ラスプーチン(ノーヴィ・インペルスキー・ルースキー・バレエ)

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06年6月20日(火)

新宿文化センター

 

台本,振付,演出: ゲオルギー・コフトゥン

作曲: ウラシミル・カチェソフ

衣裳: アンナ・イバチエヴァ

舞台美術: アンドレイ・ズロビン

ラスプーチン: ファルフ・ルジマトフ

皇后アレクサンドラ: エレーナ・エフセーエワ     皇帝ニコライ2世: ユーリー・ヴィスクベンコ

皇太子アレクセイ: エレーナ・ニキファロワ     天使: アナスタシア・トレチャコワ

ノーヴィ・インペルスキー・ルースキー・バレエ

 

とーーっても楽しかったです♪

実のところ,この作品については,よく言えば難解で哲学的な問題作,悪く言えば「意欲は買うがワケわからんのは困るよなぁ」な作品なのだろう,と思い込んでおりました。
ところが,全然違いました。
なんと申しましょうか・・・高邁でもなければ,深遠でもない。先鋭的なところもなければ,重苦しさもない。ちらしの宣伝文句の「かつてない衝撃」なんてカケラもない。さらに言えば,バレエ的高雅さにも欠けていたかもしれない。
健全で,庶民的で,ウエルメイドなエンターティンメント。

いやはや,びっくりしたなー。
そして,自分でもびっくりするほど楽しんじゃった。

 

ストーリーはわかりやすかったです。

民衆の中からラスプーチンが登場して,皇太子の重病を治すことによって皇帝一家の信頼を得,権力者となる。それを見た宮廷の人々は彼に阿り,取り入ろうとする。栄華の中,荒れた生活を送るラスプーチンだが,皇后アレクサンドラとの間には愛(あるいは心の交流)が生まれる。戦況が悪化し,革命の危機が迫る中,新聞にはラスプーチンを糾弾する記事が載るようになり,それを知ってか知らずか,彼はますます放埓な日々を送る。そして,貴族たちによる暗殺。しかし,彼の死は,皇帝一家を道連れにしたのであった。

という感じ。
実にわかりやすいですよね。私の通り一遍のロシア史の知識どおりです。新たな解釈なんか特になく,きわめて忠実にラスプーチンの生涯を描いている。(それは即ち,深みがなくて表面的なストーリーだとも言えるが)

そして,このわかりやすさに奉仕するために舞台上のあらゆるものが動員されている,という印象。装置も衣裳も小道具も,音楽も振付も,コール・ド・バレエもソリストも,ルジマトフというスーパースターも。

 

装置は簡素なものでしたが,かなり洗練されていて,かつ効果的。
当時のペテルブルクの風景を描いたのであろう無彩色のタペストリーが何層かになっていて,情景に応じて上下する。

衣裳も簡素でしたが,「いかにもロシアの民族衣裳」もあれば,軍服もある。宮廷のドレスもあれば従軍看護婦らしきものもある。忠実に場の意味を伝えるものでした。

小道具で目立ったのは,新聞です。ラスプーチンが破滅に向かう辺りで登場するのですが,たぶん,ラスプーチンを糾弾する記事(ラスプーチンと皇后の関係への誹謗などもあるのかも)という設定なんじゃないかしらん。ラスプーチンもそれを目にするけれど意に介した様子はなく酒色に耽っているのですが,周囲の貴族たちはこれを契機に反ラスプーチンに転ずるのでしょうね,新聞を持ったまま踊るシーンが続きました。さらに,カメラを手にした新聞記者が乱痴気騒ぎを取材しているというおまけつき。

音楽については,絶賛はしかねるのですが・・・
聖歌をアレンジした部分はドラマチックですてきでしたし,民衆の場面も宮廷の舞踏会もよかったと思うのですが,ラスプーチンと皇后の場面が・・・えーと,通俗的というかなんというか・・・安っぽいメロドラマみたいでした。でも,まあ,一種のメロドラマではあるから,許してもいいか。いや,やはり許せないか。(悩)

 

振付は,私は好きです。
コフトゥン作品については,さほどよい印象はなかったのですが,今回は「手練れ」という印象を受けました。
「独自の舞踊言語がない」とは思いますが・・・そんなものを持っているのは,天賦の才を与えられた一握りの振付家たちだけですし,そういう天才たちが,私向きの作品を作れるとは限らないわけです。そんな才能はなくたって,「よくできて楽しめる」全幕バレエを作ってくれる振付家であれば,それで十分。

民衆のシーンは,キャラクター・ダンス中心。それも,バレエのキャラクター・ダンスにとどまらず,モイセーエフ・バレエのような「いかにもロシアの民族舞踊」や後方宙返り(いわゆる「バック転」ですね)のような軽業を盛り込んであって,たいへん楽しませてくれました。
ラスプーチンや皇后や皇帝や・・・といった主要人物の感情を表現する場面には現代バレエの語彙が取り入れられていて,しかもそれが突出しすぎない程度にとどまっていて,私にはたいへん好もしいものでした。
ラスプーチンが男性コール・ドにリフトされる場面なども,古典作品にはない珍しさですし,見応えも十分。

そして,ストーリーがすべて踊りで表現されている。
「へつらい」と題されたシーンでは,揉手する貴族たちが登場してラスプーチンを持ち上げる。(文字通り,リフトもした) いろいろなバリエーョンの「十字を切る」仕種が登場して,それぞれが踊りの中に上手に溶け込んでいる。ラスプーチンの放蕩ぶりは,「踊りまくる」ことによって表現される。暗殺のシーンも抽象的と具体的の中間辺りで,ちゃんと踊りになっている。
「見事な職人芸」の振付であったと思います。

 

コール・ド・バレエは,大車輪の大活躍。
最終の新幹線に乗るためカーテンコールを楽しむ余裕がなかった関係上,いったい何人のダンサーによって上演されたのか数えられなかったのですが,おそらく20人弱でしょう。少ない人数のダンサーたちが,衣裳をとっかえひっかえして,全部の場面に登場する印象。民衆も宮廷の人々も兵士と看護婦も同じダンサー。
カンパニーの身の丈にあった作品を,総力をあげて上演している印象で,たいへん好ましかったです。

ソリストでは,まずエフセーエワの皇后アレクサンドラ。
張り詰めたような表情が凛とした感じを与える皇后で,若く美しいお母さんでもある。ラスプーチンという存在に揺れ動かされる心情を見せながら「女」に傾斜しすぎず品を保って見えるところなど,ちょっと中性的な彼女の個性がよく生きていると思いました。(女らしくなかったという意味ではないですよ)
踊りは上手ですし,動きがシャープですからモダンぽい振付がよく似合いますし,身体は見る度にきれいになっているし・・・よかったと思います。

ヴィスクベンコの皇帝は,威厳が足りないような気はしましたが,いかにも「ニコライ2世」の容姿で結構でしたし,踊りも上手。
ニキフォロワ(彼女もレニングラード国立バレエからの客演)の皇太子は,無理なく「かわいい少年」に見えました。
天使のトレチャコワも,小柄で愛らしい容姿が,この作品の「無力な天使」によく似合っていたと思います。

あ,忘れてはいけない。熊(←ソリストなのか?)も大変よかった。愛嬌があって,楽しそうで,しかも,ちゃんと熊。
ルジマトフが真ん中で踊っていて,熊は袖のほうで芝居(←なのか?)をしているときなど,どっちを見たらよいのか困るわっ,目が4つ欲しいわっ,という心境になりました。

 

そして,踊りまくるルジマトフ♪
いや,すごかった。びっくりした。そして,圧倒された。
あんなに踊るルジマトフを見たのは,もしかすると初めてかもしれません。キャラクター・ダンスを踊って,回転や跳躍も多くて・・・最後のほうで見せた,トゥール・ザン・レール〜ピルエット〜トゥール・ザン・レール〜ピルエット〜(以下同じ)の連続なんて,コレーラかはたまた熊川か,と。

苦悩する「選ばれし者」とか凡人には理解できない「不可思議な存在」みたいなラスプーチンを予想していたのですが,全然違っていました。
大酒飲みで,女好きの,本能で生きているだらしない男。自分の力や自分のしていることの意味や自分が世間からどう見られているかに無自覚な人。たまたま皇太子の病を治す力を持っていて,たまたま時代の狂熱の中で突出してしまった存在。無垢なまま大人になってしまった孤独な魂。でも,そういう「力」を持っている以上,紛れもないカリスマ。

そういう,ラスプーチンらしいラスプーチン(←そうなのか?)を,「踊る歓び」に満ちみちて,いきいきとルジマトフが踊るわけです。縮れた髪に髭もつけて,赤や黒のルパシカを着て。
それはもう・・・どう言えばいいのかしら・・・似合っていました。実は意外だったのですが,あまりに似合いすぎ。
ええ,すばらしかったです。見られてよかったです。

 

名作だとは思いません。
場面転換の拙さ(暗転が多すぎる)とか,民衆の場面が似たような振付で繰り返されるとか,話の展開が速すぎて心情表現の描きこみが不足しているとか,↑に書いた音楽のこととか・・・いくらでも欠点は言える。
でも,奇をてらったところがなくて,素直に楽しめる佳品だと思いました。

『白鳥の湖』や『ジゼル』のような,何回でも見たい「不朽の名作」ではないと思いますが,ルジマトフが踊れるうちに,是非再演してほしいものです。
そして,彼が出ていなくても,数年に1回くらい見たい,愛すべき作品だとも思いました。「ルジマトフがいたからこそ作れた」とは思ったけれど,「ルジマトフでなければもたない」だろうとは全然思いませんでしたから。

もちろん,誰にでも踊れる,とは思わないですよ。でも,あの役を踊れるだけの体力と技術があって,舞台を引っ張る力があれば,見る価値のある舞台になるでしょう。
言い換えれば,「主演ダンサーによる違いを楽しめる」作品だと思った,ということです。

ルジマトフが踊れば,権力者としての側面はかなり薄くなりますし,最期の場面は「驚き」に見えました。(周りが見えていなかったから,自分が殺されることなど予想していなかったように見えた) そして,エフセーエワの皇后との関係は完全にプラトニック。(異論はあるかもしれないけれど,私には,この日の舞台はそう見えた) 
でも,別のダンサーが踊れば,また違うラスプーチンが登場するかもしれない。別のバレリーナと踊れば,別の愛の物語が生まれるかもしれない。
そういう可能性も感じられる作品だったと思います。

うん,よかったですよ〜。
平日公演のため深夜に家にたどりつく強行日程で疲れましたが(困った公演日程だ。ぷんぷん),それだけ無理して見る価値のある舞台でしたよ〜。

(06.06.24)

 

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