日々是好病日・身辺雑記2000年11月
(下にいくほど日付は前になります)
以前の雑記を読む
- 11月某日「目ぼんのう」
- 過日バレエをやっていらした方とお会いする機会があった。
単に「姿勢がいい」という言葉では表現できない緊迫感があった。
(いや、ご本人は別に緊張したりということもなく、いたってリラックスしてお
しゃべりを楽しんでいたのだが。)
体のつくりの根本が違うのである。 すらりと伸びたうなじ、肩胛骨の入り方、
胸元から腹筋までのライン、あまりに美しい体に、失礼だが夢中で目でデッサン
させていただいた。(先方はご存じないだろうが。)
また、スプリンターだった人の後ろ姿、脚の動きというのも、美しい。
細めの骨に、上等の筋肉がするりと巻き付いて、無駄がひとつもないのである。
水泳をやっていた人、剣道をやっていた人、みなそれぞれに、独特の美しい体を
お持ちである。
「神様は人間を特別にお作りあそばした」
という西洋人の言葉が、あながちうそではないなと思えるのは、こんな時である。
人間の体は美しい。
93才になる我がばーちゃんの、日本画を描き続けて丸くなってしまった背中だっ
て、やっぱりそれなりに美しいのである。
「人を観る」ということは、わたしにとって無上の「目の快楽」である。
というわけで、煩悩の視線を感じてもトリ肌たてちゃ、やーよ(笑)
-
- 11月某日「ぼ〜っとする」
- 新聞でおもしろい記事を見つけた。
小学校低学年くらいまでの子供達に本の読み聴かせ教室をしている女性へのインタ
ビューであったが、
「子供達は決して『本離れ』を起しているのではありません。」
というのだ。 読み聴かせにせよ、自分での読書にせよ、教室で子供達はキラキラ
目を輝かせて本と親しんでいるという。
「ただ、その後でぼ〜っとする時間がないのです。」
せっかく本を読んでも、その世界の余韻に浸る間もなく、お稽古ごとに、お受験教
室に、ゲームに、ビデオに、とにかくいまの子供は過密スケジュールなのだという。
- これは悲しいを通り越して恐ろしい現象である。
と断言するのは私が「世界ぼ〜っとする協会日本ぼ〜っとする支部ぼ〜っとし会長」
(会員現在1名)だからであるのだが・・・・というのはジョーダンだが、しかし
読書というのは、読み終えてぼ〜っとひとりで余韻にひたって、初めて人間の情緒
に関わる行為として成立するのではないだろうか。
牛の胃袋じゃないが、心が反芻しなければ単なる一過性の刺激で終ってしまう。
「ぼ〜っとする」というのは孤に親しむことである。
それは長じて「孤に耐えうる力」にもなる。
表層的な刺激への欲求というのは無限にエスカレートするものだが、そのストッパ
ーになるのが、この「孤に親しむ」力だと、私は思っている。
身の丈にあった楽しみを自らの内側に見つけて生きる能力である。
学歴社会の今「知識」の荒野は広く耕した者の勝ちということになっている。
しかし脳細胞は、深く耕さなければ「情緒」は発達しない。
少しくらい狭くてもいいから、自分の耕した野を振り返り、その土がどんなに深く
耕され、暖かくふかふかしているかを実感して満足できる人間は幸せである。
そのときまさに、人はぼ〜っとするのである。
- 11月某日「プロフィールって」
- いつもお世話になっている所で、サイト巡りをしていてまずどこに注目するかという
話題になった。 結論は、
「プロフィール・掲示板・日記」
「プロフィール・掲示板・日記」・・・・・・しーん。
「プロフィール(雑)・掲示板(ナイ)・日記(なかなか更新しない雑記のみ)」
しまった、うち失格だわ。
掲示板はやっぱり作る予定ないし、雑記はこれ以上のピッチで書くの無理だし、せめ
てプロフィールくらいはもう少していねいに・・・・
と思ったら、ますますワケ分かんなくなっちゃうし〜。
だいたい「自分を語る」なんてハナから無理ですワ、あたしゃ。
この世で一番得体の知れない存在だもん。
ただ「すきなもの」だけは1シーズンにいっぺんくらい書き替えているので、おヒマ
な方は覗いてみてね。
- 11月某日「寝る子は粗雑」
- いやしかし、よく眠るよなー、自分。
夜人並みに眠っているのに、なんで昼間も眠くなるんざんしょ。
本を読んでいておもしろいと、読後の充足感で眠る。
本を読んでいてつまらないと、即眠る。
仕事をしていて行き詰まると、現実逃避で眠る。
仕事が終ったら疲れて眠る。
何もなくてもただ眠る。
おおよそ以上のパターンが考えられるわけですが、これ以外にも四十八手くらい
あるかもしれない。 って、わしゃ相撲取りかいっ。
- 早産だった私は生まれてしばらくの間、人工保育器で命をつないでいたそうな。
ということは、もしかして無意識に子宮回帰願望があるんではなかろーか。
と自分で分析してしまうくらい、布団のヌクヌクが大好きです。
しかし世の中には逆に
「眠るのもったいない! 時間の無駄!」
という人もいるんですな、これが。
学生時代の友人ユキエちゃんがそうでした。 いやもう、彼女の日常にはムダが
ない。 歩くのなんかもカッカッカッと早くて課題の提出も早くて就職活動も早
くて、つまりすべて私と逆だったわけです。
「私眠るの嫌いよ、だって起きていたらいろいできるのに、眠っちゃったら時間
がもったいないじゃない! 」
と学生食堂で背筋伸ばしてきっぱり言いきる彼女は、かっこよかったなあ。
でも聞きながら
「ああ、あたしとは別の人種だぁ〜。」
とホゲーっと考えてました。(その時もわたしゃ眠かった)
ああ、寝る子は育つ。
でもものにはたぶん限度とゆーもんがあって、私の場合は「寝る子は粗雑」だぁ。
川原泉さんのマンガの登場人物に妙な近親感を覚えつつ、今日も眠たい私です。
-
- ところで!
スーパーのワゴンセール古本市で北澤映月(えいげつ)さんの回顧展図録を発見!
しかもたったの千円! おぉ、掘り出し物じゃ〜!!
というわけでウハウハ見入って、幸せのあまり眠い〜・・・
- 11月某日「日本ウルルン居残り記」
- さてさて先月ちらっと書いた「秘密のお絵かき勉強会」に行って来た私である。
そこで私が学んだものは
「私はパソコンお絵描きについて(というよりパソコンそのものについて)何も
分かっていない。」
というゆるぎない現実ひとつであった。 あああ。
みんなとっても難しいことしてお絵かきしているのね。
「レイヤー」なんて単語、初めて知ったわ、おばちゃんはね(笑)。
ああ、おばちゃんは今まで手でちこちことお絵描きしておったのよ。
しかし今回はちと訳あって、悪い頭でもお勉強しなければならないのである。
というわけで、朝一番で速攻買ってきたタブレット「ペインター」付き。
でもってさっそく相棒にインストールしてもらった。 まではいいが。
- 我が相棒はあと5時間後に出張で中南米に行っちゃうんである!
どうする自分!
家族に一人力持ちがいれば、あとのメンバーはたとえ自力でジャムのふたを開け
られなくても生きていける。
背の高い殿方と結婚したら、妻は高い棚の心配をしなくていい。
我が相棒は15才で高専の寮に入って以来機械人生一直線の技術屋なので、私は
あいふさわしくメカにはメチャクチャ弱い人間である。
(まことに、世の中は取り合わせの妙の上に成り立っている。)
ところがこの相棒、1年のうち半分くらい外国に行っちゃうんである。
それもロンドンとかニューヨークならまだしも、赤道直下だったり砂漠だったり
島だったり山賊の出るところだったり、ちょっと境界線越えたら地雷がザクザク
埋まっているところだったりする。
今度は南米の高地ですとな〜。 でもって、帰国したら速攻アフリカの島行きで
すとな〜っ。(人より猿の多いこの島は、恐ろしいことにメールも通じない)
「世界ウルルン滞在記」もまっつぁおだ。
ああ、どうするタブレット、どうする自分!
とパソコンの前であせるわたしの横で、相棒はくーかくーかと寝息を立てておる。
夜が明けたらトランク担いで駅までお見送りなのじゃ。
- 雑記メニューに戻る
-
- トップへ戻る
-