチボールが始まる。
「どこから来たの」
「日本だよ」
すぐ側に生えている草で小さな輪を作ると、指に付けてくれた。草の指輪だ。
「ありがとう」
遺跡に向かって歩きながら、さらに会話は続く。まだ熟していなかったが木の実を、食べなよ、と一つくれる。子供の中の一人はずっとよだれを流しっぱなしで、Ｔシャツを濡らしている。
「この子はね、口がきけないの」
リーダー格らしい女の子が説明してくれる。もう一人、耳が聞こえない子もいるの、と付け加えて。

遺跡の敷地が目の前になる。子供たちは急に私の前に回り込み、手を差し出しながら言い出した。
「Ｍｏｎｅｙｆｏｒｓｃｈｏｏｌ (学校に行くためのお金が欲しいの)」
やっぱりきた。黙っていると、さらに
「１ｄｏｌｌａｒｆｏｒａｌｌ (皆に１ドルでいいの)」
私は切り返す。
「Ｗｈｙｄｏｎ'ｔｙｏｕｗｏｒｋ？（なぜ働かないの、働きなよ）」
子供たちはビクッとして動きを止めた。この子たちは英語を理解している。さらに続ける。
「他の遺跡では、絵ハガキやスカーフを売って一生懸命お金を稼いでいる子供たちが沢山いるよ。ある遺跡では、楽器を演奏してお金を稼いでいる人だっている。みんな働いているんだ。なのに今、君たちは働きもしないでお金を得ようとしている。それはおかしい。それは不公平だ( Ｉｔ'ｓｎｏｔｆａｉｒ）」
沈黙。止まらなかったはずの、男の子よだれはピタッと止まっている。強烈な太陽光線だけは、あいかわらず降り注いでいる。
さらに一言。
「なぜ働かないの。答えてくれ」
やがて一人の男の子がもじもじとした声で繰り返す。
「Ｍｏｎｅｙｆｏｒｓｃｈｏｏｌ (学校に行くためのお金が欲しいんだ)」
また切り返す。
「いや、それは質問の"答え"じゃないよ。それは"要求"だ。さあ答えてくれ」
「英語はわからないよ！」
いや、違う。何を言われているのか、分かっているからそう言っているんだ。
皆、気まずそうにコソコソと逃げ始める。逃げ遅れた男の子の肩をつかみ、こちらを向かせて繰り返す。
「Ａｎｓｗｅｒ！(答えてよ)」

彼らが自らの意思で物乞いをしているわけではないのは分かっている。誰か大人が、おそらく親だろうけれども、「やれ」と言うからやっているに過ぎないのだ。学校のことを持ち出すという効果的な技も、誰かの汚い入れ知恵だ。そして今、自分が絵ハガキでもスカーフでも笛でもなく、他でもない人間としての尊厳を売り渡しているということに気付いてもいない。だから子供相手にキツイ問いかけをしたって意味がないかもしれない。しかし、幼い心のどこかに、何かを少しでも感じてくれるのでは、そう信じて、いる。

この国には、学校に行くことが出来ない子供が沢山いる。子供を働かせざるを得ない貧しい生活が、多く存在することも事実だ。だから、こうした物乞いも仕方がないもかもしれない。しかし、この国のあるレストランのオバさんが、丸一日働いても1米ドルしかもらえない、と聞いた時からそうは思わなくなった。もしかすると、人の情を利用することによって、たいしたこともせず、場合によってはレストランのオバさん以上のお金を得てしまうということにどうしても心が納得しなかった。だから無駄なエネルギーを投じていると思いながらもこうして時間を割く。（その２へ続く)

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バコン（ロリュオス遺跡群）
Bakong ( Roluos )