目を見開いたまま溢れ落ちる涙を振り払う気力は、微塵も残されていなかった。
相手が、龍だからギリギリの場所で耐えられた。
これが、もし。
違う相手だったら、俺は。
気が違ってしまったかもしれない。
「……つあっつ。きっちーぃ。霜葉?だいじょーぶか。やっと入ったぞ。全部ちゃんと入った」
嬉しそうに言われて、震えが幾らか和らぐ。
完全には止まれなかったけれども。
「ごめん、な?」
「別に、謝る事はない」
「……自分でもわかってる。適当な女に溺れられる性質なら良かったんだけど」
「女性(にょしょう)に対して、失礼なっつ、物言いだな」
身体を穿つ肉の塊は、龍が動いていないにも関わらず、びくりびくりと小さく反応している。
その、ささやかな反応ですら、俺は愉悦として拾えてしまうらしく、時折声が上擦った。
「予感はあったから、ずっと。好きな相手を作らなかった」
「?」
「誰にも、何にも執着なんてできなかったら、流れてた。や。執着する物を作りたくなかったから、
流れていたのかもしれないな」
「なぜ、だ?」
「ん?それまで持つべきだったのであろう執着が、全て、その相手に向けられるだろうって気が
したから」
目の端に唇が届く。
何かを堪えている風に眉根が寄せられている。
その、切ない風情にこちらまでもが煽られて、そっと指先を伸ばせば。
やすやすと指を捕えた龍の、唇に挟まれる。
指先をぬるっと、舌で舐め上げられた。
背筋がざわっと怖気立つ気がしたら、実際。
腕の産毛が見事に逆立っている。
「……だから。ごめんな、なんだ。どうしようもなく、お前を求める手前を止められないから」
大きな肉の塊がずるずると引き出される。
いっそこのまま引き抜いてくれないかと思うが、そんな生易しいものではないのだろう。
龍の、執着という物は。
ずぷん、と、一息に入れられたその衝撃よりも、己の中が濡れた音を立てるのが、居た堪れ
なかった。
「うあああっつ」
喉の奥から搾り出される己の声は、我ながら獣の悲鳴に似ていた。
「痛い、よな」
よりも、他人を体の奥深い、自分でも知らぬ箇所に銜え込む、非日常感に眩暈がした。
衝撃から来る吐き気も収まらない。
俺はそれでも、痛くはないので緩慢な動きではあるが首を振る。
「無理させてるってーのは、百も承知だ。痛いって言っていいんだぜ」
「…大丈夫、だ。ほんとうっつ!に……痛く、はない」
繋がっている箇所は、あまり感じない。
痛みというのならば、胸の痛みの方が酷かった。
「……じゃあ。じゃあ、な。気持ち、良いか?」
さすがにそんな訳がなくて、自然微苦笑が浮かぶ。
龍でも、そんな手前勝手な思考をするのだと、知れて。
「すまない。幾ら何でも都合良過ぎた。なるべく早く終わらせるから、な。あと少しだけ辛抱し
てくれ」
「ああ」
ぎこちなく頷く俺を、龍は堪らなく、いとおしそうな眼差しで見詰めてくる。
ここまで、切ない色が強いと、しみじみ絆されてしまいそうで、怖い。
そういえば、新撰組の奴等にも言われた。
貴方は案外と呆気なく自分を明け渡してしまうから、と。
無論それは、かなり親しくなってからの話で。
更に勘の良い奴しか告げてこない、言の葉ではあったけれど。
抜き差しの出だしは、想像していたよりは穏やかな物だった。
突き上げられる度、自分の口から零れる獣の声を聞きたくなくて、龍の唇に指を這わせる。
俺の意図を簡単に読み取った龍は、少し、勿体無さそうな顔をして、俺の声を殺す為に唇
を塞いでくれた。
くぐもった苦叫とも嬌声とも知れない音が体内で、うわんうわんと反響するのが気持ち悪い
が、己の耳で露骨に声を聞かされるよりは幾分か衝撃が緩やかなのかもしれない。
「霜、葉っつ」
ともすれば羞恥でもなく、ましてや痛みではなく。
ただ、執着される疲れのままに閉じかけてしまう目を必死に開けば、俺の様子を真摯に
伺う切ない眼があった。
龍にここまで執着されれば、それこそ死んでもいいと思う女性は多いだろうに。
この壊れた男は、歪んだ執着を全て俺にぶつけて来るのだ。
嬉しいとは思わない、けれど嫌悪するまでもない。
いっそ、嫌ってやれたら良いのにと思う。
この胸をえぐられるような、傷みに、耐えねばならぬくらいなら。
血肉を削る戦いに身を投じる方が、余程楽だ。
しみじみ、己は。
色恋沙汰には向かないのだと、溜息しか出ない。
「もう、少しだ。あと、少し…だから」
瞼に、額に、頬に。
飽きる事無く口付けが落とされる。
濡れた感触は、ざわざわと逆毛を立てるだけで。
本来龍が意図する、慰めとは程遠いものになってしまう。
中から刺激されているにも関わらず、到達にまで至りそうにない肉塊がぎゅうと握り締め
られて、喉が鳴った。
俺の快楽など気にせず、終わって欲しい。
それだけが今、切実に望むものなのだが。
ぬちゅぬちゅっと濡れた音を立てているのは、交接部分と龍が俺の肉塊を擦り上げている
箇所。
何だかんだと言い訳をしたところで、直接的に触れられれば快楽に浸れる俺の体が全身を
掻き毟りたいぐらいには、おぞましかった。
「もう……出す……出るっつ」
その言葉の意味を理解する前に、体の奥底に生暖かいというよりは、熱い物が注がれる
のがわかる。
途端。
頭の天辺から、血の気が引いていく。
「……霜、葉…?…おいっつ!どうしたっつ!」
「……ただ、血の気が引いただけ……だろう……大丈夫だ…」
ばっと接合部分を見られた。
出血が酷かったのかと、思ったのだろう。
龍を受け容れた箇所は、実際傷付いてはいるだろうが、その程度で貧血など起こさない。
「少し……休めば…落ち着く…」
「でもっつ!」
叫んだのと同時に、ぬるっと龍の肉塊が抜けた。
「ひうっつ!」
表現しようも無い感覚に、ただ身体を震わせる。
今度は目の前が、暗くなってきた。
衝撃が強すぎたのだろうか。
もし、この行為が一度だけでなくて。
幾度も続けられたならば何時か。
自分が龍を、女性のように喜んで受け容れてしまえる可能性が高い事を知って。
「……すぐ如月を呼んで来るからなっつ!」
これ以上、情けない己を他の誰かに見せたくは無かったのだが。
龍を止める声が出ることはなく、俺は呆気なく意識を失ってしまった。
意識が完全に落ち切る寸前。
龍が齎してくれた、快楽の片鱗はさて置き。
温もりは悪くなかったと、諦めて笑う自分があった。
これを、淫ら、と言わずして。
何と呼べばいいのだろうか。
END
*修行不足です。エロシーンだけじゃあ、江戸時代風味が出せませぬ。
ぬおおおっつ。
他カプでリベンジ……したいですね。