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  泡沫(うたかた)


 犯した罪の報いは何時かくる、なんて。
 黄龍としての力を欲しいままにする俺には関係ない格言だった。
 何時でも欲しい時に欲しい物を手に入れてきたし、飽いて捨てたコトにだって後悔なんかした記憶もな
い。
 だから、半身である紅葉がどれだけ大切だったのかも、失ってしまうまで、わかりもしなかったのだ。

 『何時か、わかる日がくるといいね。緋勇』
 最後の瞬間まで、俺を他の仲間のように『龍麻』と呼ばなかった紅葉。
 本当は呼びたかったのに、呼べなかったのだと気がついたのも。
 紅葉を失ってからだった。

 思い出せる表情は、静か過ぎる寂しげな微笑だけ。

 紅葉が生きていた頃、俺は好き勝手色々な奴とやりまくっていた。
 暗殺家業に忙しい紅葉は、抱きたいと思った時に抱ける存在ではなったし、やりたい盛りの性衝動を抑
える気なんてはなっからなかったせいだ。
 口説かなくとも相手には不自由しなかったってーのも、俺の暴挙に拍車をかけていたのかもしれない。
 一発やり捨てた女の中には、宿星メンツの女もいたし、紅葉の次に気に入っていたのは如月だ。
 頬にさらさらと零れ落ちてくる髪と、普段は水を打ったような静かさを湛えている癖、一度蒲団の中に入
れば、羞恥を捨てて淫らになれる性質も俺の好みにあっていたから。
 
 『龍麻……紅葉が、壊れかけているのを、知っているかい?』
 『……あんだ、そりゃ?』
 俺が抱いた女はお互い勝手に牽制しあって、仲良くするなんて死んでもなかったが、如月と紅葉は紛
れもない親友だった。
 二人とも俺に抱かれる身でありながら、同じ様に俺に対する執着めいたモノも見せたというのに。
 不思議と嫉妬とか、憎悪には無縁だったらしい。
 もしかしたら、俺につけられた傷を嘗めあっていたのかもしれないと、今になってみれば思う。
 身体をつなげなくとも、心が通じあうのは難しくもない。
 『君が、あんまり酷いことをするからね。僕と違って優しい紅葉は病んでゆくんだよ』
 『紅葉は誰よりも好きだし。愛してるし。かまってもやってるが?』
 『でも、君は僕を抱くし。一晩限定の相手も数多いる』
 『それとこれとは、別だろうが。紅葉に俺の相手ばっかしさせて、日常の生活を俺一色にさせるわけにも
  いかんだろう』
 これは俺なりの譲歩だった。
 大切にしているから、自由にもさせる。
 代わりに、俺も好きにするけどな。
 『紅葉がそれを望んでも?』
 『あいつは真面目な奴だから、そんなこと望むわけもないさ』
 『真面目だと、わかっていて。よくこんなことができるね』
 まあ、確かに恋人の親友を、恋人公認で抱くってーのも変な話か。
 『僕が持っている歪んだ部分を、紅葉は持たない。僕のようには割り切れないんだよ、紅葉は。自分を好
  いてくれて、自分も好きな唯一の人が他の誰かを抱くなんて、耐え切れない』
 『耐え切れないなんて、何でお前が言い切れるんだ?紅葉は俺に「他の人間を抱くな」なんて、一度も口
  にしたことはないぞ』
 嫉妬ぐらい、すればいいのにと思うほど、紅葉は俺の無茶なSEXライフに寛容だ。
 事細かに行為の詳細を語っても、そう、と。
 目を細めて、頷くだけ。
 『簡単に口にできるくらいなら、病みはしない』
 『翡翠?』
 『僕はね。君に抱かれるけど、君を好きじゃあない。』
 『んなの、わかってるさ。何を今更』
 『好きじゃないから、傷つかないんだ。君が何をしても』
 『んじゃあ、何か。紅葉は俺を好きだから、傷つくと?』
 『そう、言っても……君は……わからないんだろうね』
 如月が辛そうに目を伏せる。
 『紅葉を失うまで、わからないだろう』
 きっぱりと言い切る如月の確信が一体どこからくるのかわからないが、紅葉が俺の側からいなくなるなん
て、馬鹿げたことだけはないと思っていた。

 如月に紅葉の心の綻びを指摘されて、何日かたった頃だったろうか。
 ふと気づかされた事実に、俺は愕然とした。
 いつもの通り目を閉じて、紅葉の中に潜り込み、思う様心地良さを堪能していた時だ。
 何の気なしに、目を開いて驚いた。
 紅葉は血が滲むほど唇を噛み締めて、きつく瞑った瞼の端から幾筋も涙を零していたからだ。
 快楽故の涙とは、明らかに違うものなのは、仰け反る首筋の緊張と腕や太ももに見られる鳥肌からも見
て取れる。
 『おい、大丈夫か!』
 抜き差しをとめて、中に入ったままの状態で頬を叩く。
 ぼんやりと目を開けた紅葉の瞳は、涙に濡れて赤く充血している。
 『何、が?』
 行為の最中特有の薄ぼんやりとした、どこか頼りなげな風情が大好きだったが、今日はどこかが、違う。
 ……ああ、目の焦点があってないや。
 どんな無茶をしても紅葉の瞳の中、俺の姿が消えうせるなんて、なかったはずなのに。
 『唇から血が出てるし、泣きっぱなしだったろ?』
 唇を嘗め上げると、身体が大きく跳ねた。
 もしかして、怯えて、いる?
 『少し、痛みが酷かったのかもしれないね。こんな時は、自分でもよくわからないのだけれども』
 目線をたどって結合部分を見やれば、俺を銜え込んだ紅葉の秘所は血に塗れていた。
 『……嘘、だろ?』
 俺的には何時も通り、特別変わった行為を強いたわけでもない。
 割と乗っていた方だったから、愛撫なんかも丁寧だったはずだ。
 紅葉の秘所はいつでも狭いままなので、出血を伴ったりする場合も多々あったが、こんなのは初めて
だ。
 慌てて抜き出して、様子を伺う。
 抜き出してもだらしなく開いたままにならないで、すぐさま閉じてしまう個所を指先で探ってみれば、 
真新しい鮮血が指を伝ってシーツにぽたぽたと滴った。
 『うわ、ひっでーや。ちょっと待ってろ手当てをすっから』
 まずは血止めが先だろうと、濡れティッシュと乾いたティッシュの両方を準備する。
 濡れティッシュで患部についている血を拭い取ろうとするが、綺麗にする側から血が溢れて、あっとい
う間に小さいとはいえ濡れティッシュの一パック分を消費してしまった。
 これじゃあ、満足な手当てもできやしない。
 どの道血をとめないとどうしようもないので、血止めの軟膏を人差し指にたっぷりと掬い取り、根元まで
秘所に差し入れる。
 とりあえず、満遍なく中に塗りつける間も、紅葉の身体はかたかたと震え続けた。
 『緋、勇?』
 『ん。もう少しで終わるからじっとしてろ』



                       

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