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  夢の途中


 
 一頻り抱き合った後、台所に飲み物を取りに行った龍麻の身体を目で追う。
 鍛え抜かれた綺麗な身体は、性的な意味を含まないでも十二分に格好良い。
 いわゆる素っ裸のまま、大股で戻ってくる龍麻の手の中にあった、ミニサイズ
のペットボトルが僕の頬に、あてられた。
 「冷たい、よ」
 「火照った身体には、気持ち良いだろうが?」
 そのまま僕の手の中に残された、ペットボトルを口にしている最中に。
 龍麻は、蒲団の上で身体を起こしていた僕を、膝上抱っこの要領で抱き締め
た。
 「龍麻!」
 項に唇を寄せられて、危うく水を噴出しそうになった。
 「ん?」
 「飲んでいる時は、悪ふざけ、しない!」
 「はいはい。でも抱っこは譲らんよ?」
 「んーまあ。それぐらいなら」
 不承不承頷く僕の唇を、龍麻の指がすっと滑る。
 水に濡れた指先を、唇に含むだけの所作が、とてつもなく艶っぽく見えて、少
しだけたじろぐ。
 あれだけ、した、のに。
 まだ足りないんだろうか?
 と、自分の淫乱具合に小さな溜息が出た。
 「どうした?」
 「……別に」
 「別に…って溜息じゃなかったけど。ま、いいさ」
 最中以外には、追い詰めてこない龍麻の執着さが、時折寂しい僕は、本当。
 龍麻に、依存しているなーとしみじみ思う。
 この優しい腕がなくなったら、一体僕はどうするんだろう。
 考えるだけでも、ぞっとする。
 一度失いかけたことがあるから、余計だ。
 あんな思いを二度とするのは、御免だし、耐えられる自信もなかった。
 「紅葉……?」
 「ん?」
 「突然だけど、本当に突然で悪いんだけど、俺さ。死ぬんだわ」
 「……え?」
 変なことを考えていたから、僕は聞き違えたのだろうか。
 「龍麻、今、死ぬって聞こえたんだけど」
 「そう。俺死ぬの。しかも後一時間もたないと思う」
 「ちょっと待って!何をふざけてるんだ?僕がその手の冗談が苦手なの、よく
  知っているだろうが!」
 龍麻が死にかけて、母親を失って。
 必要以上に死に怯える僕を、龍麻はよく知っているはずだ。
 心臓が無駄に、どくどくとなって緊張のあまり身体が震え始める。
 「冗談じゃ、ないんだ。本当にもう、駄目なんだ」
 僕の震えをとめようときつく抱き締めてくれる龍麻の腕。
 この腕がもうじき、なくなると?
 「黄龍の器ってのはな。黄龍が一度暴走しちまうと、壊れる運命にあるんだと
  さ」
 「だって皆で頑張って押さえ込んだじゃないか!」
 「うん。だから黄龍は眠ったまま。俺という器が壊れても暴走は二度としない。
  僕と一緒に朽ち果てるから」
 「君が、どおしてっつ」
 さんざん、運命に翻弄されてようやっと落ち着けたはずなのに、まだ黄龍は君
を縛るというのか。
 縛るどころか連れてゆくというのか!
 「嫌だ、僕を置いて逝かないって約束したじゃないかっ!」
 初めて抱き合った時に、そう頼み込んだ。
 大切な人間に先立たれるのは、もう堪えきれそうになかったから。
 龍麻は『うん』と苦笑して、それでも頷いてくれた。
 なのに。
 「ぎりぎりまで、迷ってた。言うか言うまいか。死に目にあわせるかあわせない
  か。一緒に連れてゆくか、ゆかないか」
 「連れて行ってくれるよね!!」
 「……一緒に、逝きたいか」
 「置いていかれるくらいなら、一緒に逝く」
 もう、嫌だ。
 一人で取り残されるのだけは、勘弁して欲しい。
 「俺もな。ぎりぎりまで迷った……でも、お前は連れていかない」
 「龍麻!」
 「俺の代わりにお前を抱き締められる奴等がいるからな。そいつらに託すこと
  にしたんだ」
 「君以外の腕なら、いらない」
 そんな簡単に、誰かに託されるほどの存在だったのか、僕は。
 「そういうな。奴等の腕は、少なくとも俺よりお前に優しいはずだ。俺は随分サ
  ディスティックなコトしたもんな?」
 「……それもひっくるめて、龍麻だから。違うかい?」
 「そう言って貰えると、本気で嬉しい……ああ、どうしたら、お前に伝わるだろ
  う。俺の唯一の未練は、お前を置いていくことだよ、紅葉」
 落ちる涙を舌先で拭って、顔中にキスを降らせつつ。
 龍麻が目を細める。
 初めてであった頃に、よく見せた。
 諦めの微笑み。
 黄龍に振り回されつづける運命を、受け入れてしまった瞳だ。
 「もう、諦めなくていいよ!僕が一緒に行くって。連れて行ってくれって、こんな
  に頼んでるんだからっつ!」
 「連れて、逝けたら、どれだけ」
 龍麻の腕が、僕の身体をぎゅうぎゅうと抱き締める。
 いっそこのまま、抱き殺して欲しい
 「どれだけ、幸せか……でも、連れて行かない。俺と一緒にお前まで逝ったら、
  耐えられない奴らが結構いるんだ」
 「そんなのどうでもいいじゃないか!僕達二人の問題だろう」
 本当はどうでもよくなんかないけど。
 龍麻を失ってまで、生きていけない。
 狂ってまで、生き長らえたくなんかない。
 例え、龍麻以外の腕が僕を抱き締めてくれるのだとしても。
 「パニクッってるなー紅葉。そんな物言いするなんて。俺、本当にお前
に愛されてるんだ?」
 「当たり前だ。じゃなきゃ誰が男になんか抱かれたりするもんか!」
 「確かにそうだ。お前、懐かない猫みたかったもんな。それがここまで甘えたさ
  んになって。ああ、連れていって、やりてー、な」
 力強く僕を抱き締めていた龍麻の腕から少しづつ、少しづつ力が抜けてゆく。




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