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 悪い夢


 声が、する。
 甘い、声だ。
 相手が好きで、もっと欲しくて。
 ずっと、繋がっていたくて。
 縋りつく、必死の音調。

 「蓬莱寺、さん?」
 「ごめん!次は、もっと。長くするからっつ!」
 「まぁ、こういう風に仕込んだのは僕だから。仕方ないんだけどねぇ…」
 「もたなくて、ごめん!でも、もっと。中に、いたい……紅葉ぁ」
 遠慮がちの濡れた音が、続く。

 そう、あれは。
 交接の音だ。

 「別にいいけど。緋勇が起きたようだよ?」
 「え……?は!ずっと、寝てればいいのに」
 「それはまずいよ。彼が死んだら色々と大変だし」
 「俺等は疑われないぜ、絶対に」
 「まぁ……そうだろうね」

 ちゅ、と聞こえたあれは。
 紅葉が京一のどこかに口付けをした音だと、知れた。
 俺の片割れである、紅葉が。
 どうして、俺の親友である京一に。
 キスなんて、しているんだろう?
 紅葉は、俺の、モノなのに。
 京一も、それを知っているのに。
 紅葉も、それを、知っているはずなのに。

 「でも、彼の事を好きな他の人達は気が付くんじゃない?」
 「あー美里とか、うぜぇかも」
 「緋勇のせいで、君が彼女に殺されるのは嫌だな」
 「俺も、緋勇のせいで、紅葉がこれ以上嫌な思いをするのは、ごめんだな」
 「だろう?」
 よくできました、とばかりに。
 くしゃくしゃと京一の髪の毛を撫ぜる紅葉。
 京一は、物凄く嬉しそうに頭を差し出している。
 二人とも一糸纏わぬ姿だ。
 悪夢のような映像が、ぼんやり、瞳に映った。

 って、いうか。

 緋勇、ってナニ?

 紅葉は俺を、龍麻、と呼ぶ。
 京一は俺を、ひーちゃん、と呼ぶ。
 それは二人が、親しい人間を呼ぶ特異な呼び方で。
 特に紅葉は、俺以外を決して下の名前では呼ばなかったので、何時だって優越感に浸れた
というのに。

 「んじゃ。牛黄丹?」
 「だね。後は自分で結跏趺坐でなんとかするだろうから」
 ぬちゅ、とイヤラシイ水の音が届く。
 京一が、紅葉の中から抜け出た音だろう。
 まだ、記憶と思考が混濁している。
 何故、あの二人が抱き合っているのかわからない。
 まるで、恋人同士のようだ。
 「ほら、飲めよ」
 唇をこじ開けられて、薬を舌の上に置かれる。
 が、今の俺には嚥下する力もない。
 「口移しで、飲ませて上げれば?」
 「げー。勘弁してくれよ。紅葉のオネダリでも嫌だ!」
 「じゃあ、僕がしようか?」
 億劫そうに紅葉が起きようとする気配を、慌てて京一が止めている。
 「駄目!紅葉がするくらいなら、俺がする」
 一瞬の口付けの後、水と薬が喉の奥を滑ってゆく。
 「消毒!紅葉、しょーどくさして!」
 「はいはい」
 ちゅ、ちゅ、と角度を変えてキスをする音を、ぼんやりと聞いた
 「紅葉―続きしようぜ?」
 「んー。僕としては一休憩したい所かなぁ」
 「ベッドの上で。ちゃんとしたい」
 「じゃあ、尚更だ。軽食を作るから。それを食べてから、ベッドでしよう?」
 「うーわかった。たくさん、してもいいな?」
 「いいよ。たくさん、しよう」
 やわらかい、紅葉の声。
 そういえば、俺はもう。
 どれぐらい紅葉の、こんな風に穏やかな声を聞いていなかっただろうか。
 「んじゃ、シャワー」
 「先に浴びておいで。血の汚れも落としてくればいい」
 「一緒に!」
 「それをしたら、食事が出来なくなるだろう?一ヶ月もあるんだ。お風呂であわあわは、先の
  楽しみに取っておけばいい」
 「ん。じゃ、洗ってくるから……何かあったら、大声出せよ」
 「はいはい。君も心配性だね」
 「相手が相手だからな……じゃ、洗ってくる」
 ぱたぱたと足音が遠ざかってゆく。
 京一は一人。
 風呂へと向かったらしい。
 「緋勇。意識はあるんだろう」
 「……ああ」
 「早く結跏趺坐で通常レベルまで戻して、帰ってくれないか?」
 「紅葉……」
 「僕はこれから、蓬莱寺さんと二人でゆっくりと休暇を過ごす。本当は一人で過ごすつもり
  だったけれど、彼は僕の邪魔にはならないからね。犬と過ごす休暇も、乙だろう」
 静かな声。
 楽しげですらある、声。
 しかし、紅葉は京一を、犬、と言い切っている。
 以前の紅葉には絶対ありえない物言いだった。

 親しい人間以外を塵芥のように表現するのは、俺の専売特許だったはずなのに。
 「本当は、アランとか。村雨さん辺りみたいな、大型犬が欲しかったけど。それは無理だし」




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