ラ・シルフィード/騎兵隊の休息(レニングラード国立バレエ)

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06年1月6日(金)

BUNKAMURA オーチャードホール

 

ラ・シルフィード

作曲: H.ロヴェンショルド

脚本: A.ヌリ, F.タリオーニ

振付: A.ブルノンヴィル   演出: E.M.フォン・ローゼン

舞台デザイン: S.ソロームコ   衣裳デザイン: O.ヴィノグラードフ

舞台コンサルタント: A.フリーデルツィア(デンマーク), Y.スロムニスキー

指揮: セルゲイ・ホリコフ   管弦楽: レニングラード国立歌劇場管弦楽団

シルフィード: オクサーナ・シェスタコワ     ジェームズ: ファルフ・ルジマトフ

魔女マッジ: パヴェル・シャルシャコフ   グルン: ヴィタリー・リャブコフ   エフィー: マリア・リヒテル

ナンシー(エフィーの友人): エレーナ・ニキフォロワ   二人の作男: アレクセイ・クズネツォフ デニス・トルマチョフ

シルフ: イリーナ・コシェレワ   三人のシルフ: タチアナ・ミリツェワ ナタリア・エゴロワ アナスタシア・ガブリレンコワ

 

今回の上演はブルノンヴィル版だということでしたが,新国立で見慣れた振付・演出(デンマーク・ロイヤルからの輸入版)とはけっこう違っておりました。

ジェームスの妹がいないし,一方で「二人の作男」という役があって舞台中央で二人で踊りを披露する場面がありました。どうも記憶が定かでないのですが,その替わり(?)ガーンのソロがなかったかも。
2幕のコール・ドのフォーメーションも一部違っていたような気がします。例えば,最初のほう,舞台上に横一直線に並んで高低差を見せるフォーメーションは初めて見たような気が。(自信はないですが)
それから,ガーンとエフィーは2幕の途中では出てきませんでした。デンマーク・ロイヤルや新国立だと,ガーンは一生懸命ジェームスを探して,彼の帽子を見つけるが,マッジの示唆でそれを隠してエフィーにプロポーズする・・・というくだりがあるのですが,あれがなかったような。

ほかにも,演出なのかダンサーの演技なのか判然としないのですが,「あれ? 違う?」というところがいろいろありました。

例えば,1幕の最後のほうで,ジェームスがシルフと森に向かうところ。
新国だと「ええいっ,ままよ」程度には踏ん切りを持って扉から走り去っていくのに,今回は,「そうだね。ちょっと森に行ってみようか」とシルフの後から唯々諾々と舞台から消えていく。
これについては,けっこういい演出かも〜,と思いました。新国みたいに去っていくほうがジェームスはかっこいいけれど,その一方で,この時点でジェームスはエフィーを捨ててシルフを選んでいるように見えてしまって「純愛」ぽくなってしまう。この演出のほうが,「シルフと楽しく遊んでただけなのに,こんなことになっちゃったよぉ(泣)」という,ジェームスのアホさ(←純粋さ,とも)にはふさわしいかも〜。

グルン(ガーン)の描き方も違う。
この演出では,この人は,明らかに敵役で憎まれ役。自己中心的で無神経な役柄。見慣れた演出では,「夫にするなら,ジェームスよりこっちのほうがいいよね?」と思ってしまう人柄なので,たいへん驚きました。
(もしかすると,リャブコフの解釈によるものかもしれませんが・・・たぶん違うんじゃないかな。少し太めで押し出しの強いキャラクター・ダンサーであるリャブコフをキャスティングするのだから,グルン役は,悪役という位置付けなのだと思います)

 

ここまで書いてきた「見慣れたものとかなり違う」については「ほー」とか「へー」で楽しんだのですが・・・美術,特に衣装の違いについては,ものすごく失望しました。

デンマーク・ロイヤルについては細部は覚えていませんが・・・新国では,1幕の出演者の着ている衣装の柄はみんな違います。スコットランドのタータンチェックというのは色の組み合わせや柄の太さでいろいろな種類があって・・・家紋みたいなものなんですよね。この柄はマッケンジーさん,この柄はマクドナルドさん・・・というふうに決まっている。

そして,エフィーとジェームスの結婚式だから,村中の皆さんが自分の家のタータンチェックで正装して集まってきているわけです。
ジェームスの妹が肩からかけているスカーフの柄はジェームスのキルトと同じ。そして,ジェームスがエフィーに贈るスカーフの柄もジェームスのキルトと同じ。まさに婚約の証。結婚の贈り物。
ジェームスがエフィーの肩を抱いてこのスカーフを着せかけるのには,「今日からは僕の家の人になるんだよ」という意味があるのだと思いますし,だからこそ,白くてふわふわしてきれいなチュチュを着たシルフが,ただの毛織物のスカーフをうっとりと羽織ってみたりするのに納得がいく。

ああ,それなのに,それなのに・・・。

今回は,女性コール・ドが数種類のお揃いのタータンの衣装を着ている時点で「?」と思い,ジェームスがエフィーに贈るスカーフが,ジェームスの衣装とは別の柄なのを見た瞬間に「こりゃダメだ」と。
まあ,こういう話は単なる刷り込みですし,こういう見方は不毛なのはわかっているのですが・・・私は,かなり意気消沈してしまいました。

さらに意気消沈することになったのは,バレエ団全体の演技のまずさ。
浅さ,といった方がいいでしょうか・・・わかりやすいといえばわかりやすいのですが,大仰で浅薄で,バレエらしい品のよさに欠けている感じ。マイムも皆さん上手でなかったですし。
これがこのカンパニーの芸風なのだとは思うのですが・・・ううむ,でも,もう少しなんとかならんもんか,とは思いました。

 

シェスタコワはよかったです。

抜けるように白い肌の色,薄い色の金髪と小さな頭でひらひらと美しく踊っている姿は「透き通った空気の精」そのもの。
私は,彼女の演技に作為が見えすぎるところが苦手で。今回も,小首を傾げて「無邪気な愛らしさ」を強調するシルフを見せられるのではないかと恐れていたのですが・・・そうではなかったので助かりました。過剰な表現なしで,軽やか〜&ふんわり〜と踊っていて,いかにもシルフらしかったと思います。

雰囲気的には優しげで大人っぽい感じ。「善良な妖精」的なシルフだなー,と思いました。
コケティッシュな感じや得体の知れない感じが薄いので,物足りないような気もしましたが・・・指輪をタネに無理矢理ジェームスを連れ出すような困った存在なわけでしょ? そういう「邪気がないからこそ怖い」感がなかったのが物足りなかった。
一方で,ルジマトフのジェームスとのカップルとしては,たいへんよかったとも思います。あまりに無邪気で無垢そうに見えた場合,大人のジェームス(若者に見えない,とも)が,「血迷った」ように見えてしまう。いや,ジェームスはそもそも血迷っちゃった人ではありますが・・・一応相思相愛というか,なにか通ずるものがあったから彼女に魅かれるわけですよね? シェスタコワがしっとりとした感じだったので,その辺りに説得力が出たのがよかったな〜,と。

 

ルジマトフのほうは,ひと事で言えば,ミスキャストでありました。

立居振舞が美しすぎる,スターオーラを放ちすぎる,若くない,雰囲気がシリアスすぎる,なにをやってもドラマチックになってしまう・・・等々。その結果,どこをどう見ても田舎の青年ではなく,どこかの王侯貴族が紛れ込んでいるように見えてしまいました。

例えば・・・目覚めてシルフを見て彼女をつかまえようとするのにひらひらと逃げられるシーンは,オデットと出会ったときのジークフリートのようでした。エフィーたちと踊っている最中に現れたシルフを求めて虚空を見ている様子は,ウイリーとなったジゼルを求めるアルブレヒトのようでした。マッジからスカーフを得てそれを美しく掲げ持ってポーズを取るシーンに至っては・・・人類を破滅の道から救う唯一最後の手段を入手したかのような荘重さ。
それはもう美しくドラマチックなのですが・・・あのー,ジェームスってそういう人じゃないと思うんですけどー?

踊りもあまりよくなかったです。
これに関しては,空中で細かいパを見せるような動きは彼には向いていないのはわかっていましたから,予想よりは上手だと思いましたが・・・でも「よし。やったる」感が見えて・・・うーん・・・たいへん失礼だとは思いますが,私には痛々しく見えました。(ジェームスの踊りというのは,「らんらん♪」という感じでスキップの延長線上に見えてほしいので・・・)

 

というふうに,「似合わねーなー」の極致ではあったのですが(似合っていたのはキルトだけであった)・・・それでは,彼のジェームスを見ないほうがよかったか? ということになれば,これは全く別の話。
見られてよかったです〜。それはもう楽しかったです〜。

全編あちこちに出てくる「合わない役を務める」様子がかわいい♪ 似合わないからこそかわいい♪ ほんっとにかわいい♪

ガーンがシルフを目にした直後にシルフを布で隠して,その布の端を押さえながら「なんのことかな〜? ボクはたまたまこうやって立っているだけだよ〜」というフリをするところの似合わなさなんか,なんとも表現のしようがない愛らしさ。
今になって,「いや〜ん,なんでこんなにかわいいの〜?」を彼に感じるとは思ってもみなかったですわ。

 

もちろん,ルジマトフは,ファンにそういう妙な楽しみ方をさせるつもりではなかったのでしょう。今の彼がわざわざこの作品に主演した以上,なにか表現したいことがあったのだろうとは思います。

例えば・・・現実と理想の相克,理想を追求する人間が現実に押しつぶされた悲劇・・・とか? いや,逆に,現実を忘れて夢を追うことの空しさとか? (エフィーは現実を,シルフは理想を表しているわけ) それとも,「出会ってしまえば惹かれるしかない。周りを不幸にし,自分たちも破滅の道へと突き進む」運命の恋人たちの物語?

と,いろいろ考えるわけですが・・・いずれにせよ,あの『ラ・シルフィード』というバレエの中でそういう「なにか」を表現しようとしたのは無謀であったような気が・・・。
そういうことを試みるには,あの作品はのどかすぎて話に破綻が多すぎる(あるいは,余計な要素が多すぎる)気がします。(マッジの行動が不可解だし,指輪も余計だし,ジェームスの行動も破綻しているし)

『ラ・シルフィード』は愛すべきバレエですが,その魅力は,1幕のスコットランド風フォークダンスやシルフの無邪気な愛らしさやジェームスの足捌きの見事さにあるのであって,物語のドラマ性にあるのではない,と思います。(少なくとも,私にとってはそう)
ルジマトフは「立ってるだけでドラマを作る」稀有なダンサーですが,だからこそ,このバレエの魅力をぶち壊していた・・・というのが私の意見です。(ごめんねー)

 

まあ,そういうわけで,今回の『ラ・シルフィード』は,私にとっては「いやー,ファルフさんが全然似合ってなくてさー,面白かったのなんのって♪」という舞台だったのでありました。(ますますごめんねー)

 

 

騎兵隊の休息

作曲: I.アルムスケイメル

脚本・振付・演出: M.プティパ     改訂演出: P.グーゼフ

舞台美術: V.オークネフ     衣裳: I.タラノワ

マリア(農民の娘): アナスタシア・ロマチェンコワ   ピエール: アントン・プローム   テレーズ: ナタリア・オシポワ

少尉: ラシッド・マミン   大尉: アンドレイ・クリギン   連隊長: アンドレイ・ブレグバーゼ

マリアの友達: タチアナ・ミリツェワ ユリア・アヴェロチキナ

 

以前見て「楽しいな〜」と思った作品ですが,今回も楽しかったです。

他愛もない話だとは思うのですが,このバレエ団の芸風によくあった楽しいストーリーだと思いますし,プティパ振付ですから,こちらもカンパニーによく合っていますよね。
なかなか見る機会のない演目を紹介してくれる,という意味でもよかったですし。

ダンサーも皆よかったです。

なんといっても,ブレグバーゼ,クリギン,マミンという3人組が楽しい。おじさん全開と濃ゆいキャラ全開と気弱そうなの全開と,それぞれの個性を生かしていて,大いに楽しませてもらいました。

オシポワのテレーゼは踊りに伸びやかさがないのが気になりましたが,役柄の性格上そうしていたのかな? 失礼ながら「若くないし美人でもない」のを生かした「色気づいてるオバサン」風味で強烈なインパクト。

主役2人については,「クチュルク/ミハリョフで見ちゃってるとね〜」感が少々ありました。特にロマチェンコワの上半身の動きは私にはきれいに見えないので・・・。
でも,2人の若さと小柄さから来る雰囲気は,この作品の主役にぴったりですし,踊りも演技も上手だったと思います。

 

というわけで,「客観的にはどんなもんかなぁ」のあとには「客観的に見ても楽しめるであろう」上演が来て,楽しい気分で鑑賞を終えることができました。

 

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作曲 Herman Severin Lovenskjold
指揮: David Garforth
演奏: Royal Danish Orchestra

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作曲: Hermann Severin Lovenskiold,
指揮: Harry Damgaard
演奏: The Danish Radio Sinfonietta

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